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 ● 2006年10月31日(火)  プレゼント
すてきなプレゼントをもらう。

それだけで、今日まで生きてきてよかったと、思える。

 ● 2006年10月30日(月)  Tudor Lodge: s/t (1971)
09090909.jpg 111×107 4K昨日終わらなかった仕事の続き。

ますます仕事は増えて、やはり終わりそうにない。

今日は仕事をしながらTUDOR LODGE を聞く。

 ● 2006年10月29日(日)  lebt!
5日ぶりに東京に戻る。
長旅の疲れが体に残る。

仕事をこなすも、全部は終わらず。

大阪の山本精一くんの出演した複眼の双葉ちゃんのライブ、行きたかったなあ。
東京でもソルマニアやインキャパシタンツの出演していたライブもあったようだが、行けず。


昨日、大阪では時間の合間に、梅田で開催されていたレコードフェスタに寄った。
ししょうこと北嶋建也くんが出店しているときいたからだ。
北嶋建也くんは来月、奈良でレコード屋を開店するとのこと。

会場でノヴァリスのライブCDを購入。
私が探しているブレイン盤のものではなく、90年代になってから出た発掘ライブ音源のようだったが、思いのほか良かったです。
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 ● 2006年10月28日(土)  「友だちは犬だけじゃなかった!!」2日目
0909.jpg 160×213 8K大阪心斎橋・複眼ギャラリーにて、中山双葉CD「友だちは犬だけ」発売記念ライブ『友だちは犬だけじゃなかった!!』3daysの2日目。

ゲストは「渚にて」の柴山くんのソロ。
普段はなかなかできないカヴァー曲をやるという趣向で、おもしろかったです。
スティーヴ・ハーレイの「イエス・ユー・キャン」のカヴァーをやるなんてのは柴山くんならでは。
『誰かわかった人!』とか言うてたけど、わかるかいなー(笑)
わかるとしたら徳島の小西さんくらいだ。

ほかにも加橋かつみ、頭士奈生樹、西田佐知子などいろいろ。
最後は双葉ちゃんがパーカッションで参加しての、ダイナマイツ/トンネル天国はすごかった。
柴山くん、ビッグマフ踏んで、さらに椅子の上から飛んでました。
さすがです。

中山双葉バンドは、昨日ほどは緊張してなかったのではないかな。
いいライブをありがとう。

京都の双葉ライブをブッキングしてくれているばるるさんとも久しぶりに話せました。
11月12日は私は用事があり、行けそうにありませんが、よろしくお願いします。
元全力の寺川くんにもよろしくです。


夜は京都に。
深夜まで濃密な時間をすごす。



 ● 2006年10月27日(金)  「友だちは犬だけじゃなかった!!」初日
大阪心斎橋・複眼ギャラリーにて、中山双葉CD「友だちは犬だけ」発売記念ライブ『友だちは犬だけじゃなかった!!』3daysの初日。

佐伯くんとみっこくんのユニット「チンポー」、あふりらんぽのオニちゃんのソロ、バンド編成の中山双葉、最後は全員でのセッション。

どのライブも素晴らしかった。
くわしくは中山双葉の日記
http://yaplog.jp/inunoyume/
にて写真入りで見てください。

「チンポー」のおもしろさ、愉快さ、あたたかさ、深さは、そても言葉では言い表せないし、CDでもDVDでも伝えきれないと思うなあ。ライブを見てもらうしかない。
例えて言うなら、練馬変態倶楽部が巨人ゆえにデカいとJOJO広重してる?いやいや、もっとすごいです。

オニちゃんのソロは、チューダーロッジかブリティッシュ女性フォークを思わせながら、もっとプリミティヴに、そしてナチュラルなエナジーを放出する、歌、歌、歌。
これもCDやDVDなんかでは収まりきらない魅力の塊だ。

中山双葉の演奏は、とても自然で、そして緊張したり、ミスしたりしていたけれど、とてもあたたかいライブだった。
素晴らしいライブだったよ。

ラスト、佐伯くんやみっこくんが半裸(ほとんど全裸だが)で、そしてオニちゃんが首から太鼓をぶらさげて参加、6人の演奏は本当に楽しかった。

「雨になりたいな」が替え歌になっていって、オニちゃんが「ネコになりたいにゃー」、佐伯くんが「メシが食いたいなー」などと、どんどん自由に広がっていって、そういった楽しい仲間に囲まれてギタレレを弾いている双葉ちゃんの顔は、人間が本当に嬉しい気持ちの時にしかできない、すてきなすてきな笑顔だった。
その姿が美しくて、ただただ見つめていた。

実は少し涙腺がゆるんだが、ふと佐伯&みっこの半裸が目にはいり、落涙せずにすみました。(笑)


オニちゃんが、晴れた日に歩くことはすごくいいとステージで語っていた。
そして太陽が好きだと。
そのとおり。

「日はあまねくを照らす」


飛行機雲の、青い空。
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 ● 2006年10月26日(木)  MOTHER TRUCKER
日本ハム優勝。
いろいろな野球評論家が語る優勝の原因はその通りだと思う部分もそうじゃないよと思う部分もあるし、新庄の持ち上げ方はいかにもマスコミ的でいやな部分もあるけれど、効果が劇的に作用したことは否定できない。
でもね、北海道のファンは、理屈ぬきに嬉しいよね。
それが一番いいんじゃないかな。

おめでとうございます。


Tくんに私は25年前に聞かせたらしい女性バンド。
そのお姉ちゃんのバンドは「マザートラッカー(MOTHER TRUCKER)」ですね。
日本盤は徳間音工(のちの徳間ジャパン)からの発売で、邦題は「誘惑」でした。
トップレスのメンバーがショッキングで、よく覚えています。
音はいなたいカントリーロックでしたねえ。
CD化は一度もされていないと思います。

 ● 2006年10月25日(水)  友だちはいっぱいいるよね
中山双葉のCD「友だちは犬だけ」本日発売。

タワーレコード新宿店では大型のポップ展開をしてくれた。
感謝!
タワーレコード新宿店は、アルケミーのものを何度か大きく展開してくれていうけれど、本当に名もない新人アーティストをこれだけ大きく扱ってくれたのは初めてではないかな。
担当の方、ありがとうございます。
東京のアルケミーファンの方、ぜひタワーレコード新宿店にてお買いもとめください。
中山双葉の歌は、この秋、こころに染みいる1枚だと、自信をもっておすすめします。


ランナウエイズのサンディ・ウエスト死去。
http://zakzak.co.jp/gei/2006_10/g2006102515.html
ニジェールのTくんが知らせてくれた。
彼女は私と同じ年齢だったんですね。
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 ● 2006年10月24日(火)  sky high
厳しい基準を要求されること。
慣れてはいるけれど、これも越えてゆけということか。
神経を使うことの限界に挑む、自分。


そんなこととは関係なく、午後、ピーヴァインでうち合わせ。

ジグソーの「スカイ・ハイ」の収録したCDを入手せよというモダーンミュージックからのお達し。
タワレコ新宿店を探すも、撃沈。
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 ● 2006年10月23日(月)23:46  Streets Of Fire
colo.jpg 160×159 7Kコロシアムが来日するらしい、チケット情報を!というメールがパンク界大物から届く。はいはい、調べました。
http://clubcitta.co.jp/schedule/s0702/d02.shtml#anc070217

コロシアム、ジョン・ハイズマン。
後にコロシアムはテンペスト、コロシアム兇氾験、後に大物ギタリストとなるアラン・ホールズワースやゲーリー・ムーアを若い頃に発掘した彼の功績は大きい。
ジャズ・ロックというジャンルはジャズ界からもロック界からも軽視されがちだが、もうちゃんと評価されてもいいでしょう。
「ヴァレンタイン組曲」のジャケットは忘れられない印象を残していますね。ブラスがいまいちダメだった私は、若い頃はどうも好きになりきれなかったですが。

ニジェールのTくんからは、「メトロは1stは聞きすぎて、2ndや3rdを聞くことのほうが多い」とのメール。さすがやなあ。
メトロの2ndや3rdは1度もCD化されておらず、私は彼にアナログをCD-Rにおとしてもらったものだ。
今日はダンカン・ブラウンの全アルバムを再チェック。
「Streets Of Fire」のジャケは、スターズの石原くんに似ているな、と思ったり。
ダンカン・ブラウン知らない人向けに↓
http://www.geocities.jp/jacintolab/remarkablesounds2db.html

 ● 2006年10月22日(日)  八木、勝利投手に。
あっこちゃんこと寺島暁子さんのライブを見に、高円寺へ。
9月は1度もライブハウスには行かなかったので、ずいぶん久しぶりな気分。
自分のライブ演奏もずいぶん演ってないから、ちょっとした隠居気分(笑)。

あっこちゃんは利光雅之くんとのDUOだが、1曲目でいきなりドラム演奏!びっくりしました。
DOODLESの真のファンなら、ばるるさん、これを見にこないでどうする。

PAのバランスが悪いのか、PAやマイクそのものが悪いのかわかりませんが、あっこちゃんのも利光くんのボーカルも、歌詞がほとんど聞き取れず、残念。
イントロ、ああこれはいい曲だな、と思ったら、DOODLES「うそでもいいから」でした。
インプロ含む全5曲。

西村卓也くんと飲みに行く。
彼は年内に自分のホームページを立ち上げるとのこと。楽しみだ。

 ● 2006年10月21日(土)  ダル、負け投手に。
モダーンミュージックへ。
生悦住さんと先日の精算の件で確認。
ちょっと残念な発言もあり、少しだけ暗い気持ちになる。

三軒茶屋フジヤマに、あがったばかりの中山双葉のCDを持参する。
渡辺さんにも早く聞いてもらいたかったから。
ただ、フジヤマはいつものように開いていなかった。
早すぎたか。
午後4時を過ぎても渡辺さんは現れず、あきらめてシャッターの中に商品を納品だけして、帰る。
後から渡辺さんからメールが来ていたので、もう少し遅い時間に店に来てCDを見つけてくれたようだ。
中山双葉の音楽は気に入ってくれた模様。
今度は5時以降にお店に行こう。

12月にその中山双葉を連れて四国にライブに行くが、その件で高松のブッキングをしてくれる堀地さんから電話をもらう。内容について少し打ち合わせる。
話の最後に堀地さん「ぼく、スター階段のビデオを持っているんです」とびっくりな発言。そんなものがあるのか。音源すら残っていないはずなのになあ。

で、四国は12月16日土曜日が香川県高松で、場所は2ヶ所の候補で選択中。
17日が高知"K‐CLUB"内特設ステージ"CHAOTIC NOISE"で、SWAN、ヒルコ、冠咲アユメという対バンも決まっている模様。
四国の方、来場よろしくお願いします。


ニジェールのTくんからまたメールをもらう。
彼の記憶している、24年前の私と彼との過ごした時間は同じ光景のようだ。
私も彼ととった、東京・門前仲町での朝食の光景は、なぜかよく覚えている。

彼の言葉だったか、バンドの相棒の方の言葉だったか忘れたが、『メテオス、オランダちゃいまっせ』というフレーズは、きっと一生頭から離れないのだろう。

Tくんのことを思い出す時、それは「メトロ」の1stアルバムを同時に思い出すのだ。あんな風にスーツを着て、ふたりしてあんなジャケットのような写真をとっておけばよかったと、今でも思っている。私はダンカン・ブラウンの役をやりたいが、彼はどうだろうか。(笑)
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 ● 2006年10月20日(金)  世界で一度も咲かない花
ニジェールのTくんからまたメールをもらう。
友達のニジェール人に生まれた男の子の命名式に行ってきた話。
送ってくれた写真がとても素敵だった。

大阪の事務所からメール。
中山双葉のアルバムが出来上がってきたとのこと。
とてもうれしそう。
双葉ちゃんも喜んでいるとのこと。
今日も複眼でライブですね。いい夜になりますように。

夕方、元サバート・ブレイズの藤原くんがお店に寄ってくれる。
彼がバンジョーとフィドルを担当している「コスモポリタン・カウボーイズ」のアルバムが出来たので、私に聞いて欲しいとのこと。
もちろん聞きますよ。
ライナーを読んでいると、リーダーのハル宮沢さんは札幌のパンクバンド「パラフレーズ」のメンバーだったとか、「渋さ知らズ」を不破大輔と結成してバンド名の名付け親だったことなどを知る。パラフレーズは懐かしいなあ。

渋さ知らズの話題から、たまたま店にいたH田さんと生活向上委員会大管弦楽団の話になり、篠田昌己さんのことを思い出す。

今夜はコスモポリタン・カウボーイズに加えて、「パンゴ」のCDも聞いてみよう。
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 ● 2006年10月19日(木)  委託商品の回収・精算
grp1019221220.jpg 110×97 4K昨日の日記に対して、ニジェール共和国に住む、その昔バンドをやっていたTくんからメールをもらう。

平均寿命33歳といっ ても、50代・60代の人が稀少かというと決してそうではなく、新生児および乳児の死亡率が高いことが平均寿命を下げている原因とのこと。
ザンビアやマラウィではHIVの母子感染、ニジェールではマラリアと栄養失調だそうだ。
その他にもニジェールのいい話をメールしてくれた。
ありがとうね。

Tくんとは25年くらい前に、彼がが数年間やっていたバンドをきっかけに知り合った。
2006年、その彼が遠くアフリカの地に赴任し、『JOJOさんの日記、毎日読んでいます』などと言ってくれるとは、なんという時代なのだと思う。



今日はモダーンミュージックに委託していたアルケミーのCDを全部引き上げてみた。
もう何年も精算していないタイトルもあり、全55タイトル、99枚売れていて、20万円近い額を請求することになった。
どうしてこんなにたまったには、理由がある。

普通、お店に委託販売する時、1ヶ月おきに在庫チェックをしてもらい、納品数−在庫数=売れ枚数を出して、請求する。

しかしモダーンミュージックのような個人商店だと、そういった作業が繁雑になることもあり、お店側が嫌がるケースが多い。
そこで精算する形態を簡易な形にさせられてしまう。

例えばひとつのCDタイトルにつき3枚納品するとする。モダーンミュージックの場合、その納品枚数が全て売れて在庫0になった時に、精算することになる。
3枚納品で、店頭で2枚売れたとしても、残りの1枚が売れない限り、売上げはもらえないことになるのだ。

今回は全タイトルを一旦引き上げて、納品数から差し引いたわけで、初めて売上げの全貌が見えたというわけである。
まあ、よかったよかった。

言い方を変えれば、このシステムを施行しているお店は、レーベル側が請求しない限り、委託の売上げを自由に使うかプールすることが出来る。

そしてこの方法を使えば例えばこんな悪いことも出来る。
あるレーベルから10枚CDを委託で預かった。10枚全部売れた。
レーベルが請求にくれば、その10枚分の売上げを払わなくてはいけない。
そこで別の流通や知り合いの店から、同じCDを1枚だけ仕入れて店頭に並べておく。レーベルが委託精算をしようと店に訪れた時には店頭に商品があるため『売れていない』と言われてしまえば、レーベルは売上げを回収できないで帰っていく。

まあ日本のアンダーグラウンドロックシーンを長年支えたモダーンミュージックがそんなせこいことは「絶対にしないだろう」し、在庫が見あたらなくても「どこかにある」とか「家の倉庫にある」とか言って誤魔化すこともないだろう。
PSFというレーベルを運営し、裸のリリーズだかラリーズだかのブート業者にもちゃんと支払いをしているお店だから、マジメにレーベル運営をしているオルグとかキャプテン・トリップとかアルケミーには1枚の売上げをも誤魔化すことなく遅延なく支払ってくれるだろう。


ちなみにAMSでは、私もレーベル経営者として、過去に他のお店でさんざん委託商品の売り上げを誤魔化されたり、横柄に扱われたり、売れているのに売れていないと言われたりしてきたので、レーベル運営者には絶対に良心的に接したいと思っている。
委託の売上げはガラス張りにして毎月枚数と金額を報告しているし、基本的に月末締め翌月10日という短いスパーンで支払いを行っている。小さいレーベルや個人には、店頭での精算も行っている。

AMSでは個人の作品の委託販売をもっともっと受けようと思っています。
自主レーベルの方、個人でCD-R作品を作って販売したい方、AMSをご利用ください。

当方は絶対に売上げを誤魔化したり、売れているのに売れてないと言ったり、よその流通から1枚仕入れて「売れてない」と言ったり、ごちゃごちゃの店内の『どこかにある』とか、『自宅か倉庫のどこかにある』とか言い張ったりしませんので、ご安心ください。

当たり前のことですよね。
当たり前でないことが、音楽の商売の世界では、いくつかあるんですよね。

 ● 2006年10月18日(水)  生きて死ぬ智慧の輪
先週、佐井好子さんと会った時に、アフリカのザンビアに住む人の平均寿命は33才、という話を聞いた。

ネットで調べてみると、2002年の統計で32.7才という。
4年も前の統計だから、現在の正確な数字でないせよ、おそらく30才代の前半が平均寿命であり、世界で最も寿命の短い国だろう。
原因はエイズである。

興味のある人は「ザンビア エイズ 寿命」で検索をかけてみれば、記事は沢山見つかるから見てみればいい。
むしろ私が興味があるのは、33才の平均寿命の人間がいったいどういう目的を持って生き、どんな意識で毎日をおくるのか、ということである。

日本人も江戸時代は寿命は30才代だったはずで、江戸も後期になると40才代になっているようだ。
それを思えば、100才なんて現代では珍しくないが、もう仙人のようなもので、不老不死の薬でも飲んでいるようなもんじゃないかと思えてくる。

逆に普通は30数年の人間の一生を約100年にも無理矢理引き伸ばしているとしたら、いい大人がいつまでも子供のようにしているのも、そんなもんかと理解できる気がする。

ザンビアでは16才で人生半分。18才で出産したって、子供の成人を見る前には両親共々死んでいる勘定ではないか。

年齢とはなにか、を考えてしまう。
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 ● 2006年10月17日(火)  テレビくん/テレビちゃん
テレビはニュースとスポーツ番組以外はたいがい見ない。スポーツも地上波民放のものは解説がうるさく、ついNHKかCS放送のものを見てしまうが、まあ限られている。
NHK「みんなのうた」も時間と放送タイミングがあえばもっと見たいが、ビデオ録画してまで見たいというほどでもない。
ドラマやバラエティはほとんど見ないが、笑福亭鶴瓶とオセロの松嶋尚美の「きらきらアフロ」はここ1年くらい欠かさず見ている。2001年から放送していたというのはしらなかったし、「パペポ」のスピードアップ&現代版とは思うが、私が気に入っているのは「スジナシ」も含めて鶴瓶の即興芸の勝負の部分なのだろう。
インプロといえばインプロだからね。

一般ニュースは、最近はげんなりすることが多いが、やはり見てしまうのは自分の弱さかな。被害者をことさら悲劇的に描き、加害者を徹底的に悪者にしてつるし上げる手法は、世間が求めているのかもしれないが、これも子供の夢を奪い、世の中を殺伐とさせる原因だし、正しくものを見させない教育をさせている気がする。こんな公平でない放送をしているのは日本だけだろう。例えばアメリカであれば即訴訟ものだからだ。

福岡の中学生いじめ自殺事件、例えば
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061016-00000008-san-soci
この記事だけを読んでも、いくつかの疑問がわく。
インターネットでエロサイトを見ていた中学生だとして、そのことをなぜ親が教師に相談するのか、おかしくはないのかな。普通なら家庭内の問題だし、親がどういうしつけをしているのかということも、ちょっとひっかかる。
もちろんその件をクラスのみんなに公表する教師もおかしいが、教師や校長をつるし上げるマスコミは、校長が責任を感じて自殺でもしない限り許さないような追い込みぶりではないか。

男子が思春期に性に興味を持つこと、私の時代では、せいぜいプレイボーイや平凡パンチを隠し見ることだったかもしれないが、どんどんメディアが過激になって、いまではネットの成人向けサイトを見るのが普通なのではないか、と思う。
でないと萌え系フィギュアとか、エロゲーとかがいったい何なのか、説明できないではないか。コンビニにあふれる成人向け雑誌の表紙の見出しは何なのだ。いくら雑誌をテープで封印したところで、子供はあの表紙の写真や文字を見ているのだ。

末端をいくら揚げ足をとっても、本当は意味がない。

 ● 2006年10月16日(月)  大きな木のある風景
新潟で能勢山くんと話した内容で、子供の頃育った環境の、風景による影響の話をした。彼の意見に私も大いに賛成だったが、詳細はまた別の機会に譲る。


私にとって大きな風景は、小学生の頃に遊んだ広場の景色だ。

京福電車嵐山線、通称「嵐電(らんでん)」の始発駅は「北野白梅町」だが、その駅の場所は、昔は今の場所の西大路今出川ではなく、もう少し東にあったようで、北野天満宮の少し南の位置にあったようだ。

ようだ、というのは、私が物心ついた時にはもう駅は現在の位置に移転していたからであって、私が記憶しているのは、その駅の跡地である。
その跡地の荒れた広場に、無造作に線路や駅のホームが残っている光景だ。
その広場は柵などもなく、誰でも自由に出入りできる場所だったわけである。

その広場で、毎日遊んだ。
天気の良い日は、そこから大きな夕日も見えた。日が暮れるまで遊び、母親が迎えにきてくれていたような気がする。
自転車に初めて乗る練習をしたのもその場所だったし、夏のラジオ体操をする場所もその広場だった。
その広場で、近所の子供や年寄り連中と、ラジオ体操をした。

広場には大きな木があり、夏にはあぶら蝉がジージー鳴き、その下でキャッチボールをした。
冬には枝からみの虫がぶらさがっていた。
その木の下で、巨人の星の「消える魔球」がどうして消えるのか、友人たちと話したことも覚えている。

駅のホームの残骸は、ゴムで飛ばす模型飛行機の滑走路にもなったし、メンコで戦う場所でもあったし、凧揚げをするのに走るコースであったし、ベーゴマ回しのステージでもあった。
そのあたりで銀ダマ鉄砲で撃ち合ったり、泥棒と警察という鬼ごっこもした。
おそらくは許可を得ないで建てられた、今でいうホームレスの家もあった。そこに貧しい家族が住んでいたのは短い期間で、すぐに空き家になったが、子供にとっては格好の秘密基地となった。
捨て猫を拾い、その小屋で育てようとしたりしたこともある。

昔は野犬もいた。
保健所の役人が犬を捕まえにきて、その時は犬に同情して逃がしてやったこともあった。

広場の角地にはアイボリー色の電話ボックスがあり、そこにあるHな落書きにドキドキもした。

その広場は、いったいなんだったのか、当時も京福電車の持ち物だったのか、京都市が保有していたのか、よくわからない。
その広大な場所は、おそらく数百坪はあったと思うが、自分が子供だったから広く見えただけで、そんなには広くはなかったのだろうか。
それにしても、誰でも入れて、なんの制限もなかったのはかなり不思議である。

1972年、ある日そこで遊んでいる時に、友人が迎えにきた。
その日は友人や自分が受験した私立中学の合格発表の日だったのである。
友人達はそれなりに正装していたが、私は粗末な長ズボンとつっかけをはいたまま、彼らと合格発表会場まで市電に乗って見に行き、自分の受験番号が合格しているのを確認したことを覚えている。

しばらくして、その広場は工事現場となり、立ち入りができなくなった。
1972年の秋に完成したのは、ある宗教法人のビルだった。

その建物は、実は今もある。

その広場にあった大きな木は伐採されることもなく、そのまま活かされて、宗教法人の建物の玄関前に残された。

その木は、今もある。

角にあった公衆電話ボックスは、さすがに不透明のアイボリーのボックスではなくなり、透明の電話ボックスに変わった。

そしてこの公衆電話ボックスも、今も同じ場所にあるのである。


もうその場所が、嵐電の駅だったことを覚えている人も少ないのかもしれない。

その場所は、今も年に数回は前を通る。
そして木を見るたびに、その木の下で遊んだことを、思い出す。

大人になると同時に、広場ではなくなっていった、その場所。
原風景。
私を育ててくれた広場と、大きな木。


その木は、今もある。

 ● 2006年10月15日(日)  オートバイの失恋
昨夜は新潟にて、ディーゼル・ギターの能勢山くんと飲んだ。
約3時間、飲んで食べて話したが、いくら時間があってもたりない感じ。
彼には素直になんでも話せる。どうしてかな。

オートバイの失恋。


新潟で仕事したあと、飛行機で大阪へ。
大阪到着が遅い時間になったため、taiqui & kyouku も、複眼ギャラリーの中山双葉ミニライブにも間に合わなかった。すまん。

オーナー以外誰もいなかった複眼で、少し時間をすごす。

ホテルで、眠る前にもう1度「オートバイの失恋」を聞く。
三上寛さんの、この2分にも満たない曲の、なんと深いことか。
携帯にイヤフォンを差し込んで、DOODLESを聴きながら眠りに落ちた。

 ● 2006年10月14日(土)  ヤフーもたいがいいいかげん。。。
こんなん、あかんで。
http://page10.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/m34130528

みなさんで、海賊版だと通報してください。

入札したら、あきまへんで。(笑)

 ● 2006年10月13日(金)  単純明快
ピーヴァインのIさんと打ち合わせ。
話の最後に「ロック画報」の話になり『ジョジョさんも色々ご不満もおありでしょうが...』と遠慮がちにお話になる。

Iさんがこの日記を読んでおられるとは思わないが、編集部のどなたかが私の日記をごらんになって気になさっているのだろう。

私の日記や石橋君のblogなどがどれほどの功罪あったのかはわからないが、ロック画報最新号は初版完売、増刷されたようで、数ヶ月後の返品は書籍流通都合上もちろんあるだろうが、売上げは上々のようである。

私も日記で触れたが、裸のラリーズ資料としては過去最高クラスのものだろうし、編集サイドとしてこのバンドを取り上げたかったという意図も痛いほどわかる。問題があるとしたら、現在活動もしていなければ、まともに流通する単独作品のひとつもない、まあまっとうな音楽バンドではないということだろう。
私が言っているのはそういうことだけであって、ロック画報やラリーズそのものを否定しているわけでもない(さりとて大いに肯定しているわけでもないが)。

まあ、読む方はいろいろ思われるだろうし、それはそれでかまわない。
私がなにを言ったところで、結果、ロック画報は増刷されるほど売れ、結局はモダーンミュージックもuniviveも儲かった、ということなのだ。
そのことの「功罪」の「罪」の部分を誰も言わないし、おそらくはわからないのだろう。私もうまくは説明できないしね。
加藤さんには、いつか機会があれば、説明します。

石橋くんblogの匿名の書き込みを見るまでもなく、「AMSだってブート作品はあつかってるじゃないか」「えらそうに言うな、似たようなことやってんじゃん」「好き嫌いでなにが悪い」と思う人がそこそこいるのはよくわかる。

というか、単純明快すぎて、なにもおもしろくない。

言葉の揚げ足をとることなど、メールだのblogだの掲示板などでは容易中の容易で、そしてさらに匿名でさらに簡単だ。
なんでも好き嫌いで片づけちまえってか。そんなもんかねえ。
儲かるか儲からないか、それだけかねえ。
どんどん自分が偽善者に思えてきますね。(笑)

そんなに売れるなら、ディスクユニオンのKさん、タワーレコードのKさん、ついでにIDNのMくんもアップリンクのKくんも、AMSも、みんなでuniviveの商品を扱おか。ロック画報と水谷さんのお墨付きだしね。
会社も儲かって、自分の成績も上がって、水谷さんも儲かって、お客さんも喜んで、みんな幸せだ。
匿名くんもハッピーだ。


さてさて。
死に至る病。

 ● 2006年10月12日(木)  ハム優勝
日本ハムファイターズというチーム名称は、アメリカ人にはかなり笑えるらしい。
ニューヨーク・ヤンキース、などというように、フランチャイズ都市の名前を冠につけるのが米国では通常で、スポンサー名をチーム名に露骨につけることはしないからだろう。
ハムがファイト(喧嘩)する、というのは、確かにシュールなジョークなのかもしれない。

BSやCSでしか放送のなかったプロ野球パリーグプレイオフは、やっぱり世の中の大半の人にはどうでもいい話題なのかもしれないし、好きな人が見ればよいだけのことなのかな。
それでも在日韓国人二世のスキンヘッド・森本稀哲(ひちょり)や、ダルビッシュ有などといった個性派プレイヤーの知名度はあがったと思う。
ダルビッシュはイラン人の父を持つ日系二世で、高校野球でかなりの活躍をしたにもかかわらず、ドラフトでは日本ハム以外の球団は指名しなかった。線が細く、即戦力にはならないと思われていたはずで、ハム入団後も、OBの大沢親分はダルビッシュを獲得したフロントを激しく責めていたのを記憶している。


期待されていない人間が、だからこそがんばったり、だからこそ伸び伸びと生きていく姿は、「大丈夫、誰かがちゃんと見てくれているよ」と言いたくなるような瞬間だ。


大丈夫だよ。

 ● 2006年10月11日(水)  ハム1勝
ソフトバンクホークス。
親会社のことはともかく、森脇監督代行や川崎の真っ直ぐな眼差しは、野球選手とは思えないほど、きれいだと思う。

しかし第一ステージで西武を倒しながらも、すでに一線級投手をそっちで使い果たしたホークスに、プレイオフ第二ステージ、万全のファイターズは倒せなかった。
新庄、ダルビッシュの笑顔は、強い。


笑顔は、強いのである。

 ● 2006年10月10日(火)  GARADAMA!
10月10日は友人の結婚記念日である。
どういうわけか、京都都ホテルで行われた彼の結婚パーティの光景は、よく覚えている。
先のモタコくんのパーティもそうだが、嬉しい宴ほどよく覚えている。

チャイナさんの1周忌がもうすぐだという。
京都で催されるイベントには行けそうにないが、こちらで祈りを捧げますね。


GARADAMA御一行が東京の店に寄ってくれた。
昨夜は下北沢でライブ、盛況だったとのこと。
わけあって大量にあるポットチップスと缶コーヒーを旅のお供にと渡す。

午後からは田沼嬢も来てくれたようだが、出版社での会議のため会えず、残念。

 ● 2006年10月09日(月)  自己嫌悪のサンバ
朝からカードの仕事。
プレイオフで西武が先制とかソフトバンクが逆転とか騒いでいるうちに、北朝鮮の核実験施行ニュース。
9日にやるぞ、というのはだいぶん前に決まっていたはずで、案の定、という感じ。
北朝鮮の言い分はどうせいつもの通りだろうし、それは「自分の国で自分の好きにやってなにが悪い」という、どこかの音楽ファンの理屈とよく似た内容だろう。
なんにせよ、またアメリカが儲けるようになりそうな動きが起こりそうで、きな臭い。とりあえず円相場、1ドル119円になりましたとさ。

お店を閉めたあと、ようやくキーボードの梱包を開封する。
ピアノのモードで、少し弾いてみる。


携帯にminiSDカードを入れて、何枚かのアルバムや曲を入れてある。
先週末の関西旅行の時には、猿股茸美都子の「絶望的流転岩」を何度も聞いた。私のバージョンより、こっちのほうが何倍も出来が良い。
『MIZUTANI』の「The Last One」は、曲が始まる時の接触不良ノイズなどが、なんとも言えないワクワクした気持ちにさせてくれる。不思議なアルバムですね、これは。
SUICIDEはやっぱり「ゴースト・ライダー」が、"これから人を殺しに行くぜ"みたいなデストロイ度がかっこいいなあ。
三上寛さんの「オートバイの失恋」は何度も聞いてしまう。「自己嫌悪のサンバ」は、最初に聞いた時はびっくりしたが、これも今は何度も聞いてしまう。
山本精一の「あの素晴らしい愛をもう一度」は、曲の出だしがホントに美しいね。
たまにヘッドフォンで音楽を聞くと、いろいろなことに気がついてしまう。


喜びや楽しみや幸せは、人が運んでくる。
それを受けとめられる自分でありたいと、思う。
出来ているのか?ん?

 ● 2006年10月08日(日)  多忙中多忙
朝一番機で東京に戻る。

たまっていたメールと仕事をこなす。

注文していたキーボードが届くも、忙しくて、梱包すらとけず。

 ● 2006年10月07日(土)  月夜のパーティ
motako1.jpg 113×151 4K6日の夜遅く、Taiquiくんと京都のバーで飲む。
BIDEくんやIDIOTの話になり、なぜ彼らは彼らなのかという論理をひとしきり。
我々にしかわからない論理かもしれないが。

7日は大阪へ。
モタコくんの結婚披露パーティ参加のためだが、開始時間は18時なので、昼間を心斎橋界隈ですごした。

レコードショップ・マルカバツをのぞくと吉本さんがカウンターにいたので顔を出す。近況など。近々ししょうが奈良でレコード屋をやるとか。
一番盛り上がったのは、原爆のタイロウくんのレコード部屋、アナログLPをどういう順で並べているのか、という話。
ふたりだけの幸せな笑える瞬間でした。

モタコくんの結婚パーティは、とてもあたたかい集いだった。
こんなに幸せなパーティは、見たことがない。
急にお願いされたので、私も拙い挨拶をさせていただいたが、他の人の挨拶や演奏、出し物、イベント、引き出物に至るまで、みんな素晴らしかった。
なにより集まったモタコくんとあっこちゃんの友人たち、バンドの連中は、最高だ。こんな最高の友人たちに祝福されるモタコ&あっこちゃんは、本当に幸せだと思う。こういった友人こそ、人生における最高のたからものだ。
心から、おめでとう。
わたしも参加できて、本当にうれしい。
一生涯、この夜のパーティのことは忘れることはないだろう。


パーティ終了後外に出ると、ほんとうにきれいな満月が天上に輝いていた。
月も星も、彼らを祝福しているようだった。

ふたりに、幸多かれと、祈る。

 ● 2006年10月06日(金)  涙そうそう
高知のコンガ井上くんよりメール。
高知でライブハウスを始めることになったとのこと。
いいね!近いうちに行きますね。


映画「涙そうそう」を見る。
セカチューの時もそうだったが、ストーリー的には陳腐でいかにも泣かせますというのはどうかとも思うが、やはり日本人、浪花節には泣いてしまいますなあ。(笑)

セカチューの時は、カセットテープにメッセージを録音して交換するという男女の間のシチュエーションがOKOK。
涙そうそうは、子供にやられますね。エンディングロールのあとのシーン、よかったです。

長澤まさみのファンじゃあないよ。(笑)
中村達也くんが出演していたのはびっくり。

「このまま死んでしまいたい」のジャケ写を撮ってくれたのは、長澤まさみの初期の写真集を撮っていたアライさんだったことを思い出した。
nada.jpg 113×160 6K

 ● 2006年10月05日(木)  顔、目。
最近の忘れられない顔。

テレビニュースにて。

滝川市教育委員会、小六児童の自殺について、今日はいじめがあったことを認める会見になったが、昨日の会見では「いじめがあったとは認識していない」と話していた。

その時の会見で、遺書を「手紙」として遺書とは認めず、文中に「いじめ」という言葉が使われていないからいじめではない、といったような発言をした、教育委員会の確か井上という姓だった男の、顔。目。

しばらく忘れられそうにない。

 ● 2006年10月04日(水)  北村くんのこと
小西さんの日記を読んで、北村昌士くんのことをいくつか思い出した。

私と彼との出会いは古く、1970年代の後半だったと思う。
彼はまだ「フールズ・メイト」創刊前に、ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターのファンクラブだか、ファンジンだかを作っていた。最初はモノクロのコピー誌だった。
たぶんその関西支部長かなにかが、変身キリンに入る前の須山さんだったはずで、その後、北村くんが編集長の、まだコピー誌だったフールズメイト1号、2号を、京都のどらっぐすとうあに委託販売のために持ってきてくれたのだったように記憶している。

1979年ころ、フールズメイト3号から印刷本になった。3号はまだ委託販売の形式でどらっぐすとうあにおいてあったが、ほどなく一般の書店流通するようになった。
プログレ本が商売になるとは夢にも思っていなかったから、ずいぶん驚いたものだった。
フールズ・メイトには非常階段などが収録された、アンバランスレコードからのLP「終末処理場」のレビューが掲載された。レビューを書いてくれたのは、のちにメルツバウを始める秋田昌美さんだった。

北村くんに実際に会ったのはもう少し後年だったように思う。
YBO2をはじめたころ、ドイツかどこかで出たオムニバスに非常階段とYBO2などが一緒に収録されたのが1985年くらいで、そのころにライブハウスかなにかで会っているはずだ。東横劇場やサイキックTV来日公演のころも、ホールの楽屋で会い、なにやら話をしたような記憶がある。
また、ジュネや横山くんと北村くんでユニットのようなものを結成していた時期があり、どういう経緯か忘れたが、それに非常階段も何かの形で、という話になって、渋谷の喫茶店で打ち合わせをした。
内容はもう今となってはまったく記憶にないが、ジュネや横山くんは来るのが遅れてきていて、その間私と北村くんのふたりでずいぶん長い時間話をしていたことだけは覚えている。

あとはごくたまにモダーンミュージックで出会う程度だったように思う。
思い出したかのように電話がかかってきて、流通やライブハウスのことをたずねられたりした。
小西さんの日記にもあったように、最後はけっこうボロボロだったな。
トランスのCDの版権をアルケミーで買わないか、という話をしてくれたのが、彼とかわした最後の会話になった。

私にとっては北村くんはYBO2でもなく、トランスレコードでもなく、フールズ・メイトだった。プログレ専門誌の草分けだった彼のこの本が残した功績は大きいと思う。

彼の死を知った時、ロックがまたひとつ消えたような、そんな気分になった。

 ● 2006年10月03日(火)  Radio-Activity
ss1ss.jpg 113×151 3K朝に徳島の小西さんからメールをいただく。
最後に彼のmixi日記のコピーが添えてあった。
ここに転載しようかとも考えたが、おそらくはmixi上で誰でも読めるようなので、(ここの日記の読者のほとんどはmixiやってるでしょうから)そちらで読んでみてください。
内容は北村昌士くんのことです。
小西さんらしい、やさしくて、すてきな文章でした。


自分の仕事場から電車で1駅ほど離れたところにお目当てのカフェがあり、散歩がてら歩いて行くことにしている。
昨日の自分の日記の文章が気に入らず、さらにいろいろと電卓をたたきながら考えこんでていたので、リフレッシュのためにその場所に訪れて、コーヒーを飲む。
帰り道、好きな場所がある。
高速道路の下の測道のため、空が三角に見えるからだ。
今日の空は曇っていただ、それでも美しかった。

空は空にしか見えない人には空でしかない。
そう思えば、ずいぶん気が楽になった。


ナップスタージャパン、今日から。
http://www.napster.jp/
150万曲って、多いのか少ないのか?

モーラなら、オシリペンペンズ もインキャパもおにんこもダウンロードできますが。(笑)
http://mora.jp/

 ● 2006年10月02日(月)  Half Way There
モダーンミュージックで生悦住さんと話す。
真面目な話も、しょうもない話も、いろいろ。
店内には「ロック画報」裸のラリーズ特集号、ラリーズのブートが山積み。(笑)
まあこの本、モダーンミュージックのためにあるような本だもんなあ。

FMN石橋くんのblogにもこのロック画報のことが書かれていましたね。
http://news.fmn.main.jp/
加藤さんがブルースインターアクションに残した最後の本が、結局はブートレッグの宣伝誌だったら、それはそれで虚しいね。
でも、本人の納得の上でやった仕事でしょう。

結局虚しいのは、非常に狭い世界に向けて『ほらほら、これなら買うんでしょ』と、結局は小金儲けのための商品を作って、またそれを買ってしまうお客さんがしっかりといる、という部分。
ホビー商品と言われるものの多くはそういったもので、お互いが納得して商売が成り立っているものだけれども、裸のラリーズは、それはどうかなあと常識から見て首をかしげる部分の多くからなりたっているから、なんとも虚しいのだ。
でないとCD-R(台湾製)数枚のものに7000円とか8000円とかの値段で"売る/買う"というという行為が説明がつかない。

つまりはuniviveの音源は水谷さんご本人か水谷さんに近い人から出ていて、高額の値段は水谷さんに還元されるためについている、つまりは水谷さん公認のオフィシャル・ブートレッグなのでは、と、容易に想像されてしまう。
売っている/買っている人でそう思っている人も少なくないのではないか。
「ロック画報」が水谷さんのお墨付きで発行されたのであるような後書きがあったから、余計に、ああ、そういうことなんだな、と、納得してしまう。

ようするに、金か、と。


お前も商売だろ、偉そうに言うなと言われそうだが、アルケミーもAMSも金儲けのためにやってはいない。儲かるわけがないではないか。
例えば私がハナタラシの1と2や、INU/牛若丸のCD再発をしたいとすれば、それは金儲けのためではなく、おじさんの世代のためでもなく、若い世代にあの当時の音を、空気を伝えたい、そしてなにかを感じてほしい、つまり「なにかを伝えるために記録して残したい」という気持ちからだろう。

FMNの石橋くんや、徳島のハードスタッフの小西さんと、やっていることは違ってもなにか通じる部分があるとしたら、そこなのだ。
言っては悪いけれど(悪意を持って言うわけではないが)、いぬん堂の石戸さんや、円盤の田口くんや、PSFの生悦住さんとは、根本のそこの部分が、決定的に違うのだ。一緒くたに「インディーズ」とくくられるのが嫌な理由も、そこにある。

ただ、『背に腹はかえられぬ』とラリーズ・ブートを売りまくるモダーンミュージック、売れない作品はそもそも仕入れない&売れなかったら速攻返品するディスクユニオンなどの大型CDショップ、次々と閉店するかネット販売に転向する小規模CDショップ、開いているかどうかも不安定なフジヤマなどを見るにつけて、アルケミーレコードも「生きてる価値なし」じゃないのかと、やはり自問してしまう。

石橋くん、どうなんだろうな。
佐藤くん、どうなんだろう。
樋口くん、どうだったのだ?
東瀬戸くん、どう思っている?
宮部くん、本当はどう思っているのだ。


林くん、どうなんだろう。
hrr.jpg 113×160 3K

 ● 2006年10月01日(日)  信義・礼
02020202.jpg 73×67 2Kカードの仕事場で、「阪急ブレーブス」のファンの知人と少し話す。

先日無くなった、梶本氏のこと。
オリックスバファローズにメールをし、追悼の試合をしてほしい、かつての映像をビジョンで流して欲しいなど、意見をのべたこと。
そのことのみが理由ではないだろうが、9月26日の試合に半旗が掲げられ、試合前に梶本氏の映像が流され、黙祷をささげてくれたこと。
球団に礼を言うと、ちゃんとメールを読んでくれていて「あなただったのですか」と言葉をかけてくれたこと。


自分の好きなこと、好きだったことにきちんと思いを持ち続けること。
そのことに礼をつくすこと。
それが趣味であれ、人であれ、なにかの場面であれ。

自分はできるだろうか、できているのだろうかと、やはり自問する。

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