第59

1月号


シネマ ファシスト 第59回 2007年1月号
『武士の一分』


 ラストつがいで飼っていた小鳥の1匹が死に、土へと埋葬する。もう1匹を空へと放ち、鳥カゴは灰になる。そして身の回りの世話をする女性と称して、離縁した妻がもどって来る。泣ける所である。しかしここまでの1時間50分が不充分なせいか、思ったほど、見る私の感情が際立たない。それは敵役の坂東三津五郎の描写が足りないせいである。妻を犯し、妻を騙した彼を一瞬の通り魔のように描いてはならない。通り魔に対する憎しみと、奸計をめぐらして犯し、騙した人物に対する憎しみは異なる。壇れいが木村拓哉と結婚したことは知っていたはずだから、盲目となる前の木村と坂東は絡んでいなければ憎しみは足りない。又、3度犯されたとする壇、最初犯された時、あまりに意外な出来事で、恐怖で叫び声も出せなかったという事だが、その日の帰宅姿は見せるべきではないか。又、木村の、壇を愛しいと思う描写がもう1つくらいは欲しかった。2時間1分、描くことは限定されるが、親戚関係は親族会議のみ、城中は、淡々と、毎日毎日の楽しくもない業務だけでよかったと思う。

 四季が描かれている。しかし汗と、木蓮と蛍は描写が弱い。盲目の剣士がそれも“にわかめくら”の剣士が、手練の剣士を負かすには相当の思いと習練と技術と策略が必要である。それをバックアップする要素として、笹野が最後の果し合いでの役割も含めて、もっと機能してもよかったのではないか。春、こんなに美しく咲いた木蓮を、夏、こんなに儚げに飛ぶ蛍を、盲目の私は見ることができない。その悔しさ。汗のはり付く夏の不快に、意味のない親族と会う馬鹿馬鹿しさ。木村はそれらをも切らんとしたラストの果し合いである。

 かつて私は時代劇ばかり見ていた。山下耕作、加藤泰、三隈研次、池広一夫、工藤栄一。今は時代劇ばかりとはゆかぬが、マンガチックな時代劇が多い中、本格として期待していたのに残念である。

●市井義久の近況● その59 2007年1月 

 何年ぶりかもわからないくらい久しぶりに芝居を見た。阿佐ヶ谷スパイダースプレゼンツ、作・演出長塚圭史「イヌの日」。11月23日の休日、昼の回、チケットは売り切れ、本多劇場に補助イスが出ていた。今や旬の作家である。決まり文句だが、これでも若い頃は、天井桟敷、状況劇場、黒テント、桜社とよく見ていた。それが何十年前からぷっつり皆無となった。もちろん映画とて昔は年200本以上が、今は50本。平日は見られず、土曜はほとんど仕事、日曜日をやりくりする毎週である。

 物語は、地上にある2部屋と地下の防空壕跡、3つの空間で交互に進行する。しかしそれが充分活かされていない。地上の、有り得るであろう日常的な生活と、地下の17年間も監禁されている男女の非日常的な生活が、上下運動として機能していない。したがって日常的な生活もそれぞれ1つの場所で完結することが多く。3つの空間が躍動しない。日常を生きる人が下降し、非日常を生きる人が上昇し、やがてすべては消滅するというのに、登場人物に飛躍が見えない。監禁、マザコン、悪徳刑事と、今、現実を賑す、いくつかの要素を設定しながら、芝居は現実のようには見る者を魅了しない。上下運動が停滞するなら、地上の部屋における地上人の、あるいは地下壕の地底人の横の運動が煩雑かというと、そうでもない。

 やはり私は映画だけに帰ってゆくであろう。芝居の帰りに、下北沢のくろひつじでジンギスカンを食べた。入口を入って右。大きなガラスで外と中を仕切られた部屋は、中からも外からも丸見えである。道を行く人々と部屋の中の我々が視線を交差しながら食べる鍋は、極めて演劇的であった。


市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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