#5

どーも。 吉田です。

あ、わ、忘れてる方々は、「#4」を読んでください。

わ、私。
とんでもないことを、してしまいました。
いや、と言うか、とんでしまったのです。
・・・。


作業は、順調に進んでいました。
私には不手際もなかったと思います。
ですがそれは、女のこんな一言から始まりました。

 「角度が悪りいよ」

角度が悪りいよ?
性格はよい女だと思っていただけに、
正直、ショックでした。


だって、そんな物言いはないじゃないですか。
しかも、
前歯の殆ど(上の歯も下の歯も)は、すでに、40度と40度。
歯の垂直線に対して40度ずつ。

私は仕事をきっちりこなしているんです。
全ての角度をきっちり揃えて。
つまり、歯を、、。
歯自体の角度を、、、。

あれ? 歯自体は何度に?

???

女の手足を押さえていた息子も、私の動揺に気付いたのでしょうか。
私似の下がり眉毛をさらに下げて、眉間にシワをよせています。


 「ボスゥ〜〜」

鈍い音がしました。

いや、鈍い音がしたと思った時には、私は殆ど気を失いかけていました。

 「ウックゥ〜ッ」

なんとか息を整えようと、藻掻きました。
ですが、手足の自由が利きません。

 「フゥックゥ ゥ」

霞む視界の中、
女から逃れようと、必死に手を振る息子の姿が見えました。
そして、
息子の腰をかき抱いた女は、口から溢れた血が八方に走り、
丸い顔に、まるで、真っ赤な蜘蛛を張り付けたようでした。

 「ああぁぁ、息子よぉ」

スクスクと大きく育って欲しいと付けた名前。
妻と一緒に考えた名前。
『大木郎』。

 「オオキローーーォォォ!!」


私はぁ、
大粒の涙をまき散らしながら、落ちてゆきました。

見上げるとぉ、
ゴロゴロとしたぁ、天の雲(あまのぐも)がぁ、
あの雄大な天の雲がぁ、どんどんとぉ、遠ざかってゆきます。

そう、落ちていったのです。

そう。

東の袂から、
西の袂から、
あの青年と娘さんが渡っていった、虹の大橋へと向かって。

今まさに、お二人が手を取り合おうとしている、
『お二人の虹』へと向かって。

・・・。

私の体に絡め取られた虹の七色たちは、
まるでイソギンチャクの触手のように踊ったかと思うと、
無惨にも千切れてゆきました。


もう、自分の体のことなんて、気にもなりませんでした。
女に殴られたミゾオチの痛みも、地上に強打した背中の痛みも、
なんてことありません。

いや、いや。

一生あの女の亭主として生きていかねばならないであろう、
『大木郎』の断末魔の顔も。
私をブン投げた時に見せた、前歯1本だけがまともな女の顔も。
もう、怖くなんてありません。


私が怖いのは、、、
私が怖いのは、、、

千切れた虹の東の端で、
千切れた虹の西の端で、
呆然と私を見下ろしている、青年と娘さん。


 「ああぁ」

今、あのお二人の顔を見上げることに比べたら、
もう、
何も怖くなんて、、、

ありやしません。





絵と文:指田克行(wann 副代表)


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