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 ● 2004年11月30日(火)  ウルビデはやはり世界一ヘンだ
今日は高円寺ペンギンハウスで「ギター・インプロヴィゼーション10番勝負」の最終回・私のお相手は日本唯一のプロフェッショナル・ドローン・ギタリスト、ディーゼル・ギターの能勢山くんである。対バンはた*みや。このた*みやは、る*しろうの金澤美也子さんと、オリジナルウルトラビデのTaiquiくんとのユニット。なんと今夜は、オリジナル・ウルトラビデのアルバム「インプロヴィゼーション・アナーキー」をカヴァーするというとんでもない企画。およそ誰もやろうとは思わないであろう、快挙である。

能勢山くんとは長いつきあいだが、対バンをしたことはあっても、一緒に音をあわせるのは今日が初めて。リハの時は、音色がちょっとあわないのを能勢山くんが気にしている様子。私も昨日準備した音があわないので、お互いが少し歩み寄ることになった。
た*みやのリハを見ているだけで、もうおもしろくてしかたがない。だいたい、ウルトラビデとか非常階段とか、第三者がカヴァーなどしようのない音楽ばかりやってきたので、自分の音楽を別の人間が演奏するのをほとんど見たことがないのだ。さらにこのユニットならではのアイデアや演奏も満載、BIDE(HIDE)の語りの新録音テープまで用意されていて、いやはや、すごかったです。

ライブでは、インプロヴィゼーション・アナーキーの時に、ベースにファズがかかっていなかったのを除けば、ほぼ予定通り演奏されたのでは。なんともいえないプレゼントをいただいた気分です。最終回にふさわしい、素敵な演奏でした。おふたりとも、お疲れ様。そして、ありがとう。

客席も美也子さん関連のお客さん多く、なんだかおっさん度(失礼)非常に高かったですが、私がウエッジの連載で愛読していたノンフィクション「転機」の作家の溝口敦氏に会えるとは夢にも思っていませんでした。これも嬉しいボーナスでした。

能勢山くんとのギター・インプロヴィゼーションは、予定通りドローン対決。能勢山くんも本人曰くちょっと押さえすぎたそうですが、なんの、泥濘を暗黒になるまでこね上げたようなギターサウンドは見事でした。インプロはやはり演奏者の人間の質が表れますね。私もいつかはドローン音楽のアルバムをリリースしたいと思っているので、ちょっと胸を借りた次第です。2テイク目は、ちょっと私主導でわかりやすい展開になりました。Amというコードは、やっぱりかなり面白いねえ。

コサカイくん、あっこちゃん、ジュンゾくんなどいつもの面々に加え、五味くんも来てくれていて嬉しかった。ビールくらいしかおごれませんでしたが、またゆっくり飲みましょう。

2004年11月29日(月)20:49 
昨日、美川氏が某掲示板の書き込みを見て、親切にも「バジル・カーチン」と「ニック・パスカル」をCD-R化してくれた。それを朝から聞く。バジル・カーチンはやはりかなりヘンなパーカッショニストだ。最近いくつかの作品がCDリイシューされているのも、再評価のあらわれか。

フランスのライブ録音も聞く。DOODLESも私も、けっこう内容良好。マスタリングすれば、来年テイチクからリリースの自選ベストにも収録できそうな曲も多数。

昨夜使用した機材のチェックと、明日のギター・インプロヴィゼーション10番勝負のためのギター&アンプチェック。ついつい大音量でギターを弾いていたようで、通りを挟んだ向かい側にも音が聞こえていた模様。そんなに大きな音を出したつもりはなかったのだが。明日はディーゼルギターの能勢山くんが相手なので、ドローンに挑戦してみたいとは思っているが、どうだろうか。

古い自分の音源チェック。やや、疲れる。疲れたので、いいかげんな音楽を聞きたくなり、UKの「デンジャー・マネー」をかける。軽妙軽妙。

 ● 2004年11月28日(日)  非常階段25周年
アルケミーPSF20周年キャンペーンのDVD-R完成。今週中には発送完了すると思う。みなさんのお手元には週末までには届くはずです。お楽しみに。

今日は非常階段のライブが横浜CLUB24であるため、スタッフと共に横浜へ。リハ終了後、一杯やりにいくはずが、美川氏が体調不良で酒が飲めないとか。酒豪の彼が、と驚きました。写真はウーロン茶を飲む美川氏。健康になってまた飲みましょうね。
Tシャツの話になり、「生きている価値なし」のTシャツはなかなか町中では着れないという。確かに私のTシャツはテロっぽい。新作Tシャツは「オレも死ぬからキミも死ね」なので、まさに自爆テロだしなあ。という話をしていると、「生きてるわけなし」とか美川氏言い出す。その後の顛末はここには書けませんが、いやいやブラックでした。

ライブは、水中それは苦しいは見逃したが、CD-Rをいただいた。もう12年もやっているとのこと。そう言えば12年くらい前に、アルケミー大阪事務所にデモテープをもらった記憶がある。
突然段ボールはまいこ&ゆっこのダンス隊不参加の3人編成。ある意味ですっきりして聞きやすくなった感も。結成27年。貫禄もあり、まだまだフレッシュなところもある。不思議なバンド。
グンジョーガクレヨンは約10年ぶりくらいに見ましたが、これもある意味ぜんぜん変わっていませんでした。園田さんはフジヤマの渡辺さんとPSFのI氏をたして2で割ったような風情でした。
非常階段は、当方演奏者なのでどうだったのかはわかりませんが、コサカイくんのとあわせてギター2本粉砕。西村くんの横をかすめたとの情報もあり、ケガなくよかったです。

終了後、小屋から色紙にサインを求められて5人でサイン。なおっぺが「naoppe♡」と書いていたのが秀逸。
あっこちゃんからはフランスの写真、なおっぺからはフランス3公演の録音のCD-Rコピーをいただき、こちらも嬉しかった。

車で帰宅、またもやあちこちケガしてました。

 ● 2004年11月27日(土)22:05  確かに昨日は焼き肉を食べた
仕事をしながら、最近買った中古盤を聞く。最近は買ってもすぐに聞けず、後日時間がある時に聞くことが多い。
どうも最近買うのは、学生時代にLP盤で購入しながら手放してしまったもの、当時気になっていながら結局買わなかったもの、頭からバカにして聞かなかったものなどを、CDで買ってきいている。当然、今さら聞くに値しないようなものも多数あるが、それは苦痛ではなくなった。

今日はロバート・ジョン・ゴッドフリィの「フォール・オブ・ハイペリオン」などを聞いた。これ、確か日本盤は1500円の廉価盤LPで発売され、邦題は「太陽神ヒュペリオンの堕落」だったと覚えている。こんなものを覚えていても、なんの得にもならないが、おそらく生涯忘れないのだろう。

DOODLESのHPが更新されている。フランスツアー日記が楽しみだ。彼女たちの視点はどうだったのだろうか。

イチローのトーク番組を少し見る。シスラーの記録を更新した時、「今、野球をやめられれば幸せなんですけどね」と語っていたのが印象的。
どんなに強い意志も、やめたいとか、あきらめてしまいそうな気持ちと表裏一体である。それは悪いことではないのだ。

実は友人がスポーツ新聞社の記者で、今年はイチロー番記者としてシアトルに滞在していた。いろいろとイチローの逸話を聞いたが、遠征に行く時の夕食は毎晩焼き肉、というのが凄い。例えばシカゴなら「シカゴカルビ」という、その街で一番おいしい焼き肉屋に、3晩とも行くという。午前中は寝ていてブランチは毎回カレーだというし、食事というものの意味すら、考えさせられる。

 ● 2004年11月26日(金)  テレビ新調
8年間使ってきたテレビが不調。色合いがおかしいのと、電源が途中で落ちたりする危険な雰囲気。で、買いかえました。
プラズマや液晶はまだまだ高い>その割に発色がイマイチ、とあって、やはりブラウン管テレビに。これが重い。東京のスタッフに手伝ってもらい、入れ替え成功。

夕方から高円寺。ペンギンにチラシを持参した後、DOODLESの2人と合流、フランスツアー無事終了のお疲れ様会。次は韓国に行きましょうという思いも込めて、韓国料理屋へ。ごちそうになりました。ありがとう。ちゃんと気遣いの出来るいいこたちですね、DOODLES。ミッシェルへのおみやげやカードも預かりました。きっとミッシェルも喜んでくれそう。私からミッシェルへのお土産も揃えて、送ることに。

あさっては非常階段の25周年記念ライブ。さあ、気合いをいれて。

 ● 2004年11月25日(木)21:04  パーフェクト・ディ
フランスのWOOに送る約束をしたビデオテープを編集。私の家には、1981年からの関西のバンドのライブ映像があるが、その1981年の映像で、お互いの友人の映像をまとめて送ってあげることにしたのだ。最高なのはANNON(アンノン)で、これはWOO(ベース)、林直人(ドラム)、T.美川(ボーカル)というANNONに、ゲストで北嶋建也(ギター)という強烈な布陣のバンドによる、大阪の創造道場でのライブである。これの凄さは見てもらえないとわからないが、おそらく一般公開される日はこないと思われる。WOOに楽しんでもらえばそれでいい。

ランチを佐井好子さんと一緒にとる。長谷川きよしさんや音楽についてひとしきり話す。秋晴れのすがすがしい時間。

スカパーのスタッフと12月のイベントについて打ち合わせ。今回は音楽の番組ではないが、いずれは面白い音楽番組をやりたいなあという発展性のある内容。甘い期待はしないが、なにかにつながっていけばよい。

夕方からスタジオ練習。新曲の歌詞もあがり、音とあわせる。12月中旬に都内のスタジオで5曲録音予定だが、余裕があれば2曲ほど追加でとりたい。

大阪から届いた緑魔子のCDを少し聞く。

キャンペーンDVDの最終編集が完了。量産体制に。来週には発送を完了したい。

 ● 2004年11月24日(水)21:11  早足の一日
今日はあきらかに時間の速度が通常ではなかったように思う。
新宿、秋葉原で用事をすますと、もう夕方だった。
時間の速度は、日によって違う。

日曜日は非常階段の結成25周年記念ライブを横浜で行う。大阪からビデオ録画部員の手配や、物販の確認など。
来週は高円寺でギター・インプロヴィゼーション10番勝負の最終回もある。新潟からディーゼルギターの能勢山くん、どうやって東京に来てもらおうか。飛行機かな。今回はウルトラビデの盟友・Taiquiくんも上京、フロントアクトをつとめてくれる。とても楽しみである。果たして可能なのか?と思えるようなことにトライしてくれるのである。Taiquiくんも、発案&キーボードしてくれるみやこさんも、凄い。本当に凄い。

夕飯は下北沢の洋食レストラン「すこっと」に行く。
入り口は薄暗く、やっているのか?と思いきや、2階に上がると和室>ついたてで簡単に仕切られた客席がユニーク。フランスのミッシェルが今度来たら連れて行こう。
サラダに出てきたセロリがなぜかおいしく、意外。私はセロリは好きではない野菜なのに。スライスされていたからか?

 ● 2004年11月23日(火)22:36  子供と遊ぶ
早朝からレンタカー借りてまでして、仕事。さすがに眠い。
カード関連の仕事だが、今日はなぜか小学生6人と楽しく過ごせた。
単純に野球が好きな、男の子たち。
もちろん、素直すぎるのもどうかと思うし、けっこう図々しいし。
でも、楽しく過ごせたこと、それは間違いない。
自分が小学6年生のころはこんなに素直ではなかったことを思い出したこと。それは、そうですね。

事務所に帰ってきてから、400ページを越える本「ザ・ストーリー・オブ・イエス」をざっと流し読み。
イエスのメンバーがその当時実際どうだったか、今、知れるのはおもしろいが、訳がいまひとつ。でも、おもしろいよ。私にとってはね。
でも、2004年の今、イエスのヒストリーを読むやつとか、そんなにいるとは思えない。まあ、今読んで納得するとか、そんな必要はないわな。
でも、案外イエスのファン、多かったな。バックバンドのベース・田沼もだし。そういえば、もう故人だが、アレルギーのベースのU子も、クリス・スクワイアのファンだったなあ。

DVD編集でまた少し変更点あり。作業が遅れる。

 ● 2004年11月22日(月)22:33  よろしく哀愁!は毎回おもしろい
留守中にたまった用事をこなしながら、アルケミーPSF20周年キャンペーンのDVD編集。ハイライズ・成田くんのソロの映像を追加。エフェクトかけまくりの画像で、ちょっとこれで正しいかどうかが判断不能にて、生悦住さんにチェックしてもらう。OKが出れば即日製造にはいるので、なんとか11月中の発送を目指したい。

バックバンドのベーシスト・田沼嬢にお土産を持参する。彼女も熊本に1週間ほど旅していた模様。今週のスタジオ練習の打ち合わせなどする。お互い元気でなにより。

新宿で買い物、昼食に入ったカウンターで、隣の席の男がなんだか挙動不審。私がレジで支払いをしている時に後ろをすり抜けて食い逃げしようとしたが、あえなくご用。食い逃げなんて、久しぶりに見た。

フランスで買った。ディープスロート1/2のサントラを聞きながら仕事。モンドな雰囲気が良好。poleはまだ聞けず。

随分前に発注したYESのDVDが約2ヶ月かかって到着。1975年のライブで、急に見たくなったものの、日本盤は廃盤にて、香港製のものをシンガポール人に頼んだらこの始末。パッケージは正規もののようだが、なんだかパチモンくさい。途中で画面が乱れる正規盤ってあるのかな。
しかし、パトリック・モラツ在籍時のライブ映像は、やはり嬉しい。デジタル機材のない時代に、つまりは全部の演奏を手作業でやっているわけで、各人の演奏量がものすごい。とりわけスティーブ・ハウには脱帽。
アルバム「リレイヤー」時のライブなわけで、あのアルバム収録曲が見事に再現されているのにも感心。私はYESのアルバムでは「リレイヤー」が一番好きだ。いわゆるプログレッシブロックというものは、「リレイヤー」で終わったのだと思う。その後のプログレ音楽は、過去のものの焼き直しでしかないからだ。
私もロックやノイズはあのアルバムで終わったのだな、と後年言われるような作品に到達できるだろうか。

CDジャーナルが届く。北嶋建也、UP-TIGHT、私のソロなどのアルケミー新譜群のレビュー掲載。松山晋也さんのコラムにも私のソロが掲載されているが、このレビューが秀逸。『社長、音痴です(笑)』と書けるのは、音楽評論家の中でも彼だけだろう。だからこそ彼のレビューは信用できるのだ。ジャケットについての描写も傑作>当たってます>ので、みなさん立ち読みしてください。(笑)

 ● 2004年11月21日(日)22:46  フランスツアー終了
帰国。DOODLESお二人を車で家まで送る。総じて楽しい、そして成功したツアーでしたね。お疲れ様!またツアーに行きましょう!

事務所に帰ったら、アマゾンに頼んでいたジョブライアスのCDが待っていてくれました。その他、CD、DVD、本など、大量に到着。

東京のスタッフと夕食。

奈良の少女誘拐殺人事件のニュースをテレビで見る。気持ちがふさぐ。

 ● 2004年11月20日(土)  フランスツアー6日目
帰国する日だが、夕方の便なので、ミッシェル同行でビンボータワーへ。AMSに似た品揃えで、なかなかおもしろい。PSFやアルケミーのものはもちろん、ヒロシさんのMDや、ジョンのビデオまであったりして。BGMはラリーズでした。非常階段/JOJOのコーナーもあり。私はpoleのCDや、ディープスロート1&2のサントラ盤など購入。

帰る途中で中華料理屋に入り、なんだかメシらしいメシにほっとする。

ミッシェルと別れ、ホテルから荷物を持ってタクシー乗り場に行くも、タクシーはあるが人がいない。
乗り方がわからないでいると、アラブ系のおっちゃんが来てくれて、通りがかりのタクシーをつかまえてくれる。メルシーボック!無事空港へ。

 ● 2004年11月19日(金)  フランスツアー5日目
フランスについてからは、ずっと曇り空+小雨だったが、ようやく天気が快晴。DOODLESはミッシェルと3人で市内観光へ。私は非常階段の初代ベーシスト・WOOと再会。彼女は17年前にフランスに移住し、パリでCMなどの映像のプロデューサーをしている。キャプテン・トリップから出た「林直人/フレイム」を手渡すことが出来た。昼食をまじえながら懐かしい話満載。日本でまた美川くんらと会おう、ということに。旧友との再会は嬉しい。

彼女と別れた後、まだサウンドチェックまで時間があるので、「musee de la musique(音楽ミュージアム)」へ。おもしろい19世紀の楽器が多数見れた。入り口でワイヤレスのヘッドフォンを渡され、展示の前に行くと、その楽器の解説や演奏が聴ける仕組みになっている。サックスのコーナーでは、そのヘッドフォンから流れるサックス演奏に、しばし胸うたれる。一昨日、メールの一件で鬱いでいた気持ちが、かなり和らいだ。

ホテルでDOODLES、恩田さんと合流後、フランスのCDショップ・ビンボータワーのフランクの運転で、今夜の会場「les voutes」へ。これが市内のやや外れにある、橋桁の下に作られたアングラなホール。心霊に敏感な人ならビンビンきそうな場所。でも簡易なレストランや、こぶりのホールが3つもあった。廃屋のようなビルもあり、交通の便も悪そうで、こんなとこに客来るの?という感じの場所だったが、最終的には100人弱くらいの来場者があり、驚く。アンダーグラウンドな演奏ではわりとよく使っている場所なようで、知名度はあるのかも。

今夜の演奏は、私とダストブリーダーズの共演がトリなのだが、サウンドチェックで音を合わせるも、いまいちしっくりこない。ダストブリーダーズは小型のおもちゃのレコードプレーヤーに7インチ盤を入れ、それをエフェクターでとおしてアンプで鳴らす演奏者のトリオ。コンセプトはともかく、3人いる理由はいまひとつ分からない。そしてそのレコード盤に3人が、ホークウインドの「シルバーマシン」を持参しているのも、なんだか私への気遣いのようで、なんだかうざい。リハ後、「今夜の演奏に対してなんかアイデアやコンセプトはあるのか?」「シルバーマシンを用意している意味は?」ときいても、たいした意味はないという生返事。つまりは彼らは日本のノイズファンで、非常階段のような演奏を(JOJO広重を迎えて)自分たちもしてみたいという、簡単に言えば「ごっこ」をしたいのだという魂胆がわかってしまった。つまりは私が誰かとセッションするような、対等に演奏できる立場の連中ではないことが事前にわかってしまったわけだが、さりとてそんなホンネも言えないし、ミッシェルにはここまでさんざん世話になっているので、あまりムゲにもできない。さりとて、適当なノイズインプロで、ダストブリーダーズの面々を喜ばすのも、ちょっとできない。けっこう悩んでしまった。

恩田さんは、パリ在住のギター・インプロヴァイザー・Jean-Francois Pauvros と共演。Jean-Francois Pauvros は背の高い、魔法使いのように鼻の高い、しかしダメそうな中年でした。恩田さんも、ホールのせいか、ステレオ感があまり出ず、苦労されていた様子。

DOODLESは、会場にマイクやPAシステムがないため、あっこちゃんがギターの音量を控えめにしながら、生声でボーカル。なおっぺがスネアのみでドラムをするという変則仕様だったが、その分、あっこちゃんの歌は格別の色合い。

さてダストブリーダーズ。案の定、奇声を発して痙攣気味に演奏する3人。非常階段のパロディでもやっているようで、なんとも不快だが、もうしょうがないので途中から私もステージへ。でもちゃんと演奏する気はないので、エフェクターを全部ONにしておいて、自分はイスやライト、スタンドなどをバンバン投げつけるパフォーマンスに終始。客席も混乱で、怒って帰る連中半分、興奮して前に出てくるヤツラ半分。誰かが投げたビール瓶が私の顔面に当たり、そこからまたエキサイトするも、まあ大事にはいたらず、それなりのパフォーマンス、約10分で終了。物損はたいしたことはなかったと思うが、サトコさんが会場から、もうお前の企画にはここを使わさないとか言われたようで(でもその後撤回された?なんとなく穏便になっていた雰囲気)、まあいろいろとすまんこってす。ダストブリーダーズのチェリーとイブは喜んでいたが、ミッシェルはやや落ち込んでいたような。でも本当のことはわからない。

とにかく終わったので、となりのバーで浦邊くんも交えて打ち上げる。あほな写真も撮った記憶があるが、はてさて。おもしろい話もいっぱいあるが、それはここにはかけない。(笑)タクシーでホテルへ。帰ってからいろいろケガをしていることに気づく。

 ● 2004年11月18日(木)  フランスツアー4日目
ホテルをチェックアウトする時に、おみやげに、解禁になったばかりのボジョレーヌーボーワインを1本いただいた。親切なホテルでした。

列車でまたパリへ。パリの東駅に着き、地図を頼りにホテルへ行くも、けっこう距離があり、やや疲れる。ホテルでは今夜のオーガナイザーが事前に宿泊費を払ってくれているはずが、そうなっておらず、チェックイン出来ない。主催者に連絡をとり、スタッフの到着を待つ。リハの時間がせまってきていたので、DOODLESだけで会場に先に行ってもらう。その後にミッシェル登場、クラブのスタッフも来て、チェックイン完了、いざ会場へ。

「point ephemere」はここ数ヶ月に出来たらしい、大型のステージのあるライブホールとレストラン、アート作品の展示スペースのある大きな施設。ステージはちょっと小振りな「クラブクアトロ」という感じ。DOODLES、私とリハも無事終了。私はリハ前に、フランスとドイツの共同制作テレビ局の音楽番組のインタビューをうける。内容は日本のノイズについてという、毎度聞かれる程度のこと。英語で適当に答える。リハ後のDOODLESもインタビュー、彼女たちはたぶんテレビのインタビューは初体験、しかも海外とあって、けっこう緊張したのでは。

元OXZのドラマー・チャーサンが会場に来てくれる。懐かしい話をいろいろと。もう3人も子どもがいるのに、バンドを5つも掛け持ちしているとか。

ミッシェルから、今夜は浦邊くんがライブを見に来ると知らされてびっくり。福岡くんとのツアー後、フランスに残って旅を続けていたらしい。
ほどなく浦邊くん登場、バーカウンターで『おい!ねえちゃん!』と怒鳴っていたのには笑いました。浦邊&JUNKOさんの再演の話が進んでいることや、グラスゴーでのフェスティバルのことなど、もろもろ話す。

ライブは恩田アキ+アラン・リヒトで開演。アランとはカナダのノーミュージック・フェスで何度か共演しているが、恩田さんの演奏を見るのは初めてかも。意外なコンビネーションながら、非常に聞きやすいエレクトロニクス・インプロヴィゼーションで感心。なかなかよかったです。

たぶん100人以上は来場者あり、いい感じで客席は埋まってました。私は、ミッシェルのリクエストもあり、「アカシアの雨がやむとき」で幕開け。「生きている価値なし」など火曜日のセットに数曲プラスして演奏終了。おおいにうけていました。

DOODLESは最初にギターの音が出ないトラブルあり。私がシールドを直してあげて無事演奏開始。最初は緊張していたものの、客席に浦邊くんを発見して、だんだん落ち着いてきた模様で、結局は火曜に引き続き、良い演奏でした。

 ● 2004年11月17日(水)  フランスツアー3日目
唯一のオフ日。ミッシェル宅に遊びに行く。ミッシェルのレコード棚には、モダーンミュージックやAMSの、日本のアンダーグラウンドロック&ジャズのCDがたくさんあり、それなりのコレクターぶり。彼女のカトリーヌとともに4人でパスタでランチ。BGMは灰野敬二+向井千惠+高橋幾郎。なんでや。先月は浦邊くんと福岡くんがここに滞在していたことを知る。
メールチェックさせてもらうが、その中で、来年企画していたライブコンサートが出来なくなったことを知る。やや気持ちが鬱ぐ。

予定らしい予定もないので、メッツの町中見学。CD屋でガンクラブのフランス盤を1枚買う。DOODLESはライブ初日が無事終わったこともあり、ややお疲れ気味。フランス料理のディナーをとってお別れ。

 ● 2004年11月16日(火)  フランスツアー2日目
オーガナイザーのサトコさん(日本人/パリ在住3年目/日野日出志のマンガの仏訳を担当したとか)がメッツ行きの切符を、ホテルまで持参してくれた。

列車にて郊外の小都市・メッツに到着。ダストブリーダースのミッシェルとその友人が車で迎えに来てくれていた。再会を祝したあとは、DOODLESはミッシェル宅へ、私は市内のホテルへと別れる。

その後、今夜の演奏場所「theatre des trinitaires」で合流。どうもここは数年前までは立派なジャズクラブだったらしいが閉店、その後を単発の企画などで使用しているらしい。サウンドチェックのあと、メッツの仲間がいつも集っているらしいカフェ・マティスへ。ミッシェルの友人達に紹介してもらう。

ライブは、ダストブリーダースのイブがギター、もうひとりはMr.ビーンに似たドラマー・クリストフとのデュオ・Mesa of Lost Womenで開始。どうっていうことのない半インプロ演奏だが、それなりに客層には受けていた。こんなところなのに客くるの?的な場所ながら、80名くらいの入りでほぼ満員。

2番手はDOODLES。初の海外公演ながら、落ち着いた演奏&内容も良く、まずは成功。私はソロでギター&ボーカル。「生きている価値なし」「三月の雪」「夢は夜ひらく」「デスダイブ」などを演奏。DOODLESも私の演奏も、好意的に迎えられ、お互いアンコールもあり。終演後はCDもよく売れ、会場を簡単に片づけて打ち上げ。

 ● 2004年11月15日(月)  フランスツアー初日
成田空港第二ターミナルでDOODLESと合流、パリへ。シャルル・ドゴール空港ではあまりにも簡易な入国審査にあきれる。(入国書類の回収のみ、スタンプもなし)
タクシーで市内のホテルへ。タクシーの運転手(確か名前はフィリップ)は、70年代のロックが好きなようで、『ピンク・フロイドは好きか?』とかいいながら、自前のCDチェンジャーを操作してBGMをチョイス。『オレはスーパートランプとバークレイ・ジェームス・ハーベストが好きなんだ』と、アホな欧州人ぶり炸裂、笑かせてくれました。パリでいきなりBJHとは。
ホテルの近くのスーパーでワインと若干のツマミを仕入れて、ホテルの部屋で、とりあえずツアーの船出に乾杯して就寝。

 ● 2004年11月14日(日)22:42  出国前の原稿チェック
朝、PSFの池悦住さんより電話。昨日作成した、アルケミー/PSF20周年キャンペーン用のDVDに、ハイライズの映像を追加したいとのこと。私は明日からフランスに行ってしまうので、帰国後、編集をし直そう。

阿部薫の「winter 1972」のCD化をPSFが企画しているらしく、マスターの捜索で、ちょっとマゾくんにも協力してもらったが、あまり色よい返事はもらえなかった模様。「winter 1972」とは大阪の天王寺にあった、マントヒヒというロック喫茶のゆかりのLPレコードで、たぶん100枚くらいしか流通しなかったように思う。阿部薫のLPレコードでは、最レアな部類にはいるものだろう。もう20年くらい前の話だが、頼まれて、私がモダーンミュージックに何枚か卸した記憶がある。

Gモダーンの新譜レビュー、アルケミーのタイトルに関しては、(黒パイプ・スターダスト)というペンネームの御仁に頼んだ。本日メールで原稿を受け取った。指定日より入校が数日遅れたが、若々しい文章で、なんだか嬉しい。誰だって、誰かから影響を受けて、モノを考え、文章を書き、行動している。若いうちはその影響されたものからのテイストがよく見えてしまうが、やがて成長すれば独自のものになっていくのだ。がんばれ、黒パイプ・スターダスト。

インディーズ・イシューのインタビューを先月受けたが、その原稿チェックのメールが届く。今回は私が生死について、やや深めに語っている内容で、音楽誌にはやや不向きな内容かもしれないが、自殺を考えるような人には読んで欲しい内容である。月末発行予定。

福岡の大牟田署で、4人殺害の容疑者・北村孝紘容疑者が食事の時にスキをみて脱走、数時間後に逮捕のニュース。警官がその容疑者の部屋に閉じこめられたとのこと。謝罪する警察幹部。「逃走資金を確保するため暴力団関係者と接触しようとした」らしいが、すべてがマンガのようである。これは本当に現実なのか?マンガが実写と合体するような映画が昔はあったが、そんな感じではないか。それほどまでに生きたいか?それほどまでに金がほしいか?

フランス行きの準備完了。明日出発、21日帰国。ライブスケジュールはアーティスト欄参照のこと。

 ● 2004年11月13日(土)22:38  邦題は"謎のジョブライアス"でしたっけ?
佐井好子さんから早朝にメール。たいした用件ではないが、それでも嬉しい。

今日はアルケミー&PSF20周年キャンペーンの応募者に配布するDVDの編集。友川さんの映像が遅れていたが、ようやく入り、編集完了。内容は全て未発表のライブ映像で、
1)EXIS-J
2)友川カズキ
3)灰野敬二
4)三上寛 with JOJO広重
5)非常階段
6)ウルトラビデ
7)MASONNA with JOJO広重
PSF生悦住さんにまかせていたCDの方も、もうプレスにまわっているようで、11月中には発送作業にこぎ着けたい。

非常階段/ラスト・レコーディング・アルバムのチラシが届く。今回は渺茫とした山の写真が多いが、撮影はJUNKOさんで、セレクトは私が行った。遠くにかすむ山の写真は、なんともいえない「向こう側」を喚起させられる。
チラシに掲載されているが、来年2月に、テイチクエンタテインメントより、私のソロ2枚組がリリースされることが決定した。1枚は私のソロのベスト+未発表テイク、2枚目はキャリア・ハイライト的なものにするつもりである。2枚目は特にほとんどが未発表テイクになる予定。70年代に一番最初に組んだバンド「Sloth」や第五列時代のものも発掘中。

モダーンミュージックで、とにかく限定やレアものに弱いA氏から『輸入盤でジョブライアスのCDが出たらしいんだが知らない?』と訊かれる。A氏は限定ものに弱いくせに、情報戦にはやや遅いとあって、いつも高額の時に買い、安くなってから売ってしまうという、まさに商売人にとってうってつけの性格である。今更ジョブライアスでもあるまいに、と思うが、AMAZONで調べればあっさりヒット。タワレコでも買えるんじゃないですかね、Aくん。

近所に今年初頭に出来たイタリアンレストランがあるが、どうも客が入っていない模様。ランチタイムもあるのだが、まったくお客が来ないせいか、毎日マスターが入り口に立って客待ちをしている。これが余計にお店に入りにくくしているように思えてしかたがない。ああお客さんが来ていないのだな>入りにくいな、と思わせる要因になっていることをマスターに知らせたいのだが、どうも口にするのは憚られる。お店の料理の味は、まずくもないがそれほど美味しいというほどでもないだけに、今後を危ぶんでいる。

駅前に夜9時ころ通りかかると、『マッサージいかがですか』と声をかける女性が3人くらい立っている。コールガールにしても、こんなロケーションで、ましてやこんな物騒な時代に、その誘いに乗ってくる男なんぞいるのかね、よしんばいたとしても、あんたの命の保証はないぜ、と、思ってしまう。まあオレオレ詐欺にひっかかる御仁が多数いるくらいだから、案外日本はのんきな国なのかもしれないが。

フランス行きの荷物をとりあえずトランクに詰めてみる。とりあえず、さっそくパンパンになってしまった。重い。CDなど向こうで販売してしまえばなくなるものもあるが、はてさて...。

 ● 2004年11月12日(金)22:15  あさもはよから
東京は朝から雨。6時半くらいに目が覚めてしまい、買ったまま見ていなかったDVD「シャブ極道」を少し見る。このタイトルでは、ちょっとテレビ放映は当分ありえないかなと、DVDで買っておいたのである。ビデオ化にあたってはタイトル変更(大阪極道戦争・白の暴力<ビデオ・第1部>、大阪極道戦争2・白のエクスタシー<ビデオ・第2部>)を強制され、裁判にもなった模様だが、DVDは原題の「シャブ極道」のままである。このいいかげんさが日本らしい。冒頭、スイカにシャブを振りかけて食べる役所広司が、このヤクザ映画の傑作ぶりを物語っている。途中まで見て、床屋に行く。

古いビデオ映像を見ようとベータのデッキにテープを挿入するも、動かず。2年くらい前に数万円かけて直したのに、この始末である。ちょっと分解してチェックしたが、やはり動かないので、あきらめる。

大阪から送られてくるはずのメール便が届かない。別の配達所に紛れてしまったようで、どうしようもない。メール便は低価格で便利だが、宅急便に比べるとトラブルの比率がかなり高い。安かろう悪かろう、か。郵政民営化も、なんだか胡散臭く思えてくる。便利に慣れてくると、結局は不便に対して怒りの感情を持つハメになる。

下北沢にヤボ用。駅前で偶然Gモダーンの編集人・I氏と遭遇する。Gモダーン発行は12月になりそうとのこと。この本もすっかり年刊1冊ペースになってしまっている。

夕方、広告代理店の女性と打ち合わせ。共通の友人が放送局を退社し、自分で会社を興して出版事業を行っていることを知らされる。株式投資の本が中心であるらしいので、あまり接点はないが、彼はエネルギッシュな大阪人なので応援したい。代理店の彼女は、彼に勧められて、阿部薫とサン・ラーを聞かされたとのこと。

来週からフランスに行くが、ブッキングしてくれたミッシェルが、梶芽衣子の全曲集CDを持ってきて欲しいとのこと。前は池れい子のLPはないのかとか聞かれたので、なんだか日本の女性シンガー、しかも古めのものに興味があるようである。ヘンなフランス人だ。

Idiotに2、3伝えたいことがあり、手紙を書く。たいがいのことは電話かメールですむ時代だが、彼はいつも手書きの手紙をくれる。私はさすがにワープロ打ちだが、送りたいモノもあるので、手紙を添えることに決めた。

 ● 2004年11月11日(木)21:12  8ミリビデオ
昨日引き続き、古い映像と音源のチェック。
80年代の映像は、Hi8などの8ミリビデオテープで収録したものも多数有り、チェックするにはビデオデッキを準備しなくてはいけない。
8ミリビデオを再生出来るデッキは3台あるが、1台目(8ミリビデオウオークマン)は画像が出ない、2代目(8ミリとVHSのダブルデッキ)はノイズがまじる。3代目のHi8据え置き型が、唯一まともに動いてひと安心。SOB階段も画質良好。南海ホークウインドの映像には、チェリーや林くんも当然登場
しており、ちょっと思いにふけってしまった。

非常階段の前身バンドとして、螺旋階段という、私がキーボードを担当していたバンドがあるが、何本かのライブテープ、スタジオでの練習テープなどが発見された。いつか整理してリリースしてみたい。1979年から80年くらいまで私は在籍していたようで、このバンドは後にリラダン→イディオット・オクロックとなる。

ウルトラビデの未発表テープも、ゆうに10数時間分はある。どれもこれも、はてしなく面白いが、発表するのはどうかと思うものもある。しかしこのころの自分はさておき、当時のBIDE(現HIDE)、コウイチロウは、本当におもしろいなあ。

HPのコラムの、音楽のコーナーを更新。

大阪の事務所に、DOODLESのセカンドアルバム「のこり」と、非常階段の「ラスト・レコーディング・アルバム」が届いたと連絡有り。
アルケミーからDOODLESのアルバムがリリース出来ることは、素直に嬉しい。
非常階段は、そのタイトルから「これが非常階段の最後のアルバムになるんですか」という問い合わせが、国内外からあるらしい。
つまりは「LATEST」という意味で、「最新録音盤」という意味のつもり。語源は、リトル・フィートの「ラスト・レコード・アルバム」で、84年ころに、林くんが『「キング・オブ・ノイズ」と「ラスト・アルバム」は、いつか非常階段のアルバムタイトルで使いましょう』と話していたものを、いまだに覚えている私が具現化したものである。
しかしまあ、当分非常階段のスタジオ録音アルバムをリリースする予定はないので、これが確かに最後のアルバムになる可能性はなくはないな。ふふ。

 ● 2004年11月10日(水)19:05  押入は宝の山、か?
自宅の押入には大量のビデオテープ、カセットテープなどが段ボール箱に入っており、そこからお目当てのモノを見つけるのはいつもたいへんである。今日は画質の良い、サバート・ブレイズ、赤痢、サバート階段、想い出波止場の90年代ライブ映像発見。ちょっとチェックしてみると、画質・音質・内容すべて良好。どうしてこれを当時リリースしなかったのかなあと思うものもあった。

ネットで注文していた柿ジュースが届く。これは岐阜県の木本商会という会社が製造しているが、季節商品のため、10-11月くらいにしか見かけない気がする。今話題の楽天市場で買える。(http://www.rakuten.co.jp/shimayasaketen/474856/475956/#440141

夕方からスーツケースを買いにでかける。来週からフランスにライブで行くが、適当なサイズのスーツケースがない(大きいものか小さいものしかない)ため、適当なサイズのものを見繕った。デザインの気に入ったものは在庫がないらしいが、取り寄せてくれるとのこと。出発に間に合えば、それでいい。

おにんこ・まいこちゃんからメール。昨日、私はさっさと帰ってしまったので、ちと悪かったね。おにんこはなにも悪くなかったよ。別件でちょっと気分が悪くなっただけ。

学生時代の友人が交通事故にあったという、別の友人からのメールが届く。彼が森田童子のアルバム「ラストワルツ」が好きだったこと、「蔵六の奇病」がアンバランスから出た時に買ってくれたことなどを思い出す。2度目のメールで、一命は取り留めた旨を知る。

 ● 2004年11月09日(火)23:18  ウオーカー、おにんこ、あふりらんぽ
大阪から「オレトオマエ!」のPVが届く。先週末に若干の修正を依頼、ちゃんと直されていたのでOKを出す。同時にもらった手水のライブは、なにかダビング時にエラーがあった模様で、これは再コピーを要請。

モダーンミュージックへ。灰野さんが私宛にスコット・ウオーカーの、「TILT」発表当時のビデオを預けていってくれたものをピックアップ。先週、キャンペーンプレゼント用のビデオについてミーティングした際、スコット・ウオーカーのBBCテレビショーのCD-Rコピーを差し上げたので、そのバーターか。私はウオーカー・ブラザーズの時に、60年代にモノクロテレビで見たっきりなので、後期のソロ映像は初見。出元はたぶんNルートでしょうかね...。

来年のリリースの準備で、自分の過去音源をチェック。第五列時代のテープを聞いてみたが、陳腐な部分と、今聞いてもおもしろい部分が混在で、ちょっと悩む。

大阪から、マンガ「ドリーム仮面」の単行本もDVと一緒に届いていたのを流し読み。太田出版から数年前に復刻されていたのを買い逃していたもの。なんだか切なくなる。

夕方から東高円寺。UFOクラブにおにんこを見に行くも、あふりらんぽのふたりと入り口で遭遇。来年大阪で1年間行う「ギター・インプロヴィゼーション10番勝負・関西編」のお相手を3月のスケジュールで依頼、承諾をもらう。
おにんこは蔦木さんぬきの「おさんにんこ」。てっきり蔦木さんは仕事かなにかで来れないのかと思いきや、会場に居てました。思惑あってのことで、その思惑は成功したように思う。もちろん蔦木さんのギターのない物足りなさはあるが、おにんこの3人にとっては十分得るものはあったのではないか。
ふたつめのバンドが気に入らず、階段部に出ていると、ひらちんにいろいろとアドバイスする女性あり、その言葉がイヤでも耳に入ってきて、やや気分が塞ぐ。聞いていたくないので会場に戻るが、バンドの音がテクノ臭くてハナにつく。不快。客席にゲロゲリの山ノ内風若者を見て、さらに不快。
あふりらんぽの始まる前に入ってきた客に、吉田くん発見。声をかけて、RUINSのことなど少し話す。
五所さんという女性にも声をかけられ、おにんこへのラブレター的原稿(どこかの雑誌の掲載文?)のコピーをもらう。「読んで下さい。JOJOさんのノイズギター弾き語りのことも書きたい」とか。
あふりらんぽ登場、もうしょっぱなから圧勝。バンドの勢いが違いますねー。ペンペンズにも共通する、つまりは外連味のない、関西の底力の強さ。こういうのは、いつまでたっても東京からは出てこない。

なんとなく、表現というもののつまらなさを、思う。

ヤボ用処理後、自宅でファルージャ攻撃(映画のようというより、マンガだ)と、アラファトのことを、ニュースで漠然と、見る。

 ● 2004年11月08日(月)21:47  東京に帰ってきました
午前中に東京に戻り、AMS行きの荷物をひとつ作成。マゾくんに電話。
先日のフリークシーン・アニバーサリーパーティは成功した模様。おめでとう、フサオさん。めげずに10年続けたのは、アルケミーの20年よりもえらいと思うよ。

午後はカード関連の月例会議。もう2年少々続いているが、割合とうまく物事が動いていて、嬉しい。

夕食後、BSフジで放送の「ベルリン・天使の詩」を流し見る。セリフが秀逸。頭がいいことがよくわかる。
これはどうということないセリフだが、オープンカーのくだりで『バカが乗る車よ』と婦人がつぶやくシーンはよく覚えている。

 ● 2004年11月07日(日)20:25  ガンバ大阪
ガンバ大阪のプレチナムメンバーズパーティに出席。
ほとんどの選手が来場していました。熱心なファンではないのだけれど
立食パーティを楽しみました。

明日は東京に戻ります。

 ● 2004年11月06日(土)09:07  日記を始めることにしました
今日は関西に。「オレトオマエ!」のPVを制作中、修正依頼分があがったらしいので、チェックに行くことなど。
手水の9月ファンダンゴのライブも編集が出来上がったらしい。これも楽しみ。

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