毎回友人たちに登場してもらい、エッセイを書いてもらうコーナーです。 今年のお題は「影響をうけたモノ」。
第8回の執筆者はイザベルさんです。

●●イザベル自己紹介●●

イザベル・ハーターといいます。東京からかなり遠いところで暮らしていますが、この間、故郷のドイツを襲った大洪水のニュースを見て、「あ〜、ここにいたおかげで無事だった」と思いました。ふだん、こういったものを書いたりしないですが、今回はレーコのために書きました。彼女とはもう10年来の友人です。私の本業は「人種学者」なんですが、具体的な内容は割愛ということで・・・。

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第8回 「Hello Kitty」

 職場のデスクには仕切りがないので、まわりがよく見える。このごろ、自分のデスクから職場のあちこちに目を泳がせては、その変化をじっくり楽しんで、我ながらよくぞここまで職場の雰囲気をガラリと変えられたもんだ、とにんまりてしまう。


 インテリアデザインに興味があった訳じゃない。窓ガラスを拭こう、と思ったのがきっかけだった。全部でぴったり60枚の窓。大きな窓が20枚あって、それぞれの窓の上に細長い窓がさらに2枚ずつ。上の窓はスライドして開け閉めができるようになってる。50メートルほど続くこの窓の壁を、どっしりした4本の柱が同じ間隔で区切ってる。反対側の壁に窓はなくて、正方形の小窓がついたドアが4つ。ちょっと前まで、ここ(=市役所)にやってくる人、つまり、この田舎の小さな町に住んでる人たちは、ドアの窓越しに中を覗いただけで、入ってくることがなかなかできなかったようだ。ルーシュ飾りのついた白いカバーがかかった、高そうな肘掛け椅子に座り、わが市役所のVIP4人が、こっちを向いて仕事をしてるのが見える。邪魔になるんじゃないかってビビッてしまうらしい。用事があって訪ねてきた人たちは、みんなここに入って来る時、あんまりいい気分がしなかったんじゃないかなあ。来客用のスペースなんてどこにもないし、ずらりと1列に並んだデスクに向かう職員サマは、仕事を続けてるだけ。入って来た人のことなど、お気になされるご様子など、ない。

 外の景色がほとんど見えない窓を、何としてでもきれいに!なんて、一体いつから思うようになったんだろう。半分ほど開いたグレーのブラインドは、昼休み以外、一日中窓を覆っている。10人分のデスクが窓を向いてて、そのうちのひとつが私。日本の朝の日差しはとても強いと思う。昼時でも、目が痛くなる。窓に背を向けるVIP4人がホントに羨ましい。ゆったりと肘掛け椅子に腰掛けて、部下にあれこれ命令して、昼休みも首を痛めずにテレビを楽しめるなんて。だけど、ブラインドを上げることができても、あまり意味がないのだ。ファイルがぎっしりつまった、背の高さほどもある棚のおかげで、この辺鄙な町も、こんな町にはもったいないほど美しい、木々に覆われた山々も、眺めることはできないんだから。
 なんと、窓拭きまで4ヵ月もかかってしまった。市役所の業務の邪魔にならないように、コソコソこっそりやることにしたからだ。週末の市役所は機能していないも同然だった。月曜日、私がしたことが誰にもバレませんように、そう願った。何も言わずに目の前で市役所の中を変えはじめれば、同僚たちは頭に来るかもしれない。この方法でやるしかなかった。

 最初の土曜日、ドアの窓越しに中を覗くと、案の定、わが市役所のVIP席はぜんぶ空っぽだった。まず、このVIP4人の肘掛け椅子とデスクを、ドアに向かってちょっとだけ動かした。パッと見ただけじゃ何の変化もないけれど、毎週数十センチずつ動かせば、いずれ4人のデスクと椅子は、気づかれないまま部屋の外に押し出せるだろう。次に、窓の前の棚。重すぎて、ひとりじゃとても動かすことができない。しょうがない、ひとつひとつ棚を調べ、ファイルを少しずつ選んで、私の家の前にある小さな庭で燃やすことにした。毎週、毎週、燃やした。これは、なかなかうまくいったと思う。誰も、ファイルをなくしたことに全然気づかなかったのだ。棚は次第に軽くなり、ついに、外が真っ暗になったタイフニーな土曜の夕方、とうとう棚を動かすことに成功した。
棚を動かし、窓を区切っているそれぞれの柱に合わせて並べたら、感じがよくて居心地のよさそうな仕事場ができあがった。仕事場の効果は素晴らしく、市役所の仕事は格段にやりやすくなった。そして、棚を移動させ、ようやく私は窓を拭けた。



 私は今でも時々、週末を使って職場のインテリアに手を加えている。壁をイエローに塗り、あちこちに花を飾り、座り心地のよいソファを用意して来客用の応接コーナーを設けてからは、雰囲気はさらによくなった。外に押し出された椅子の上で市役所に来た町の人々に挨拶をしている、われらVIPたちの様子もなんだか変わったみたいだ。ルーシュ飾りのついた白い椅子カバーを取り替えたせいだろうか。カラフルなハローキティの椅子カバーを見て、そう思った。(了)


(第9回の執筆者は、ケイコさんです。お楽しみに!)

★イザベルさんからイロミさんへのメッセージ★
「先に書いてくれて助かりました。」

(ほんとはイザベルが8月担当だったんですよ。 レーコ)


(レーコより)
 執筆どうもありがとうございました。ちょっと『アメリ』みたいな話だったね。イザベルらしくて面白かった。
10年ほど前、エジンバラのカレッジでイザベルと同じ演劇クラスにいたんです。すっごく楽しいクラスだったんだけど、まとまりはあんまりよくなかったなー。いろんな国の生徒がいたからだろうと思うけど。喋りっぱなしのコとか、人の話(センセイの話も)を全然聞いてないコ、けっこういた(特にイタリア人とフランス人)。学期の終わりに私たちが英語で脚本&演技した芝居、見てほしかったですよ〜、面白かったけど、もー滅茶苦茶でした。

 当時、イザベルは日本人とイタリア人のコと3人で暮らしていたんだけど、彼女たちのフラットがエジンバラのいわゆる「お金持ち」エリアにあったんです。もちろん、そのフラットもなかなかでした。。。って不自然なほど広い、深紅のカーペットが敷き詰められたバスルームがすごかっただけなんですけど。東京の私の部屋より明らかに広かったです。私はイザベル以外のフラットメイトともけっこう仲良くなったし、イザベルも私のフラットメイトと仲が良かったので、一緒にパーティしたり、あちこち散歩したり、映画見たりしました。警察に呼ばれたこともあるんですよ、トホホ。とにかく、彼女とはスコットランドの想い出をたくさん共有してるんです。
 以来、イザベルとは友達づきあいが続いてます。今、彼女は日本で働いていて、もう日本語もすっかりペラペラです。10年前なんて、あいさつ程度の日本語しか知らなかったのに・・・。「光陰矢のごとし」とはいうけれど、着実に何かを積み重ねる人もいるんだなーって思いました。
 イザベルと、みんなでエジンバラに集まって同窓会をしたいねーと話してます。いつになることやら。だけど、いくつになっていようが、どれだけ遠くに住んでいようが、なんだかまたみんなと会えるような気がする。これって「友情」?

→「読本 十人十色」バックナンバー
1「筒井康隆礼賛」by よねお
2「デス・スターの溝」by KITT
3「恋い焦がれる」by マサコ
4「おれがすき。」by こばやし
5「奥の奥の感覚」by トヨダ
6「こちらヒューストン」by テラケン
7「ドラッグのすすめ」by イロミ
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