第12回

『船を降りたら彼女の島』


11月の老人と海
 私の机の上には、河野久里子(木村佳乃)が見つめていた海の彼方から流れついた、一片の貝がらが置いてある。11月は老人にとって特別な季節である。2000年は、今村昌平『赤い橋の下のぬるい水』のロケで富山県氷見沖の漁船に居た。2001年は、吉田喜重『鏡の女たち』のロケで広島県宮島沖の観光船の上に居た。そして今年は磯村一路『船を降りたら彼女の島』のロケ地ツアーで、愛媛県松山沖のフェリーの上に居る。


 私は今、とてつもない瞬間に立ち合っているのかもしれない。あらゆる時間を、その時には未来においてどのような意味を持つのかわからずに体験するように、今この時の意義を、体験しているその瞬間その瞬間には正確に把握することは不可能である。そのような時として、それぞれの人にとっての今がある。『ロミオとジュリエット』のオリビア・ハッセイ、『レオン』のナタリー・ポートマン、『オープン・ユア・アイズ』のペネロペ・クルス、『ジャンヌ・ダルク』のミラ・ジョボビッチ、そして今私の前に『船を降りたら彼女の島』のサエコがいる。『船を降りたら彼女の島』の主なロケ地を鶴姫役のサエコが案内するというツアーなので、スクリーンの外で、台詞ではない言葉をサエコが話している。

 ドラマを見たり宝塚を見たりすると、一時的にもつらいことすら忘れられた。そこに登場する人の気持ちになれた。私も人の気持ちの中に入ってゆける女優になりたい。私もサエコのようになりたいと見ている人に思われたい。私がかって、木村佳乃に、深津絵里に、菅野美穂になりたいと思ったように、見る人に、役と役者を混同させて、サエコのようになりたいと思われたいと話している。16歳が語るその言葉に、私が流れついた多くの貝がらからたった1つを拾ったように、多くの役者の中のたった1人にサエコが成長しそうな気がする。

 写真は鶴姫役のサエコ、映画は2月上旬有楽町スバル座にて公開。



●市井義久の近況● その12 12月

 体調悪く、食事も喉を通らない状態であったが、生まれて初めての体験なので、11月9日、東中野から歩いて10分の梅若能楽院会館へ能を見に行く。今年一番の晴天の寒い日であった。体調の悪さにもかかわらず、おもしろく最後まで見た。1時半から4時まで、感動すらした。音、手の表現、足の振り、体の型、よくぞこれだけの単純な所作で、あらゆるものを表現できるものである。このようなものを存続させた日本に対して尊敬の念すらわいてきた。元々上品だから能を見るのか、能を見るから上品になったのか、館内は上品そうなおばさんであふれていた。かってカンヌの山の上のレストランで、5時間も居たので昼メシに1人2万円もとられた時、高いじゃないかと言ったら、ヨーロッパには貴族がおりますと反論されたが、日本の貴族とは、このような人たちを言うのかもしれない。

 映画『能楽師』は能のおもしろさを完全には伝えてはいない。しかし東中野で、2時間半で8,000円、それがユーロスペースで1時間で1,000円なのだから入門としては最適である。

 それにしても能、手、足、体、音だけであらゆるものが見える。田中千世子が能を撮りたいと思った気持がやっとわかった。物語も不明、発音される言葉も不明、それらはすべて楽器と同じで音にしか聞えない。所作も又、演目によるのか、ささいな動きである。しかしなぜか、わずか方丈の能舞台に、無限が見えた。謎である。

 52年間の人生で初めて能を見たと思ったら、能を見る機会が年内あと2度もある。これも謎である。



市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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