第85

3月号

シネマ ファシスト 第85回 2009年3月号
『悲夢』


 キリストの受難、あるいはエディプスの贖罪の話である。オダギリ・ジョーは自ら、金槌で足を打ち、他人の手を借りてまで目頭を押える。オダギリが夢を見る時、夢遊病の見知らぬ女が、交通事故や殺人を犯し性までも体験する。その対象は恨んでも恨み切れない程の憎い男。一方、オダギリの夢に出て来る女は別れても好きな女、彼の夢は華美な、夢そのものである。したがってオダギリは自分を押えて眠るまいとする。あるいは、女が行動を起こさないように、手と手を手錠で繋ぐ。そしてその女を好きになろうともした。しかし女はついに手錠をすり抜け、殺人を犯す。収監。オダギリは女が自死と見たか、あるいは死ねば夢も見なくなると思って、彼は自死。女は病院刑務所の窓を、蝶となってすり抜けて彼の元へ。オダギリが元の好きな女に送ったのは蝶のネックレス、それは夢遊病の女へと渡り「胡蝶の夢」どころか、女は蝶を追いかけ、ついに蝶に化身してオダギリの元へ。それを手助けしたのがかつてのオダギリの女。受難も贖罪も報われた一瞬である。

 オダギリが自死する橋、彼の自宅、夢遊病の女の自宅、蝶を追う寺院、ロケハンは緻密である。

 オダギリの日本語と女の韓国語で会話が成立する。すべての映画がこうなればいいのに。字幕はともかくとして、吹替えと日本人の怪しげな英語は辟易である。こと、映画の中ではこうして日本語と韓国語でコミュニケーションが成立する。

 オダギリ・ジョーをしても劇場はガラガラ。今さらながら、キム・ギドクしてやったり。


●市井義久の近況● その85 2009年3月 

 2月7日夜7時からテレビ東京の旅番組で新潟県関川村を紹介していた。放映されたのは越後下関駅、渡辺邸、道の駅、鷹の巣温泉喜久屋、もちろん年何回あるいは何年に1回、訪れている見慣れた風景である。撮影は1月、一面の雪である。しかしTVに映った越後下関駅は別世界であった。これがカメラの目、あるいはディレクターが見た越後下関駅である。私がいつも利用している駅の風景ではない。私とカメラは異なる。私はディレクターではない。私のようにかつて生活していたものと初めて訪れた人の視線は異なる。それで見慣れた越後下関駅が、私には初めて見る風景に映った。つまりカメラのナメ方が私の視線とは違う。渡辺邸、道の駅、喜久屋、この3ヶ所はそれ程違和感を感じなかった。それはその3つは私が生活に利用している訳ではなく、ハレの場、あるいは私はその3つにとってよそ者なのだと思う。だからよそ者として見ている私の目にしっくりはまったのだと思う。

 渡辺邸は今村昌平が『ええじゃないか』でロケに使い、NHKが「蔵」を撮った屋敷である。道の駅には私が年8回以上利用するゆ〜むがあり、そこの猫ちぐらは、猫ちぐら塔よりはるかにかわいい。喜久屋は荒川を臨む部屋に部屋風呂が2つもあり、コーヒーと日本茶とデザートが美味しい。すべてもっと知られてもよい所である。なのに認知度はいま一つ。やはり関川村は遠い、私がいつも白金高輪の自宅を出て無人の実家に帰り着くのは5時間後、片道1万円。じゃ湯布院は片道2万円、到着は6時間後、なのに毎年行くのは、つまり、その距離を無にする期待と満足がポイントである。まずは告知である。


市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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