最新の日記に戻る / 一つ上のページに戻る / ホームページに戻る

 ● 2005年09月30日(金)  むすび
mu1.jpg 120×120 3Kカード屋を引っ越しすることにする。
年末に引っ越し、倉庫と一体化して、経費節約へ。
13年と少し、ここにいたが、やっぱり転機が来ている。
アルケミーも、私も、転機だろうか。


羅針盤の「むすび」を聞く。
もちろん山本くんの歌は大きくかわっていないが、サウンド自体はここ数年でずいぶん変化していることがわかる。
「ソングライン」がフェイバリットな私には、いろいろ思うとこもあるが、しばらくは楽しめそう。
でもメンバーは、山本くん、吉田くん、チャイナさんの3人なんだね。
次回のライブではチャイナさんも参加できないとかウワサできいた。
大丈夫か山本くん。

 ● 2005年09月29日(木)  対決
江古田BUDDYへ。

上野耕路アンサンブルを見る。
第一部はバンドののりもイマイチ、普段聞く音楽の種類ではないこともあって『複雑な(コード進行の)曲を軽っちくやりたい』という上野さんの趣向はわかるものの、ジャジーにサルサはちょっとかったるい。エンディングも決まらないテイクもあって、うーん、やっぱり私には無理かなと、あきらめかけ。

しかし休憩を挟んでの第二部は、ぐっと良くなる。なんなんだこれは、というようにノリがよくなり、引き込まれる。マグマか?アルティ・エ・メスティエリか?オパス・アヴァントラか?的なノリもちらほら。

凄いと思ったのは、増井朗人さんのトロンボーン、杉野寿之さんのドラムス。増井さんは、音楽をよくわかっているという深み。杉野さんは、これは完全にドラミング技術を、正しく修得した人のテクニック。正統派中の正統派。
さらりとロールなどされていましたが、それがすごくて。正確で音も美しいし。リズムが乱れる瞬間は一切無し。さすがです。

ステージは15名。
なのに客席は30名程度。少ないなあ。上野さんは『今日はたくさんのお客さん...』とMCされていましたが。


江古田、はじめていきましたが、ヘンな街ですね。
e11.jpg 160×120 6K

 ● 2005年09月28日(水)  できること/できないこと
od1.jpg 160×120 7K一ヶ月と少し。
こんなに早く、ここに還ってこれるとは、夢にも思っていなかった。

「できること」を、少し、する。



札幌から荷物が届く。
ありがとう。気持ちだけ、いただいておきます。
返事、お礼はしません。

もう私は札幌で、歌を歌うことはないと思います。
ここ4、5年、札幌では何度かライブをさせていただき、いい思い出もたくさんありました。
特に三上さん、IDIOTと一緒に行って、歌が歌えたのは、楽しかった。
夜邪との共演も。(笑)
11月に発売のDVDには十蘭堂のライブや、夜邪とのセッションも収録されていますので、楽しみにしててください。

 ● 2005年09月27日(火)  もう十分に、
ええ、もう十分に、だと、思う。



玩具メーカーで会議。

会議の帰り、同じメーカーのMさんと電車が一緒になる。
彼女は「歯に衣着せぬ」を地でいく方で、それが魅力でもある。
最近、プライベートで落ち込むことがあったが、最近の私の日記で、元気になったそう。
ライブだ海外だカードのイベントだ、と、忙しくしている私の日記を読むと、『ふん、いい気になんなよ』と思うそうで、そういう時は読み飛ばすらしい。

人の不幸は蜜の味。か?
なんにせよ、元気になってくれるのなら、私はなんだっていいけどね。(笑



「希望という名の
 あなたをたずねて
 遠い国へと
 また汽車に乗る」

 ● 2005年09月26日(月)  カヴァー・ソング・ナイト
高円寺ペンギンハウスでライブ。

今回は「カヴァー・ソング・ナイト」ということで、各人が好きなカヴァーを演奏+オリジナルも、という企画。
お客さんは10名と、非常に少なかったですが、内容は、コサカイくんじゃないけれど、こういうお客さんの少ない時にかぎって、よかったりするもので。笑っちゃいますね、また同じようなこと書いて。

<寺島暁子+西村卓也>
大滝詠一、ピンク・フロイドのカヴァーを1曲づつ。大滝詠一の曲は知りませんでした。
このデュオも何度も回数を重ねてきていますが、音のバランスは今までで一番よかったかも。西村くんの歌も、ますます味が出てきて、いい感じ。オリジナルも、もっと聞きたかったな。
西村君、けっこう男前なことに気がつきました。(失敬!)

<小間慶大>
小間くんは女声のボーカル曲をたっぷりカヴァー。カーペンターズの「スーパースター」、アーント・サリーの「アーント・サリー」、意外なところでは木村カエラ、深田恭子なども。こういったアイドルのような歌手の曲も、ちゃんといい曲はいいと、見えているところはさすが。
関西人限定対象の、「パルナスの歌」には、あっこちゃん、尾谷嬢、私など、関西出身の人間には、胸に突き刺さるものあり。
オリジナルは「いかり」でした。これも絶品。

小間くんは、わたしと最後にステージを一緒にしたのは、1981年、大阪・寺田町のスタジオあひるでの「ラスト・アンサー」、私は非常階段、彼はUPメーカーだった話を少し。
こういったことをちゃんと覚えていてくれるのは嬉しいな。
小間くんも、ハンサムですねー。

<JOJO広重>
尾谷嬢をドラムに。

演目は
1)サルビアの花(早川義夫)
2)夢に消えるジュリア(ピンク・フロイド)
3)センチメンタル通り(森田童子)
4)アカシアの雨がやむとき(西田佐知子)
5)いい娘だね(早川義夫)
6)死にたいだけ

今回はMCをたっぷりしました。
そう言えば、私もソロ演奏をしだした10年くらい前は、ステージでMC>曲>MCという構成でやってたな。故・林直人くんに『ノイズの尾崎豊』と馬鹿にされたけれど。(笑)
まあ、お客さん10人だからということで、いろいろしゃべりすぎた。
この日聞いたことは、胸の中にしまっておいてください。

千野秀一さんが客席に。おそらく西村くんの関係でこられていたのでしょう。どうも私の演奏に感じるものあったらしく、声をかけていただきました。
私はダウンタウン・ブギウギ・バンド時代の千野さんを、京都会館で見ています。

打ち上げで、小間くんの嬉しい話を聞く。
がんばって。
ppa.jpg 160×120 4K

 ● 2005年09月25日(日)  ピットイン
名古屋から17時半に東京に戻る。

朝からろくに食べてないので、腹にてきとうに流し込んで、仕事を少しこなして、新宿ピットインへ。

昨年韓国で世話になった佐藤さんに招待された、大友さんのイベント。
アストロノイズのふたりも来日中にて、会いに行く。
会場は超満員。
昨日のコサカイくんのBBS書き込みを思い出す。
いやコサカイくん、これもそれも、真実さ。

ライブの内容は、ジョン・ゾーンを思い出すような、作曲と即興の混合オーケストレーションで、残念ながら楽しめない。
こういう音楽を否定はしないが、楽しめる感覚はいまひとつわからない。
大友さん、ごめんなさい。

たぶん、大友さんや、杉本拓とか、その一派には、私と別種の音楽感がある。
一般には、同じようにインプロとか、アヴァンギャルドとか、フリージャズとかで、同じジャンルにくくられそうだが、根本が決定的に違う気がする。
どこが、というのを書くと、角が立ちそうなので、書かない。

まあ、オレは生涯、新宿ピットインには出ないだろう。
そう言えば、わかる人にはわかるかな。(笑



「アーバン・サックス」の1stや2ndはCDになってないなあ。
そんなことを考えていた。

 ● 2005年09月24日(土)  さて
名古屋へ。

思いがうまく伝わらない時もあるけれど、それも、ひとつの前進だと思える。
若い時分なら、それが途方もなく重く思え、絶望し、別れる原因にもなったはず。

どうしようもなさは、別のところにあったりするものだ。

三上寛さんと、来年2月の四国ツアーの日程調整。
ほぼ、決定する。

 ● 2005年09月23日(金) 
古い友人と、5年ぶりくらいに会う。
出版の話や近況など、いろいろ。

元気を、もらう。

 ● 2005年09月22日(木)  hi-ho
Idiotに「秘宝」のコード進行を確認する。

 ● 2005年09月21日(水)  大阪でライブ
ギターインプロヴィゼーション10番勝負関西編。

<スズキジュンゾ・鈴木一奈美>
ジュンゾくんのソロは、ギターのコード奏法を崩しながら、その崩壊の瀬戸際を美しく魅せる演奏が、彼の真骨頂だと思う。
達成した時は見事に美しいが、おそらくは即興の経験値か、そこに達成しない時は、彼自身が崩壊することになるという、けっこう危険な演奏スタイルである。今年に入ってからは、私は外れのライブは見ていないので、彼の演奏レベルの向上を確認しつつ、楽しみにしているアーティストのひとりである。
今回は大阪まで来てもらった。鈴木一奈美さんとのデュオ形式、実は先週このデュオをペンギンハウスで見ているが、ちょっと釈然としない部分があったのだが、今回の大阪のステージは、それを払拭する出来映え。おそらくは音量の問題と、アブストラクトな部分を増やしたことに起因するのではないか、と思う。
目を閉じて聞いていると、ティム・バックレィやドアーズが目指した「知覚の扉」の解放を想像させる、そんなねじれるような音の屈折が美しかった。
「風が」は、ジュンゾくんの、おそらくはライフワークになるような歌であるが、どこかの高原で風を受けているような、そんな素晴らしい曲に聞こえた。
ツアーはまだ続行中ですね、がんばって。

<JOJO広重with柿木義博>
柿木くんは、古くはサバート・ブレイズ時代からのつきあいで、もう17−18年くらいになるかな。セッション開始前に、森田童子のCD-Rお土産を渡す。
リハの時のほうが、サウンドはクリアだった。
即興演奏の場合、本当はリハやサウンドチェックはしないほうがいいのかもしれない。お互いの手の内を探りながら、感覚でサウンドをかけあうわけだから、サウンドチェックとは言いながらも、相手の音をすでに感じていることになり、それがいい方向に作用する場合もあるし、そうでない場合もある、さらにどちらでもない作用もあって、今回はその3番目のような感じでした。
本番はノイジーなギターワークになっているが、それなりにロックだったと思う。

鈴木一奈美さんに打ち上げの時、どうしてそんな演奏が出来るのか、的な、感想風質問をうける。ギター1本で出している音には聞こえなかったのだろう。
私の奏法では、ギターを演奏しながら2種類の音を同時に出すことは、簡単にできる。調子が良い時は3番目の音、4番目の音も出る時があり、この音が自分の即興演奏のバロメータになっているし、面白さはそのあたりにあるが、即興演奏をたくさん聞いている人でも、そのあたりを指摘する人は少ない。例えば灰野敬二氏を私が尊敬するのは、そのギターから5番目の音すら出してしまう瞬間があるからで、その音を耳にした時は、まるで地獄の奥底まで引きずり込まれるような、ゾクゾクした快感につつまれる。
鈴木一奈美さんは、なにか感覚的に、そういった音に気がついたのではないかな。だったら、嬉しい。

見に来てくれていた、猿股茸美津子の2人に、私の熱狂的なファン2名(1名はオーストラリア人)についての話を聞く。ありがたいが、こそばゆい。


心理テストをひとつ、大阪スタッフで試す。
自分の今、最も欲しいものはなにか、という深層心理を当てるものである。
彼女たちの答えは、プライベートなものなのでここには記さない。
私の答えは

「希望」

だった。

今は"希望"がない?
そうかな?

 ● 2005年09月20日(火)  yes/no
早朝に、旅に出る。

 ● 2005年09月19日(月)  VB
おとといあずかった
とあるブツの整理。

コピーをとって
読んで
笑って
泣いて
ヘコム。

非常階段前夜の
JOJO広重前夜の
そんな、記録。


ここは、どこ?

 ● 2005年09月18日(日)  フル・ムーン・ハイウエイ
満月が美しい。

蔵前クラウッドで非常階段のライブ。
新しいシャツを着用してみる。

松山からKくんが見に来てくれていた。
来年2月に三上さんとまた四国に行く予定を話すと、松山にも来てくれないかとのこと。三上さんと相談してみますね。

 ● 2005年09月17日(土)  モア・ブレインストーム
午前中に1本、ブレインストーム。

夕方より、古い友人(男性)に会う。

時間があれば、円盤にナカヤさんを見に行こうと思うも、結局は新宿の思い出横町から抜け出せず。

飲んでも、酔えない。
そんな、思い出横町。

 ● 2005年09月16日(金)  ブレインストーム
記憶なし。

 ● 2005年09月15日(木)  生きている価値なし
この先生きていても
どんなにわびても
とりかえせない時間を
とりかえそうとしても
罪は消えない。

生きている価値、なし。

そう思いながら
朝を迎える。

10のいいことをしても
1の悪いことをすれば
10のいいことも帳消しになる。

そう思ってきたし
そうとわかっていながら
同じ道を幾度も歩んできた。

だから
生きている価値、なし。


で、今一度
ここで死なないで
欠けている部分に
向かい合っている。

この機会が
てめえの人生でラストであると
そう思い知れ。

そういうこと。
でなければ、死ねと
神が耳のそばで囁いている。

2005年09月14日(水) 
柳澤桂子さんの本を1冊読む。
その中に、ボンヘッファーの「神の前に、神とともに、神なしで生きる」という言葉を見つける。

神はいるけれども、神なしに生きる。
そのことは、正しい、と思う。

救いなど、来ない。
(地獄!/JOJO広重)



尾谷嬢とスタジオ練習。
アレンジがうまくできた。

コラムの更新を1本。

 ● 2005年09月13日(火)  思い、ではなく、意志、であること
うつ病は、精神的な弱さではなく、立派な、病気である。
病気であれば、対処法や薬もある。

私が10代の時には、こういった病気は話題にならなかったから、ある意味現代らしい病気なのか。
それとも昔からあったが、ちゃんと表現されていなかったのか。


しかたないことだけれども、
人生の分岐点は、いつもあとから、気づく。

 ● 2005年09月12日(月)  とどくもの
東京の尾谷嬢あてにチーズケーキが届く。
少しわけていただいたが、とてもおいしかった。

なごむ、瞬間。

2005年09月11日(日) 
今朝は体調を落として、少し横になっていた。
いろいろしたいことが、頭をよぎる。

音楽もだけれども、もっといろいろとやりたいと、思うことがある。
音楽のことだけを考えて、音楽をやっているなんて、だめだ。

絵本「ジオジオのかんむり」を読む。
体力が弱っている時に読むと、年齢を感じてきている自分とイメージがだぶる。

どこまで生きて、どこまでできるのかな。
それは、実は若さとか、年齢に関係はないのだけれども。


選挙、自民圧勝。
今回は学会のお方から、選挙のお願いのお電話は当方にはありませんでした。
ホリエモンに「比例は公明党へ」と言われて。笑っちゃだめですかね。
zio.jpg 160×218 11K

 ● 2005年09月10日(土)  デブでヨロヨロの太陽
jerry.JPG 160×120 12Kずいぶん音楽から離れていたので、リハビリを兼ねて、早稲田ジェリージェフにライブを見に行く。

<チハヤトシバタ>
なおっぺが、以前にやっていたバンド。チハヤくんの仕事の都合で活動休止だったが、これが復活ライブとのこと。開始時間には間に合いませんでしたので、ステージ横の入り口から入るのは申し訳なかったので、外で聞いてました。INISIEのベースの竹内くんも参加、よく考えたらINISIEマイナス堅太郎くんプラスチハヤくんか。チハヤくんの歌もギターも、ぜんぜん変わってなかった。最後に演奏していた曲、曲名は知りませんが、いい曲ですね。ちょっと長いけれど。

<寺島暁子+西村卓也>
もう何度目のライブになるのかな。このコンビもすっかり定着。CD-R「LIVE 1」も会場で販売していましたね。すてきなジャケットアートでした。
今回も「水の螺旋」が聞けて満足。また、西村ボーカルの、ピンク・フロイドのカヴァー「FAT OLD SUN」が聞けました。なんと西村くんがギター&ボーカル、あっこちゃんがベースという、これまた珍しいセットでした。

<宍戸幸司>
割礼の宍戸くん、ぜんぜんかわってませんね。「ゆれつづける」が聞けたのは嬉しかった。元気そうでなにより。

会場では、「日記がしばらくとまってたのでやめてしまうのかと思いました」「旅に出られてたんですか」と、3,4人から訊かれた。みなさん、この日記をよく読んでくれていますね。「傷心旅行に行ってました」というと、爆笑。
西村くんとまたセッションしようということに。
LSDマーチの道下くんも来ていて、久々に話が出来た。札幌のリチャードのところで、ソロアルバムをレコーディング中とのこと。
ジュンゾくんのblogがあるらしいということを聞く。見てみたいけど、オレに見られるのは嫌だろうから、見ないでおいてあげよ。
会場で配布されていたチラシで、「非非非の非」の名前を発見。しばらく活動休止だったはずで、このままやめて欲しくないなあと思ってたので、嬉しいニュース。がんばってね。

帰宅後、12時から朝4時すぎまで、PCでお話。
笑って、泣いて、眩暈して。

時間をとめることができたらいいのに。

 ● 2005年09月09日(金)  この道は
この道は
あの日
涙を潜めて
歩いた
あの道

もういちど
歩く日がくるなんて
思いもしなかった

ぼくたちは
未来のことなど
なにもわからない
grp0910122717.jpg 180×135 5K

 ● 2005年09月08日(木)  一人
ひとり。
公園のベンチから、夕焼けを見つめる。

「サルビアの花」「いい娘だね」を口ずさむ。
01.JPG 200×119 7K

 ● 2005年09月07日(水)  旅の途中
旅に出ていたが、洗濯物もたまってきたので、一時の帰宅。

明日また旅に出る。

「今日の夕焼けはきれいでしたね」
スギウラさん、尾谷さん、おなじこと言いましたね。

ええ、きれいでした。

 ● 2005年09月06日(火)  僕と
「僕と観光バスに乗ってみませんか」森田童子

 ● 2005年09月05日(月)  ナルシス
「秘宝」螺旋階段



「タイムマシンはいらないよ/ぼくはいつまでも/今日のこと/おぼえているから」
ドラえもん川柳

 ● 2005年09月04日(日)  夢の。。。
「夢の途中」来生たかお

 ● 2005年09月03日(土)  僕の本棚から
「悲しいだけ」藤枝静男

 ● 2005年09月02日(金)  僕のレコード棚から
「グッドバイ」森田童子

 ● 2005年09月01日(木)  イプシロン・イン・マレイシアン・ペール
efg.jpg 97×100 3Kエドガー・フローゼの「イプシロン・イン・マレイシアン・ペール〜青ざめた虚像」日本盤(アルカンジェロ)が入荷。AMSに送る前に、1枚自分用に購入。

今回発売されたのは、2004年にリ・レコーディングされたもので、1975年発売のものとは異なる。オリジナル・マスターテープを使用しつつも、現在の機材でオーバーダブされているため、音質は向上し、聞きやすくなっているものの、ファンからは評価が分かれるところかも。

ただ、「アンビエント・ハイウエイ・シリーズ」でリ・レコーディングされた「マキュラ・トランスファー」がどうしようもない出来だったのに対し、今回の「イプシロン」は非常に聞きやすい。
オリジナルの持ち味を活かしつつ、今ならこう演奏するといった、アーティスト側のこだわりが感じられる内容だった。

現在、1975年版の「イプシロン・イン・マレイシアン・ペール」のCDは、廃盤で入手困難になっているため、とりあえずはこれを聞いてください。

しかし、こんなことを書くと、廃盤とあることもあってますます聞きたくなるかと思いますが、75年版「イプシロン・イン・マレイシアン・ペール」は、本当に素晴らしい1枚。
「幽玄」という言葉が、これほどあてはまるアルバムもないのではないか。

「イプシロン・イン・マレイシアン・ペール」には面白い逸話がある。
この日本盤は1970年代にLPで発売、「青ざめた虚像」という邦題だった。しかし、初回プレス盤は、なんと音源が逆回転で収録されていたのである。
つまり日本盤制作スタッフが、マスター巻きのテープを、前後ろ逆で再生してLPにしてしまったのだ。
発売して、購入したリスナーからの問い合わせで、初めて気がついて、あわてて回収された、という。
今ならともかく、70年代にこんなアブストラクトな音楽は、前も後ろもわからなかったのだろう。

非常階段の音も、逆回転されても、誰もわからなかったりして?
まさかね。

過去ログ  2004年11月 12月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2006年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 

一覧 / 検索
最新の日記に戻る / 一つ上のページに戻る / ホームページに戻る

Copyright (C)1999-2004 by Alchemy Records Ltd. All Right Reserved.