第13回

1月号


富樫森監督作品『ごめん』 久野雅弘賛江

 富樫森が、亡き相米慎二ファミリーの次男とすると、この文は『ションベンライダー』永瀬正敏から書き出せばいいのかもしれない。長男『ふたりぼっち』の榎戸耕史を置いて、お子様ランチと蔑称される子供映画の傑作を富樫森は久野雅弘を使い撮ってしまった。その最大の見せ場は接近である。大阪から京都へ、電車あるいは自転車で、移動と見せかけて久野雅弘は、これも第24回ヨコハマ映画祭新人賞の櫻谷由貴花へと接近する。最初は距離を置いて、次は前、あるいは側、そして最後には挿入に到る訳は無いが、自転車での前と後の2人乗りと、接近へと到るプロセスは見事であり、なんとラスト延岡という、再び接近へと到るしかけまで用意されて、刮目する。


 この接近という目的を成就するのに特別なしかけが用意されている訳では無い。台風でも無ければ、膨大な距離がある訳でも無い。

 あまつさえ櫻谷由貴花の店を親切な漬け物屋の女の人は教示さえしてくれるのであり、櫻谷由貴花はお正月でも彼女の日常的な生活圏の外に出立することは無く、そこに存在していたのである。『ごめん』の接近をサスペンスフルに成立させているのは、主人公、久野雅弘のそのたよりなげな風貌のみである。面で顔面を覆った時はともかく、その素っぴんの面は、あまりにたよりなげである。母にからかわれ、クラスでも目立つ訳でもなく、女性体育教師の肉体の一部を垣間見る、その主役らしからぬキャラクターが、一路、京都の櫻谷由貴花を目指して接近する、そのダイナミックなアクションが、たよりなげな日常描写とともに出色である。素の久野雅弘がどういう役者であるか、私は不明である。しかしこの『ごめん』に書き込まれた七尾聖市の設定に成り切った15才の久野雅弘のキャラクターの咀嚼力は格別の評価に値する。何よりも自分自身が、スクリーンの中においておや、日常生活ですら主役、注目を浴びる存在では無いという、平凡の中に沈殿している。片や相手役の櫻谷由貴花はその帽子の風貌でも、恋人を差し置いてくどかれていた事からでもわかるように、スクリーン映えがする。だからこその接近なのであり、15才久野雅弘の読解力の勝利である。

 第24回ヨコハマ映画祭は2月2日(日)10:45より横浜関内ホールにて、最優秀新人賞は市川実日子(とらばいゆ)久野雅弘(ごめん)櫻谷由貴花(ごめん)、3人の同時受賞である。



●市井義久の近況● その13 1月

 12月5日は生まれて2度目の能であった。今月も又、能について語る。5日は前回とは異なり、夏のような冬の1日であった。国立能楽堂「陰陽師・安部晴明」原作吉田喜重、前回は『能楽師』の関連で見たが、今回は『鏡の女たち』とのつながりで見た。会場も異なり演目も異なり料金も異なるが、演じるのは同じ梅若六郎、料金も前回は8,000円均一であったが、今回は私が見た席は9,000円でSSは14,000円、時間も2時間、ため息の出る金額である。しかし、充分それに匹敵する。安部晴明は、コミック、映画などでも取り扱われているくらいであるから、ポピュラーな素材であり、派手な演目である。しかし私には謡は音楽であり、ストーリーもまた不明である。しかしこの重苦しい緊張感はどこから来るのか、時折張りめぐらされるクモの糸を除けば、さして広くも無い舞台上で、演技者としてあるいは人間として動くことを完璧に禁じられた、禁忌の世界からその緊張感は来るのか。いや正しくは演じてもいるし、動いてもいる。顔を面で隠してその表情を払拭しているように、私にとっては同一性しか感じられない能は、あらゆることを禁じられても尚、表現していることの緊張感のように思う。

 そして12月24日クリスマスイブ花祥会蝋燭能、私が見た席は5,000円だがAは7,000円またしても約3時間。今度はローソクの明りがたよりである。しかも今日の出演者は『能楽師』の関根祥人、祥六、期待は高まる。所作を見るただひたすら所作を見る。人間が朝起きて、顔を洗って歯をみがいて、という取りとめのない所作を繰り返して80年を生きるように、たいがいの人にとって、拉致もなければ戦争もない、あるのは日常的な、他人にはうかがい知れぬ、喜びと悲しみと所作である。能舞台で演じられる演目、何度も言うように、音楽は単調、台詞?も不明、物語も不明、面によりチラシを見なければ、誰が演じているかもわからない。なのになぜ、それが舞台だからという理由だけでなく見つづけるのか。所作、10cmの移動が無限であるような、10cmの手の動きが表現する想像を絶する絶望、10cmの足の移動が描く希望、それらの所作ですらない所作が描く様々を見に能を見る。今回は、それも満天の光が禁じられた中で、その所作を見つづけねばならない。見事なしかけである。

 終演後、関根祥人 祥六と酒を飲みながら無礼な質問を浴せた。余裕であった。能の修行とは人生に余裕をもたらすと見た。

 年末はいそがしかった。12月24日など朝食ヌキ、昼食ヌキの蝋燭能であった。翌25日朝食はとったがやはり昼食ヌキ、こんな人が、能とは笑止。



市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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