TFJ's Sidewalk Cafe > Dustbin Of History >
Review: 溝口 健二 (dir.) 『女性の勝利』 (映画); 清水 宏 (dir.) 『金環蝕』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2014/12/29

神保町シアター『伝説の女優 桑野通子と桑野みゆき――母と娘が紡いだ、一瞬の夢』も最終日。 一日映画館に籠って、桑野 通子 映画三本まとめて観ました。

1946 / 松竹大船 / 白黒 / 81 min.
監督: 溝口 健二.
田中 絹代 (細川 ひろ子), 桑野 道子 (姉 みち子), 三浦 光子 (朝倉 とも), 徳大寺 伸 (山岡 敬太), 松本 克平 (河野 周一郎), etc

終戦直後に 溝口 健二 が 田中 絹代 主演で撮った、 『女優須磨子の戀』 (松竹京都, 1947)、『我が戀は燃えぬ』 (松竹京都, 1949) と続く「女性解放三部作」の第一作。 細川 ひろ子は、姉の夫である弁護士 河野 の援助で弁護士になったものの、 その河野によって、戦時中、婚約者の山岡が政治犯で監獄送りとなり、戦後瀕死の状態で釈放される。 そして、戦後の司法の民主化を巡って、細川は河野と対立。 そんな中、貧困の絶望で嬰児殺しをしてしまった女学校時代の同級生 朝倉 の裁判で細川と山岡は対決する、 という物語を通して、女性の自立の問題を扱う映画です。

戦時中の戦意高揚映画の反動で戦後に民主主義啓蒙映画が多く作られたわけで、そういう時代だったのでしょうが、 戦時中でも力抜けた国策映画 (のふりをした人情物とかメロドラマとか) [関連レビュー] を作っていた松竹にしては、セリフにしても妙に力んだ映画だなあ、と。 戦前の職業婦人を主人公とした映画、 例えば 『女醫絹代先生』 (松竹大船, 1937) [レビュー] などの方が、 ほよど自然に女性の自立を描いていたような、と思ってしまいました。

桑野 通子 は 妹と夫の板挟みになる中で自立に目覚める姉という、 『をぢさん』 (松竹大船, 1943) [レビュー] での役にも似た、上品な和装な奥様役。 やっぱりこの頃には、はすっぱなモガからイメージを変えていたんだなあ、と、感慨。

1934 / 松竹蒲田 / 白黒 / 無声・サウンド版 / 97 min.
監督: 清水 宏.
藤井 貢 (大崎 修吉), 金光 嗣郎 (神田 清次), 川崎 弘子 (西村 絹枝), 桑野 通子 (岩城 鞆音), 山口 勇 (松村運轉手), 坪内 美子 (妹 嘉代).

あらすじ: 東京への進学を諦め家族のために地元で働く 大崎 は、東京進学して法学士となった 神田 との友情のため、 神田との縁談が持ち上がった従妹 絹枝 の恋心を拒み、単身東京へ出る。 大崎は地元出身の実業家 岩城 の世話になろうとするが、門前払いを受けるうちに、岩城家の自動車に轢かれて大怪我を負ってしまう。 しかし、それが縁で岩城家の家庭教師役の書生となり、令嬢 鞆音と運転手 松村の妹 嘉代に好意を寄せられる。 そして、嘉代の元家庭教師という縁で、神田と再会し、大崎が郷里を去った直後に絹枝も家出したことを知らされる。 その後の岩城家は事業が失敗し屋敷を売払い事業から手を引くことになり、そんな中、神田と鞆音の縁談が持ち上がる。 鞆音は 大崎 へ結婚を迫るが、神田 との友情のため大崎は拒み、岩城家を去る。 大崎は、独立して円タク開業していた元岩城家運転手 松村を頼って、その運転助手となる。 松村の妹 嘉代は生活のため女給として働き始めるが、そこで、大崎を追って上京し女給となっていた 絹枝 と知り合う。 嘉代はそうと知らず絹枝を連れて家に帰り、そこで大崎と絹枝が鉢合わせてしまう。 絹枝は、大崎へ好意を寄せる嘉代のために身を引く決意をし、自分が探していた男は神田だと嘘をつく。 嘉代は神田の結婚式に乗り込んで止めさせようとするが、そこで神田から事情を知らされる。 事情を知った嘉代は、兄の勧めもあって、女給を辞めて郷里へ帰る。 一方、大崎を諦め馴染みの客を旦那にすることを決意した 絹枝 はその客と熱海に向かうが、 そのために乗ったのが、偶然、松村と大崎が運転するタクシーだった。 そして、熱海のホテルで大崎は絹枝を止めようとして警察を呼ばれるが、偶然宿泊していた神田夫妻に救われる。 その後、神田夫妻は洋行し、大崎と絹枝は二人で郷里に帰った。

一人の男を巡って、三人の女性が火花を散らすというか譲り合うかのようなメロドラマ。 優柔不断で朴訥で美男というわけでもないのに特に人柄を知るきっかけとなるエピソードもなく 大崎が三人の美女に好意を持たれることに説得力がありませんでしたが、 周囲の女性を振り回す優柔不断な男は松竹メロドラマのお約束 [関連レビュー]。 通俗的とはいえ、三人の美女の駆け引きを楽しんで観ました。 『家族会議』 (松竹大船, 1936) [レビュー] や 『朱と緑』 (松竹大船, 1937) [レビュー] もそうですが、 一対二の三角関係ではなく、三人の女性が鞘当てするというのもメロドラマによくあるパターンなのでしょうか。 対照的な二人より三人の方が性格付けに幅ができますし、第二の男を配しやすくなりますし、なかなかよく出来た図式だな、と。

川崎 弘子 演じる絹枝は大崎への思いが叶わず身を持ち崩しかける薄幸な美女。 こういう役がハマる 川崎 弘子 は松竹メロドラマに不可欠な女優だと、つくづく。 桑野 通子 演じる鞆音は洋装しかしないモガな我儘お嬢様。 1930s後半なら 高杉 早苗 がやりそうな役ですが、洋装が似合いますし、初々しさもあって、実に可愛かった。 坪内 美子 も『浮草物語』と同年ということで、純朴な町娘という役にハマっていました。 このような豪華な女優陣も、松竹メロドラマの楽しみです。

最後にもう一本 小津 安二郎 『淑女は何を忘れたか』 (松竹大船, 1937)。 以前にも書いていますし、改めて書くことはありませんが、 年末を締めくくるにふさわしい、楽しい恐妻コメディというかロマンティック・コメディでした。

年度末繁忙期ながら、『伝説の女優 桑野通子と桑野みゆき――母と娘が紡いだ、一瞬の夢』も、 桑野 通子 出演作に絞って、 『恋も忘れて』 (松竹大船, 1937) [レビュー]、 『家族會議』 (松竹大船, 1936) [レビュー]、 『東京の英雄』 (松竹蒲田, 1935) [レビュー] に この3本と、6本観ることができました。桑野 通子 の魅力を堪能しました。 網羅的に観ているというわけではないですが、 今回の上映だけでなく今まで観たことのある中から 桑野 通子 映画 Top 5 を選んでみました。

  1. 島津 保次郎 『兄とその妹』 (松竹大船, 1939) [レビュー]
  2. 清水 宏 『家庭日記』 (松竹大船, 1938) [レビュー]
  3. 清水 宏 『有りがたうさん』 (松竹蒲田, 1936) [レビュー]
  4. 小津 安二郎 『淑女は何を忘れたか』 (松竹大船, 1937) [レビュー]
  5. 清水 宏 『恋も忘れて』 (松竹大船, 1937) [レビュー]

男勝りなモダンな娘 (『兄とその妹』や『淑女は何を忘れたか』) や はすっぱだが人情深く芯の強い水商売女 (『家庭日記』、『有りがたうさん』や『恋も忘れて』) を 演じさせたら、桑野 通子 の右に出る女優はいません。

今年は近年になく映画を良く観た一年でしたが、思えば、きっかけは 正月の神保町シアターでの 小津 安二郎 サイレント映画特集 [レビュー]。 続いて2月から3月にかけて東京国立近代美術館フィルムセンターで特集『よみがえる日本映画 vol.7 [松竹篇]』 [レビュー]。 これで映画熱に火がついてしまいました。そして、この年末の 桑野 通子 特集。 始めも終わりも戦前松竹映画、それも、年始はもちろん年末最後も 小津 安二郎 という。 作品性高い 小津 安二郎 や 清水 宏 の映画はもちろん、通俗的なメロドラマまで、豪華な女優陣も含めて、 戦前松竹映画を堪能したこの一年でした。