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 ● 2005年03月31日(木)  そして...人が残った?
g1.jpg 100×100 3K夕方から、みみのこと・川口くんとミーティング。

「みみのこと」とは、田中小実昌の昭和54年の直木賞作品「ミミのこと」である。この小説は、1970年代に青春を送った世代にとっては、昭和20年代後半〜30年代で青春を過ごせなかったことへの、その当時への憧れすら感じる、男のセンチメンタルな作品で、まあ人にもよるだろうが、男ならちょっと泣ける話である。

で、バンドの「みみのこと」は、ベースが現INISIEの竹内くんにチェンジしたこともあり、ずいぶん川口くんの歌を聞かせるバンドになっている。そんな彼らの最新スタジオ録音をアルケミーでリリース、という話。いちおう7月下旬〜8月のリリース予定で話を進行することにした。

みみのことも含め、最近のバンドについて、また私が思っていることについて、いろいろ話す。

まあ、アルケミーレコードも含め、インディーズレーベルなんてもう必要ない時代なんじゃあないの、とも思っているわけです。各人がCD-Rで作品作って、ライブ会場で手売りしたり、ユニオンや円盤のようなCD-R作品でも受け付ける店においてもらって売ればいいし、そのうちネット配信>ダウンロードが主流の時代になる(らしい)ので、そうすればCD-Rという媒体もいらなくなるしね。
たかだか「プレスされてジャケットとケースがついているだけ」で、2300円とか、2800円とかの"馬鹿高い"インディーズ盤はいらない、と。
そりゃあ、エンジニアもマスタリングも、CDリスナーには想像もつかないような神経とお金かけた機材で、音質や音像にこだわって音を作っているのですが、ダウンロードして満足している世代には、そんな音質も関係ないし。
じゃあインディーズレーベルって何?というと、アマゾンやタワーレコードみたいなCD-R作品は扱わないような店に流通させるとか、もっと売れてメジャーになりたい(死語ですな)ような方々のためにあるようなものとか、ちいちゃいけどステイタスとか、簡単なプライドみたいなもの?それと、アルケミーというブランド(死語死語)みたいなものかもしれないしね。

まあ、そんな時代に、わざわざアルケミーからプレスしたCDを出したいという川口くんには、こちらからこそ選択してくれて感謝、というくらいですわ。
こちらも出来るだけのことはしますから。

いくつかの提案もして、川口くんは練習に。

まあ、本当はね、こだわってレコーディングして、ジャケットも写真もこだわって、自費とか、彼氏のレーベルとかの身内のレーベルでなく、ぜんぜん別の、他人のレーベルから自分の作品を出す、ということの、重要な意味というのは、確かにある。これは口で説明しても、わからない人にはわからない。それがどんなにバンドに影響を与え、ある時は成長し、ある時はバンドが解散してしまうまでの、普通じゃないエネルギーの動き、というのも、確かにある。それが「歴史的名盤」とかいわれる音源になっていくし、バンドが急速によくなっていくきっかけにもなるのだ。

まあ、わからない人々には、わからない話だ。

川口くんが帰ったあと、なんか音楽を聞く気がしなくなって、ジェネシスの「そして3人が残った」というアルバムを聞く。この音楽がどうとかいうのではなく、バンドそのものがが終わる直前の音、と、いう感触が、好きだ。ビートルズなら「レット・イット・ビー」とか「アビー・ロード」、キング・クリムゾンなら「レッド」とかのアルバム全体に流れる「終わり感」みたいなもの、かな。

さて、さあ、さて。

 ● 2005年03月30日(水)  煙突
朝からなんやかやの荷造り。午後から玩具メーカーで会議。

そのメーカーのMさんより久々のメール。昨年末に会って以来3ヶ月ぶり?
ここの日記はたまに読んでくれているようだが、音楽のはなしはわからないし、とのこと。じゃあ、今日は出来るだけ、音楽以外の話を。

昨日のおにんこのまいこちゃんも3ヶ月ぶりなら、今日はまたおにんこのひらちんから3ヶ月ぶりのメール。

この3ヶ月。
うーん、いろいろありましたね。ここには書いていないことも含めて。
神に導かれているのか?というようなこともあったし、このあたりが転機なのかなと思うこともしばしば。言葉に出来ないくらい嬉しいこともありましたし、もうどうでもいいやと投げ出したくなることも。
まあ、みんなよく生きているよなあ。自殺なんて、したくなって当然だと思うしねえ。無神経な態度には腹が立つけれど、無神経じゃないと生きていけないことも多いのでしょう。もう、どんな人が出てきても、驚かない気がしますね。

あの世にしても、天国とか、地獄とか、ぬるいよね、と、またもや玩具メーカーの子会社のSくんと話してたり。Sくんは度胸も根性もないけれど、本当はテロや革命にあこがれている。そのくせ、上には厳しく立ち向かい、下の人間にはやさしいという、なんだか会社では出世の見込めない、いいヤツだったりする。会社やめて独立すれば、と何度も水をむけても、なかなか腰が重いのも、自分のことよりも、自分の部下のことを思っているのではないかなあ、と、思ってしまう。

まあ、いろいろなことは結局は繋がっている。サッカーのオウンゴールも、どこやらの地震も、ホリエモンも、アルケミーとかキャプテントリップとかのCDがたいして売れないことも、ライブハウスにお客さんが来ないことも、今日もフジヤマはあいていなかったことも、ひらちんのメールが3ヶ月ぶりなことも。

フジヤマは開いていなかったが、となりの銭湯の煙突は、今日もスクッと立っていた。煙突とか、鉄塔とかは、スクッとしていて、かっこいい。
en.jpg 160×120 3K

 ● 2005年03月29日(火)  愚かなり、我が恋
bf.jpg 100×98 3Kお昼におにんこのまいこちゃんより電話。
おにんこの面々もここの日記読んでいるとのこと。けっこういろいろな人がこの日記読んでくれているみたい。

夕方から中野へ。
友人がお店を閉店するというので、最後に顔を見に行く。
彼が学生のころ、もう10年以上前になるが、うちでバイトしていたことがある。その後、自分の店を開いたが、不景気な昨今、とうとう閉店することに。
まだ33才、なんでもできるし、やり直しできるさ。

帰りに中古CD屋へ。
ブライアン・フェリーが日本盤帯付きで690円。ついつい「愚かなり、我が恋(These Foolish Things )」と「イン・ユア・マインド(In Your Mind)」を買う。「Another Time, Another Place 」はなくて残念。この3枚は発売当時アナログ盤で持っていた。よれよれの、しかし色気のあるおっさんを演じれば天下一品のブライアン・フェリー、70年代の名盤。
「愚かなり、我が恋」は、73年当時ですら買うのを1度はためらった、なんとも濃いジャケットである。ここに収録の「心のかけら」って、誰の曲だったか一瞬思い出せなかったが、よくよく考えてみればジャニス・ジョプリンだ。これまた70年代当時、「グレイテスト・ヒッツ」をさんざん聞いたのに、失念するとは。
「イン・ユア・マインド」は「トウキョウ・ジョー」が代表作だが、やはり「Love Me Madly Again」かな。確か当時は「激しく愛してもう一度」という邦題がついていたはず。アルケミーのアウシュビッツの「Love Me」の語源はここにあったはずだが、林くんがいない今は、ちょっと確認できない。

帰宅後、DOODLESのCD-R作品(no titled)を聞く。どうしてこんなに...と思うくらい、身に染みいる歌なんだろうか。「砂語り」は、ギューンの1stにも、アルケミーの「のこり」にも収録されなかったので、スタジオ録音完璧版をいつか聞きたい。

みみのことのCD-Rを、また聞く。
昼間にはドラマーである志村くんに偶然会ったので、この件について簡単にこちらの気持ちを話した。川口くんとは木曜日にミーティングする予定。
どこか、ホワイトヘブン風、も感じたが、そりゃそうか、志村くんいるんだものなあ。

そう言えば、昨日のペンギンハウス、客入れのBGMはキャメルの「雨のシルエット」にしておいた。雨だったしね。メロウすぎましたか?>沢田さん。

 ● 2005年03月28日(月)  三上さんとの夜
昼間にあるバンドの方からメール。
私の2月28日の書き込みを自分のバンドのことだと思っていたみたいで、ずいぶん傷つけたようでした。
ごめんね、君たちのことではなかったのに。
アルケミーにかかわっているバンドたちは、みなさんちゃんと音楽に取り組んでいるのだ、ということは重々承知しております。また、私の姿勢が正しくて、あまっちょろいのはダメだと言っているのではありません。音楽への姿勢なんて、各自それぞれだし。
我々は会社員でもないし、金で繋がっているわけでもないので、「筋をとおす」とか「仁義」みたいなのが大事だったりする。このへんがヤクザと同じなんですが、このあたりだけの問題で、相手の人格まで否定しているつもりはないよ。
こっちだって、ろくでもないことしたり、つまらないことやっちゃったり、というのはけっこうあるわけで、そのいうようなことを相手がしたからといって、いちいちケチつけているわけではないのでね。
深く傷つかないでください。


で、今夜はペンギンハウスで三上寛さんとライブ。

客席には、なんと佐井好子さん来場とあって、ちょっと緊張しました。

今日はJOJO広重バンドとしての演奏。各自ミスもあったかとは思いますが(笑)、演奏はちゃんといい感じでできていましたよ。私はテンションのコントロールが少し難しかった。

三上さんは北海道ネコヤナギツアーが昨夜まであり、今朝は小樽>札幌経由で、空港からライブハウスに来てくださいました。感謝。
演奏は、札幌の空気を高円寺に持ってきてくださったかのような、エネルギッシュな内容でした。素晴らしかったです。その歌に、声に、ずいぶん励まされました。おにんこ連もこういうライブを見にこなくちゃ。

ステージで私のことにもふれてくださりましたが、『最初の10年は奇人変人、次の10年は無視される、そして30年であきらめる!』と、私の30周年を気遣ってくださいました。そうですね、ようやく、あきらめられますかね。(笑)

佐井好子さんは三上さんの歌い方を「広重さんの影響をうけておられるのでは」とおっしゃってましたが、そんなことはないと思いますが。でも、共演したりすると、いろいろ深いところで影響を受け合うものですので、いろいろそういった傾向はあるやもしれませんね。

打ち上げでは三上さんの北海道話。アイヌの話や、北海道は日本円と日本語の通じる外国だという説、やさしさという言葉が嫌いだったが北海道の人のやさしさに触れてこういうやさしさならいいなあと思ったことなど、毎度ながら興味深いお話しをいろいろ聞かしていただきました。
素敵な夜をありがとうございました。すこし元気をいただきました。感謝。
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 ● 2005年03月27日(日)  ブライテスト・ホープス
夕方からスタジオで練習。
4月3日横浜CLUB24のためのスペシャルユニット。
JOJO広重+DOODLES+INISIE+西村卓也。
えらくかっこいいサウンドに仕上げられました。
横浜のみなさん、お楽しみに!

練習後、駅前の居酒屋にて打ち上げ。
いやはや、かなり飲み過ぎました.....
夜邪や沢口さんやにせんねんもんだいなどについていろいろ話した気もしますが、ほとんど記憶がございません。
はて?はて...

写真は竹内&タッキーのB&B(ベース&ベース)
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 ● 2005年03月26日(土)  札幌に想いはつのる
kani.jpg 160×120 5K札幌から蒲鉾がたくさん届く。
カニ蒲鉾はカニの形。鮭蒲鉾は魚の形。とてもかわいくて、おいしい。
札幌にまた行きたい。早く行きたい!(次回のライブは6月ですが...)

昨日のライブで壊してしまったギターの修理。
新宿のギブソン専門店に行き、パーツ購入。こういったものがすぐに手に入るのは、さすが東京ですね。
修理できました。大阪スタッフ、あわてさせて、すまん。


新メンバー版みみのことのデモを昨日川口くんにもらったものを聞く。

頭士くんから郵便で、1979年の螺旋階段のスタジオテープをCD-Rにしてもらったものが届いたので、聞く。これが....なんだかすごくいい感じです。
自画自賛になってしまうが、オレもIDIOTも頭士くんも19才で、よくこんな音楽やってましたねえ。早熟だったんだなあ。たぶんサイケ好きのマゾくんも気に入る気がして、CD-Rバックアップとって、明日AMSに送る荷物に入れておこう。

尾谷嬢といろいろ話す。私も、人にはなかなか話さないことで、思っていること、いろいろあるのだ。

今にして思えば、昨日のオレのソロライブ、始めてみたINISIEの竹内くんなんかにとっては、けっこうショックだったかもね。確かに、死にそうなライブだったね。まだ、とうぶんは死なないけどね。(笑)

 ● 2005年03月25日(金)  夜邪の夜・第二夜
y2.jpg 100×75 2K2005.3.25. at 吉祥寺・Warzawa Fourth Floor
出演:川口雅巳、夜邪、JOJO広重

今日も夕方からライブ。

<川口雅巳>
12弦エレキの弾き語り。どれが川口くんのオリジナルか、カヴァーなのかわかりませんでしたが、2曲目はいい曲でしたね。小屋のせいか、残響音がややうるさくて、歌詞が聞こえにくかったです。これを見ながら、ああ、私の時はリヴァーヴを減らそうと思いましたが。

<夜邪>
昨夜はやはり緊張していたようで、若干ミスも多かったのですが、今日は2日目とあって、いくぶんリラックスした演奏。演奏曲目は昨日と同じだったのですが、出来映えは今日のほうがよかったかも。
聞いていて身体が揺れる、そんな夜邪でした。

<JOJO広重with夜邪>
せっかく東京に来た夜邪に、まあ思い出にと。また京都から見に来てくれたばるるさん始め、この会場に来てくれたお客さんや仲間のために、なにかスペシャルなものをと、JOJO広重with夜邪の演奏を企画しました。
「Love Love Love」を私と夜邪の2人の計3名で歌うというもの。なかなかいい感じでしたが、夜邪はリハであわせただけ、原曲も私のバージョンも知らないとあって、テンションのあがってきた私の歌につられる展開>つい夜邪のふたりが吹き出してしまうという展開>なかなかおもしろかったです。
私と歌う機会のある女性も稀ですが、私の歌の横で笑うというのも前代未聞かも。さすが、夜邪。
こちらも楽しかったです。あとで笑ってしまったことをあやまってましたが、気にしなくていいよ。

<Jojo広重>
最近のソロ演奏のパターン周到でしたが、まあまあ出来のよかった方ではないかと。セットリストは
1.迷子の少女(昨日のDNJはあっこちゃんの英語版だったので、私の脚色入り日本語版で歌いました)
2.死にたいだけ(最近の新アレンジ)
3.夢は夜ひらく
4.三月の雪
5.それで全てが終わるなら

DJスズキジュンゾは、私の好きな曲ばかりかけてくれました。一番嬉しかったのは「リコシェ」です。

打ち上げも楽しく、夜邪も東京ミニツアーを楽しんでくれた模様。
気をつけて帰ってください。再会をみんな楽しみにしています。
今度は大阪にも来て下さい。

 ● 2005年03月24日(木)  夜邪の夜
yo.jpg 160×120 5Kat 東高円寺・UFOCLUB
「ナイトギャラリー3」 レコ発ライブ
出演:スズキジュンゾ、DNJ(JOJO広重+西村卓也+DOODLES)、INISIE、夜邪(From 札幌)、猿股茸美都子(From 大阪)

<スズキジュンゾ>
トッパーはジュンゾくん。
コサカイくんが前回のジュンゾくんのライブは良かった、とどこかの掲示板で書いていたので、やや心配していた。ジュンゾくんは出来の良いライブは続かない、というジンクスがあったからである。
しかし、なんの、なかなか良いライブでした。歌と音の深さを十分に見せつけたのでは。気合いはいってました。

<DNJ>
実はリハまで、自分がコーラスボーカルすることや、ギターソロの部分があったことを忘れていましたが、リハで全てを思い出して修正。本番はちゃんとできました。
今回はドアーズの「迷子の少女」のカヴァー。今日が誕生日のタッキーがいかしたベースを弾いてくれました。あっこちゃんのボーカル、なおっぺのドラムもバッチリ。OK、OK。
私のライブを見に来てくれた、鹿児島から来た高校生2人。
他にも、今日の客層はずいぶん若かった気がします。

<INISIE>
リハから気合い入っているなー、という感じでした。ナイトギャラリーにも収録された「想い」は、今まで聞いた中で、一番よかったかも。2曲目以降はファズギター炸裂、非常階段にも入れるかな、という感じ。
このノリなら、4月3日の横浜CLUB24のライブはかなりおもしろくなりそうです。

<夜邪>
札幌のカワイコチャン2名。
し・か・し。
これは”ハマル”のが、良くわかりますね。彼女達の独特の世界に聞き手が引きずり混まれていくのですわ。「2001年に甦る夜邪」で一気に会場全体が引っ張り込まれた模様でした。すごいです。
私はスピッツのヒバリのココロもまた再演してくれたので、嬉しかった。清い!

<猿股茸美都子>
これまた一気に雰囲気がガラリとかわる、おどろおどろしい猿股茸美都子の世界。
「赤いバター」って?「あんあん」?これはこれで凄いなあ。1980年代初頭にこんなバンドあったら、スターですよ。
でもかっこよかった!

打ち上げは近所のアジアンレストランで。高校生くんも交えて、久しぶりのナガクボくんも笑顔がまぶしく、楽しい打ち上げでした。
猿股茸美都子&夜邪一行を各ホテルに送り届けて、深夜2時過ぎに帰宅。

 ● 2005年03月23日(水)  神を探しに?
d1.jpg 100×149 5K夕方よりバンド練習でスタジオ入り。

DOODLESのあっこちゃん入り4人メンバーの練習は、約10ヶ月ぶりとあって、昔の感を取り戻すのにあれこれ。
来週の28日月曜日の高円寺ペンギンハウスでは、この4人メンバーで出演のため、演奏曲目や曲順などをあれこれ。

DOODLESもしばらくライブを見ていないので、近いうちにじっくり見て聞いてみたくなった。


今日はグズグズとした雨模様。

明日は高円寺UFOでナイトギャラリー3レコ発ライブなので、晴れて欲しい。
多くのお客さんに来て欲しいと、思う。
私も明日はDNJで出演します。

 ● 2005年03月22日(火)  言葉で、はげまされて。歌。
pi.jpg 160×120 4K朝イチのメールで、こころが一気に明るくなった。

今日は1日中、メールしていた感じ。
昨夜の哀しい気持ちは、メールでずいぶん励まされ、元気になれた。
こんな日も、あるのだ。

先日Kさんにいただいた、ピンク・フロイドの1972年スイスのライブを聞く。
"狂気"や"おせっかい"からのテイクが多く、こころがなごむ。この2枚のアルバムが、一番好きだ。
所詮、JOJO広重もブルースかい、という声が聞こえてきそうだが、歌のルーツはブルースにしかないだろう。
どんな歌でも、根底には哀しみがある。そして、それでいいのだ。

DNJのための個人練習、DOODLESの1stもひっぱりだしてきて、聞く。
4/3横浜のための練習も少々。

夜邪や猿股茸美都子から続々メール。あさってには東京で再会。INISIEやジュンゾくんもいっしょに演奏できる3月24日は、なんだか特別な日になりそうだ。

みんなの歌が、聞きたいのだ。

 ● 2005年03月21日(月)  同じ穴の狢
早朝よりカードのイベント。

毎回ではないが、やってくる小学校六年生の子どもと遊ぶ。
その子が帰ってから、その子の家がヤクザ屋さんと知る。
そうですか、同じ穴の狢ですか。
まあ、だから私に寄ってくるんだな、というのもありますわな。

ちょっとだけ、空漠感?

温泉に行きたい気分。

 ● 2005年03月20日(日)  ナイトギャラリー3完成!
night.jpg 160×158 10K今日は名古屋でカードのイベント。朝6時に起きて新幹線で日帰り。

カード関係の常連のお客さん、各地にいらっしゃいますが、どの地方でも聾唖の方が数名おられます。基本的には、彼らは耳が聞こえない。でもカードは楽しめますからね。彼らが楽しそうにしているのを見ると、健康な連中の不健康さが、なんだか甘く見えてしかたない。

ここのところ毎回KさんがプログレのブートのCD-Rコピーを持参くださる。今回もピンク・フロイドなど3点いただきました。感謝。
ピンク・フロイドはやっぱりいいねえと、ひとしきり話す。浜松の件も少々。
ルクレチアの昨夜はどうだったんだろう。

東京に戻ると、昨日到着予定が届かず不安だった、「ナイトギャラリー3」のCDが100枚届いていた。これで24日の発売記念ライブに間に合う。
さっそく聞いてみるが、なかなか音がいい。オメガサウンドのマスタリング、大成功でした。プレスの会社もかわったのかも。
ジャケットは深淵な森の写真、トレイはちょっとポップな感じに各バンドの写真をデザインしてある。あ、オレはライナーに「ナイトギャラリーシリーズは3作で一旦終了」とか書いているな。忘れてました。

収録のバンドさんには24日に渡しますが、どうしても早く欲しいメンバーは取りに来てくれれば渡しますよ>Jゾウくん?

しかし24日UFOクラブ、札幌から夜邪、大阪から猿股茸美都子も来て、INISIE、スズキジュンゾも出演、DNJでオレも出演とあって、たいがい豪華ですね。たくさん見に来てくれるとうれしい。交通費もたいがいかかるので。(笑)CDも会場で売れてくれるといいな。

昨夜の大阪・伽奈泥庵の「念力サラリーマンズ」と山本精一+吉川豊人+ドナルド(3Day Stabble)のグループ「The Three Wise Men」(どこが...笑)のライブはどうだったのかな。

 ● 2005年03月19日(土)  ある春の日
fuji1.jpg 160×120 6K今日は浜松で、新しくライブハウス「LUCREZIA」がオープン。
よしのさんこと、UP-TIGHTのマネージャーさんが始めるのですが、アルケミーレコードからも花を贈らせていただきました。おめでとうございます。
これからがたいへんですが、こういった場を提供することが、バンドにとっても、どうしても必要なことだと思いますので、浜松にしっかり根を張って、がんばってください。



1990年に発売した弊社CD「愛欲人民十二球団」を再発計画中。今日は新しく追加のライナーノーツを執筆。

夕方から三軒茶屋フジヤマへ。
開いているかどうかいつもあやしい店なので、本来なら電話で確認してから行くべきなのだが、なんだかそれはそれでお店を疑っているような気がしていやなので、アポなしで訪問。今日は開いていました。
頼まれていたJAGATARAのDVDとCDを納品、釣り銭しかないのに集金(強奪?)。いやいや、やはりお金は払わないと。(笑)

渡辺さんとライブドアの件や、私の先の携帯ダウンロードサイトの件など、いろいろ話す。基本的には人間、そして気持ちが問題であることを再確認。
しかしねえ、やめたいとくらい、思うんですよねえ、なにもかも。でも、私も、渡辺さんも、生悦住さんも、地引さんも、松谷くんも、クレイジーSKBも、すはらんも、宮部くんも、吉本さんも、ししょうも、IDIOTも、そういった人たちはどこかで繋がっていて、それは誰もの支えにもなっている。だから林くんのように、しかたないにしても、いなくなられると、こころのどこかに穴があいて、うまらない。人の人生はその人のものだから、なにも強制力はないけれど、インディーズがどうだ、バンドがどうだ、売上げが、、なんていう問題ではなく、やめれないのはここあたりにある。もしくは、みんないっしょに、やめますか。(笑)

帰りにいつもの中古CDショップへ。探していたザ・タイガースのアルバムを発見。4月に大阪ファンダンゴで行うライブに使う曲の入ったCDなので、重宝します。
この店、名前をあかすとお客さんが殺到しちゃうので書けませんが、本当にいいお店です。いつも、ありがとう。今回も新入荷コーナーで、他のお店では滅多に見かけないJAシーザーの「国境巡礼歌」「身毒丸」の中古CD発見しました。さすがです。でも、ちょっとお値段が。(笑)

 ● 2005年03月18日(金)  タワレコインストア
0303.jpg 108×87 3Kタワーレコード新宿店でインストアライブ。

ひとりじゃあさみしいので、いつものことながら、沢口みきちゃんにゲスト出演してもらう。
ふたりで歌った「夢は夜ひらく」は、けっこうおもしろい出来映えでした。
古い歌謡曲っていいよね、と、みきちゃん。
そんなアルバムも作ってみたい。

終了後、テイチクのディレクターと歌舞伎町へ。
70ヶ所刺されて死んだ事件のあった居酒屋の、下の階の居酒屋へ。(笑)

 ● 2005年03月17日(木)  小間くんのアルバム
koma.jpg 160×158 9K東京に戻ると、小間くんのアルバム「青空」が届いていた。

サウンドこそは、ハージェスト・リッジあたりのマイク・オールドフィールドや、ブリティッシュ・プログレッシブのような印象を受けるが、少し聞き進むと、そんなのんきな音ではないことにすぐ気が付く。
重い。
美しさやせつなさの、裏ではなく、奥にある、重さ。
この魅力、このやるせなさに、何人の人が気が付くのだろうか。
少しでも多くの人の耳に届いて欲しいと、切に思う。
小間くん、君はやっぱり、凄いなあ。


ザリガニツリ次号の原稿を少し執筆。書いているうちにいろいろ思い出してしまい、なんだか胸がつまる。

 ● 2005年03月16日(水)  ベアーズでライブ
この日は大阪なんば・ベアーズで「JOJO広重・ギターインプロヴィゼーション10番勝負関西編・第三回」である。

最初は猿股茸美都子。
来週発売の「ナイトギャラリー3」収録のバンドだが、この日も独特のムードでのライブ。私は札幌・十蘭堂、東京なら渋谷・青い部屋でライブを行えば、小屋にピッタリのバンドだと思う。昭和の淫靡な雰囲気を持っている希有なバンドだと思うからだ。例えば犬神サーカス団のような、あきらかに狙ったものは、どこか冷めてしまうが、この猿股茸美津子はなんとも独特なのである。来週の東京・高円寺UFOクラブのライブが楽しみ。

オニ、ピカチュウを迎えてのギターインプロヴィゼーションは、これまた全曲通してのストーリーがあるかのような、非常に音楽的なセッションとなった。ボーカリゼーションも交えてのものだったので、特にユニークだったかもしれない。お二人とも、ありがとう。おもしろいセッションでした。

打ち上げ。オシリペンペンズや写真アーティストの佐伯君、毎度のマゾ、カッキー、ナカヤさんなど、楽しいメンバーとの飲み会。ピカチュウ、オニ、モタコくんなどを見ていると、こういう連中が出てきているなら大阪は安心して見ていられるかなとも思う。後はまかすから、よろしくな。(笑)
ピカチュウと占いの話など。彼女なりに、「流れ」などを直感的に感じているのだろう。その感覚は、正しい。
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 ● 2005年03月15日(火)  新大阪
3.jpg 180×128 8K大阪のアルケミー事務所で新企画の打ち合わせ。

新大阪で定例の講習。

仲間と夕食。
ちょっと残念なこともあり。
アイワアイトテナンニナル?

 ● 2005年03月14日(月)  do you remember everything.....?
02.jpg 69×52 1K運命というと、軽く聴こえるので、そういう言葉ではなく、なにかに導かれていると、簡単に信じた方がいいのだと思う。

一生覚えている(覚えていたい)一日。
始まったことを確信する。

 ● 2005年03月13日(日)  新潟へ出張
grp0315220017.jpg 160×120 6K日曜日、朝5時36分。
なんとJR新宿駅全ホームに1本の車両もないというシチュエーション。
1日300万人を超える昇降客があり、オロナミンCドリンクが1日10万本売れるという、まさに世界最大の駅・新宿駅に、1両も車両がない時間帯があるなんて。

で東京駅経由>新潟へ。
銀世界。

 ● 2005年03月12日(土)  DNJ!
d11.jpg 120×117 6K今日はDNJ(DOODLES+西村卓也+JOJO広重)のスタジオ練習。

ドアーズのカヴァーをDNJ風に演奏しようという趣向で、今月24日の高円寺UFOクラブでの「ナイトギャラリー3発売記念ライブ」で披露するのである。
あっこちゃんのボーカルも西村くんのベースもなおっぺのドラムもいい感じなので、お楽しみに。
23日は5バンドなので、DNJは少ししか演奏できないが、4月22日大阪ファンダンゴでの「ナイトギャラリー3発売記念ライブ」大阪編では、DOODLESの曲>DNJアレンジも数曲演奏します。ばるるさん&すはらんもお楽しみに!

 ● 2005年03月11日(金)  着うたフル?>諫山実生を聞く&見る
isa.jpg 120×119 5Kインディーズ着うたサイトを運営する会社に話を聞きに行く。
着うた、ネット配信などは、数年のうちにCDの販売を凌駕する規模に成長する可能性は、高い。その時のためにも、経営としても、CD販売以外の収入源としても、CDの宣伝や通信販売としても、こういったシステムに積極的に参加してしかるべき、という営業セールスはよくよくわかる。
ただ、それでいいのか、という疑問と、インディーズとはいえ、売らんかなというインディーズとアルケミーは違うという部分、しかし売れなくては、音楽も広めなくては、という部分が、せめぎあう。
希望と絶望が交錯する気分。まあ、持ち帰って検討する、ということに。

渋谷に出て、タワレコ渋谷店をのぞく。新宿店にいた>渋谷に転勤になったKさんがいるかな、と思って探したが、見つからず。三上寛さんの5年前に出た単行本「三上寛・怨歌に生きる」を見つけて購入。もしかして、5年間店頭在庫されてた?まさかね。あとはイタリアンポップスのコーナーでルチオ・バッティスティの「8月7日午後」を購入。

諫山実生(いさやまみお)の「恋愛組曲」のCD&DVDが届く。昨年秋、NHKのみんなのうたで「月のワルツ」を見てから、あの映像のDVDがあれば、と思っていたので、うれしい。ちょっと佐井好子を思わせる曲、アニメーション映像だったんですよね。みんなのうたもたまに見るが、最近は少しおもしろい。この「月のワルツ」、ちょっと幻想的だったアニメ映像だったため、それなりに話題になったようで、この間、朝日新聞夕刊に紹介されていたなあ。
マジに佐井好子を期待すると、本当のところはちょっと違うかもしれないけれど、佐井好子ファンなら楽しめると思います。Kさん要チェック。
ただ、CDのほうは、「月のワルツ」以外の曲はやや凡庸な気もする。

大阪AMSに、札幌の古本屋"ザリガニヤ"が発行するフリーペーパー「ザリガニツリ」16号が届いたとのこと。今回は私の投稿コラム「私と女〜幼少編」が掲載されている。おもしろい原稿だと自分でも思うので、多くの方に読んで頂きたい。ほかにも夜邪のインタビューや、コサカイくんの原稿も掲載されているはず。

 ● 2005年03月10日(木)  仕事、仕事
q11.jpg 120×120 6K時差ぼけになることもなく、朝7時ころ目が覚める。

カナダにいる時に、散髪に行って帰ってくると、マイケル・ジャクソンのような髪型になっている夢を見た。今にして思えば、自分の十代の時の長髪の顔を、鏡で見ている夢だったのではないかと思う。ずいぶんと長髪だったからだ。
で、今は短髪なので、そんなわけはない。9時前にいきつけの床屋に行く。

不在中にたまっていた仕事、取材、新たな仕事などをこなす。

仕事中はツトム・ヤマシタの"GO/GO TOO" の2in1CDを聞いたり、QUEENの"シアー・ハート・アタック"を聞いたり。
"QUEEN"と"シアー・ハート・アタック"は、実際どうやってレコーディングされたのか、よくわからないというか、不可解な部分が多い。やたらヘンなエンジニアが、かなり妙なミキシングをしているはずである。けっこう凄いことしている、と当時も思っていたが、今聞いても、なんだか凄いなあと思う。
例えば"シアー・ハート・アタック"なら、大ヒットした「キラー・クイーン」ではなく、1曲目の「ブライトン・ロック」。この冒頭の、混沌としたサウンドコラージュの中からギターがうなってくる部分は、何度聞いてもゾクゾクする魅力に満ちている。

毎月スタジオボイス誌が送られてくるのであるが(M村さんサンキュ)、どうも最近の同誌は、勢いがない。エヴァンゲリオン特集、ノイズ特集(表紙はラリーズだった)、サイケ特集など、かつてはかなり革新的な内容もあったのに。数ヶ月前のボアダムズ特集は、山本精一くんのリリース作品リストが凄かったほかは、なんで今ボアなのかといった根本の説得力が欠けていた気がしたのは私だけだろうか。新譜が出たからというのは、広告をもらってそれについて書いている音楽誌と同じ理由になってしまう。
最近の掲載されている本、音楽、映画などは、他誌でも紹介されているようなものが多く、うーん。やはりどこも取り上げていないもの、誰もが忘れているもの、気がつかなかったものなどを取り上げてこそ、だと思うのだが。
まいっちんぐマチコ先生DVDボックス全95話を実際に見た、とか、なぜ今リンダ・ロンシュタット特集?、とか、スタジオボイスならではの稲川淳二特集とか。ああ、これは単にオレの趣味とか思いつきか。あかんか。

 ● 2005年03月09日(水)  帰国
tt2.jpg 86×120 4Kワシントン>日本へ。

機内ではさんざん映画を見たが、懐かしの映画「サウンド・オブ・ミュージック」を上映していたのには驚いた。
そして、素直に感動してしまう。私は子どもの頃、リバイバル上映で、映画館で見た記憶がある。
こういった映画を、児童の時に見たか、見ていないかで、やはりその後の人生に大きな影響を与えるのではないかと思う。
そして今の若い人の多くは、この映画を見ていないのだ。おそらく。

悲しい時、つらい時には、自分の大好きなもののことを思うのよ、という、ジュリー・アンドリュースの歌とあのメロディには、何度も目頭が熱くなった。
トシかな(笑)

 ● 2005年03月08日(火)  雪!
cana8.jpg 160×120 3K私が行く2日前はマイナス21度だったというカナダ。
しかし滞在中は零下にもならない暖かい日が続いた。

ところが帰る日になって、ワシントンは朝から吹雪。
飛行機が2時間ほど、遅れる。

 ● 2005年03月07日(月)  想い出のTシャツ
tt.jpg 160×120 4Kこの日はトロント経由、ワシントンDCまで移動するので、午前中にアートの家を出なくてはならない。

ヒューの葬儀の話。その時に、ヒューの着ていたたくさんのTシャツを、段ボールの台紙をつけて、会場にかざったという。アートがそのTシャツを持ってきて並べてくれた。そのうちの1枚を持って帰れという。形見分けのようなものだ。私はライブ・イン・ジャパンのをもらった。ニーミックで2000年に来た日野繭子さんのために、別のTシャツ1枚を預かって帰ることにした。
左の写真は、ドンがかいたヒューのイラストのTシャツと、ヒューが好きだったジーナというテレビのSF番組の女性キャラT。

アートは96年に日本に来た時の想い出話をしはじめる。
涙がにじんでしょうがなかった。

あいのりタクシーのようなミニバンでトロントへ。
そしてワシントンまで移動。
ホテルでシャワーをあび、テレビをつけると、映画「ビッグフィッシュ」をやっていた。ラストシーンが、なんとなく、ヒューとだぶる。

 ● 2005年03月06日(日)  追悼ライブ
カナダ・ロンドンの地元新聞「ロンドン・フリー・プレス」に、私が東京から来て、ヒューの追悼にやってきて、今夜ライブをするという記事が、ヒューの写真入りで掲載されていて、ちょっとびっくり。

午後にはジョン・クレメントもアートの家に来て、いろいろ話す。

6時に、いつも夕飯を食べているベトナムレストラン「BenTan」へ。
マレー・ファブロ、ビル・エクスレー、ビルの奥さんのノーマなど、ニヒリスト・スパズム・バンドのメンバーと家族が勢揃い。
ノー・ミュージック・フェスティバルの主催者だったベンは、今はトロントの美術館で働いているらしいが、この夜のためにロンドンに帰ってきていたらしく、レストランにやってきた。ほかにもノー・ミュージック・フェスティバルのエンジニアだったティムとジェイも来ている。ティムはフェスがきっかけで、ソニック・ユースのエンジニアになったらしいが、今夜のライブのエンジニアと録音をしてくれるという。
ニヒリスト・スパズム・バンドの本を出版予定という若いスタッフ、ラジオ局のジョージ、その彼女やなんやで、30人以上の関係者がレストランに集合。
こんなふうに仲間が集まってわいわいやっているのを見ているのが、ヒューは好きだった。そのヒューがここにいないということだけが、悲しい。

デセントというクラブは、若いスタッフによって経営され、毎週月曜日にニヒリスト・スパズム・バンドがライブをやっている場所だ。
この夜は私の都合で、日曜の夜にヒュー・マッキンタイヤの追悼セッション大会となった。私も6ステージ、出演。深夜まで演奏は続いた。

ヒューの遺骨も会場に持ち運ばれていた。
ヒューは病死で、あまり苦しまずに逝ったという。
こんなに素晴らしい仲間に出会えて、そして送られて、ヒューは幸せな最期をちゃんと迎えたのだと、心底思えた。
オレの祈りも、少しだけど、添えさせてもらえたかなあ。

ライブは終盤ビルが絶好調!
やはり昨年12月に母親を亡くして、ビルはちょっと元気がなかったけど、ステージでは別人だ。元気を出してね、ビル。

また彼らに、いつか、日本に来て欲しいと、思う。
cana5.jpg 160×120 3K

 ● 2005年03月05日(土)  ヒューに線香をあげる>数珠付で
cana4.jpg 120×160 5Kあやちゃんとジョンが住んでいるのはピーターボロウという、トロントの北東約100キロの小さな町だが、ニヒリスト・スパズム・バンドのほとんどのメンバーが住んでいるロンドンは、トロントの西約200キロのところにある。
というわけで約300キロのドライブ。

夕方6時ころ、ロンドンのアート・プラッテンの家に到着。
ヒュー・マッキンタイヤは昨年12月に亡くなったが、私は葬儀に参列できなかったので、線香をあげてお祈りするために今回カナダに来たのである。
線香に火をつけ、しばし、祈る。

ヒューは結婚もしなかったし、子どももいない。親ももう亡くなっているし、唯一の親族の妹も遠くに住んでいる。だからニヒリスト・スパズム・バンドというバンドが彼の家族だった。
お墓はまだなく、火葬されたヒューの灰は、アートの家に、アートの手製の木箱に納められていた。
素敵な笑顔の、ヒューの写真が添えられていた。

あやちゃんたちも交えて、この夜はヒューの話をひとしきり。

 ● 2005年03月04日(金)  アメリカは好きになれない>カナダへ
cana3.jpg 160×120 5K早朝のLAX空港。
出発カウンターの行列、黒人の搭乗係の、行列や混んでいることに対する一切気遣いのないダラダラした仕事ぶり。
こいつらには「サービス」という気遣いの感覚が、頭からないのだ。こういったことは、海外に行くと痛烈に感じる。日本人や日本のお店の、なんとサービス精神の行き届いていることか。
最悪なのは、異常な雰囲気なまでの、預け入れ荷物のチェック。する方も嫌だろうが、こちらだってカバンを乱暴に開けられて、他人にごちゃごちゃといじられるのは不愉快。
バカアメリカ人ども。

カナダのトロント空港へ着。
ニヒリスト・スパズム・バンドのジョン・ボイルとあやちゃんが出迎えてくれる。
約2時間半かけて彼らのアトリエ兼自宅へ。

あやちゃんのカナダ永住権獲得ももうすぐとのこと。
アーティストとしてのジョン・ボイルの仕事場も拝見。

アーティストか。いろいろと、思う。アートとは。

あやちゃんと、彼らの手作りのワインとビールをいただきながら、いろいろと話す。

 ● 2005年03月03日(木)  睡眠?
cana2.jpg 160×120 6K時差ボケ?疲れ?15時間寝てしまった。

フリーウエイをドライブ。
通りがかったハードロックカフェ。ビル4階くらいの高さのあるフェンダーギター。こういうバカげたような規模のジョークはアメリカ人にかなわない。

 ● 2005年03月02日(水)  出発
cana1.jpg 160×120 5K成田発、午後便でアメリカ&カナダの旅へ出発。

同日の早朝、LAXに到着。
その足でレンタカー、デロリアン・ワンのエドに会いに行く。

エドはデロリアン専門の整備工場を経営しているが、年齢はゆうに70歳を超えている。しかし元気だ。
コンピューターにもついていっているし、最新のエレクトロニクス技術もOKだ。
来年5月にはアイルランドでデロリアンEXPOを開催するので、タイミングがあえばおいでとのこと。んー、無理ですかね。

カード屋を一件まわったあと、ホテルで睡眠。

 ● 2005年03月01日(火)  Hasten Down the Wind
rin1.jpg 160×159 7K明日から渡米&加とあって、なんだかおちつかない。不在中の手配など、いろいろ。

気持ちも昨日から落ち着かないので、優しい音楽をと、聞いたのは、リンダ・ロンシュタットの「風にさらわれた恋」。邦題って、こんなでしたっけ?蒼いなんとか、というような邦題だった気もするが、記憶違いか。

1976年の「哀しみのプリズナー」とこのアルバムは、高校生時代によく聞いた。77年に「イッツ・ソー・イージー」がヒットしてからは、彼女のアルバムをほとんど聞かなくなったが、ストーン・ポニーズのものや、けっこう泥臭いカントリーを歌っていた時代のアルバムもけっこう持っていたと思う。アナログ盤はもう手放しているので、CDでこのあたりを聞き直そうかと、最近考えているところ。

5月18日にMANDOG宮下くんを大阪によんで、ナスカ・カー/ナカヤさんと「ゴーストライダー対決」実現の見通しがたった。須原くんと私のギター・インプロヴィゼーションもあり、今から楽しみだ。

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