第42

8月号


 『愛してよ』

 10才の少年の一春(ひとはる)の冒険譚。

 海洋でもない。無人島でもない。洞窟でもない。時代も現代、舞台は地方都市、母と暮らす1人の少年の一春の物語である。母は少年を抱きしめて、映画はハッピーエンドで終る。
 育児ノイローゼの母、離婚して事業に失敗し、(父親は2人も必要ないと思い)自殺する父、(母の恋人の)新しく父になる馴染めない男。学校でゆする同級生、子供モデルを目指すコンテストで、終生の営利的パートナーを約束する男の子、暴力をふるいふるわれるコンテストの優勝者、コンテストで下着姿をのぞいて以来、好感を持つ自殺願望の女の子。そして自死へといざなうミューズ。1人の少年の歩み始めたばかりの航海は、母と父と男と、3人の男の子と2人の女の子の間を揺れながら進む。すべての人が、唯一デザイナーの女性を除いて、大人も子供も不安げであり、不信げであり、あらゆる関係において、コンクリートのように亀裂が生じていて、たよる大人も、自死する父と、コンテスト会場でのデザイナーしかいない。又、打ち解ける同い年とて、打算の廃ホームで遊ぶ男の子だけである。その中を、少年は進む。舞台は閉塞し、現代的で無機質な地方都市、唯一父と過ごした時と、打算で将来を約束した少年と過ごす市電の廃駅での時が、冒険を維持するエネルギーであり、死の淵から美しい顔でさそう自死のミューズからの楯となっている。
 子供にしろ大人にしろ、一直線で海を切り開いて未来へと進む航海など今はない。又、財宝を発見したことで足りる冒険もない。今、この映画のような現実を生きる人々が成すべき事は、映画の中のこの少年のように、ありきたりの日常を決して放棄しないで生きる事である。私は映画のようだ、私は映画のようにひどくはない。どちらかであったとしても。

 10月 舞台となった新潟先行公開。



●市井義久の近況● その42 2005年8月

 平日の昼食は週5回、洋食屋、魚屋、そば屋、カレー屋、てんぷら屋その5軒を渡り歩いている。魚屋で単なる塩焼きを食べると、その匂がいっぺんに昔の子供の頃の食卓を思い出させる。
 家族は10人お膳であった。そして間もなく座って食べる細長い食卓に替って家族は8人。米をつくり野菜をつくり、魚屋さんは毎日来てくれたので、必然的に魚をよく食べていた。ニワトリを飼っていたので、トリ肉は食べたがブタは時々魚屋さんがもってくるだけで、まして牛肉など自転車で30分くらいかかる肉屋さんへ行っても、そこでも売っていなかった。いや売ってはいたが、高くて買えなかったのであろう。したがって魚中心の食卓、それも単に塩焼きにしたニシン、ホッケ、サンマ、イワシ、サバ、サケ、アジ、カレイ、ヒラメ、イカ、囲炉裏で炭で焼いて食べていた。特に安いからであろうアジはよく食べていた。1匹何十円であったろう。麻布十番の魚屋でアジ焼き定食(1260円か1050円)を食べると、その匂が、遠い昔の関川村山本の食卓を思い出させる。においが過去への入口となって、あの10人あるいは8人の食卓を思い出させる。
 私の前に祖父、口うるさかった。したがって今は私の食べ方はぞんざいである。おいしく食べられればいい。そう思うようになった。テレビも無かったので、皆無言であった。それから50年テレビはあたりまえ、テーブルに腰掛けての、4人ではあっても、家族そろっての夕食はほとんどしなくなってしまい、アジの匂だけが、昔と変わらぬ食卓を再現している。


市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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