第77

7月号

シネマ ファシスト 第77回 2008年7月号
『シークレット・サンシャイン』


 チョン・ドヨンは田舎へ帰って本当に良かったのか。都会ならば自助だが、田舎では他人が足をつっこんで来る。それで救われる面もあろうが、夫が事故死という傷を負った女性には、半径1km?以内で生活しなければならない田舎暮らしはかえって辛すぎたのではないか。なぜソウルで他所へ引っ越さなかったのか。しかし彼女はミリャンという人口11万人の地方都市に、夫の生まれ故郷であるという理由で息子とともに引っ越して来た。人口11万人、マックもセブンイレブンもあるが、見た目には農業を主な産業とするいかにもの田園風景が広がっている。ミリャンに着く前に車が故障する。案の定修理に来たソン・ガンホ演じる悪意は無いが、無神経そうな男との出会い。そして、自らのウソいや虚栄心(自尊心)が招いた、唯一の救いであった息子の誘拐、そして息子の死。宗教への帰依、誘拐して殺した犯人との刑務所での面会、そしてなんと神によってすでに赦されていると発言する犯人。犯人に面会に行くのも無神経なら、殺した息子の母に面と向ってノンシャランと、神は私を赦したと発言する傲慢さ。

 犯人の娘の美容院にチョン・ドヨンを連れて行くソン・ガンホのさらなる無神経ぶり。そのようにしてチョン・ドヨンは神経にも肉体にも変調をきたしてゆく。ソン・ガンホはただのいい人である。しかしただのいい人は相手によっては問題である。引っ越した街が密陽、ミリャンであることから、オリジナルタイトルが『密陽(ミリャン)』で、『シークレット・サンシャイン』という邦題を持つ映画であるが、秘密の陽光はあっても、まともな太陽など、チョン・ドヨンに降り注ぐことはなく、苦しいばかりである。
 宗教団体の人々も含め、この映画に登場する人々はほんとうに役者なのか。主役のチョン・ドヨンでさえほんとうに役者なのか。『オアシス』の時もそう思ったが、登場する人物はほんとうに役者なのか。

 又、6月7日からシネマート六本木で公開されたこの映画が、4週、7月4日で通常興行が終了してほんとうに良いのか。私が見た時は24人。「映画秘宝」という雑誌に、つまらない映画を、3人でくだらないというコーナーはあるが、おもしろい映画を持ち上げるページがなくてほんとうに良いのか。おもしろい映画が見る人を拒否するのはあたりまえである。しかし誰かがそのきっかけを作ってあげなければ、おもしろい映画はなくなる。夫、息子、息子の塾の教師、教団の仲間、それらから次から次へと孤立してゆかざるを得ないチョン・ドヨンを、せめて観客だけは凝視するべきではないか。それが24人。ソン・ガンホのように、側で鏡を持つことができぬのならせめて、見つめるということだけでも私はしたい。この後もチョン・ドヨンは、癒されることも、回復することもないであろう。彼女を取り巻く環境といきなり洋品店の内装を変えたらと言う彼女の人間性がそうさせるのだが、彼女は使徒ではない。だからせめて苦しむ彼女を私は見つめていたい。それは異なる理由で私も苦しいからである。それは皆もそうであろうに。


●市井義久の近況● その77 2008年7月 

 週1回は昼食をとる「スーリヤ」というインド料理屋の近くに、「アルファ イン」という西洋の城塞のような建物がある。ネットで調べたら、都内でも有名なSMホテル。

 東京都だけでも人口は一千二百万人強。当たり前とも言えるが、駐車場にはいつも車が停まっている。私が見るのは昼食時なので2時頃が多いが、午前中から車が停まっている。ネットで中の備品を見たら、とても教則本がなければ正しくは使えそうもないものばかりである。「スーリア」の近くなので入っていく人も見たことがある。20代後半の東麻布地区担当のサラリーマンのような男女が、営業のついでにというような風で入って行ったのでびっくりした。又「スーリア」で私の隣に座っていた40歳くらいの女性と50歳くらいの男性、会話から夫婦ではないが、女性のほうは男性の家庭環境をよく知っている。そんな2人が、そのまま食事の後に入っていったのでまたびっくりした。時にはスーツケースを引いた女性が1人で入ってゆく。コスプレをするデリヘル嬢であろうか。もとより私には縁が無い。人生に余裕が無い。宿泊で3万円以上、休憩でもあまり大差はない。中の備品を使いこなすには、土台その日暮らしには無理な話である。デリヘル嬢でも呼ばない限りは私1人では行けない。まずそこからが難問である。

 奇妙な都市である。東麻布という住宅街の真中のアメリカンクラブの後ろに、要塞のようなSMホテル、それを毎日午前中から普通の人が利用している。

 自分とは異なる人々が多く存在する。つくづく人生における私の余裕の無さを実感する。ほんとうに60近くになってまだその日ぐらしである。


市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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