第55

9月号


シネマ ファシスト 第55回 2006年9月号
『ゆれる』


 『ゆれる』は『蛇イチゴ』同様冠婚葬祭から始まり、 男4人の不和と非在が描かれる。
母の一周忌、平服で遅れて現われる弟、周囲の目もはばからず父との諍いが始まる。父と弟、弟と兄、父と父の兄、男4人の関係は一見どれも皆不和であるし、家族の中でクッションとして唯一の女性である母はもはや死亡し、他の登場人物の女性も、元恋人は弟とは寝るだけであり、現恋人も同様である。この映画で女性が生前存在を主張することはない。兄と一緒にガソリンスタンドで働いてはいても兄とは一方通行だった弟の元恋人が、兄に殺害されたのかどうかが争われている映画なのに、その恋人も含め、女性たちの生前の存在は希薄である。映画の大半がその女性の死についての口述であるのに、かえって死んでから後に、生前の存在を主張する。同様、弟が兄の出所に立ち会うラストの要因も、母が残した8ミリである。

父とその兄、兄と弟、弟と父、なぜこれほどまで不和なのか。 弁護士となるために東京へ出た兄に代わり地元で家業を継いだ父。 弟がカメラマンになると東京へ出たので、父の下で働かざるを得なかった兄、 兄はこんな所にいるくらいなら、留置所のほうがまし、他人に頭を下げないで済むとまで 言い切っている。その押し付けられ感と閉塞感が不和の要因なのか。 この映画には『蛇イチゴ』にあったようなユーモアも希望もない。 あるのは過去に起因する現在の所在のなさであり、つながりの希薄さである。 兄がガソリンスタンドで客の車のフロントガラスを自ら破損しているのに、 弟はそれを無視して帰京する。 ガソリンスタンドの経営者も、弁護士も、ガソリンスタンドの従業員も、カメラマンも、 ガソリンスタンドで、事務所で、留置所で、スタジオで、彼らの現在は一様に所在ない。

7年後、兄が刑務所から出所する姿、父が新聞紙を乾かしている姿、そして弟。過去のある時から冒頭の冠婚葬祭を経て7年後まで、彼らの不在は増すばかりである。存在していたのは昭和55年と記された8ミリフィルムの中だけではないのか。一連の非在の男と死後存在する女、女性監督の由であろうか。

●市井義久の近況● その55 2006年9月 湯布院映画祭

 8月24日(木)湯布院へ、私には29回目の湯布院であった。映画祭は31回、私も映画祭も、実によく続いたものである。湯布院も湯布院町から由布市へ、私も還暦まであとわずかとなった。映画祭はもちろんであるが、私の連続29回も特筆すべきである。快適さの発見と持続。それが継続のポイントである。29回目は8時25分のANA191便で羽田を発って、夏の海に映る機影を見ながら、井上陽水の「夏まつり」と石川セリの「八月の濡れた砂」を聞いていた。食とお湯が特筆すべき街、湯布院での映画祭、快適かどうかは映画同様、食べてみなければ、入ってみなければわからない。したがって24日からの5日間は発見のための体験が続く。

 24日(木)、映画は1本『悲しき天使』、河合美智子の描き方に説得力がなく残念。フロは0回、ビールは3本と4杯+α、シンポジウムは出ない。初日なのでこのくらいからスタートする。25日(金)は映画は0、フロ7回、ビール4缶と1本+α。26日(土)は映画は1本『長い散歩』、長い散歩の理由が割と早めに描かれるのが見ていてつらい。フロは4回、ビール1本、にごり酒3杯、ワイン1杯。快楽の発見を基準とすると、シンポジウムと朝食時、昼食時の映画は外れてしまう。27日(日)は映画3本『脱皮ワイフ』、ばかばかしくておもしろい。『幸福のスイッチ』ジュリーベスト、役者がいいということは監督がうまいということ。『フラガール』ツボを心得た映画。ポイントになるべき人がポイントの所で、その通りのことを見せる。ビールは1本と3缶+α、フロ2回。28日(日)はフロ4回、ビール1缶と1杯とワイン1本。

 そして光、昼は灼熱の陽光が注ぐ、しかし4時を回り木洩れ陽の下から見上げると、葉の一葉一葉が濃い緑となって木立を暗くする。やがて蝉に代わって虫が鳴き夜空には星が冴える。湯布院は光の街である。ニコルズバーから天井桟敷からあゆ家の方丈から玉の湯から見つめる光は終日人を飽きさせることがない。光と影の産物と言われる映画の祭がこの地やコートダジュールの陽光の地カンヌ、あるいはアドリア海の真珠と言われるヴェネチアで根付いたのも由無きことではない。映画祭はビルの街よりリュミエールと言われる光の街に似合う。時は生のようにはやく過ぎるが、時と光と生が織り成す残光と予兆を見て、今日も、ニコルズバーで飽きることがない。時が過ぎれば光が変り、見える未来のかわりに過去が積る。一瞬のフラッシュのような、強烈な光が走る、雷鳴が未来でも過去でもない、今に私を引き戻す。そして5日間が終わり、今でしかない日々が又始まる。

 来年も又と思う。発見は竹尾のたけお丼、泉のそばみそとにごり酒、玉の湯のアップルパイとクレソンスープとすき焼と2005年のハウスワインの白。『脱皮ワイフ』『幸福のスイッチ』『フラガール』。玉の湯の露天の底の太陽を湛えた青い石のような未来を来年も発見する。


市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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