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「桑野塾」について (2014年)

2013年以前の「桑野塾」に関する談話室発言は以下にアーカイヴしてあります。

[3164] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Mon Jan 27 0:45:41 2014

土曜は午前中に所用を済ませて、午後には早稲田大学 早稲田キャンパス 16号館へ。 桑野塾 [関連発言] の第21回に出席してきました。

今回のお題は『小栗虫太郎の世界』。 推理小説・冒険小説を得意とした戦前の小説家 小栗 虫太郎 の話でした。 作品を読んだことはありませんが、20s-30sの作家なので接点はいろいろあろうかと期待していたのですが……。 むしろ、小栗の衒学趣味的な面を追求するような内容。 建築の話とかは判るのですが、作品に関する予備知識が少な過ぎて厳しいものがありました。 『黒死館殺人事件』 (1934) くらい軽く目を通してから臨めれば、また違ったのかもしれないですが……。 出席者の顔ぶれもいつもと違い、ミステリ・ファンの奥深さを垣間見たようにも思いました。

小栗 虫太郎 の影響源として、同時代の表現主義的な演劇や映画に触れていたですが、その中で、 川端 康成 原作の映画『狂った一頁』 (衣笠 貞之助 (dir.), 1926) が挙げられていました。 未見ですが、舞踊家 石井 漠 が出演している所が気になりました。 いずれちゃんと観てみたいものです。

[3228] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Wed Jul 16 23:37:18 2014

土曜の午後、早稲田大学の演劇博物館を観た後は16号館へ。 2ヶ月ぶりに桑野塾 [関連発言] へ参加してきました。 今回のテーマは『1930年代のロシアアヴァンギャルドとサーカス』

最初の報告は、大島 幹雄「『賢人』から『サーカス』へ」。 映画監督デビュー前の1923年に エイゼンシュテイン (Сергей Эйзенштейн [Sergei Eisenstein]) が演出した サーカス的な演劇作品『賢人』 («На всякого мудреца довольно простоты») と、 その作品に出演し、後に映画監督になったアレクサンドロフ (Григорий Александров [Grigori Aleksandrov]) が1936年に制作した映画『サーカス』 («Цирк») を対比して、 1930年代のソヴィエト社会におけるアヴァンギャルドとサーカスの立ち位置の変化を浮かび上がらせるような話でした。 『賢人』の中でアレクサンドロフが難易度高い坂綱の綱渡りを演じたというのも凄いエピソードと思いましたが、 マヤコフスキー (Владимир Маяковский [Vladimir Mayakovsky]) が台本を書いた1930年のサーカス作品 『モスクワは燃えている』 («Москва горит») での人間ピラミッドと、 映画『サーカス』でヒロインが頂点にたつ人間ピラミッドの逆転関係の指摘が印象に残りました。 質疑応答の中で出たサーカスとアヴァンギャルドの関係についての桑野先生のコメント「サーカスは無対象」というのも、なるほど、と。

今回の話は『サーカスと革命』 (平凡社, 1990) の 水声社からの復刊 を承けての話で、『賢者』と『モスクワは燃えている』はこの本の中でそれぞれ数ページを割いて紹介されています。 『サーカスと革命』は平凡社版を持っていますし、『モスクワは燃えている』の箇所には 付箋が挟まっていたくらいでしたが、いずれもすっかり忘れていたという……(大汗)。 こういう話を聞いて記憶を新にするのも良いものです。 アヴァンギャルド色が無くなるトーキー以降のソヴィエト映画はあまり観てないのですが、 機会があれば『サーカス』も一度ちゃんと観ておきたいな、と。

後半は河村 彩 「ロトチェンコの二つのサーカス」。 1941年独ソ戦が始まったために発行されなかった、『建設のソ連邦』 («СССР на стройке») の幻の「サーカス特集号」のために撮った ロトチェンコ (Александр Родченко [Aleksandr Rodchenko]) のサーカス写真と、 1935年以降私的に描いていた (当時未発表) サーカスがテーマの具象絵画作品の、2つの話でした。 この2つのことから、構成主義時代の幾何的抽象から、躍動する身体を平面の中にどう配置するかという構図の問題へ、 問題意識が変化していたのでは、という指摘でした。 写真の方は今まで観る機会のあったスポーツ写真とも共通点を感じましたが、 1930年代後半になると表現主義を思わせるような絵画を書いていたのか、と、かなり意外でした。 スターリンの抑圧が強まる中でマレーヴィチ (Казимир Малевич [Kazimir Malevich]) なども具象に回帰したわけですが、 回帰のあり方も様々だったのかな、と、ぼんやり思ったり。

今回は久しぶりに、後の懇親会へも参加。おそらく1年ぶりでしょうか。 『チェマダン』 (Чемодан [Chemodan]) の中の人にお会いすることができました。 ロシア・東欧の文化に関するかなりコアな内容の小論文が読めるので、時々、読んでいました。 なんと、3人で運営していたのですね。パワフルです。けど、少人数だからこそ機動力が出るのかもしれません。

[3260] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Mon Oct 13 23:24:51 2014

京橋で映画観た後は早稲田へ移動。夏休みもあってしばらくぶりの 桑野塾 [関連発言] へ参加してきました。 今回のテーマは『『チェマダン』からのメッセージ』。 2013年に発行を始めたロシア文化のオンライン雑誌 『チェマダン』 (Чемодан [Chemodan]) を発行している方々からの報告でした。

自分が『チェマダン』を知ったのは今年の3月。 どういうきっかけが覚えていないのですが、確か何か検索していて ブログの方に行き当たったのだと思います。 ロシアの音楽や美術の情報を調べていても、良くも悪くもソ連時代の抑圧への抵抗へのこだわりの強いものが多いと感じていたので、 そういうこだわりを (それへの反発のようなものを含めて) 感じさせずに同時代の動向を紹介している所が良いなあ、と、思ったりしていました。 前半の報告は 八木 君人 「『チェマダン』からのご挨拶」。 編集者の一人から、発行やウェブサイトデザインと意図というか、その思いを聞くことができました。

しかし、オンライン雑誌の方は読みづらいという意見が多いのですね (汗)。 個別の記事に直接リンク貼れるようにしたり、タグ付けで検索エンジン対策したり、 ズームアウトした際には紙面の縮小ではなく見出しのみ表示するようにするとか、 ナヴィゲーションに改善の余地はあるかと思いますが、あのスタイルもありじゃないかなあ、とは思っています。 自分のサイトも、読みづらい、ナヴィゲーションが悪い、などと言われることが少なくないのですが、 これもまた「ブログ以前の1990年代後半の作りのサイトの動態保存」という意図もあったりするわけで、悩ましいものです。

後半の報告は伊藤 愉 「現代ロシアのパフォーマンス・アート」。 ロシアでは近年、パフォーマンス・アートが流行しているとのことで、 RoseLee Goldberg: Performance art from futurism to the present翻訳ロシア語版 (2013) が出版され、 そこでは、ロシアのパフォーマンス・アートの章が追加されりしてるとのこと。 そんなところを手がかりに、1960s-80sのソ連時代の非公式文化芸術の文脈から、ソ連崩壊後のパフォーマンスまで、紹介しました。 『ひっくりかえる』展 (ワタリウム美術館, 2012) に参加した Война [Voina] や 逮捕されて世界的な釈放運動となった Pussy Riot など断片的に知る程度だったので、とても興味深く聞くことができました。 ソ連崩壊後の自虐的というか身体をはった過激なパフォーマンスは、 Zhang Huan (張 洹) など1990年代半ばの北京東村のパフォーマンスを思い出させられました [関連レビュー]。 中国でこのようなパフォーマンスが流行った1990年代半ばというのは、 天安門事件で一時中断した改革開放路線が再開した頃ですし、 石油価格に景気が牽引される今のロシアの状況もそれに近いものがあったりするのかもしれません。 今回の発表の内容は、もうすぐ発行されるという 『チェマダン』 第五号 の記事になっているとのこと。そちらで固有名詞などをちゃんとチェックしたいものです。

ところで、現在のロシアのパフォーマンス・アートの拠点となっているという ガラーシュ (ГАРАЖ)モスクワ現代美術館 (Московский музей современного искусства)国立現代美術センター (Государственный центр современного искусства (ГЦСИ)) へは、 2011年のロシア旅行で足を運んだ所。 自分が行ったときにパフォーマンスをやってればよかったのに、と、思いました。 そういえば、 2011年のロシア旅行記も途中で力尽きてしまってるんだよなあ。 もはや、このサイトの更新の余裕もなかなか無いというのに……。

[3285] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Sun Dec 14 23:47:02 2014

土曜の午後は早稲田へ。 桑野塾 [関連発言] に参加してきました。今回は特に強いテーマはなく『音楽2題』。 前半は自分の報告でしたが、その話は後にして、まずは後半から。

武隈 喜一 『パリの牢に死す––ロマンス歌手プレヴィツカヤの生涯』。 20世紀前半に活動したロシア人女性民謡/ロマンス歌手 Надежда Плевицкая の一生を紹介しました。 亡命先のパリでのスパイ生活よりも、 歌を歌いたくて入った修道院を飛び出してサーカスに入ろうとしたり、と、革命前のロシアで歌手として成功していくエビソードの方が興味深かく聴けましたが、 で、彼女のパリでの後半生をモデルにした映画 『三重スパイ』 (Éric Rohmer (dir.), Triple agent, 2004) も観なくては、と。

前半は自分の報告『黒海をめぐる音楽と映像––ヴィンセント・ムーンを手がかりに』。 6月の下高井戸シネマでの特集上映の時に このサイトに書いた内容がベースですが、 6月の特集上映では上映されなかった映像や、自分の手持ちの関連音源も合わせて紹介しました。 より詳しくは発表レジュメ[PDF]をご覧ください。 紹介するものを厳選したつもりでしたが、それでも多過ぎで、後半が駆け足に。 トルコ関連はほとんど紹介できませんでした。

Vincent Moon の作風を示すために、本題の黒海地方の映像に入る前に Beirut: The Flying Club Cup (Ba Da Bing, 2007) 全曲をワンテイク映像化した Cheap Magic Inside (2009) を紹介したのですが、意外にこれが好評でした。 あと、個人的にもイチオシだったチェチェン (Чеченская) 共和国の 国立民謡アンサンブル (Государственный ансамбль народной песни) Нур-Жовхар を捉えた collection Petites Planètes - OKO carnets de Russie - NUR-ZHOVKHAR • songs from Chechnya (2012)。これは、美しいです。

特にこの地方の音楽を重点的に聴いているわけでもなく、さほど詳しいわけではない自分が紹介していいのか、 コーカサス地方や黒海地方の専門家の前で釈迦に説法状態になるのではないかと、思ってもいたのですが、 もっと詳しい方がいらしたらむしろ教えを乞う良い機会かなと思い直し、話をしました。 実際、北コーカサスのカバルダ・バルカル (Кабардино-Балкарская) 共和国へ仕事で一年間行っていたという方や、 Tigran Hamasyan おっかけな方もいらして、桑野塾の濃さを実感。 思いの外好評でしたので、機会 (と準備する余裕) があれば、 今回取り上げられなかったロシアやウクライナのものや、 今回時間が足りなかったトルコのものなど、今回の続編をしたいものです。

最近仕事が忙しくて音楽趣味生活が低調になっていましたが、 こういう形で発表する場があると、もっといろいろ音楽を聴きたいというモーチベーションが上がります。 なかなか趣味に時間が取れなくなりつつありますが、こういうモーチベーションを得られる場は大切にしていきたいものです。

晩は桑野塾の懇親会というか忘年会。初めての方や今まであまり出席されてなかった方も多く、 楽しかったのですが、つい飲み過ぎてしまうという。いけません。

桑野塾の前に早稲田大学演劇博物館に寄ろうなどと考えていたのですが、 結局、直前まで準備していたため、そんな余裕も無く。 今の展示は2/4までなので、余裕があれば1月の桑野塾と合わせて行きたいものですが、 年度末にそんな余裕があるのか、という……。