第52

6月号


シネマ ファシスト 第52回 2006年6月号
『雪に願うこと』


 3つの印象的なシーンがある。伊勢谷友介が草笛光子に会いに行き、草笛光子が、目の前に立つのが自分の子供だともわからずに、伊勢谷の話を自分の息子に延々と話す。その時の伊勢谷の涙。延々と話す。『遠雷』はシナリオライターは異なるが、これもジョニー大倉が永島敏行に延々と話していた。

 佐藤浩市の厩舎の馬が死ぬ。その後、その厩舎の最年長の従業員が、人が余るだろうから、私が辞めますと佐藤に言う。

 佐藤浩市が伊勢谷に、春になったら住所をここ帯広に移して、ここで働けと言うと、伊勢谷が、もう1回東京でやってみるよと言う。

 この3つのシーンは私には極めて近い。老人性健忘症の母がいて、会社をリストラされて、自分で会社をやり出して6年。会社を辞めて、母が発症して会社を設立して今日までの私の9年間がこの3つのシーンに凝縮されている。もちろん私の田舎は新潟県であり、私の会社は、かつては儲かったであろうIT企業でもないので、シチュエーションは異なるが、この3つのシーンとその場面の台詞は、私の47歳からの9年間を象徴している。

 もちろんこの映画の主役は馬である。主役のウンリュウなど演技している。監督の演技指導に対応している。敗戦を重ね、馬刺になるはずだったウンリュウが、最後のシーンで復活する。私は復活はしていないが、「親なし子なし版木なし、金もなければ死にたくもなし」で生きていた私が、馬に励まされじっと見入っている。

 ばんえい競馬は明らかに中央競馬とは異なり、エリートはいない。本来が農耕馬、駄馬である。それがソリまで引いて走るという荷重を強いられている。そこで働く人も、皆生活の負を身に纏っている。結婚したこともない佐藤浩市、会社を倒産させた伊勢谷友介、女手1つで子供を育ててきた小泉今日子、父が突然家出した吹石一恵、騎手になれない男、ホストになれない男他。しかしそれでも馬が走るように、そこで働く人も同様に生きている。それは私である。映画がしみた。


●市井義久の近況● その52 2006年6月

 思い出とは人の胸の中にしか存在しない。小吉小学校、母から何度となく聞かされた、母が黄金であった2年間。木造の校舎を背に同僚の先生たちと写っている写真も1枚あった。その小吉小学校へ、母も77歳を過ぎたからと思い連れて行った。

 母がそこで教員をしていたのは、戦後間もなく、今は校舎も無く、門柱も無く、学校跡を示す石碑とて無く、広い敷地と桜の木が、学校らしい面影を残すのみで、何の変哲もない工場が建っていた。

 私が通った小学校も間もなく廃校になる。中学は無い。高校は別の場所に建て替えられた。現存するのは大学のみである。東京へ出て来て11回引越し、残るアパートは1軒(南台の寮は残念ながら確認できないが)のみ。過去は、現実の中で形としてあることは無く、再構築されて胸の中にしか存在しない。


市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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