第63

5月号


シネマ ファシスト 第63回 2007年5月号
『M』


 平成版『青春の殺人者』である。父を殺し、母の強姦に立会い、やくざを殺す。しかし日常は淡々と新聞配達の少年として過ぎてゆく。この少年は、DVの父を殺し、少年院仲間と偶然母の強姦に立会い、欠損を抱える主婦の桎梏を解き放すかのようにやくざを殺す。しかし少年にも主婦にも行き場はない。かつての『青春の殺人者』のようにゴダイゴの歌とともに、通りかかった小型トラックに乗り込みどこへともなく消えてゆく場所などない。少年は新聞配達の日常を続け、主婦も売春が亭主にばれているのに、川原でキャッチボールをする亭主と子供の側のビニールシートの上のキャンピングテーブルで、幸福そうにお弁当を食べている。

 父を殺し母の強姦に立会いやくざを殺しても、少年は旅立つ事もできない。桎梏の主婦もやくざから解き放たれても、どこかへと出発する訳でもない。すべては殺人さえも日常に埋没している。殺人も強姦も出会い系サイトも売春も不純異性交遊も薬も、平成ではすべてが日常である。大森南朋と田口トモロヲがテレビのCMでいかにもの、幸福そうな亭主と父親を演じているからではなく、『M』は明らかにホームドラマである。しかも今風のホームドラマである。この中で旧態依然なのは大森南朋演じる亭主とその息子、他は皆、平成という時代の洗礼を受けた人々が織り成すホームドラマである。ホームを壊そうとしても壊そうとしても入れ子のように脱出するすべなく、ホームは続く、どこまでも。今年2本目の廣木隆一監督作品である。

 公開は今秋。



●市井義久の近況● その63 2007年5月 

 3月の話で申し訳ないのですが、『能楽師』という映画を宣伝して以来、年に数回、それまでは全く見ることのなかった能を楽しんでいる。3月11日、観世能楽堂、5回目の能見物であった。「弱法師」シテ関根祥六、「大原御幸」シテ関根祥人、どちらもまったく動かない。動かないことで表現している。同じように、表情は能面の下に隠れてまったく見えない。見せないことで喜怒哀楽を表わしている。台詞、地謡を含め私にはまったく何を言っているのかわからない。動かず表情は見せず、台詞も不明、物語の展開も私にはわからない。それでいて多くの事象と表情を現している。多少知識があれば異なるのだろうが、知識がないので舞台を凝視する。動きを禁じられ表情を禁じられ、台詞もある意味禁じられて、尚、能楽師は表現する。

 舞台に流れる時間は、現代の日本の有様とは趣きを異にする。動いているかいないかのように歩く、あるいは終始舞台の上でじっと座っている。立膝で膝を立てたままじっとしている。音は大鼓、小鼓、笛、謡、ひたすら不明瞭で、不分明な時が流れてゆく。いや時が流れているのかさえわからない。3月11日渋谷観世能楽堂で12時半から5時45分まで、あんなに降っていた雨も上り、空は夕やけを夜のとばりがはやつつみ出していた。したがって外での時間は確実に流れたとしても、中では今だ関根祥六の老婆が、歩くでもなく動くでもなく舞台の上で今も存在しているのではないか、そんな錯覚すら覚える。


市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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