第16回

4月号


『さよなら、クロ』

 この映画が『さよなら、クロ』というタイトルであるからといって、クロという犬が、超人的、いや超犬的な働きをする映画という訳ではない。クロはただ存在している。いくぶんしつけの良い利口な犬として存在している。その回りで人々が、越したり、年を取ったり、出世したり、愛し合ったり、死者となったり、離婚したり、結婚したり、人生の転機を迎えたりと、多くはありきたりの人生を営んでいる。そのすべてではないが、その同心円の中央にクロは存在する。この映画に登場する人々は、ありきたりの実人生のようにちょっと物足りない。クロを育てた女の子の赤い髪留めが、転々とはするが、それ以上のドラマを生起しない。亮介と雪子というこの映画の主人公も見つめ合ったり、手をつないだりはするが、凡百の人々と比較しても、やや物足りない展開である。そうであることで、映画を見る私の視線はクロに集中してゆく。私は犬好きでも、犬嫌いでもない。今から40年以上前、家で犬を飼っていたが、あまりの悲惨な死に方に、それ以来、犬を飼うのはやめてしまった。したがって犬に特別な思いは無い。しかし、映画を見る目はひたすら犬にゆく。ただ存在しているだけの犬が、人と人との関係や生き死にに関与している。そういう意味では、やはり超人的、いや超人的につくられた、犬を主人公とする映画である。


 『バタアシ金魚』といい、『トイレの花子さん』といい、そして『さよなら、クロ』と生徒を描く松岡錠司の画面は、一瞬エロティックである。裸体とか性とかではない。『バタアシ金魚』のプール、『トイレの花子さん』の屋上、『さよなら、クロ』のキャンプファイヤーと、一瞬あり得ないような画面にはっとする。あり得ないのは、映画の中のシーンとしてではなく、そのシーンで見えるオーラである。見逃すな。
 7月夏休み銀座シネ・ラ・セット他で公開。





●市井義久の近況● その16 4月

 桜が咲き、光があふれ、ようやく暖かくなりかけた3月16日からの一週間。その7日間は不思議の国のアリスであった。3月16日は確定申告の記入、17日は確定申告の提出、18日は一色紗英取材、19日は『鏡の女たち』最終マスコミ試写、20日は『メラニーは行く!』第1回マスコミ試写、21日は『ガン&トークス』の初日、22日は『能楽師』初日。その間極めて体調は不良であった。体調が悪いのはすべて酒のせいなので、1日で治る。しかしこの7日間は、連続して下り感、嘔吐感、悪寒、微熱、脱力感、最初は隣りの人のカゼが移ったのかと思っていた。しかし情報を収集するにつれ、3月14日の宴会、私を含め出席した11名のうち3名食中毒、どうやら私はその4人目らしいのである。レバ刺し、生ガキ、どう思い出してみても毒で味をつけたとしか思えないほどの美味であった。生ガキはしょっちゅう食べる、レバ刺しはほとんど食べない、その私の口に次々と入れたくなる程の食感であった。それではしかたがない。最初はマッコリの飲みすぎと思っていた。次は隣人からのカゼ、しかし食中毒であれば、いぜん合点がゆく。私の胃あるいは腸の中で、口に嫉妬した者たちが暴れ回っている。美しいものばかりではなく、うまいものにも、トゲが、いや毒があるのは当然である。その覚悟がなければ手を出すな。



市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

市井さんの邦画作品宣伝リストへ
バックナンバー
2002年1月 2月 3月
4月 5月 6月
7月 8月 9月
10月 11月 12月

2003年1月 2月 3月



TOP&LINKS | 甘い生活苦 | Kim's Cinematic Kitchen | シネマ ファシスト | wann tongue | 読本 十人十色 | 映画館ウロウロ話 | 映画館イロイロ話 | GO!GO!映画館 | CAFE | BBS | ABOUT ME