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談話室 / Conversation Room

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[3758] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 15 22:50:01 2019

この三連休の初日土曜は晩に三軒茶屋へ。この公演を観てきました。

世田谷パブリックシアター
2019/07/13, 19:00-20:45.
企画・構成・演出・出演: 野村 萬斎.
ビジュアルデザイン・テクニカルディレクション: 真鍋 大度 + 石橋 素 + ライゾマティックスリサーチ [Rhizomatiks Research].
出演: 大槻 裕一 + 万作の会.

Perfume のライブなどでのテクノロジーを駆使した映像演出を手がける会社 Rhizomatiks については、 そのライブのTV中継を見たり、展覧会は観たり [鑑賞メモ] したことはあるのですが、 映像演出した舞台を生でことがありませんでした。 Perfume のライブなどチケット争奪戦も激しく生で観ることは半ば諦めかけていたのですが、 世田谷ばプリックシアターのパフォーマンス & トークのシリーズ「MANSAI◎解体新書」で 研究部門 Rhizomatiks Research のビジュアルデザインを使ったパフォーマンスが上演されるということに気付いて、観てみました。

前半のパフォーマンス『5W1H』は、演ずる者、観るもののアイデンティティ、ライヴのパフォーマンスと映像やCGアバタの関係がテーマの1時間ほどの作品でした。 トークのように始まり、観客の名前やどこから来たのかをたづねるような客弄りから、 Rhizomatiks Research の映像演出付きのパフォーマンスになだれ込みました。 動きに合わせてのライブ作成したCG映像のプロジェクションだけでなく、 人を乗せることもできる位置を精密に制御できる可動式の半透明のLEDディスプレイ (「ころすけ」と呼ばれているとのこと) を6台使いました。 テーマにも合致する『まちがいの狂言 〜ややこしや〜』や、三番叟、『船弁慶』の平 知盛などの能狂言のネタも散りばめられる一方、 映像演出に合わせたワイヤーアクションも見せました。 習作というにはかなり本格的なパフォーマンスで、Rhizomatiks の映像演出はライブの人の動きと合わせてこう観えるのかと十分に伺うことができました。

後半は約30分の日替わりゲストとのトークで、 自分が観た日のゲストは『シン・ゴジラ』 (2016) の縁もあってか特撮監督の 樋口 真嗣 でした。 『シン・ゴジラ』では 野村 萬斎 の動きをモーションキャプチャしてゴジラの動きとして使っており、 それと今回の Rhizomatiks でのアバタの動きを比較した話が多く出てきました。 特に、映画では作り込みに時間をかけたが、今回のパフォーマンスではライブで処理するため軽く作られているという指摘には、なるほどと。 ポストパフォーマンストークはうまくまとまらないことも少なくないのですが、 この企画はシリーズ化されているだけに流石に慣れたものを感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

2015年の Mad Max Fury Road も、 2016年の 『シン・ゴジラ』 も、このサイトには鑑賞メモを残していませんですし、 この公演も足を運ぶ動機としては同様のカテゴリなので、特に残さなくてもいいかと思っていたのですが、 軽く書くつもりがそれなりの量になってしまったので、一応残しておきます。

この三連休は新暦の盆ということで、墓参したり実家に顔をだしたり。 ゴールデンウィーク以来、公演を観に行く週末が立て続いていましたし、 来週末再来週末の予定が詰まり気味なので、少しゆっくり休養モードで過ごしました。 おかげで積み残しになっていた鑑賞メモもクリアすることができました。

[3757] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 15 10:28:54 2019

これもまた積み残していた鑑賞メモですが、6月30日(土)の昼に池袋西口でこの舞台作品を観てきました。

Apichatpong Weerasethakul
Fever Room
東京芸術劇場 プレイハウス
2019/06/30, 12:30-14:00.
Director & Editor: Apichatpong Weerasethakul.
Cast: Jenjira Pongpas Widner, Banlop Lomnoi, Teenagers of Nabua.
Production Manager: Sompot Chidgasornpongse; Projection, Visual designer: Rueangrit Suntisuk; Lighting: Pornpan Arayaveerasid; Sound Designer: Akritchalerm Kalayanamitr, Koichi Shimizu [清水 宏一]; Visual Assistant: Piti Boonsom; Lighting Assistant: Voratorn Peerapongpan; Cinematographer: Chatchai Suban; Camera Assistant: Thanayos Roopkhajorn; Sound Editor: Chalermrat Kaweewattana.
Production: Kick the Machine Films.
Premiere: 4 September 2015, Asia Culture Center Theater, Gwangju, South Korea.

現代美術の文脈でのビデオインスタレーション作品や映画作品で知られるタイの映像作家 Apichatpong Weerasethakul [鑑賞メモ] による舞台作品です。 2017年のTPAM (Performing Arts Meeting in Yokohama) で日本初演されていますが、その際は年度末繁忙期で観られず。 劇場を使ってどんな作品を作ったのだろうという興味もあって、観に行ってみました。

プレイハウスという東京芸術劇場で一番大きな劇場ですが、観客は客席ではなく舞台上に案内され、 幕は下りた状態で、客席に向かって座らされます。 そして、幕側と左右の三面のスクリーンを使った、マルチスクリーンの映像作品の上映が始まります。 Weerasethakul らしく、ドラマ映画ではなく淡々とタイ北東部らしき風景とそこの洞窟を巡る漠としたイメージが投影されます。

雷雨の場面となるとビデオ上映が終わり、雷鳴が轟く中、幕が上がります。 客席側はスモークで満たされ、月のような少し欠けた明かりも見える中、 劇場の舞台照明システムを使ったライトショーが始まります。 強烈な光が舞台上の観客に向けられるので、大音響と光の軌跡に包まれるよう。 最初は細い線が多数蠢くようなのですが、次第に光の面が回転し上下するように動きます。 劇場のスモークはムラがあるので、光で切り出されて雲海のようにも見えます。 また、ライブで上演しているのか映像投影なのか観ているだけでは判然としませんでしたが、 そのスモークの中で影絵のように人影が蠢いたり。 そんなライトショーをひとしきり観た後、再び幕が下りて、短い映像を右手のスクリーンに投影して上演は終わります。

前半はマルチスクリーンのビデオインスタレーションのために劇場を使わなくても、と思いもしましたが、 後半のライトショーで、これであれば劇場を使う理由は腑に落ちました。 しかし、前半と後半が違い過ぎて、この2者を合わせる意味が掴めませんでした。 後半の体験は確かに強烈ではあるのですが、 ライトショー、光のインスタレーションとして独自性を強く出すのはハードルが高そうです。 例えば、Guillaume Marmin & Philippe Gordiani: Timée [鑑賞メモ] をスケールアップしたよう、 と思いつつ体験していました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3756] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 14 23:48:41 2019

これも積み残していた鑑賞メモですが、6月22日(土)の午後に六本木でこの展覧会を観てきました。

Shiota Chiharu: The Soul Trembles
国立新美術館 企画展示室1E
2019/06/20-2019/10/27 (会期中無休). 10:00-22:00 (火10:00-17:00).

1990年代後半からベルリン (Berlin, DE) を拠点に活動する現代美術作家 塩田 千春 の、 パフォーマンス的な面も強い最初期1990年代の作品から、最近の舞台作品の舞台美術家としてのコラボレーションの記録まで、 作家の歩みと作風の変化をたどる回顧展です。

2001年のヨコハマトリエンナーレ以来、美術館での展覧会だけでなく、ケンジタキギャラリーでの個展 [関連する鑑賞メモ] も含めてそれなりに観てきているので、 初期の泥をモチーフにした作品 (泥水が流れる巨大なドレスのインスタレーションやバスタブの泥水に浸かるビデオ) などは観たことがありましたが、 当時の作品の記録の展示を観ていると、Marina Abramović [関連する鑑賞メモ] などのパフォーマンスの影響を強く感じました。 そんな初期のドキュメントから、赤糸や黒糸を特徴的な素材とするギャラリー空間をいっぱいに使うインスタレーション作品を経て [関連する鑑賞メモ]、 近年の舞台美術の仕事 [関連する鑑賞メモ] を続けて見ると、 表現衝動をコントロールせずに造形作品というよりパフォーマンスとして作品になっていたものが、 糸のような素材と出会うことにより表現衝動を他のジャンルのアーティストとコラボレーション可能な造形作品に落とし込む作家なりの方法論ができ、 舞台美術のような仕事が可能となったのだなあ、と。そんな制作のあり方の変遷を見るようでした。

展示されていたインスタレーション作品については、会場が明るく綺麗という森美術館という会場の癖もあるかと思いますが、小綺麗で良くも悪くも薄まったような印象を受けました。 例えば、黒焦げのピアノや椅子に黒糸が絡みついたインスタレーションは 2007年の神奈川県民ホールで観ていますが [鑑賞メモ]、 その時の印象に比べて不安を引き起こすようなものが感じられませんでした。 しかし、回顧展での作品展示ですし、そうなってしまうのも仕方ないでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3755] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 14 23:40:13 2019

約1ヶ月前の話になってしまいましたが、6月15日(土)の晩に東池袋でこの公演を観てきました。

梅田 宏明 + Somatic Field Project
『2-taxon』
あうるすぽっと
2019/06/15, 19:00-21:00.
『Movement Research - slipstream』
振付: 梅田 宏明
出演: 中村 優希, 加賀田 フェレナ, 齊藤 コン, 京極 朋彦, 大塚 郁実, 小松 菜々子, 熊谷 理沙, 三田 真央, 原 正樹.
サウンド・ライティングデザイン: S20.
新作
『vibrance』
振付: 梅田 宏明
出演: AYUMI, Chika-J, YULI.
サウンド・ライティングデザイン: S20.
新作
振付・出演: 梅田 宏明
イメージ・ディレクション: S20; イメージ・プログラミング: S20, 比嘉 了, 大西 義人; システム・デザイン: 比嘉 了, 大西 義人; サウンド・デザイン: 濵 哲史 (YCAM), S20; ライティング・デザイン: 高原 文江 (YCAM), S20 衣裳: 片山 涼子; センシング・エンジニア: 大西 義人, 大脇 理智 (YCAM); ビデオ・エンジニア: 大脇 理智 (YCAM); テクニカル・コーディネーション: 岩田 拓朗 (YCAM).
山口情報芸術センター (YCAM) 委嘱作品, 2011.

梅田 宏明 は2000年代に入ってコンテンポラリーダンスだけでなくメディアアート的な現代美術の文脈でも活動するダンサー/振付家です。 NTT ICC などでインスタレーション作品を観たことはあれど [鑑賞メモ]、ダンス作品は観たことはありませんでした。 そんなところで、スチル写真を観て少々気になっていたYCAM委嘱作品『Holistic Strata』が都内で再演されるということで、足を運んでみました。

前半は、梅田のダンス・メソッド「Kinetic Force Method」に基づく新作2作品で、 人間的というよりロボット、それも、古典的なカクカクした動きではなく滑らかにPID制御かけているような動きが特徴的でした。 『Movement Research - slipstream』はバレエやコンテンポラリーダンスをバックグラウンドに持つダンサー、 『vibrance』はストリートダンス、ヒップホップダンスをバックグラウンドに持つダンサーということで、 同じメソッドでも身体の癖 (ストリートダンスではオーバーシュート気味な動きになる) が感じられました。 しかし、あえて空間的な演出を抑えて人の動きに焦点を当てたようですが、 ダンサーの立ち位置や移動、客席方向を意識したような動きの方向性に、単調さ、変化の乏しさを感じてしまいました。

後半は『Holistic Strata』の再演でした。 照明を落とした暗い舞台に白い光の点が砂嵐のように吹き荒れる中、ミニマリスティックな electronica の音楽に合わせて踊ります。 舞台両脇からのダンサーへの投影と、正面上方からの背景の投影に分けていて、 ダンサーの黒い影の背景に光の点が渦巻いたり、ダンサーだけに光の点が蠢いたりと、様々な組み合わせを作り出していました。 これは、さすがに、スチル写真やビデオには無い見応えを感じました。 しかし、移動しているダンサーに追従して投影することに技術的な制約もあるのかもしれませんが、 ダンサーは基本的に足元を動かさず移動しないため、前半同様、空間的な単調さ、変化の乏しさを感じてしまいました。

開演前の時間、劇場ロビーを使って、VRインスタレーションのプロトタイプを展示がありました。 最近はVRを少し意識して観るようにしているので [関連する鑑賞メモ]、これもこの公演に足を運んだ理由の一つでした。 『Holistic Strata』にも似た、暗闇の中に白い光のチューブや粒が渦巻く抽象的な音響映像でした。 最近観た他のVR作品に比べるとまだまだ習作という感じでしたが、2本目の渦巻く球体のような方が好みでした。

後半の Holistic Strata などビジュアルも美しかったのです、 人の動き、演技というより舞台空間の使い方、構成という今の自分の興味と見事にすれ違った感もあった公演でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この連休は実家方面の対応であまり展覧会・公演という感ではないのですが、 積み残していた鑑賞メモを少しずつ、書き進めています。

[3754] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 7 22:56:17 2019

時折雨がパラつく梅雨寒の土曜は午後に横浜山下町へ。舞台を観てきました。

神奈川県民ホール, 2019-07-06, 14:00-16:30.

1959年設立のオランダのコンテンポラリー・ダンスのカンパニー Nederlands Dans Theater (NDT) の13年ぶりの来日公演です。 1975年以来長らく芸術監督を務めた Jiří Kylián が専任振付家に退いた2000年代頭、『彩の国キリアン・プロジェクト』の一貫として 彩の国さいたま芸術劇場 で公演を度々観る機会がありましたが [鑑賞メモ]、 いつの間にか日本に呼ばれなくなり、やっと再来日が実現しました。 現在の芸術監督は2011年以来の Paul Lightfoot ですが、彼も今シーズンで退任とのことです。 芸術監督は変わってしまいましたが、コンテンポラリーなバレエの色が濃い NDT は好きでしたし、 今の NDT を観るよい機会と、足を運びました。

来日公演のプログラムは4作品からなるミックスビルですが、 2015/16シーズンのミックスビル Somos をベースに、Same difference (2007) を 2016/17シーズンの Scenic Route で初演した Singulière Odyssée (2017) で置き換えたもの。 Singulière OdysséeShoot the Moon が 専任振付家 Sol León と Lightfoot の共作、 残りの Woke up BlindThe Statement 、 それぞれ現在のゲスト振付家 Marco Goecke と Crystal Pite による作品です。

Singulière Odyssée
Choreography: Sol León & Paul Lightfoot.
Music: Max Richter: “Exiles”. Light: Tom Bevoort. Set degign: Sol León & Paul Lightfoot. Costumes: Joke Visser, Hermien Hollander.
Cast: Meme von Opstal, Roger van der Poel, Meng-Ke Wu, Yukino Takaura, Gregory Lau, César Faria Fernandes, Chloé Albaret, Chuck Jones, Aram Hasler Madoka Kariya.
Premiere: 2017.

午前9時39分のスイス国境の Basel 駅の待合室を舞台とした、行き交う人々の様子に着想した作品です。 行き交う人々は現代的で匿名的な通勤客ではなく、荷物は持たないものの長距離列車に乗る旅行客で、 舞台の待合室も木製の腰板やベンチのあるクラッシックな雰囲気です。 ボーズや後ずさるような歩きも多用して、舞台上で、複数の時間が並行した流れ、止まり、逆流するよう。 行き交う人々はそれぞれに事情を抱えているようで、ふっとドラマチックに湧き上がっては消えていきます。 人々はすれ違うけどあまり交わることなく、淡々と感傷的な Max Richter の曲調にも合った孤独を感じさせます。 待合室や旅行者たちの衣装のクラシカルな雰囲気や、ポーズの姿勢やそこからの動きの美しさも、印象に残る作品でした。

Woke up Blind
Choreography: Marco Goecke.
Assistant to the choreographer: Hedda Twiehaus. Music: Jeff Buckley: “Dream of You and I”, “The way young lovers do”. Light: Udo Haberland. Decor and costumes: Marco Goecke.
Cast: Alice Godfrey, Meng-Ke Wu, Jon Bond, Olivier Coeffard, Gregory Lau, Sebastian Haynes, Luca Tessarini.
World premiere: 2016.

Goecke はドイツ出身で2000年以降作品を発表してきている振付家です。話題の振付家の一人ですが、作品を観るのは初めてです。 この作品は1997年に早世した1990年代アメリカのシンガーソングライター Jeff Buckley に着想した作品です。 男性ダンサーは上半身裸で、特に前半、腕の力瘤を見せるような動きもあり、ボディビルディングの動きに着想した所もあるのかなと見ていたのですが、 そんな動きと Jeff Buckley の歌の関係もわからず、ピンとこないまま終わってしまいました。 こんな時もあるでしょうか。

The Statement
Choreography: Crystal Pite
Assistant to the choreographer: Ander Zabala. Light: Tom Visser. Decor: Jay Gower Taylor. Costumes: Crystal Pite, Joke Visser. Music: Owen Belton. Playwright: Jonathon Young. Vocal performance: Meg Roe, Colleen Wheeler, Andrew Wheeler, Jonathon Young.
Cast: Lydia Bustinduy, Meng-Ke Wu, C´sar Faria Fernandes, Roger van der Poel.
World premiere: 2016.

カナダの振付家 Crystal Pite のこの作品は、 オフィスの打合せコーナーを思わせる暗い舞台の中の照明下のテーブルを囲んで、録音済みの議論に合わせて当て振りするように男女2人が踊ります。 その動きは、議論での身振り手振りをデフォルメしたようなもの。 そのキレの良いオーバーアクションとも言える動きは面白いのですが、録音を用いず、 昔観た Runar Hodne の En Folkefiende のように 踊りながらセリフを言う、それが難しいなら、ライブで俳優に喋らせるのもアリなのではないかと思いつつ観ていました。

しかし、中盤を過ぎると様相が変わります。 音楽というより電子音の中に会話の断片が飛び散り溶け出したかのようになり、 4人のダンサーの動きもそれまでのセリフ当て振りの動きに基づくダンスとなります。 視覚的にもテーブルを離れてソロで踊ったり、 テーブルの上もしくは下での2人でのダンスをライトアップで浮かび上がらせたり、と、 個々のダンスを舞台上にコラージュしていくかのよう。 このような音の変容と、それに並行する動きや空間演出の変容の関係が、とても面白い作品でした。

群舞を使った Royal Ballet の Flight Pattern (2017) も 音楽の構造の可視化と歌詞の演技による可視化の関係の絶妙さを感じさせる作品でしたが [鑑賞メモ]、 一見大きく作風が異なるようで、音の変化と動きや空間演出の変化のバランスというか結び付けという、共通する問題意識を感じる作品でした。

Shoot the Moon
Choreography: Sol León & Paul Lightfoot.
Music: Philip Glass: Movement II from Tirol Concerto for piano and orchestra. Staged by: Anders Hellstrom. Light: Tom Bevoort. Decor and costumes: Sol León & Paul Lightfoot. Realization: Joke Visser & Hermien Hollander.
Cast: Madoka Kariya, Yukino Takaura, Meme von Opstal, Roger van der Poel, Sebastian Haynes.
Live camera: Niels, Paxton Ricketts. Rotating walls: Guido Dutilh, Gregory Lau, Luca Tessarini.
World premiere: 2006.

最初の Singulière Odyssée と同じく León & Lightfoot の作品です。 3組の男女ではなく2人の女性と3人の男性による絡み合う三角関係、食い違う男女の想いを描いています。 (絡み合う三角関係、食い違う男女の想いというのはメロドラマの典型ですね [関係する鑑賞メモ]。) この絡み合う三角関係を描くのに使われる舞台装置が、回り舞台を3分して作られた3つの部屋です。 舞台が周り部屋が変わる度に異なる男女の愛憎関係や一人の傷心が描かれるのですが、 隣り合う部屋の間に設けられた扉や窓が、それら場面を絡めていきます。 そして、絡み合う三角関係がメロドラマの物語を駆動するかのように、舞台は回り続けます。 ビデオカメラを使って見えない部屋の様子もライブで絡める時がありましたが、 さほど効果的に思えず、そこまでやらなくても回り舞台で十分だと感じてしまいました。

Singulière Odyssée でもポーズが多用されていましたが、この作品もそう。 場面の転換にドラマチックにポーズを使うことで、時の流れを変えるというよりメロドラマチックな瞬間をスチルとして切り出すような効果も感じられました。 駅を行き交う人々の孤独を描いたような Singulière Odyssée は pas de deux があってもほんのすれ違いという感じでしたが、 この Shoot the Moon は、むしろ、愛憎の pas de deux の変奏曲のよう。

Philip Glass によるピアノ・コンチェルト (Tirol Concerto の Movement II) のストリングスが添えられたピアノの旋律も実にドラマチックかつウェットで、 メロドラマチックな雰囲気を否が応でも盛り上げてくれます。 部屋の雰囲気も現代的でモダンな住宅というより少しくすんだ壁紙も少し古ぼけた感じ。 少々クラッシックな美男美女のメロドラマ映画から、愛憎シーンだけを抜き出して作った映像を観ているような気分になった作品でした。

久々に観ると、Kylián 時代から変わったようであり、 コンセプチャルに過ぎずしっかりした技術を持つダンサーがしっかり踊る作品を演じ続けてくれているという点では変わっていませんでした。 中でも最も自分の好みだったのは、やはり Crystal Pite の The StatementShoot the Moon は、あまりにベタなメロドラマに苦笑しながら観ていたのですが、 一日経って思い出してみると、メロドラマの構造と舞台装置での仕掛けや pas de deax の変奏というダンスの構成がマッチしていて、 Singulière Odyssée よりも面白い作品ではないかと思い直しました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

積み残しが色々発生していますが、Nederlands Dans Theater の公演が良かったので、まずはそちらを優先します。 と言っても、観に行ったのは日本公演の最終日だったので、全く間に合っていませんが……。

[3753] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 1 23:33:12 2019

先週末土曜は、朝から胃もたれしそうなバレエのトリプルビルをイベントシネマで観た後は、北へ移動。 続けてこの舞台を観てきました。

彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2019/06/29, 15:00-16:40.
Performers: Pavlina Andriopoulou, Costas Chrysafidis, Dimitris Kitsos, Ioannis Michos, Ioanna Paraskevopoulou, Evangelia Randou, Drossos Skotis, Christos Strinopoulos, Yorgos Tsiantoulas, Alex Vangelis.
Set Design + Art Direction in collaboration with Tina Tzoka. Artistic Collaborator for costumes: Aggelos Mendis. Lighting Designed in collaboration with Evina Vassilakopoulou, Artistic Collaborator for Sound: Giwrgos Poulios. Sound Design and operation: Kostas Michopoulos. Music: Johann Strauss II, An der schönen blauen Donau, Op. 314. Music Adaptation: Stephanos Droussiotis. Sculpture Design: Nectarios Dionysatos. Costume – Props Painting: Maria Ilia. Creative - Executive Producer + Assistant Director: Tina Papanikolaou. Assistant Director :Stephanos Droussiotis. Assistant Director + Rehearsal Director: Pavlina Andriopoulou.
Produced by Onassis Cultural Centre - Athens (Greece)
Premiere: 24 Μay 2017, Main Stage, Onassis Cultural Centre - Athens.

主にコンテンポラリーダンスの文脈で活動するギリシャの演出家 Dimitris Papaioannou の初来日公演です。 彼の名を有名にした Athens 2004 Olympic Games の Opening Ceremony は TV中継でも観ていませんでしたが、その後、話題になっていた演出家でしたので、観る良い機会かと、足を運んでみました。 コンテンポラリーダンスの文脈とは言えど、Papaioannou 自身振付家と自称しておらず、 演じているパフォーマーも俳優とダンサー (ストリートダンスを含む) の混成。 最後の白骨死体から逆算するようにシュールレアリスティックでグロテスクなイメージをパフォーマーの身体を用いて作り出し自由連想的に繋いでいくような、 マイム劇というかフィジカルシアターに近い舞台作品でした。

表面的にはかなり異なった強面する作品と思いましたが、シュールレアリスティックなイメージの連鎖で構成されていく様は、 Philippe Genty との共通点を感じました。 [鑑賞メモ]。 人形を使って可愛らしくファンタジックにする代わりに、裸体も辞さないパフォーマーの身体を使ってグロテスクに表現しているよう。 Papaioannou はバラバラになる身体を複数のパフォーマーで表現していましたが、Genty は人形でそうしていたな、と。 イリュージョン的に奈落に抜けられるよう作られた黒いベニア板敷きの大きく波打った舞台も、これがふんわり波打つ白い布であれば、まさに Genty。

しかし、そういう構造よりも、グロテスクなディティールの方が重要にも感じられた作品でした。 有名なルネサンス絵画のイメージを用いた場面などは少々あざとくも感じましたが、 麦穂の羽の手投げ矢を大量に降らせて「麦畑」を作り出したり、 その「麦畑」をパフォーマーたちが摘み取る場面をはじめ、意外なイメージの転換の仕方はさすが。 「麦畑」を作る際のベニヤ板の下に舞台から見えるように人を寝かせた状態で手投げ矢を投げる所などナイフ芸も連想させるのですが、 長いスリンキー (コイルバネ状の玩具) のジャグリング、玉乗りや高足、ロープへのぶら下がりなどを使かわれていました。 この作品での Papaioannou の意図からは外れるように思いますが、サーカス芸のスキルと相性の良さそう。 そんなことを思った作品でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

しかし、イベントシネマとは言えトリプルビルの3時間余りの後に2時間弱の舞台は、キツい。 さすがに、与野本町から埼京線、東横線を乗り継いで帰る気になれず、 大宮に出て湘南新宿ラインで武蔵小杉までグリーン車で帰りました。ぐったり。 年に数回の話だし、グリーン料金570円なら常用しても良いかも、と思ったり。

[3752] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 30 0:19:47 2019

この土曜は朝から日比谷へ。このバレエをイベントシネマで観てきました。

Royal Opera House, 16 May 2019.
上映: TOHOシネマズ日本橋, 2019-06-29 10:00-13:10.

Royal Opera House Cinema Season 2018/19 唯一のコンテンポラリー・バレエのプログラムということで楽しみにしていたこのトリプル・ビルを観てきました。

Choreography: Christopher Wheeldon.
Music: Ezio Bosso and Antonio Vivaldi used by arrangement with Ezio Bosso. Costume designer: Jasper Conran. Lightning designer: Peter Mumford. Staging: Christopher Saunders.
Principals: Beatriz Stix-Brunell, Vadim Muntagirov, Lauren Cuthbertson, Ryoichi Hirano, Sarah Lamb, Alexander Campbell,
Conductor: Jonathan Lo. Orchestra: Orchestra of the Royal Opera House.
Premiere: San Francisco Ballet, 2008.

Alice's Adventures in Wonderland [鑑賞メモ] や The Winter's Tale [鑑賞メモ] でハイテクな物語バレエという印象が強い Wheeldon ですが、これは抽象バレエ。 といっても、群舞も駆使しての音楽の構造の可視化というより、 「愛の形」のスケッチとしての pas de deux をライティングも駆使して時間的空間的にコラージュして構成していくよう。 手前の pas de deux をライティングで浮かび上がらせる一方、赤く暗い背景で黒いシルエットの踊りを見せる、などの立体感あるライティングによる演出も好みでした。 衣装も、シルエットにすると体のラインが綺麗に出るようスカートなどがシースルーな上、 断片的な金のストライプが黒いシルエットの中で煌めくという、ライティング映えするものでした。 Klimt 着想ということで、初演から衣装は Klimt の絵を意識したものに変更されたようですが、 体のラインが綺麗に出る女性のワンピース風衣装は、Secession というより Art Deco 風に感じられました。 けど、Secession 風 (例えば Schwestern Flöge のドレス風) はダンス向けとは思えないですし、 むしろ、これで良かったのではないでしょうか。

最近、Secession (分離派、セゼッション)、Wiener Werkstätte (ウィーン工房) 界隈の展覧会を立て続けに観たわけですが [鑑賞メモ]、 その時はさほど良いとは思わなかった Klimt の魅力に、 このバレエで少し気付かされたようにも思いました。

Choreography: Sidi Larbi Cherkaoui.
Music: Henry Purcell. Electronic music: Olga Wojciechowska. Concept and set design: Sidi Larbi Cherkaoui and Roh Production. Costume designer: Olivia Pomp. Lighting designer: Adam Silverman. Associate choreographer: Jason Kittelberger.
Performers: Natalia Osipova (Medusa, a priestress), Olivia Cowley (Athena, goddess of the temple), Ryoichi Hirano (Poseidon, god of the sea), Matthew Ball (Perseus, a soldier), Artists of the Royal Ballet (priestess and soldiers),
Ailish Tynan (soprano), Tim Mead (counter-tenor), Toby Carr (theobro), Reiko Ichise (voila da gamba).
Conductor: Andrew Griffiths. Orchestra: Orchestra of the Royal Opera House.
Premier: Royal Opera House, 8-21 May 2019.

大幅に翻案されているものの、ギリシャ神話の Medusa の逸話に着想した物語バレエです。 Sutra [鑑賞メモ] や Dunas [鑑賞メモ] など、 大掛かりだったりスペクタクル性高い作品を観ることが多く、 テーマで緩く場面を繋げはするけど物語るというほどのものは感じてなかったので、 心理描写も繊細なナラティブな作品に、こんな表現も出来たのかと新鮮でした。

上映中の Cherkaoui のインタビュー中で 「Poseidon は力づくで Medusa の純潔を奪うが、Athena は同じ神の Poseidon を罰することが出来ないので、被害者である Medusa の方に罰を与える。現代でもよくある話ですが。」 (大意) と仄めかすように言っていたように、 Medusa の物語はセクハラや性暴力の被害の不条理、苦悩や憤り、そして救済の話に読み替えられていました。 罰として蛇髪の怪物に変えられるというのはまさにセカンドレイプで、怪物というのは性暴力被害者というスティグマ、 もしくは、その不条理への苦悩と憤りを象徴しているかのよう。 神話的な枠組みを使うことで、あくまで象徴的で普遍性を持たせた形で表現しているのも、良かったでしょうか。

そんな Medusa を演じるのはかなり難しいと思うのですが、 演ずる Natalia Osipova の演技力が凄い。 以前に観た Anastasia [鑑賞メモ] もそうですが、 内面に狂気というか、トラウマや妄想などを抱えたようなキャラクタを品位を失わずに美しく演じることができる、稀有なダンサーではないでしょうか。 以前から Osipova は Björk に顔立ちが似ていると思っていましたが、 蛇髪の怪物マスクをかぶるとますますそれらしく。 (というか、Medúlla か、と。)

Medusa の救済の物語の鍵となるのが Perseus。 この作品では怪物にされる前、互いに想いを寄せていた相手という位置付けで、Medusa から愛の証のお守りとして渡されていたベール様の布に守られて、Perseus は怪物となった Medusa の退治に成功します。 この Medusa と Perseus の pas de deux は、怪物退治というより、トラウマで狂乱する Medusa を Perseus が受け入れ宥めるよう。 Medusa にとっては Perseus に殺されることが救済だったのか、 もしくは殺されたのは「怪物」となった Medusa の心の一部だけだったのか。 いずれにせよ、現実に比べたらロマンチック、もしくは御都合主義かもしれませんが、 ラスト、怪物から元の美しい姿に戻って Henry Purcell の “The Plaint” に合わせ憂いを含む表情で美しくも切なく踊る Medusa の姿に、涙しました。

ラストだけでなく各所で Henry Purcell の “The Plaint” が使われていましたが、 “O let me weep, for ever weep” という歌詞も Medusa の心の声のよう。 (“He's gone” の部分の歌詞を使わず、作品のテーマに合わせていました。) 今まで、“The Plaint” といえば Pina Bausch の Cafe Müller のイメージでしたが、 この Medusa のイメージで上書きされたかもしれません。

Choreography: Crystal Pite.
Music: Henryk Mikołaj Górecki (from Symphony No. 3 - Symphony of Sorrowful Songs). Set desinger: Jay Gower Taylor. Costume designer: Nancy Bryant. Lighting designer: Tom Visser.
Principals: Kristen McNally, Marcelino Sambé. Dancners: Calvin Richardson, Joseph Sissens, Isabella Gasparini, Benjamin Ella, Ashley Dean, et al.
Robert Clark (piano)
Conductor: Andrew Griffiths. Orchestra: Orchestra of the Royal Opera House.
Premier: Royal Opera House, 2017.

最近注目を集めているカナダの振付家 Crystal Pite ですが、これでやっと作品を観ることができました。 ポーランド・シレジア地方の民謡にある戦争で失った息子を嘆く母親の歌や、 ゲシュタポの監獄の壁に残された女性の言葉などに着想したという、 Henryk Mikołaj Górecki: Symphony No. 3 - Symphony of Sorrowful Songs を音楽に使った作品です。 選曲と読み替え先の題材の選び方のセンスも良く、 36名という大人数のダンサーを使っての音楽の構造の可視化というシンフォニック・バレエにも近い面 (といっても、整然としたダンスではなく、不規則に蠢く難民の列でしたが) と、 曲の歌詞を難民人道問題という現在的な問題に読み替えての演技による可視化を、 どちらか一方が浮くことなく作品していました。 しかし、ある程度予習して知っていたということもあるかと思いますが、 直前に見た Medusa の強い印象で、 少々霞んでしまったかもしれません。

それにしても、最初の一本はさておき、性暴力被害に難民人道問題と、 なかなかにヘビーな題材に取り組んだ見応えあるトリプル・ビルでした。 Royal Ballet の来日公演にもこのような見応えのあるコンテンポラリー作品のプログラムがあれば、 足を運んでみようとも思うのですが……。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

積み残し案件がいくつかありますが、Met Live の Dialogues des Carmélites の鑑賞メモが時機を逸してしまった (上映期間中に書けなかった) 反省から、こちらを優先します。 公演期間の短い舞台公演であれば、期間中に間に合わなくても諦めがつくのですが。

[3751] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 23 12:03:52 2019

先週末の土曜午後、Boltanski 展を観た後は、階下へ移動。この展覧会も観てきました。

Vienna on the Path to Modernism: The 150th Anniversary of the establishment of diplomatic relations between Japan and Austria
国立新美術館 企画展示室1E
2019/04/24-2019/08/05 (火休). 10:00-18:00 (5/25 10:00-22:00;4/28-5/2,4,5,6月の金土10:00-20:00;7,8月の金土10:00-20:00)

展覧会のタイトルやフライヤのグラフィックは1900年前後の Secession (分離派、セゼッション)、Wiener Werkstätte (ウィーン工房) 界隈の展覧会を思わせますが、 Secession、Wiener Werkstätte の展示は全体の半分から三分の二程度。 18世紀後半 Maria Theresia 治世下の啓蒙の時代から紐解はじめ、第一次世界大戦直前の表現主義までスコープに収めた、 Eric Hobsbawm の言う「長い19世紀」 (1789-1914) の間にウィーンの美術・デザインがどう変化していったか見るような展覧会でした。

「革命の時代」 (1789-1848) は、その後半に当たる Biedermeier 時代の展示が充実していました。 この時代はロマン主義が流行した時代ですが、革命への態度が対照的なようであり、 ファッションや空想的な面などが共通するようで、興味深く観られました。 続く「資本の時代」 (1848-1875) に相当するのが 1958年の市壁の取り壊しによるリング通り建設から Weltausstellung 1873 Wien, Expo 1873 (ウィーン万国博覧会) にかけての「リング通りとウィーン」の展示も、 同時代の Georges-Eugène Haussmann によるパリ改造 (1853-1870) と比較したくなるものがありました。

「帝国の時代」 (1875-1914) の多くを占めるのは、もちろん、Secession、Wiener Werkstätte 関連の展示。 グラフィックデザインだけでなく食器、家具などのプロダクトデザインやファッションの展示が充実していて、とても楽しめました。 Gustav Klimt との関係で知られる Emilie Flöge が姉 Helena と経営していた Schwestern Flöge [Flöge Sisters] のオートクチュール・ファッション・サロン (デザインは Koloman Moser) の再製作模型のコーナーがあり、 やはりウィーン工房デザインで知られた Cabaret Fledermaus の様子を再現した模型があったら、と思ったりもしました。

確かにオーストリア一国史的な美術史・文化史に基づく展示の限界も感じましたが、 「日本・オーストリア外交樹立150周年記念」と言う位置付けの Wien Museum のコレクションに基づく展覧会では仕方ありません。 フランス革命の時代から第一次世界大戦までの「長い19世紀」というスコープ設定も良く、充実した展覧会でした。 それだけに、広告やマーケティングの都合なのでしょうが、クリムト、シーレ、世紀末だけをタイトルに入れるのは、明らかにミスリーディングではないかと思わざるを得ませんでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

「日本・オーストリア外交樹立150周年記念」ということもあ流のでしょうが、 4月から都内で「世紀末」に関係する展覧会が3つも開催されていました。 まとめて観る良い機会かと全て観たのですが、さすがに国立新美術館のこの展覧会が最も充実していましたね。 それにしても、まとめて開催されると観る方も大変ですし、個々の展覧会の印象が薄れるので、 1〜2年に1回くらいの頻度で継続的に開催される方がありがたいです。

[3750] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Jun 22 13:01:30 2019

先週末の土曜は本降りの雨。こういう日の方が空いているだろうと、昼過ぎに乃木坂へ。 始まったばかりのこの展覧会を観てきました。

Christian Boltanski
Lifetime
『クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime』
国立新美術館 企画展示室1E
2019/06/12-2019/09/02 (火休). 10:00-18:00 (6月の金土10:00-20:00;7,8月の金土10:00-20:00).

記憶をテーマとしたインスタレーションを得意とするフランスの現代美術作家 Christian Boltanksi の回顧展です。 美術館規模の個展としては2016年に東京都庭園美術館でもありましたが [鑑賞メモ]、こちらは2010年代の作品が中心。 初期の映像作品から、1990年前後の慰霊のモニュメントを思わせる立体作品を経て、近年の大規模にインスタレーションまで、 Boltanski の歩みを一通りたどることができる大規模な回顧展でした。

最初期にあたる1969年の映像作品や1970-71年のオブジェや写真の作品など、のちの表現の原点を見る興味深さはありましたが、 やはり最も印象を残したのは「モニュメント」“Monument”、「保存室」“Réserve”、「聖遺物箱」“Reliquaire”、「祭壇」“Autel” などと名付けられた1990年前後の作品。 曰くありげに積み上げられた古びた箱などの上に新聞の訃報欄などにあるような粗い白黒のポートレイトを遺影のごとく拡大して載せて薄暗いアームライトで浮かび上がらせるような作品です。 まるで霊安室か集合墓地の祭壇のような少々不気味ながら厳かな印象も受ける作品です。 ホロコーストの記録と結び付けられている、という、印象を持っていたのですが、 新聞の死亡欄から取られた一般の人の普通の死なども題材となっている作品もあり、 広く死の記憶をテーマにしていたと認識できたのは収穫でした。 現代美術の企画展などで同様の作品は観たことは少なからずありましたが、 20 m × 10 m はあろうギャラリーにずらりと並べられたのを観るのは初めて。 まるで、Boltanski 流の礼拝堂。 残念ながら見逃してしまった1990年の水戸芸術館での個展はこんな感じだったのだろうか、 ということも思いつつ、場の雰囲気を味わうことができました。

後半は2010年以降その制作の中心となる大規模なインスタレーション作品。 2016年の東京都庭園美術館のタイトル作品でもある Aminitas のヴァリエーションや、 視線を遮らず天井近くの上方に下げられてはいましたが 半透明のカーテンを使った Les Spirits (2013)、 2012年の越後妻有トリエンナーレに出展された古着の山 No Man's Land [鑑賞メモ] も思い出す Terril (2015) など、 いかにも彼らしいインスタレーションが楽しめました。 しかし、東京都庭園美術館で観た時も感じたことなのですが、 半ば廃墟ががった古い建築物でのインスタレーションだから雰囲気があって良いのであって、 綺麗な美術館ギャラリーだと少々薄っぺらく感じてしまう所もありました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3749] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 16 21:57:08 2019

先週末の日曜は、昼前へ川崎へ。このオペラをイベントシネマで観てきました。

『カルメル会修道女の対話』
from Metropolitan Opera House, 2019-05-11, 12:00–15:10.
Composed by Francis Poulenc, libretto by the composer, based on the play by Georges Bernanos.
Production: John Dexter.
Set Designer: David Reppa. Costume Designer: Jane Greenwood. Lighting Designer: Gil Wechsler. Revival Stage Director: David Kneuss.
Cast: Isabel Leonard (Blanche de la Force), Erin Morley (Sœur Constance), Karita Mattila (Madame de Croissy), Karen Cargill (Mère Marie), Adrianne Pieczonka (Madame Lidoine), David Portillo (Le chevalier de la Force), Jean-François Lapointe (Le marquis de la Force), Tony Stevenson (Le Père confesseur du couvent), et al.
Conductor: Yannick Nézet-Séguin.
World Premiere: Teatro alla Scala, Milan, 1957. This production's premiere: Metropolitan Opera House, 1977.
上映: 109シネマズ川崎, 2018-06-09 11:20-14:40 JST.

現代オペラ (第一次世界大戦以降に作られたオペラ) や現代演出のオペラがメインとはいえ、5年前からオペラを時々ながら観ているわけですが、 観るようになってオペラ作品に関する本などを読むようになって気になっていたのが、この Francis Poulenc の Dialogues des Carmélites。 Les Six (フランス六人組) の1人として知られる Poulenc による、フランス革命末期の恐怖政治の時代に殉教したコンピエーヌの16名のカルメル会修道女の実話に基づくオペラです。 修道女たちが “Salve regina” を合唱しながら断頭台の露と消えていく壮絶なエンディングに触れられた紹介に興味を引かれる一方、 Avant-Garde と絡んていた戦間期ではなく、カトリック信仰に基づく作曲をするようになった晩年の作品で、それも殉教劇という宗教色が強いとされる所に少々敷居の高さも感じていました。 上演機会が少なく、されても事前に話題になることも少なく、なかなか観る機会が無かったのですが、 Met Live in HD 2018-2019 シーズンの最後の作品として上映されたので、観ておく絶好の機会と足を運びました。

主人公は、貴族の娘で少々神経質そうなで怖がりな女性 Blanche。 Blanche はフランス革命の社会不安から逃れるようにカルメル会修道院に入ります。 Blanche を受け入れた修道院長 Madame de Croissy は病に侵されれおり、 やがて、その苦痛に取り乱した状態で死にます。 その後、教会資産が国有化されることになり修道女たちは修道院から追い出されることになります。 修道女たちの間では追い出されることなく殉教しようという意見も出ますが、恐怖に Blanche は逃げ出します。 修道女たちは殉教せずに修道院を出ますが、結局は革命政府に捕らえられ、反革命で処刑されることになります。 断頭台での処刑が進み最後の一人、親友の Constance の番で、逃れていた Blanche が断頭台の下に現れ、Constance に続いて最後の一人として処刑されます。 そんな Blanche や親友となる最年少の Constance、 Blanche が入った時の修道院長 Madame de Croissy、次期修道院長と目されていた厳格な Mère Marie、 Marie と比べ大らかな Madame de Croissy の後の修道院長 Madame Lidoine ら、 修道女たちの信仰や殉教に関する対話からなるオペラです。

John Dexter の1977年の演出は、1970年代末以降 Patrice Chéreau らによる現代オペラ演出が流行る以前だけあって、 比較的オーソドックスと感じられました。 三幕構成を前半後半の二幕構成に変えてはいましたが、違う時代の話に翻案したりすることなく、 演出家の解釈を押し出すというより、原作に忠実。 ゴージャスな舞台装置が多いオペラの中では、舞台装置の数も最低限で、 白い十字架となっている床に13名の修道女が五体投地のように伏せて祈っているオープニング、 修道院内と俗世の境界を象徴的に示す十字架を組み合わせた網状のオブジェなど、 ここぞという場面で視覚的にも印象的な象徴的な演出も見られましたが、 衣装・美術だけでなく演技もリアリズム的なもの (特に、前半最後の Madame de Croissy の死の場面)。 音楽を聴き込んだりリブレットを読み込んだりまではしませんでしたが、 それなりに予習して臨んだこともあり、前半は比較的冷静に観ていられました。 しかし、リアリズム的にそれぞれ修道女の個性を丁寧に描いていたこともあってか、 後半に入り恐怖政治下で修道院をめぐる状況がどんどん切迫していくにつれて、話にグイグイと引き込まれました。 最後の場面も、記号的な殉教/処刑ではなく、それぞれに個性的で顔の見える修道女たちの死として描かれたからこそ、 強く心打たれました。

このオペラが初演された1957年は Total serialism 全盛期とも言える時代ですが、音楽は調性的。 ラストの “Salve regina” [YuouTube] をはじめ、 重要な場面で合唱される聖歌 (旋律は Poulenc のオリジナル) も美しく印象に残るオペラですが、 それ以外でも、時にドラマチックに美しい旋律が耳に残ります。 流石にアリアとレチタティーヴォを使い分けるようなものではなく、対話を自然に音楽にのせるよう。 特に、後半の第2幕第3場、危険迫る修道院から救い出そうと来た兄 (Le chevalier de la Force) と Blanche の対話のデュエット “Oh! Ne me quittez pas” [YouTube] は、 凛として切なく美しく最も心に残るものでした。

この “Oh! Ne me quittez pas” は、歌詞の内容にも心打たれます。 「いつも憐れんでくれるけど、友達なら普通に払う敬意も私には払ってくれない。私は、もう可愛いうさぎじゃない。カルメルの娘よ。共に戦っている仲間と思って欲しい。」と。 修道女たちは教義に完璧な聖人としてではなく、運命に翻弄されながら、 時に凛として、時に怯え躊躇し (特に Blanche)、時に弱さを見せ (修道院長ですら取り乱して死ぬ)、時に生きる喜びを見出し (特に Constance)、 意見を違えることがあれど、誰かを否定的に描くことなく、互いに敬意を払いあうかのように対話を通して描いていきます。 そんな対話を通して、修道女たちの宗教者であること以上の個性が浮かび上がり、 本来の宗教的な意味を越えて、不条理の下で尊厳を持って生きる/死ぬことはどういうことなのか、問うてくるかのよう。 このような対話に、このオペラの宗教性を越えた普遍性を感じました。

主人公 Blanche を演じたのは、Marnie でもタイトル役を演じていた Isabel Leonard。 Marnie にしても、この Blanche にしても、表情も細やかに演技できるイベントシネマ向けの演技派だと、つくづく。 Blanche に次いで印象に残った役は、Blanche の親友にして対照的な性格の Constance。 明るいというか少々天然っぽいのですが、息詰まるようなこの作品の中で彼女が出てくるとホッとする、まさにコミックリリーフでした。 (それだけに、最後の最後の場面、断頭台の前で2人が手を取る場面の切なさが増幅されるのですが。) Constance 役の Erin Morley と Blanche 役の Isabel Leonard の2人の噛み合わなさも含めた絶妙なやり取りを見ていて、 このような組み合わせは少女漫画のよう、というか。妙に既視感を覚えたのですが、何の作品だったのか、と。

この Met Live in HD を観たあと、 2013年に Théâtre des Champs-Elysées で Olivier Py [関連する鑑賞メモ] の演出によるプロダクションが上演されたことを知りました。 John Dexter のリアリズム的な演出で登場人物の個性を丁寧に表現していたのが良かったのであって、 抽象的で象徴的な現代演出ではこのオペラは図式的になってしまうかもしれないと思っていましたが、 Olivier Py のプロダクションを予告編 [2013年, 2018年その1, 2018年その2] で断片的に観た限り、かなり良さそう。 DVD/BD になっているので、いずれ入手して観たいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

オペラ好きというわけでもないし、年に何本も観ないのに、観たいと思うようなものに限って日程が被ってしまうのは、どうしてなのか、と。 土曜は生、日曜はイベントシネマという違いはあれど、二日連続になってしまいました。 土曜に観た二期会の Salome も良かったと思うのですが、 その後の Dialogues des Carmélites が強烈過ぎて、 特に演奏に関する印象が吹っ飛んでしまいました。 (Salome の鑑賞メモに音楽の話が無いのはそのせいです。) 後でゆっくり思い返しながら色々考えるのも鑑賞の楽しみの一つだけに、 なんとももったいないないなあ、と。

[3748] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 16 11:42:23 2019

先週末の土曜は、昼過ぎに上野へ。このオペラを観てきました。

東京二期会オペラ劇場 / Willy Decker
東京文化会館
2019/06/08, 14:00-15:30.
Libretto: Oscar Wilde, translated by Hedwig Lachmann, edited by Richard Strauss. Music: Richard Strauss.
指揮: Sebastian Weigle; 演出: Willy Decker.
キャスト: 今尾 滋 (Herodes), 池田 香織 (Herodias), 森谷 真理 (Salome), 大沼 徹 (Jochanaan), 大槻 孝志 (Narraboth), 他.
管弦楽: 読売日本交響楽団.
Premier: 9 December 1905, Königliches Opernhaus, Dresden; Premier of this production: 8 November 2016, Hamburgische Staatsoper.

2017年に Met Live in HD で観たドイツの演出家 Willy Decker のプロダクションによる La Traviata のそのミニマリスティックで象徴的な演出が とても好みだったので、 その Decker 演出オペラの上演を生で観る良い機会と、足を運んでみました。 上演したのは、20世紀初頭、というか、いわゆる「世紀末芸術」の典型的な作品とも言える Oscar Wilde 原作 Richard Strauss 作曲の一幕もののオペラ Salome です。 Richard Strauss のオペラを観るのは、 Elektra (1909) [鑑賞メモ]、 Der Rosenkavalier (1911) [鑑賞メモ] に続いてとなります。 Salome は Aubrey Beardsley の挿絵も有名ですし、 Morrissey (ex-The Smiths) が Oscar Wilde が好きという有名な逸話もありますし、 一度ちゃんと観て (聴いて) おく良い機会、というのもありました。

舞台美術は、少し歪んだ左右の大壁と裂け目のある大階段のみ。 裂け目の上手側が少し落ち込んでいて、裂け目の中が Jonachaan が捕らえられている地下室として使われました。 俳優陣も Jonachaan を除いて、没個性的なの衣装で丸刈りでとなって、記号のよう。 階段の上下の使い分けや、裂けた左側の落ち込んだ側だけ明るくしたりと、抽象的でシンボリックに、階段上の立ち位置や距離感に意味を持たせる演出が楽しめました。 階段の下段の方で Jonachaan を Salome が誘惑させつつ、 上段の方で Narraboth がそのやりとりを遠くから見下ろしつつ身悶え自殺する場面など、秀逸でした。 有名な “Dance of the Seven Veils” の場面をどのように抽象的に表現するのかというのも興味があったのですが、 この場面はダンスではなく階段いっぱい使って Salome が Herodes を誘惑したり突き放しつつじゃれ回るようなマイム芝居でした。 ラストは Salome が Jonachaan の傍で自殺するよう改変されていて、 男性の愛し方を知ることができなかった女性の悲劇のような印象を残しました。

主要な役を含めて日本人のみでのオペラ上演を観たのは、これが初めて。 Willy Decker の演出もそうですが、 DVD や Met Live in HD などで観ている現代演出のオペラは、オペラ歌手に歌唱力だけでなく演技力、身体能力が要求するもので、 それがどうなるのかという興味もありました。 この作品のタイトル役も大階段を駆け巡りながらの熱演で、なかなか素晴らしいものでした。 日本のオペラ団体もこういう演出がちゃんとこなせることがわかったのも収穫でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

Salome を観た後は、東京都美術館へ。 展覧会『クリムト展 ウィーンと日本 1900』を観てきました。 入場待ちという程ではありませんでしたが、人多過ぎです。 “Judith I” や “Nuda Veritas” とか有名な作品を観られたという感慨はあれど、 Klimt 個人に焦点を当てたこの展覧会の構成より、 先週末に目黒区美で観た『世紀末ウィーンのグラフィック』のデザインなども合わせて時代を浮かび上がらせる展示の方が、 自分には興味深く観られるものでした。 と言っても、同時代のオペラ Salome を観た直後ということで、その時代の雰囲気は堪能できました。 男の生首を抱えた妖艶な美女 Judith の絵を観つつ、こういうのが流行った時代だったんだな、と、つくづく。

[3747] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 9 22:23:06 2019

水曜は都内で仕事していたので、仕事帰りに渋谷へ。このライブを観てきました。

公園通りクラシックス
2019/06/05, 20:00-22:45.
Jen Shyu (vocals, piano, Taiwanese moon lute, Korean gayageum, biwa, percussion, movement), 須川 崇志 [Takashi Sugawa] (contrabass, cello).

Jen Shyu [徐 秋雁] は Pi Recording からのリーダ作や Steve Coleman のグループなどアメリカの jazz/improv の文脈で活動する 台湾と東チモールを出身とする両親を持つアジア系アメリカ人ヴォーカリストが来日したので、そのライブを観てきました。 共演したのは、八木 美知依 トリオ [鑑賞メモ] などで活動する日本の jazz/improv の文脈で活動する 須川 崇志。 第1部は即興で1時間弱、第2部は Jen Shyu の曲を演奏する約1時間半という休憩を挟んで2部構成3時間弱のライブでした。

月琴 (円形の胴を持つ中国の伝統的なリュート) や伽耶琴 (箏に似た朝鮮半島の伝統楽器)、薩摩琵琶などアジアの伝統的な楽器を使いますし、日本語を含め様々な言葉も使いました。 しかし、Jen Shyu の歌は、ベースが英語ということもあるのか、特に即興での抽象的なヴォイスの時など、アジア的なものはさほど感じさせない、少々アブストラクトな jazz/improv のヴォーカルでした。 様々な楽器を持ち替えまずが、ピアノを除くと、技巧的に演奏するのではなくむしろパフォーマンスの一部として鳴らすという程度でした。 須川の cello / doublebass は出しゃばらず、手数も控えめに Shyu の声を支えるよう。

第2部は Jen Shyu 作曲の曲というより、作の音楽劇というか、須川の伴奏で、様々な楽器を持ち替え歌り語る一人芝居でした。 親しかったワヤンクリ・アーティスト一家の交通事故と唯一生き残った娘という実際の話に基づく、 彼らに捧げる、鎮魂と、残った命に希望を見出すようなパフォーマンスでした。 照明演出もあって、踊りながら語り歌うのですが、狭い会場に並べられた楽器の間を縫うように移動したり、 客席からグランドピアノを挟んで向こう側で踊ったり。 こういう音楽劇、ダンスのようなパフォーマンスはかなり好みなのですが、 公園通りデラックスのような狭いライブハウスではなく、 ちゃんとした広さと照明設備のある小劇場、せめて、かつての Super Deluxe のような空間だったら、 パフォーマンスとして楽しめたのではないかと。その点が少々残念でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

しかし、平日の晩、仕事の後に3時間弱というのは、体力的にきついです。劇場のような座席でもありませんし。なかなか集中できませんでした。 第2部の音楽劇というかパフォーマンスだけ、週末の余裕のある状態でそれも劇場で見たかったなあ、と。

[3746] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Jun 8 23:43:14 2019

先週末土曜、新国立劇場へダンスを観に行ったついでに、オペラシティでこの展覧会を観てきました。

Tea Ceremony
東京オペラシティアートギャラリー
2019/04/20-2019/06/23 (月休), 11:00-19:00 (金土11:00-20:00).

ラグジュアリー・ブランドのアイデンティティ・デザインを日用品に適用するなど、 既存のプロダクトやデザイン等の文脈をずらす作風で知られるアメリカの現代美術作家による 2016年ニューヨークの The Noguchi Museum 制作の 「宇宙開発時代」の茶会をテーマにした展覧会の巡回です。 NASAのロゴの入った宇宙開発や航空機に関係する廃材などを駆使して作った茶室と庭園のインスタレーション、 および、The Noguchi Museum での茶会の様子を捉えた映像の上映からなります。 展覧会初日に Tom Sachs 自身による茶会が開催されていました。 自分が行った時もちょうど茶会が終わった所のようで、時々茶会を開催しているようでした。

伝統的に茶室というのは廃材などを使い質素に作ることが多く、 その流儀を「宇宙開発時代」に移せば、宇宙開発の現場な航空機のハイテク廃材で作ることになるという納得感もありました。 その一方で、素材の鮮やかな色も残ったハイテク廃材は、茶道の美意識に繋がるような古び方、朽ち方ではないため、 おおよそ別物になってしまっているよう。 これは侘び寂びではなくキッチュじゃないかという感が、納得感と攻めぎ合うような展覧会でした。

Open Space 2019: Alternative Views
NTTインターコミュニケーション・センター
2019/05/19-2020/03/01 (月休;月祝開,翌火休;8/4,12/28-1/6,2/9休), 11:00-18:00.

NTTコミュニケーション・センターでは企画展をやっていなかったので、この年間常設展のみ。 最も印象に残った作品は、後藤 映則 の 『ENERGY #01』 (2017)。 人の動きのキャプチャからメッシュ状の構造を作り、それにスリット状の光を動かしながら当てることにより、光のシルエットの動きとして浮かび上がらせる立体作品です。 シンプルに視覚的に美しさ動きの面白さを作りだしているところが気に入りました。

梅田 宏明 『kinesis #3 - dissolving field』 (2019) は 光の粒を埋め尽くすように投影した小部屋で、人の動きをセンシングして、それに応じて光の粒の流れを生じさせるインタラクティヴなインスタレーション。 振付家・ダンサーらしい身体性を意識させる作品です。 しかし観客の動きではたかが知れていて確かにこう動くよねと確認できる程度なので、 身体能力の高いダンサーやサーカスアーティストに動かさせると面白そうです。

emergencies! 037, NTTインターコミュニケーション・センター
2019/05/19-2020/08/03 (月休;月祝開,翌火休), 11:00-18:00.

NTTインターコミュニケーション・センターの新進アーティスト紹介コーナー「emergencies!」での展覧会です。 最近、スマートフォン等の電子機器で読むことを前提とした 「縦スクロール漫画」が一般的になりつつあり、 従来の本・雑誌ベースの漫画とは異なるマンガ文法、コマ割り、ストーリーテリング手法が 話題となっています。 この作品は、縦スクロールに限らない、タブレット等の電子機器で読むことを想定したフレーミング、パンニング、ズーミングなどを駆使したストーリーテリングを試みた作品でした。 そうしてまでも語りたい物語がある程ではなく、 原画と実際の作品を対比させるなど、手法の試行、手法に対するメタな視線という面が強く、 そこがアート作品らしくもあり、少々物足りなく感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

翌日曜は休養に充てるつもりだったのですが、気になっていた目黒区美術館の展覧会 『京都国立近代美術館所蔵 世紀末ウィーンのグラフィック - デザインそして生活の刷新にむけて』 が会期末 (6/9まで) に迫っていることに気付いたので、急遽観てきました。

分離派が設立された1897年から第一次世界大戦開戦の1914年を主な対象とした ウィーン分離派やウィーン工房の界隈の展覧会です。 ポスターや装丁のデザインなどだけでなく、木版画を素描が多くあったのが特徴的でしょうか。 最近、19世紀をスコープとした展覧会を楽しめるようになってきたのも、 足を運んだ理由ですが、琴線に触れるというほどではありませんでした。うむ。 いかにも Jugentstil / Art Nouveau な Koloman Moser より、 Art Deco 先取りしたかのような Dita Moser のトランプやカレンダーの幾何学的なデザインの方がカッコいい、というのが、この展覧会一番の気付きでした。

[3745] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Jun 5 0:11:10 2019

先週末土曜は昼過ぎに初台へ。この舞台を観てきました。

新国立劇場 小劇場 THE PIT
2019/06/01, 14:00-16:00.
演出・振付・アート・ディレクション: 森山 開次
音楽: 川瀬 浩介; 照明: 櫛田 晃代; 映像: ムーチョ村松; 衣裳: 武田 久美子; 音響: 黒野 尚
出演: 森山 開次, 浅沼 圭, 中村 里彩, 引間 文佳, 藤村 港平, 宝満 直也, 美木 マサオ, 水島 晃太郎.
制作: 新国立劇場
初演: 2019-05-31, 新国立劇場 小劇場 THE PIT.

2015年に初演された新国立劇場の政策による「大人も子供も一緒に楽しめるダンス作品」 森山 開次 『サーカス』2018年の再演も見逃してしまったのですが、 『サーカス』のメンバーからのスピンオフ的なスタッフ/出演者による TACT FESTIVAL 2019 で上演された『WANDER WATER』、『Rinne』、『MASK』など楽しんだので [鑑賞メモ]、 「大人も子供も一緒に楽しめるダンス作品」の第二弾となるこの作品を観てきました。

子供時代の忍者遊びに着想した、というより、忍者遊びした原っぱに生きる小動物 (鳥、爬虫類、両生類や昆虫) を「忍者」に見立て、 その動きや生態に着想したスケッチを連ねるような、前半後半約45分ずつのダンス作品でした。 大きな舞台装置は用いず、フロアをスクリーンにしての映像プロジェクションを駆使していましたが、ダンサーが映像に埋もれることはなし。 むしろ、高い身体能力のダンサーの動きを「忍術」として楽むような演出でした。

新体操やバレエなど異なるバックグラウンドを持つダンサーが参加して、それぞれの得意な動きでソロを見せるような場面もあるのですが、 全体としてバラバラにならずに調和しているように感じられたのは、 小動物を「忍者」と見立てるコンセプトと、映像や照明、衣装、音楽の作りだす世界観が明確に作り込まれているからでしょうか。 特に、川瀬 浩介 の擬音語擬態語や言葉遊びを駆使したキャッチーな音楽は、観終わった後も頭にこびりつく程で、作品の残す印象に大きな影響を与えます。 『WANDER WATER』、『Rinne』、『MASK』[鑑賞メモ] と、 この『NINJA』では、振付、衣装担当や映像の有無の違いなどがスタッフに共通点は多くないにも関わらず、とても似たテイストに感じたのは、 小動物に着想したダンスという類似点だけでなく、音楽による所も大きいです。

オープニングの忍者のシルエットがヤモリになって「ひっそりこっそりひっそり〜」とヤモリ這いダンスとなる掴みから引き込まれ、 新体操リボン技も使ったカエルの場面や、龍というか蛇のダンスも面白く。 コントーション的な床の技を使ったナメクジ・ダンスが少しセクシーな一方で、 舞姫のバレエの語彙を使ったダンスもキレよく凛々しさを感じるものだったりというのも良かったです。 後半になると、新体操の赤いリボン技のデュオで草っ原を焼き尽くす野火のダンスや、 男性ダンサー陣の力強い群舞など、ユーモラスだけではない見応えある動きが堪能できる場面もあり、 最後まで作品世界に引き込まれたまま、子供心を呼び起こさせられるような遊び心ある作品を楽しむことができました。

しかし、『サーカス』を見逃していることが悔やまれます。 森山 開次 が演出・振付した オペラ『ドン・ジョバンニ』も 年度末の万難を排して観ておけばよかったかしらん、と。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

初台へ行ったので、ついでに展覧会も観てきたわけですが、この話はまた後ほど。

[3744] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jun 3 21:49:00 2019

5月5日の話の続き。夕方はプレイハウスに移動して、 TACT FESTIVAL 2019 のプログラムの一つ、この公演を観てきました。

東京芸術劇場 プレイハウス
2019/05/05, 16:00-17:10.
Created by 1927.
Directed & Written by Suzanne Andrade. Film, Animation and Design by Paul Barritt. Music by Lillian Henley. Costume by Sarah Munro & Esme Appleton.
Performed by Genevieve Dunne, Felicity Sparks and Rowena Lennon.
Voice of the Caretaker: James Addie
Producer: Joanna Crowley
Co-commissioned by BAC, Malthouse Theatre Melbourne & The Showroom (University of Chichester)
Premier: Sydney Opera House, 2010.

1927は、アニメーター/イラストレーターの Paul Barritt と劇作家/パフォーマーの Suzanne Andrade によって2005年に設立された、 アニメーション上映と音楽生演奏とマイムをベースとする演技を組み合わせた作品を制作するカンパニーです。 カンパニーに関する予備知識はあまり無かったのですが、 去年見たフランスの Stereoptik [鑑賞メモ] も楽しめましたし、 映像とライブ・パフォーマンスを組み合せた表現ということに興味を惹かれて、観ることにしました。

貧民街の人情物とディストピアものを合わせたような救いのあまり無い物語で、現在の格差社会や管理社会に対する風刺も込められているましたが、 1920s-30sのサイレント映画や初期トーキーにはそういう主題のものが少なからずあることもあり、むしろそれに近いものを感じました。 ディストピアと革命は Fritz Lang の Metropolis (1927) を連想させずにはいられませんし、 アパートメントの管理人が街を逃げ出すためになけなしの貯金をはたいて無償で知り合いの子供を救うというエピソードからは 近所の子供が病気になった時に年季奉公で金を工面したり (『出来ごころ』, 1933) や なけなしの貯金を渡したり (『一人息子』, 1936) などを連想しました (こういう小津映画の物語は当時のアメリカ映画に元ネタがあると言われていますが)。

投影されるアニメーションは、いわゆる商業映画で一般的な様式ではなく、 戦間期モダニズム (特にロシア構成主義) やスチームパンクの影響を強く感じる 彩度の低いイラストレーションを動かす、いわゆる「アート・アニメーション」です。 そのアニメーションとぴったり合せるように、3人のパフォーマーが1人数役で、 歌いはするもののストレートなセリフは用いずにマイムと字幕で物語るスタイルも、 生演奏の伴奏ピアノもサイレント映画に近しいものでした。 そして、そんなスタイルと物語の内容がぴったりマッチしていました。

こういう作風を見ると、確かにカンパニー名の1927というのは年号で、 その時代にインスパイアされたということ、 もしかしたら、まさに Metropolis の年ということを意味しているのかもしれません。 そして、そんな当時の戦間期モダニズムや当時のサイレント映画の雰囲気をうまく生かした作風が自分の好みのツボにはまりました。 そして、第二次大戦後に格差が狭まる前、戦間期の不穏な格差社会に対するものと同様の風刺が そのまま通用する世界に戻りつつあるのかな、なんてことも考えさせられた作品でした。

1927は Komische Oper Berlin と組んで、2012年には The Magic Flute を、 2017年には PetrushkaL'Enfant e t les sortilèges のダブルビルと、 オペラの演出も手がけています。 ぜひ彼らが手がけたプロダクションのオペラを観たいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

1ヶ月かかってしまいましたが、ゴールデンウィーク中の積み残しを解消。 しかし、この週末に観た分が新たな積み残し分となってしまっているという……。

[3743] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jun 2 20:54:10 2019

1ヶ月近く経ってしまいましたが、ゴールデンウィーク中の話。 5月5日は昼前には池袋西口へ。このフェスティバルを観てきました。

東京芸術劇場 館内各所
2019/5/5

2010年から開催されている舞台芸術フェスティバル TACT (Theater Arts for Children and Teens) FESTIVAL は、 子供向けを謳っているものの大人でも十分に楽しめるサーカスやダンスの面白い公演をするので毎年楽しみにしています [去年, 一昨年の鑑賞メモ]。 今年はGW開催に戻ったので、5月5日に観てきました。

去年の『WONDER WATER』が好評だったのか、今年は ひびの こづえ, 川瀬 浩介 関連の作品が3つもロワー広場での無料パフォーマンスに登場。 3作品ともハズレなしの、ビジュアルも音楽も楽しいパフォーマンスというのは、さすがです。 このレベルの作品をオープンなスペースで済まさずに、 シアターイースト/ウェストのようなスペースでちゃんとした照明や映像も使った上演もしてほしいものです。

一方で、田中 泯 のような、子供向けというより親世代向けではないかと思うようなパフォーマンスもありましたが、 多少はそういうのが混じっているのも良いのかもしれません。

浅沼 圭 × 高岡 沙綾 × ひびの こづえ × 川瀬 浩介
『Rinne』
5/5 11:30〜 @ 東京芸術劇場 ロワー広場 (B1F)
パフォーマー: 浅沼 圭, 高岡 沙綾; 音楽: 川瀬 浩介; 衣装: ひびの こづえ.

ひびの こづえ 衣装、川瀬 浩介 音楽の1演目目は、2018年に奥能登国際芸術祭で 初演された『Rinne』。 パフォーマーについては、 イギリスにてダンス留学経験を持つ 高岡 沙綾 と新体操で鍛え上げた身体を持つ 浅沼 圭 という程度の予備知識しか無かったので、 お魚のバルーンを乗せているもののフリフリの袖、スカートな衣装で、 アイドル歌謡のような音楽に乗って、アイドル風の振りで2人が踊るのを見て、えっ、そういう作品なのかとびっくり。

しかし、着替えていくに連れて、衣装の造形に着想したような、 かつ、優れた身体能力を生かしたダンスとなって、楽しめました。 海の中の生き物などの形態模写に着想した衣装・造形など 去年の TACT FESTIVAL での演目『WONDER WATER』との共通点も感じますが、 どちらも奥能登国際芸術祭のために制作した作品ということもあるでしょうか。

『場踊り』
5/5 12:00〜 @ 東京芸術劇場 劇場前広場
パフォーマー: 田中 泯

劇場以外の場所で、その場に着想して踊る『場踊り』ですが、観るのも15年ぶりでしょうか。 初夏で日差しも暑い日ですが、冬のような黒のコートに帽子という姿で、 最初のうちは正面入り口近くで、引き攣るような動作で、ガラス壁に張り付くようにしたり、地面に這ったり。

場所を動くようになってからは、わずかながら観客の反応を見ているのかなと思わせる所も。 暑かったのか、最後はホースで水を大きく吹き上げて。 以前に観た時よりも、スペクタクル性が上がっていたように感じたのは、 TACT FESTIVAL で観客が多かった、ということもあるのでしょうか。

5/5 13:00〜 @ 東京芸術劇場 ロワー広場 (B1F)
パフォーマー: ホワイトアスパラガス (谷口 界, ハチロウ); 音楽: 川瀬 浩介; 衣装: ひびの こづえ.

ひびの こづえ 衣装、川瀬 浩介 音楽の2演目目は、この TACT FESTIVAL のための新作『MASK』。 パフォーマーは『WONDER WATER』と同じ ホワイトアスパラガス ですが、ビジュアルイメージは海中から地上へ。 カブトムシのバルーンを被って登場、ということで、小さな虫の世界。 黒い被り物を被ってのジャグリングはフクロタケのイメージでしょうか。

主な技は、アクロバット、ジャグリングにシルホイールでしたが、 大道芸的な客弄りは控えめ。 それはそれで舞台作品らしいスタイリッシュも出て良かったかもしれません。

5/5 15:00〜 @ 東京芸術劇場 ロワー広場 (B1F)
パフォーマー: ホワイトアスパラガス (谷口 界, ハチロウ); 音楽: 川瀬 浩介; 衣装: ひびの こづえ.

ひびの こづえ 衣装、川瀬 浩介 音楽の3演目目は、去年の TACT FESTVAL でも上演した『WONDER WATER』。

『Rinne』、『MASK』と続けて観ると、大道芸/サーカスによくある観客とのインタラクションを それなりに前提とした演目であることが、際立ちます。 おかげで、3演目の中でも客が最も盛り上がって、ロワー広場でのフィナーレとしては良かったでしょうか。 こういう野外でのパフォーマンスでは、観客と盛り上がれる演目もあると良いものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この後にもう一つ、プレイハウスでの公演も観ているのですが、この話はまた後ほど。

[3742] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue May 28 22:19:27 2019

先の土曜の晩は、恵比寿から六本木へ移動して、このコンサートを観てきました。

六本木ヒルズ アリーナ (東京)
2019/05/25, 18:30-19:10.
Harkaitz Martínez de San Vicente (txalaparta), Mikel Ugarte (txalaparta), Mixel Ducau (alboka, bambuzko klarineta, etc), Juanjo Otxandorena (bouzuki).

材木状の音板に撥を立てて落として音を出すバスクの伝統的な打楽器 txaraparta (チャラパルタ) を メインにフィーチャーするスペイン・バスク地方のグループ Oreka TX が 『六本木アートナイト 2019』に出演したので、観てきました。 会場はメインステージ相当の 六本木ヒルズ アリーナ で、オープニングセレモニー直後の演目ということもあり、かなり混雑していました。 (オープニングセレモニーに出席した来賓が既に良い席を占めていたというのもありますが。) txaraparta 奏者2名は大きな人形に操られているという程で、 alboka や bambuzko klarineta などチャルメラ様の少々耳障りな音の管楽器を吹く Dacau は下手で「起き上がり小法師」状態で、 bouzuki の Otxandorena は直径3m以上あろうビニール風船でできたスノードームのような中で演奏という演出でした。 30分ほどそんな状態で演奏した後、舞台前に出てきて、普通に演奏してひとしきり盛り上げました。

この大きな人形を用いた操り人形仕立てのステージは、もともと、 PiKoTaiLuKe と題された、歌手 Thierry Biscary や サーカス・パフォーマー (Garazi Pascual (tightrope), Xabi Larrea & Gorka Pereira (acrobatics, juggling)) とのコラボレーションによるプロジェクトです。 (YouTube で約1時間のショーを通して観ることができます。) しかし、この来日はミュージシャンのみ。 ひょっとしてサーカスも少しは楽しめるかもと期待して足を運んだだけに、残念でした。 代わりに日本人のフープ・ダンサーが参加して、曲に合わせての踊りましたが、 ミュージシャンより一段低い客席前で踊ったので、ほとんどよく見えず。 音楽を聴くライブとしても txaraparta の繊細な音の響きの片鱗が聞くことができましたが、 音楽だけならもっと音響の良い、生音の響きも楽しめるようなホールで聴きたかったです。 サーカスとのコラボレーションのショーからサーカスを抜いて、音楽を聴かせるライブとしても微妙で、 結局のところオープニング・セレモニーの賑やかしのようにになってしまい、残念な限り。 独立したショーとしてちゃんとした形での来日というのも期待薄なので、こんな形で雰囲気を一端だけでも味わえただけでもましなのかもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

『六本木アートナイト 2019』 関連イベントが六本木界隈で繰り広げられていたわけですが、 ある程度予想されたことで、人が多過ぎです。 少し早めに行って野外で夕涼みしつつ軽食でも摘みつつビールでも飲んで開演を待機するつもりが、 アリーナは入れ替え制で、1時間前から待機列に並ばされる羽目に。のんびりできる状態ではありません。 どこに行っても人が多くてのんびりゆっくり観て楽しめる状況ではなかったので、終演後は早々に六本木を離脱しました。

年度末繁忙期に年度頭からGW前後の多忙期が続いて、すっかり平日の晩に何か観に行くということから遠ざかってしまっていましたが、ひと息ついたので、少しリハビリ。 先週の火曜日は都心で仕事していたので、仕事帰りに渋谷へ、 セルリアンタワー能楽堂で Fabula Collective: Elevation を観ました。 当日券が出るというのを目にして、 ex-Wayne McGregor のダンサー2名 James Pett と Travis Clausen-Knight によるコンテンポラリー・ダンスですし、どんなものかしらん、と。 短編3作品で、2作は新作でしたが、特に、能楽堂という空間を生かしたり、演出の妙があったりするわけではなく、 本格的な公演というより、ちょっとした顔見せショーケースといったところでした。うむ。

金曜も晩に渋谷へ。公園通りクラシックスで Selen Gülün with 八木 美知依 のライブを観てきました。 お互いの曲を持ち寄って、エフェクタも使いつつ、即興も交えての piano と箏の duo でした。 様子見もあったのかもしれませんが、こんなものでしょうか。 しかし、ライブで足を運んだのは、2月頭の Väsen 以来ですので、3ヶ月余りぶり。流石に間が空き過ぎです。 ライブでの感度も落ちてしまっていたかもしれません。 これもリハビリの一環という事で、少しずつ感度を上げて行きたいものです。

[3741] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon May 27 23:00:56 2019

金曜から日中は30度超えと、5月らしからぬ猛暑。 ということで、土曜は体力温存で昼過ぎまで家でのんびりしていたのですが、 午後遅めに恵比寿へ。この展覧会を観てきました。

TOP Collection — Reading Images: The Stories of Four Places
東京都写真美術館 3階展示室
2019/05/14-2019/08/04 (月休;月祝開,翌火休) 10:00-18:00 (木金-20:00,7/18-8/2木金-21:00).
W. Eugene Smith: Country Doctor (1948); 奈良原 一高 『人間の土地 緑なき島——軍艦島』 (1954-56); 内藤 正敏 『出羽三山』 (1980-1982) 『出羽三山の宇宙』 (1984); 山崎 博 『10 POINTS HELIOGRAPHY』 (1982)

東京都写真美術館の今年のコレクション展のテーマは「イメージを読む」。 その第一期にあたる「場所をめぐる4つの物語」では、「場所」をテーマに4人の作家のシリーズ写真を取り上げていました。 典型的なフォトエッセーからコンセプチャルな写真まで、典型的なナラティブな作風とは違う視点を感じました。 W. Eugene Smith は Country DoctorLife 誌掲載時のフォト・エッセーの形式を再現するような構成で、 美術館でこのように観るのは少々新鮮でした。

しかし、この中ではコンセプチャルな作風の 山崎 博 [過去の鑑賞メモ] の『10 POINTS HELIOGRAPHY』が最も気に入りました。 長時間露光で軌跡を捉えた 山崎 の代表的な Heliography シリーズの中の20枚組の作品で、 1982年9月13,14日の2日の夕方、調布近辺の多摩川を挟む10地点から同時に日没する約30分の太陽の軌跡を捉えています。 10地点で同時に長時間露光した写真は、太陽の軌跡を捉えた作品のようで、むしろ黒く浮かび上がった地上の建物や構造物のシルエットの差異が際立ちますし、 二日続けて撮ったものが向かい合わせで対比されることで、撮影日による天気というか雲の出具合の差異も浮かび上がります。 そんな時空がうっすら浮かび上がる感が面白く感じました。 関連資料として作品構想のための書き込みのある地図も展示されていたのですが、 開かれていた場所が都心寄りで実際の撮影場所と合っていなかったように見えたのが、少々気になりました。

MIYAMOTO Ryuji: Invisible Land
東京都写真美術館 2階展示室
2019/05/14-2019/07/15 (月休;月祝開,翌火休) 10:00-18:00 (木金-20:00).

解体中の近代建築を捉えた『建築の黙示録』シリーズ (1983-) や、阪神大震災直後の神戸の写真、 解体前の香港九龍城を捉えた『九龍城砦』シリ-ズ (1987-1993) などで知られる写真家 宮本 隆司 の個展です。 グループ展で観ることは度々ありましたが、これだけの規模の個展を観るのは久しぶりです。 廃墟的なイメージの都市を捉えた写真が多い写真家ですが、 そんなイメージとは異なる写真をあえて集めたかのような展覧会でした。

通常は出口の側から入って入口から出るという順路で、前半は「都市をめぐって」、後半は「共同体としてのシマ」という構成でした。 前半で最も数が多かったのは、経済発展する前の1980sから1990s初頭のアジアの雑然とした街を白黒で捉えた『東方の市』シリーズ (1984-1992)。 初めて観たように思いますが、廃墟的ではないですが都市の活気を捉えるというのも異なるもので、こんな写真も撮っていたのかと。 しかし、最も印象に残ったのは、ネパールの城塞都市 Lo Manthang を撮影した 『ロー・マンタン』 (Lo Manthang) シリーズ (1996)。 廃墟というより迷宮ですが、視界を塞ぐような壁というより、奥に誘うような構図が多く [関連する鑑賞メモ]、そこに『九龍城砦』と共通するものを感じました。 2000年代以降ピンホール写真の作品が増えるわけですが、 スカイツリーや電柱を撮った縦長ピンホール写真シリーズ『塔と柱』も以前に観たものより大判 (1036 mm × 約 320 mm) で、 その暗くてピントの甘い質感も含めて楽しめました。

両親出身の鹿児島県奄美地方の徳之島で、宮本は2014年に「徳之島アートプロジェクト2014」を企画しそれ、 それ以降、ルーツである徳之島についての作品を制作・発表してきているとのこと。 後半はそんな作品を集めた展示になっていました。 整然と直線的に展示された前半に対し、空間を広く取りインスタレーション的に配置された構成、 人物の存在感の薄い前半に対して、人物ポートレイト中心の後半、白黒もしくは彩度の低い前半に対して、明るい色彩が中心の後半、と 都市と自然の多い離島というテーマの違いが形式の違いとして明示されていました。 ちゃんとフォローしていなかったのですが、最近はこんな試みをしていたのですね。 畠山 直哉 が東日本大震災後に故郷の陸前高田の作品を作り出した、ということを連想しました。 この展示もそういう今の時代の雰囲気の表れなのかもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

土曜晩の話はまた後ほど。

[3740] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun May 26 20:32:48 2019

続いて、4日に静岡市内で見たストリートシアターフェスの後半です。

静岡市内
2019/5/4
『山田うんソロダンス』
5/4 14:30〜 @ レトロステージ (静岡市役所本館)
振付: 山田うん; 山田 うん (ダンス), 港 大尋 (ドラム演奏).

東京拠点で自身のカンパニーを率いて活動する振付家・ダンサーによるソロ。 途中から観ましたが、おそらく即興で、 伴奏というよりドラムの生演奏と互いに組み合うようなエネルギッシュなダンスでした。

5/4 15:00〜 @ レトロステージ (静岡市役所本館)
Régisseur: Yannick Brisset; Costumes: Mathilde Lecornu; Mise en scène: Samuel Gardès, Romain Ozenne, Alice Wood; Comédiens: Alice Wood, Romain Ozenne.

Alice Wood と Romain Ozenne によって2005年に結成された フランス・ノルマンディのルーアン (Rouen) を拠点に活動するカンパニー。 マイム、クラウン (道化) 芸、音楽などの身体芸をベースとしているようです。 ユニット名から手品技を交えるのだろうかと予想してたのですが、 木製のゴミ箱住まいのホームレス風の二人の、客弄りもオーソドックスなクラウン芸でした。

『浴槽船』
5/4 16:00〜 @ 大階段ステージ (静岡市役所 御幸通り側玄関前 大階段)
作・演出・音楽: 糸井 幸之介; 出演: 深井 順子, 日髙 啓介, 鯉和 鮎美, 高橋 義和, 澤田 慎司, 新部 聖子.

深井 順子 が2004年に結成した、作・音楽家の糸井 幸之介による「妙〜ジカル」を上演する東京を拠点み活動する劇団です。 観るのは4年前のストレンジシードに続いて。 3年前の2曲とは違う、入浴の気持ちよさをテーマにした『浴槽船』でした。 が、夕立の中での鑑賞になってしまい、雨よけに配布された大判ビニール袋が抑えることで集中が削がれてしまいました。 3年前に聞いた『サロメvsヨカナーン』がその後かなり尾を引いて頭に残って、その「妙」がわかったような気もしていましたし、 『浴槽船』の狭い世界からの話の広げ方も面白そうだっただけに、少々残念。

『モニカモニカ』
5/4 15:00〜 @ 大階段ステージ (静岡市役所 御幸通り側玄関前 大階段)
振付: 黒田 育世; 音楽: 松本 じろ; 出演: 大熊 聡美 (ダンス), 松本 じろ (ギター演奏).

東京拠点でカンパニー BATIK を率いて活動する振付家・ダンサー 黒田 育世。 踊ったのはBATIKの 大熊 聡美 でした。 松本 じろ のパーカッシヴなギターを伴奏に、長い髪だけでなく、腕で左右を払うような動きから構成されたようなダンスをエネルギッシュに踊りました。

『逆さの樹 (野外 ver.)』
5/4 17:30〜 @ 芝生ステージ (駿府城公園内 東側)
出演: 渡邉 尚; アシスタント: 儀保 桜子.

2015年に活動を始めたジャグリングを主な技とするサーカスカンパニー、頭と口 [過去の鑑賞メモ]。 活動当初は京都を拠点に、山村 佑理 との2人のユニットとして活動していましたが、 2016年の渡仏後、いろいろあったようで、現在は、渡邉 尚 とアシスタント 儀保 桜子 のユニットということのようです。 ジャグリング用のビーンバッグを使っていますが、 ジャグリングというより軟体 (コントーション) のテクニックを中心に組み立てたのようなパフォーマンスでした。

タイトルにある「逆さの樹」というより、グニャっと動く異形の動物のよう。 そんな動きの面白さもあるのですが、写真撮っていて、 ビーンバッグの配置、配置されたビーンバックとパフォーマーの間合いなど、 空間使いの巧さに気付かされました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

ゴールデンウィーク中の話、残すは5日の TACT FESTVAL。あと一息です。

[3739] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat May 25 11:23:24 2019

積み残しになっているゴールデンウィーク後半の話です。 4日に観たストリートシアターフェスティバルの前半です。

静岡市内
2019/5/4

2016年にふじのくに⇄せかい演劇祭関連イベントとして始まった野外演劇祭 ストレンジシード静岡。 5月3日にふじのくに⇄せかい演劇祭観に行ったので、 一泊して4日一日を使って観てきました。

2016年に観た時は、行われているパフォーマンスも運営も緩いイベントと感じていました。 大道芸によく出演しているパフォーマーも出演していて、まだ方向性が定まっていなかったのかもしれません。 3年ぶりに観て、出演者のラインナップも普段は劇場公演をメインとしている演劇・ダンスのカンパニーによる作家性の高い作品の上演と方向性が明確となり (対照的に、大道芸フェスティバルでは作・演出、出演などのクレジットがパンフレットに明記されることはありません。)、 そんな演劇・ダンスに合わせたステージ設定をするなど、大道芸フェスティバルとの方向性との違いはっきりしたように思います。 出演するカンパニーの野外という空間の使い方や観客との接し方に慣れ、 大道芸ほどじゃないけど観客も多くなり、 大道芸ワールドカップ in 静岡での運営ノウハウも生きて、 だいぶ成熟したストリートシアターフェスティバルになったように感じました。 大道芸ワールドカップ in 静岡 での「投げ銭方式」の採用は、少々やり過ぎではないかとも思いましたが。

夕立に降られたりもしましたが、昼前から一日野外でパフォーマンスを観て回るのは楽しいものです。 これからは、ふじのくに⇄せかい演劇祭に合わせて静岡で一泊して、 ストレンジシードも楽しみたいものです。

『グッド・モーニング』 (ストレンジシード静岡2019 ver.)
5/4 11:30〜 @ 駐輪場ステージ (静岡市民文化会館前 駐輪場)
作・演出: 三浦 直之; 出演: 望月 綾乃 ((逆)おとめ), 大場 みなみ (白子).

2009年に結成された 劇作家・演出家 三浦 直之 主宰の東京を拠点に活動する劇団です。 このカンパニーは、高校演劇の活性化のための作品シリーズ 「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校」 (通称「いつ高」) を制作してきて、 今回上演された作品は vol.6 (初演 2018/3/23, 早稲田小劇場どらま館) にあたります。 皆が登校する前の早朝の高校の駐輪場を舞台に、 不登校ながら夜に密かに学校に来ている“(逆)おとめ” と、早朝に登校してきた“白子”の2人の ぎこちないやりとりをユーモラスに描いた1時間弱。

終演後に『グッド・モーニングの脚注』というリーフレットを配布していて、 ある程度の文化的コンテテキストを前提とした作品作りをしているよう。 そのコンテキストを共有している人にとっては、いわゆる「あるあるネタ」なのかもしれませんが、 自分にとってはむしろ今まで接点の無かった異文化世界を覗くようで、 それはそれで興味深く観ることができました。

5/4 12:00〜 @ 芝生ステージ (駿府城公園内 東側)
振付: 康本 雅子; 脚本: 柴 幸男; 出演: 石倉 来輝, 小山 薫子.

2009年に結成された 劇作家・演出家 柴 幸男 主宰の東京を拠点に活動する劇団 ままごと と、 京都を拠点に活動するダンサー・振付家 康本 雅子 のコラボレーションで、 出演した2人は ままごと に新加入したという俳優の2人です。 無題、もしくは『無題』というタイトルの作品のようです。 クレジットに脚本とありますが、ほとんどセリフらしい台詞はありませんでした。 暗黒舞踏的な土俗的でグロテスクな動きと、むしろ、それとは対照的な都会的なポップさが同居したよう。

Mt.Fuji
『プールサイド』
5/4 13:00〜 @ 水上鏡池ステージ (静岡市役所 駐車場上広場)
出演: 中川 晴加, 中村 ひより, 永田 茉彩, 竹田 浩子, 大久保 亜子, 秋山 実優.

Mt.Fuji は2016年に静岡にて 秋山 実優 と 吉田 燦 によって設立されたダンスカンパニー。 今回上演した作品は2017年のストレンジシード静岡で出会った大阪、東京、静岡のダンサーによるコラボレーションとのことです。 噴水池をブールとしてはしゃぐ様をそのままダンスとしたような微笑ましい作品でしたが、 1934年竣工の市庁舎本館という趣のある建築の庭というロケーションの良さに、そんなパフォーマンスが似合う青空という、 地の利時の利を得て、楽しめました。

いいむろなおき と 静岡ストレンジシーズ
『スはストレンジのス』
5/4 14:00〜 @ 東御門から芝生ステージ (駿府城公園内 東側)
作・演出・構成・振付: いいむろなおき; 演出助手: 田中 秀彦; 出演: 五十嵐 優, 石川 大貴, 磯野 静江, 采 優里, 岡本拓也, 薫, 木村 直樹, 桑原 彩, コータロー, すずや (from suzuyacamera), 友野 翔太, にっしーな, 平石 祥子, みあ, 森岡 孝仁, 森園 まっほー.

フランスでマイムを学び、1998年から関西拠点で自身のカンパニーを率いて活動するいいむろなおき [過去の鑑賞メモ]。 今回は上演したのは、ストレンジシードのために静岡で出演者を公募し制作した作品とのこと。 実際のところは、出演者は日本全国から集まっていたようです。 前半は、黒帽子に革ハード鞄というお約束のストレンジャーの いいむろなおき と マイムパフォーマーが操る 段ボール製のロボット が遭遇し、 驚いたりしながら移動していくというもの。 移動の多さもあってか、マイムというより、段ボールロボットの寸劇付きパレードのよう。

芝生ステージに移ってからは、段ボールロボットは休ませて、 群衆とその中で匿名的で記号的な出で立ちなのに浮いてしまうストレンジャー、という状況を演じてみてていました。 公募で集めた出演者による野外での作品ということで、 個々のマイム的な動きの精度というより、大人数の配置とおおまかなポーズで物語っていくよう。 そんな演出が巧みで、面白く感じました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

後半の話は、また後ほど。

[3738] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue May 21 23:55:27 2019

先の週末の土曜の話ですが、三週連続週末に池袋西口へ。この舞台を観てきました。

Anne Teresa De Keersmaeker, Jean-Guihen Queyras / Rosas
東京芸術劇場 プレイハウス
2019/05/18, 15:00-17:10.
Choreography: Anne Teresa De Keersmaeker
Cello: Jean-Guihen Queyras
Created with and danced by Boštjan Antončič, Anne Teresa De Keersmaeker, Marie Goudot, Julien Monty, Michaël Pomero
Johann Sebastian Bach: 6 Cello Suites, BWV 1007 to 1012
Costumes: An D'Huys; Dramaturgy: Jan Vandenhouwe; Sound: Alban Moraud; Lighting design: Luc Schaltin.
Production: Rosas.
World Premiere: 26 August 2017, Ruhrtriennale.

ベルギーのダンスカンパニー Rosas の2年ぶりの日本公演は2演目は バロックの名曲 J. S. Bach: Cello Suites, BWV 1007-1012 全6曲で踊る約二時間の作品。 Anne Teresa De Keersmaeker 自身も含めて5人のダンサーで踊る作品ですが、 独奏曲なので A Love Supreme [鑑賞メモ] のようにパート毎にダンサーを割り当てるのではなく、 曲毎にダンサーを割り当てるような作品でした。

舞台は cello 奏者の座る丸椅子に、舞台下手に床マーキング用のビニールテープが用意されているだけの、幕も美術も無い剥き出しの舞台で、 照明も4曲目までは白いフラットなダウンライトで舞台全体を照らすという、ミニマリスティックな演出。 曲間に床にビニールテープで目印らしきものをマーキングしている所を見せ (席からはどのような図形を描いていたのか見えませんでした)、 各曲の初めに Keersmaeker が舞台前方で客席に1から6の何曲目かを指で示し、後ろの壁にこれから演奏される曲の BWV (J. S. Bach の作品目録) 番号が控えめの白文字で投影した後、 cello の生演奏に合わせてダンスを踊るというという構成でした。

最初の4曲 (BWV 1007-1010) では、曲毎に Michaël Pomelo, Julien Monty, Marie Goudot, Boštjan Antončič の順で踊っていきます。 基本的にソロでですが、途中で Keersmaeker が出てきて、 両手を合わせて突き出すような動き、腕を小さく振りながら小刻みに跳ねるような動きなど、 全曲に共通するような主題とでもいうダンスを示すように踊ります。 全て同じダンスを踊るわけでなく、位置関係を変えたりと、曲毎に変奏されていく部分もあります。 4曲目以外では2人は組むことはなく距離を保ちつつ、しかし、完全に独立というほどでも無く。 最初の Pomelo はジャンプ多めのダイナミックな動きに感じましたが、 続く Monty、Goudot と Rosas らしい性別を感じさせない精緻な動き。 しかし、4人目の Antončič はのたうち回るような動き。それも、曲が終わった後も無音の中でフロアを転げ回り5曲目 (BWV 1011) が始まるまで息を切らせて倒れ込んでいました。 こういう演出は Rosas ではしては珍しいな、と。

5曲目の頭少し Antončič が絡んだ後は、ダンス無しの cello のソロ。 照明も闇に沈んだ舞台の中で cello を弾く Queyras に下手横からスポットライトを当てるようなもの。 そのまま演奏だけかと思いきや、4曲目までと同様に途中から Keersmaeker が出てきて、 ソロで4曲目までで見せたようなダンスを踊り出しました。 半ば闇の中のダンスですが、4曲目までの反復もあって気配だけでも見えるよう。 時々ライトの中に浮かび上がる Keersmaeker の踊る姿も美しく、 ここを見せるために、4曲目までがあったのかと思うほどでした。

そして最後の6曲目 (BWV 1012) は5人揃っての大団円。照明は多少の変化はあるものの舞台全体を照らすフラット気味なものに戻り、 並んで歩いたり、渦巻くように走ったりと、Rosas らしいフォーメーションも交えつつ、 ダンサー全員が床に伏せた状態で cello の演奏を聴かせるような場面も印象に残りました。

Queyras は6曲目こそ舞台奥中央で演奏しましたが、他は舞台の中程で曲毎に椅子の位置と向きを変えて演奏しました。 4曲目以降、途中で演奏を中断して無音でダンサーに踊らせるような場面もあった程度で、 生演奏といってもダンサーに合わせた即興的な演奏も無く、 動き回ったり (一回、曲の途中で向きを変えた程度)、ダンサーが絡んだりすることも無く、端正な演奏。 しかし、背後にダンサーが回った時以外ずっとダンサーを見て演奏していたのも印象的。 音楽をダンスで可視化しているのでは無く、ダンスを楽譜に演奏しているように錯覚するようでもありました。

Jean-Guihen Queyras は Baroque から現代音楽までレパートリーの広い cello 奏者です。 フランスの現代音楽のアンサンブル Ensemble InterContemporain の一員としてだけでなく、 Thrace: Sunday Morning Sessions (Harmonia Mundi / Latitudes, HMC 902242, 2016, CD) [鑑賞メモ] のような録音も残しています。 彼の生演奏を聴くことも、この公演の楽しみでしたし、期待に違わず楽しむことができました。 しかし、Thrace: Sunday Morning Sessions の編成や、 もしくは現代音楽メインのプログラムのコンサートで、Queyras の演奏を聴いてみたいものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3737] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed May 15 23:45:04 2019

ゴールデンウィーク後半、3日は昼前に静岡入り。 新静岡近くの路地裏で見つけたイタリアンでゆっくりランチをしてから、東静岡へ移動。 ふじのくに⇄せかい演劇祭 2019 の後半プログラムで、これらの舞台を観ました。

Robert Softly Gale
静岡芸術劇場
2019/05/03, 13:30-15:30.
Written and directed by Robert Softly Gale.
Music and lyrics by Richard Thomas and award-winning partnership Scott Gilmour & Claire McKenzie.
Richard Conlon (Ian), Christopher Imbrosciano (Chris), Natalie MacDonald (Nat), Katie Barnett (Amy), Neil Thomas (Grant), Shannon Swan (Gillian), Gail Watson (Sheena), Alex Parker (Alex).
Writer / Director: Robert Softly Gale; Music & Lyrics: Richard Thomas; Additional Music: Claire McKenzie; Additional Lyrics: Scott Gilmour; Choreographer: Rachel Drazek; Dramaturg / Creative Producer: Mairi Taylor; Musical Director: Alex Parker; Performance Interpreter / BSL Translation: Natalie MacDonald; Set & Costume Designer: Rebecca Hamilton; Lighting Designer: Grant Anderson;
A Bird of Paradise and National Theatre of Scotland co-production.
Premier: Assembly Roxy, Edinburgh Fringe 2018, August 2018.

ミュージカルというジャンルには疎く、 Edinburgh Fringe 2018 での評判が良さげだった という程度の予備知識しかありませんでしたが、演劇祭のセレクションを信頼して観てみました。 スコットランド・アマチュア演劇協会のコンテストのでの優勝を狙うアマチュア劇団が、 「社会的包括」に取り組むことでの得点を狙って、Daniel Day-Lewis が脳性麻痺の主人公を演じきった映画 My Left Foot (1989) のミュージカル化に取り組む様をミュージカルとした作品です。 元ネタの映画は観てませんが、知らなくても楽しめる内容です。 脚本・演出の Robert Softly Gale 自身も、脳性麻痺を持つことで劇団の雑役から主役になる Chris を演じた Christopher Imbrosciano も、実際に脳性麻痺を持っているとのこと。 かなり風刺の効いたコメディ仕立てのメタ・ミュージカルでした。

正直に言えば、どこまで演技・演出なのは測りかねるアマチュアっぽい演技に前半は入り込みづらいものがあったのですが、 休憩を挟んで後半になると次第にそれにも慣れ、むしろ、演劇における社会的包括についての議論をユーモアの込めて舞台の上で見せていくよう。 ユーモアと言っても大笑いさせるものではなく、妙に琴線に触れるものがあり、観ていて思わず涙してしまいました。 各登場人物のダメな所を、他罰的に扱うのではなく、変に肯定的に愛でるようなこともせず、 自虐的なユーモアを感じさせつつ比較的フラットに扱っているように感じられたからでしょうか。

駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
2019/05/03, 18:45-20:45.
上演台本・演出: 宮城 聰; 作: Victor Hugo; 翻訳: 芳野 まい.
音楽: 棚川 寛子; 振付: 太田垣 悠; 照明デザイン: 大迫 浩二; 衣裳デザイン: 駒井 友美子; 美術デザイン: 深沢 襟; ヘアメイクデザイン: 梶田 キョウコ.
出演: 美加理 (ドニャ・ルクレチア), 阿部 一徳 (九平太), 大内 米治 (ゼンナロ), 大高 浩一 (在本蔵), etc.

演劇祭のディレクターでもある 宮城 聰 の新作は、 オペラ化もされた Victor Hugo の戯曲 Lucrèce Borgia (1833) に基づくもの。 元はルネサンス期15世紀から16世紀にかけてのイタリアを舞台とした戯曲ですが、舞台を日本の戦国時代に移して大幅に翻案していました。 野外の劇場を使い、歌舞伎や浄瑠璃に着想したような衣装や振る舞いに、打楽器を中心とした音楽、という演出は相変わらず。 しかし、エンディングの舞台となる茶屋での宴というのは戦国時代というより花魁風の衣装にしても江戸時代のようだったりと、 翻案の設定が合わないように感じられ、作品世界に入り込むことが難しかったです。 第一幕と第二幕て舞台を転換するのではなく野外劇場を2つ作って観客を移動させるということをしたのですが、 それも作品世界に入るのを邪魔したようにも感じました。

うまく作品世界に入り込めなかったので、演出家が見出した日本の戦国時代との類似点に納得というよりも、 むしろ、戦前日本のブルジョワ資産家一家の話にして、戦の話は株屋の仕手戦の話あたりに置き換え、 1920-30年代の松竹がメロドラマ映画に仕立てても違和感無さそう、思いながら見ていました。 特に、ドニャ・ルクレチアとゼンナロの関係など、いかにも母子物のメロドラマだなあ、と。

「有度」のような山中の緑を借景できる野外劇場を持っていることもあってか、 宮城 聰 / SPAC は奥行きのある空間使いが上手いという印象を持っていたのですが [関連する鑑賞メモ]、 第一幕、第二幕共に空間の奥行き方向を殺すかのような舞台を作っていたのが、とても気になりました。 第一幕では第二幕で使う劇場との仕切りの壁を背にして、 第二幕では屏風のような可動式の衝立を立ててその前で演技をくり広げるという演出をしていました。 ラストシーンでは、衝立越しに見える公園の木々をライトアップして浮き上がらせたりはしていましたが、 奥行き方向の広がりを感じさせるようなものではありませんでした。 第一幕第二幕共に奥行きを殺していたので、それも演出家の意図なのだろうとは思うのですが、 折角の野外なのに奥行き方向を殺して空間を狭く使っているようで勿体無く思いました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この日は静岡で一泊。というわけで、地酒の充実した赤提灯で飲んで過ごしたのでした。 梅丸という志太泉の純米酒仕込みの梅酒が飲めたのが収穫。 日帰りではなく一泊すると、心理的にも余裕が出来て、楽しめます。 演劇祭や大道芸で静岡に行くときは、一泊するくらいの余裕を持ちたいものです。

[3736] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun May 12 20:46:00 2019

ゴールデンウィーク後半は、ふじのくに⇄せかい演劇祭、ストレンジシード静岡に TACT FESTVAL と、いろいろ観たのですが、 それはついては後にすることとして、今週末の話を。 土曜の午後は池袋西口へ。このコンテンポラリーダンス公演を観てきました。

Salva Sanchis, Anne Teresa De Keersmaeker / Rosas
東京芸術劇場 プレイハウス
2019/05/11, 15:00-16:00.
Choreography: Salva Sanchis, Anne Teresa De Keersmaeker.
Danced by José Paulo dos Santos, Robin Haghi, Jason Respilieux, Thomas Vantuycom
Original version created in 2005 with Cynthia Loemij, Moya Michael, Salva Sanchis, Igor Shyshko.
Music: John Coltrane: A Love Supreme. Recording: John Coltrane (tenor saxophone, vocals), McCoy Tyner (piano), Jimmy Garrison (bass), Elvin Jones (drums).
Lighting design: Jan Versweyveld; Revised lighting design: Anne Teresa De Keersmaeker, Luc Schaltin; Costumes: Anne-Catherine Kunz.
Coproduction: Rosas, De Munt/La Monnaie (Brussels).
World premiere: 23.02.2017, Kaaitheater (Brussels).

ベルギーのダンスカンパニー Rosas の2年ぶりの日本公演は2演目が予定されていますが、 まずは、1960年代モダン・ジャズの名盤 John Coltrane: A Love Supreme (rec. 1964; Impulse!, 1965) を踊るというこの作品。 Rosas がジャズのレコードを使って踊ると言えば、 過去にも Miles Davis: Bitches Brew (Columbia, 1969) を使った Bitches Brew / Tacoma Narrows (2003) [鑑賞メモ] がありますが、 その作品でダンサーとしてだけでなくDJとしても活躍していた Salva Sachis が、この作品では振付としてクレジットされています。

Thomas Vantuycom が saxophone、Robin Haghi が piano、Jason Respilieux が bass、José Paulo dos Santos が drums と、 カルテットの各パートの演奏に4人のダンサーがそれぞれ関係付けられていて、 まるで各パートの演奏やパート間の関係によって動きが構成されたダンス作品でした。 まず、無音の状態で saxophone 役の Vantuycom が20分近くソロで踊った後、 A Love Supreme を編集することなく、4部構成そのまま流して踊りました。 Bitches Brew / Tacoma Narrows の時のように映像をくみあわせたりすることなく、 舞台美術の無いむき出しの舞台を使い、ライティングだけのミニマリスティックな演出だったので、 作品の基本的な構成がそのまま提示されるような、わかりやすい作品になっていました。 音楽をメインに据えたミニマリスティックな演出など Rosas らしいのですが、 その一方で Rosas にしては意外なと思うような事が多い作品でした。

動きは、リズムというか音の時間的な分節に合わせて動きの分節して合わせるような単純な「音ハメ」ではなく、 モードの音階の行き来やソロや伴奏などのパート間の関係性を、手先足先の動きや立ち位置などに置き換えていくようなものでした。 しかし、即興のベースとなる主題を提示する時に4人がユニゾンするように踊ったり、 ストリートダンス的なイデオムを使う的もあってか「音ハメ」的に動くように見える時もありました。 カッチリしたものではなく緩やかなものとはいえ、 以前であれば排されていたように感じたユニゾンや「音ハメ」もある程度許容しているように見えたのは意外でした。

また、音楽の構造を可視化していくようなダンスだったので、 各パートの役割分担というか、ヒエラルキーのようなものも可視化されてしまったようにも感じました。 あくまでも、主役は saxophone。 リズム隊はバッキングで、piano こそそれなりに目立つ動きをするものの、 ソロを取るときでも無ければ bass や drums は後ろの方で同じような動きで踊っていたり。 1960年代に入って、特にフリー・ジャズ以降、ジャズにおいても各パートの役割が流動的な作品が増えていくわけですが、 Coltrane がフリー・ジャズへ踏み込んでいく直前の A Love Supreme を音楽に選んた時点で、これは致し方無かったのかもしれません。 しかし、ダンサー間にバレエ的なヒエラルキーが感じられないというのも Rosas の特徴だと感じていただけに、 この点についても意外に感じました。

2005年に最初に制作したときは男女混成で踊ったようですが、この2017年の完成版は男性ダンサー4人。 その力強い動きは John Coltrane Quartet の迫真の演奏に負けていませんでしたが、 当時のジャズが持っていた男臭さ、マッチョさをも可視化してしまったようにも感じてしまいました。 クラッシック/現代音楽で踊っているときの Rosas は、性別に対してニュートラル、もしくは、 男性が踊っていても少々フェミニンに感じていたので、そういう面が見られたのも意外でした。

Rosas にしてはかなり意外に感じられた作品でしたが、楽しめなかったわけではありません。 特に Part III - Pursuance の冒頭、drums のソロに合わせて José Paulo dos Santos がソロで踊る様子を、残り3人が袖で見ている所から、 saxophone が主題を吹き出すところから3人が飛び込んで4人でユニゾンで踊りを決め、 続いて4人が思い思いの動きに散開していくような展開は、 このアルバムの格好良さを思いっきり可視化して見せ付けられたようでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

ゴールデンウィーク後半の話を書いてから、などと言っていたら、追い付けなくなりそうなので、一旦リセット。 後で少しずつ更新したいと思います。

[3735] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun May 12 19:35:03 2019

ゴールデンウィーク中盤、30日から5月1日にかけては、本降りの雨。 仕事したり、大学時代の友人と飲んだりしましたが、後半に備えて体力温存モード。 天気の回復した2日午後に表参道に出て、このVR作品を体験してきました。

スパイラルガーデン
2019/05/02, 13:40-14:10.

“a contemporary dance piece in immersive virtual reality” 「没入型仮想現実におけるコンテンポラリーダンス作品」 と謳った作品を体験するイベントがあったので、 カンパニーや制作した団体に関する予備知識はありませんでしたが、どんな感じか体験してきました。 Gilles Jubin はスイス・ジュネーブを拠点にコンテンポラリーダンスの文脈で活動するダンサー・振付家で、 同じくジュネーブを拠点とするモーションキャプチャ技術を専門とする非営利団体 Artanim とのコラボレーションということです。

観客最大5人一組で体験する作品で、観客はヘッドマウントディスプレイとヘッドホンだけでなく、 手の甲と足の甲にマーカーを装着し、計算機を背中に背負って、没入型VRの世界で作品を体験します。 最近ではスマートフォンベースの簡易な没入型VRも普及してますが、少々物々しい機材を使っていました。 観客は席に座ってじっと鑑賞するのではなく、8 m × 5 mのスペースを動き回りながら鑑賞します。 モーションキャプチャで撮影したダンサーの動きがVRの世界の中でアバターの動きとして動くだけでなく、 観客のアバターもVR世界に登場し、鑑賞中の観客の動きもアバターの動きとなります。 ただし、ヘッドセットなどの制約もあって踊るような動きは難しく、また、VR中のダンサーとインタラクションすることは無いため、あくまで傍観者という感じです。

始まりは晶洞 (ジオード) の中のような空間。 何者かが晶洞の覆いを取り除くと、半砂漠のような風景の中で見上げるような巨人たちに取り囲まれます。 やがて、大きなガラス窓を持つモダニズム様式の住宅が被せられ、その室内や窓の外でダンスが繰り広げられます。 この時のダンサーは等身大で、次いで、指先程の小人のようなダンサーが踊るのを見ることになります。 最後は周囲は街中にある広めの公園の中のような場所になり、公園のあちこちで等身大のダンサーが踊るのを見る事になります。 やがて、最初に出てきた巨人たちが現れ、晶洞を被されて、作品は終わります。

2ヶ月前に Digital Choc 2019 でもVR作品を体験していたので [鑑賞メモ]、 アバターや周囲の空間に作家性の高い「絵」が用いられず、 FPS (First Person Shooting) / TPS (Third Person Shooting) で用いられるような 比較的リアリズム寄りの表現だったことは物足りなく感じましたが、 ダンス的な人の動きに焦点を当てるという点ではこれも妥当な選択でしょうか。 感情を発露するというより空間に描くような動きのダンスはVRと相性も良く、 そして、鑑賞者とダンサーのスケールを相対的に変えて見せるという所にVRならではの面白さがありました。

Director, Choreography: Gilles Juban.
Music: Franz Treichler (The Young Gods); Stage set: Sylvie Fleury; Costumes: Jean-Paul Lespagnard.
Dance: Susana Panadés Dias, Martin Roehrich, Gilles Jobin.
Production: Cie Gilles Jubin.

しかし、VR_I より惹かれたのは、 会場の一角で液晶ディスプレイ上映されていた Cie Gilles Juban の3Dダンス映像作品 Womb

狭い空間の中、女性1名、男性2名のダンサーが空間バズルを解くが如く踊るのですが、 3D映像とすることで狭い空間の中の立体的な位置関係が際立って面白く感じました。 この狭い空間は子宮 “Womb” を暗喩していたようですが、それはさほど感じられず、 むしろ、第二次大戦後20世紀中盤のモダンデザインを思わせるカラフルな舞台美術と衣装。それも好みでした。 音楽は The Young Gods の Franz Treichler ですが、いわゆる Industrial / EBM な音ではなく、グリッチ音を多用した Electronica。 観ている途中、20歳前後の女性二人組がやってきて「プチプチいう音が気持ち悪い」と言って去っていったのに、妙にウケてしまいました。

この2作品を観た後に、表参道を原宿方面へ移動。この展覧会を観てきました。

Jesús Rafael Soto
Pénétrable BBL Bleu
Espace Louis Vuitton Tokyo
2018/12/07-2019/05/12, 12:00-20:00 (臨時休業、開館時間変更はウェブサイトで告知).

ベネズエラ生まれでパリを主な拠点に活動した、20世紀後半のキネティック・アートの文脈で知られる作家です。 細いPVC (塩化ビニール) チューブを沢山垂らした中を掻き分け歩いて体験するインスタレーション Pénétrable を最初に制作したのは1967年だそうですが、 この青い作品は1999年の自身の回顧展のために制作したものとのこと。 シンプルながら、ビジュアルが美しくミニマリスティック。 観客の楽しみ方も多様で、やっぱり良い作品です。

以前、Comme des Garçons 青山店で Pénétrable を体験したのはいつだったか、と思ったら、1996年だった [鑑賞メモ]。 もはや四半世紀近く前。時間が経つのは早いものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3734] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat May 11 12:20:38 2019

ゴールデンウィク三日目の29日は、午前中には千葉県というか下総の佐倉へ。 佐倉市の南郊、北総台地の中にある美術館でこの展覧会を観てきました。

Collage & Montage by Joseph Cornell
DIC川村記念美術館
2019/03/23-2019/06/16 (月休;4/29,5/6開;4/30,5/7休), 9:30-17:00.

戦間期の1930年代から戦後1960年代にかけて活動したアメリカ・ニューヨークの美術作家 Joseph Cornell の コラージュ作品、「箱」として知られるアッサンブラージュ作品、実験的な映画作品など国内美術館の収蔵作品を一挙に集めた展覧会です。 Cornell の箱のアッサンブラージュ作品は国内にもコレクションがそれなりにあって観る機会はあったけれども、 これだけまとめて観たのは初めて。

アメリカにおけるシュールレアリズムの文脈に乗る作家ですが、戦後芸術のトレンドに乗らずに独自の作風で作品を作り続けていたと知られますが、 こうしてまとめて見ると、1950年代には抽象表現主義的なテクスチャ感が現れ、1960年代にはコラージュにポップアートに通じる素材が使われるなど、時代から孤立していたわけで無かったと気づかされました。

コラージュ作品をまとめて観たのは初めてでしたが、 その初期1940年代のものなど Max Ernst の影響が感じられるとはいえ、本業だった雑誌デザインに近いものがあり、 シュルレアリズム的な悪夢感が感じられないのも特徴でしょうか。 鳥をモチーフにした箱のアッサンブラージュ作品にしても、 バレリーナと交流がありその写真をもらって作成したコラージュ作品も、私的に可愛らしく美しいものを集めて愛でているような。 また、モンタージュに基づく映像作品でも、通りで遊ぶ子供たちの映像が多用されていて、その視線にも優しいもの。 そんな毒気の無さも Cornell の個性なのだろうと感じた展覧会でした。

DIC川村記念美術館まで足を運んだのも、久しぶり。 この美術館は抽象表現主義を中心とした20世紀美術のコレクションも充実してるのですが、 緑に包まれたガラス張りのギャラリーに展示された Cy Twombly [鑑賞メモ] の部屋や、 その下の薄暗い瞑想的な Mark Rothko [鑑賞メモ] も久々に堪能しました。 正直に言えば、Cornell より Twombly や Rothko の方が好みです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

昼には無料の連絡バスで旧佐倉城趾にある国立歴史民俗博物館へ。 今年3月に先史・古代展示がリニューアルオープンしたということで、 どうなったかという興味もあって足を延ばすにしました。 しばらく前に通勤中の読書で、藤尾 真一郎 『弥生時代の歴史』 (講談社現代新書, 2015) と 山田 康弘 『縄文時代の歴史』 (講談社現代新書, 2019) という 国立歴史民俗博物館での研究がベースとなった新書を読んだということもあり、 これらに書かれていたようなことが、どのように展示に反映されたのかという興味もあったのでした。 5月3日には新書の著者2名もギャラリートークに登場したのですが、この日は既に別件を入れていたので、断念。 新書を読んでいたので逆に新鮮味はありませんでしたが、人形を使った生活再現のリアルさなど楽しめました。

しかし、国立歴史民俗博物館の展示は縄文、弥生だけではありません。 第1展示室「先史・古代」は旧石器、縄文、弥生、古墳、古代をスコープとしていて、その1コーナー程度。 さらに、第2展示室「中世」、第3展示室「近世」、第4展示室「民俗」、第5展示室「近代」、第6展示室「現代」、さらに企画展示室A, Bがあります。 到底、午後半日の2〜3時間で観て回れるボリュームではありませんでした。 なんとか「中世」までは観ましたが、「近世」「民俗」は駆け足で通り抜けて、「近代」「現代」は展示室に入る時間すらありませんでした。 DIC川村記念美術館に行くなどに足を伸ばして、少しずつ観ていきたいものです。

しかし、ゴールデンウィーク中ということで混雑していました。 往路は東京駅からDIC川村記念美術館へ直行する高速バスを利用したのですが、満席。 DIC川村記念美術館と国立歴史民俗博物館を結ぶバスは、満席どころか立つ客もラッシュ並み。 展示室はそれほど混雑した印象は受けなかったのですが、 どちらのレストランも昼食時の待ち時間が30分以上という感じでした。うーむ。

[3733] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue May 7 0:28:17 2019

ゴールデンウィーク二日目の28日日曜は、午後に横浜へ。この展覧会を観てきました。

横浜美術館
2019/04/13-2019/06/23 (木休;5/2開;5/7休), 10:00-18:00 (金土 -20:00).

横浜美術館が開館30周年記念として開催しているコレクションに基づく展覧会です。 年代順に展開を追うようには構成されておらず、 ゲストのアーティストとして束芋, 浅井 裕介, 今津 景, 菅 木志雄 を迎え、 この4人によるコレクションではない最近の作品をテーマ代わりに据えて、 コレクションをゆるく関連付けて展示していました。 この構成にピンとくるところがあったわけではないですが、 これだけまとまった形でコレクションを観るのは初めて。 以前から写真のコレクションが充実していると思っていましたが、 Salvador Dali の三対幅 “Fantastic Landscape – Dawn, Heroic Noon, Evening” (1942/43) など シュールレアリズムのコレクションが充実していたことに、この展覧会で気付きました。

ゲストの4人のアーティストの中では、やはり 菅 木志雄 [鑑賞メモ] の作品が最も好みでした。 「モノからはじめる」というテーマでギャラリーが設定されていて、 戦間期 Avant-Garde の抽象絵画と「もの派」を繋ぐような構成で、 全体に占める作品数は少なめでしたが、シンプルにすっきり空間を構成して見せる作品は良いです。

Takehito Koganezawa: Naked Theatre
KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
2019/04/14-2019/05/06 (会期中無休), 10:00-18:00.

1990年代から活動する作家ですが、グループ展などで観たことがあるかもしれませんが、作家を意識して観るのはこれが初めてです。 パフォーマンス等に利用される KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ を使い、劇場設備として既設の照明装置やスモークマシーン、客席用足場などを駆使したインスタレーションでした。

コンセプトは「むき出しとなった劇場を顕在化」とのことのようでしたが、 ミニマリスティックに光とスモークなどを即物的に体験させるというほどではなく、 半ば抽象的な舞台背景を思わせる文字が書かれ穴が開けられたパネル2組と 客席用足場2つが互いに対面するように立てられていて、天井はネオンサインが仕掛けてあり、中央のスペースは舞台のよう。 特にナラティヴな仕掛けは感じられませんでしたが、 足場に座ってスモークが吹き出、照明が点滅する様子を観ていると、 パフォーマンスが始まるところを待っているよう、 もしくは、パフォーマーは見えないけれども気配だけのパフォーマンスを観ているよう。 そんな体験が面白いインスタレーションでした。

楽屋というかドレッシングルームも会場として使われ、液晶ディスプレイを使ってビデオ作品が上映されていました。 鏡の周りの電球が全て点灯されている所などはインスタレーションとしての演出なのでしょうが、これが通常の使用状態のよう。 そこで上映されていたビデオ作品は、 スタジオや劇場のエスカレータで踊り歩き回る足元を画面半分で捉えた映像にそれを上下反転したものを残りの画面で繋げたようなものでしたが、 そこで上映されていることの妙のようなものは感じられませんでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

展覧会の後は、友人と伊勢佐木町というか長者町のロシア料理店 МИФбар へ行ってきました。 以前から、桑野塾方面の知り合いから「料理、特に黒パンが本格的」と聞いて行きたいと思いつつきっかけが無かったのですが、 全く違う文脈の友人から誘われたので、これは良い機会と。 元々、スナックかバーのような店を居抜きしたような内装の店でしたが、確かに料理は本格的。 一階はバーカウンターになっているので、一人でもふらりと生きやすそうです。 劇場や美術館のあるエリアからは少々離れてはいますが、時々は足を運びたいものです。

[3732] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Fri May 3 1:19:36 2019

ゴールデンウィーク初日の27日土曜は、日帰りで静岡へ。 ふじのくに⇄せかい演劇祭 2019 の初日に、まずはこの舞台を観ました。

静岡芸術劇場
2019/04/27, 13:00-14:00.
Conception, mise en scène et scénographie de Yoann Bourgeois
Yurié Tsugawa [津川 友利江], assistante artistique; Jérémie Cusenier, lumières; Sigolène Petey, costumes; Antoine Garry, son; Yves Bouches et Julien Ciadella, conception et réalisation de machineries; Bénédicte Jolys, conseils scénographiques Albin Chavignon, régie générale,
Avec: Mehdi Baki, Valérie Doucet, Damien Droin, Olivier Mathieu, Emilien Janneteau, Florence Peyrard et Lucas Struna
Production: La Scala Paris – Les Petites Heures
Première: La Scala Paris, 11 septembre 2018.

コンテンポラリー・サーカスとコンテンポラリー・ダンスの両方をバックグラウンドに持ち、 CCN2 - Centre Choreographique National de Grenoble の芸術監督を務める Yoann Bourgeois が、 パリに2018年に開館した劇場 La Scala Paris の杮落し公演として初演した作品です。

大きく3段となったステージに、その中央に階段が設けられていて、 中段の上手に玄関風のドア、その上段にはベッドが置いてあってベッドルーム風。 中段の下手には食卓風テーブルに椅子が2脚と少し離れて1脚、クローゼットがあって、壁には額が3枚かけられ、 隣室に繋がってそうなドアがあるという、ヨーロッパのアパートメントを思わせる舞台です。 中段の後方にはトランポリンが置かれ、さらに床や壁のあちらこちらに隠し扉が設けられていて、 テーブルや椅子は内蔵のワイヤを緩めると崩折れる構造で、これらがトリッキーな動きに活用されていました。 Arts du cirque と謳っていますが、分かり易く高難度な技の見せ場あったり、 演劇的に明確なストーリーがあったりすることはなく、少々抽象度の高くイメージを繋げていくようでした。

以前に動画で観た The Mechanics of History (Panthéon, Paris, 2017-10-14) [YouTube] で使われていた、自然に倒れ落ちてトランポリンの反動でまるで時間を逆回転したかのように戻ってくる動きが、この作品でも多用されていました。 もちろん生で観るこの動きは面白く、終盤近くの中央の階段の上方から男性4人のパフォーマーが 左右のトランポリンに落ち戻ってくる動きなどは、ダイナミックで見応えもありました。 しかし、椅子やテーブルと共に崩折れ、這いずり、床や壁に (隠し扉を使って) 吸い込まれていくような動きが多用されていて、 それが日常が溶解していくようなシュールさを生み出していました。 特に中央の階段を解け流れるように背中や尻を巧みに使って降りていく場面が、面白く感じられました。 特にそのような場面では、2人の女性パフォーマー、崩折れる様も見事な Valérie Doucet と、さりげなく軟体技を使う Florence Payrard の動きに目が止まりました。

舞台装置が暗示するような日常の生活空間が、ぼんやりとした不安や不穏の中で、 そこに同居する人々の日常がうっすらとした悪夢のようになっていくよう。 そんなシュルレアリスティックなイメージを思わせるパフォーマンスが楽しめました。

Medea and its Double
静岡県舞台芸術公園 屋内ホール「楕円堂」
2019/04/27, 15:30-17:00.
Directed, conceived and translated by LIMB Hyongtaek. Original text by Euripides.

ギリシャ悲劇に基づく韓国のカンパニーによる作品です。 原作に忠実、というほどではなく、特に主役の Medea を二人一役にして子殺しをする Medea の二面性を描くことを狙ったという演出がされていました。 セリフが主導するストレートプレイというより、歌や踊りを多用して様式的に物語る演出は良いのですが、 肝心の二人一役については、主に演じる側が固定されていたせいか、あまり二重に感じられませんでした。 感情を強く表出させるような演技というのも、自分には少々苦手に感じられてしまいました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

この日の静岡は昼から傘が役に立たないような土砂降りの雷雨。 17時頃に終演して楕円堂から出たら晴れていましたが強烈な冷え込みでした。 今年もパスポートチケットが手に入らなかったので、 晩の野外劇場「有度」での 宮城 聰 演出 の『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』は 2015年にも観ていると、見合わせたのですが、 そうしてよかったのかもしれません (酸っぱい葡萄)。

[3731] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Apr 21 17:50:35 2019

今週末の土曜の午後は上野公園へ。この展覧会を観てきました。

Le Corbusier And The Age Of Purism
国立西洋美術館 本館
2019/02/19-2019/05/19 (月休;3/25,4/29,5/6開;5/9休) 9:30-17:30 (金土-20:00).

国立西洋美術館開館60周年記念ということで、本館を設計したフランスのモダニズムの建築家 Le Corbusier こと Charles-Édouard Jeanneret が開催されています。 それも、彼が第一次大戦終戦後1918年から1925ばにかけて推進した芸術運動 Purism に焦点を当てた展覧会です。 Le Corbusier の建築展は観たことがありますが [鑑賞メモ]、 戦間期の Purism やその絵画作品に焦点が当たったものを見たり読んだりしたことが無かったので、新鮮に観ることができました。

Charles-Édouard Jeanneret 名義で描いた Purism 絵画はもちろん、 機関誌 L'Esprit Nouveau (1920-1925) の共同発行人で Purism 運動を Le Corbusier と共に推進した 画家 Amédée Ozenfant の絵も多く展示されていました。 また、主要な協力者であった Fernand Léger や、1925年の Art Deco 博覧会の Pavillon de l'Esprit Nouveau に展示された Juan Gris など。 Léger や Gris など Cubism の画家としても知られているわけですが、 Purism の絵画をまとめて見ていると、水平、垂直方向の線が多用され色面、形態が単純化して、De Stijl などの一歩手前の抽象度です。 初期には、断片をコラージュしたかのような Cubism の作風を装飾的と批判していたとも。 Le Corbusier が cubism の画家たちとの関係を深めたきっかけが、 親交のあったスイスの銀行家にして Cubism 絵画のコレクター Dr. Raoul Albert La Roche だったというエピソードも興味深かったです。

もちろん、同時代に Le Corbusier が手がてた建築作品、 Weißenhofsiedlung (1927) や Villa Savoye à Poissy (1929-1932) などの資料も展示されていましたが、 Purism の絵画、そして Purism 画家としての Charles-Édouard Jeanneret を知ることのできた展覧会でした。

国立西洋美術館 新館2F版画素描展示室
2019/02/19-2019/05/19 (月休;3/25,4/29,5/6開;5/9休) 9:30-17:30 (金土-20:00).

1878年のパリ万博に合わせてフランス・パリに渡り、当初は通訳として、 後に美術商として日本の美術品をパリで売る一方で西洋画をコレクションし、 1905年に帰国するも直後に死亡したという 林 忠正 の展覧会でした。 書簡などの資料が中心の展示で、林の自身の美意識が伺えるような展示でもありませんでしたが、 (そもそも近現代的な美意識がどれだけあったか)、 いわゆる鹿鳴館時代 (1883-1887) 年より前にパリに渡って印象派の作家とも交流があったということで、 資料展示で納得するというより、評伝 (鹿島 茂 『パリの日本人』 (中公文庫, 2016) で取り上げられているようです) を読んでみたいと感じさせる展示でした。

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天気も良かったので、国立西洋美術館を観た後は、 芸大美術館陳列館の『Tokyo Independent 2019』の様子を伺ったり (多くは語らない)、 SCAI THE BATHHOUSE を覗いたり、 上野桜木あたり谷中ビールを一杯やったりと、 散策を楽しんだのでした。

[3730] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Apr 14 20:55:35 2019

今週末の土曜の午後は恵比寿へ。この展覧会を観てきました。

Shiga Lieko: Human Spring
東京都写真美術館 2階展示室
2019/03/05-2019/05/06 (月休;4/29,5/6開) 10:00-18:00 (木金-20:00).

志賀 理江子 はグループ展では何回か観たことのある作家ですが、個展で観るのは初めて。 写真展といっても、壁にプリントが並べてあるのではなく、自分で撮った写真を使って展示空間いっぱいインスタレーションしたような作品でした。 『アーティスト・ファイル2013』 (新国立美術館) では自立するパネルでしたが [鑑賞メモ]、 ここではおおよその大きさが幅2m、高さ1.5m、奥行き0.5mくらいの木枠にプリントを四面と上面に貼ったライトボックス様の箱が20個、 ギャラリー狭しと並べられていました。 半ば迷路の様になった空間を歩き回って観る展示です。 闇に少々不自然な色の証明で浮かび上がる人物像や物体は、幻想的というより少々禍々しさすら感じさせます。 そんなところは、2013年に観た印象と大きくは変わらなかったのですが、 入口から見て背面に当たる所に貼られた写真がどれも同じで、 会場に入って暫く足を進めてから振り返ってそれに気づいて、ちょっとゾッとしました。 顔から肩にかけて染料か照明で薄赤く染まったかの様な若い男性の上半身裸のバストアップ、 という写真だったということもあるかもしれません。

The Origin of Photography - Great Britain
東京都写真美術館 3階展示室
2019/03/05-2019/05/06 (月休;4/29,5/6開) 10:00-18:00 (木金-20:00).

『夜明け前 知られざる日本写真開拓史』 [鑑賞メモ] のような写真の黎明期に関する調査の成果を報告する展覧会を 東京都写真美術館は継続的に開催してきているのですが、今回はついに海外に飛び出して、英国。 19世紀半は、1840s-60sに英国で撮られた写真や、当時のイギリス人が海外に赴いて撮った写真 (日本を撮った Felice Beato を含む) を観ることができました。 写真に何が写っているかというより、時代の変遷が興味深く観れた展覧会でした。 1839年にフランスの L. Daguerre が daguerréotype の特許により写真を発明したとされていますが、 それに先行して W. Talbot が Calotype を開発していたり、1951年に F. Archer が湿板を発明するなど、イギリスの方が研究の厚みはあったようです。 湿板の発明の時期が、英国での第1回万国博覧会 (1951) やクリミア戦争 (1953) とほぼ同時時代だったということに気づかされました。 展覧会ではヴィクトリア朝文化と関係付けていましたが、「長い19世紀」の中期「資本の時代」 (1948-1875) だったんだな、と。

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地階の『戦禍の記憶 大石芳野写真展』も観ましたが、ちょうどトークもあったせいか、かなりの混雑でした。 芸術的な作品性の強い写真につい自分の興味が偏りがちですが、この手の写真の手堅い人気に気付かされました。 報道写真というのも写真の主要なジャンルだよなあ、と。

この後、竹橋に移動して東京国立近代美術館2階ギャラリー4で 『イメージコレクター・杉浦非水展』の後期を観てきました。 前期が楽しめたので後期も期待したのですが、確かに半分は展示が変わっていたように思いますが、 展覧会の構成を大きく変えるようなものではありませんでした。ま、そうですよね。うむ。

[3729] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Apr 13 11:04:39 2019

先週末の話になりますが、6日土曜は昼過ぎに清澄白河というか木場公園へ。 この展覧会を観てきました。

Weavers of Worlds –A Century of Flux in Japanese Modern / Contemporary Art–
東京都現代美術館 企画展示室
2019/03/29-2019/06/16 (月休;4/29,5/6開;5/7休), 10:00-18:00 (3/29 10:00-20:00).

2016年5月末から改修で休館していた東京都現代美術館が3月29日に再開したので、 リニューアル・オープン記念展を観てきました。 企画展は企画展示室の全フロアを使って、「編集」をキーワードに日本の近現代美術の100年を辿るというものです。 奇をてらった感の無い比較的オーソドックスな企画でしたが、展示の約1/3が戦前だったのが新鮮に感じられました。 この美術館で戦間期の美術をこれだけまとめて観たのは初めてかもしれません。

全14章構成でしたが、 最初の3階〜2階 (1章から4章前半) が1914年から紐解き始め太平洋戦争終戦まで、 続く1階 (4章後半から9章) が戦後の1970年代まで、 最後の地階が1980年代以降現在まで、という3部構成とも取れる構成でした。 第2部の1970年代までは10年単位くらいで細かく時代を追うように並べていましたが、 地階に入ると時代を分けずに作品が混在したような作品の並びになり、歴史の流れが止まったようでした。

藤牧 義夫 の1934年の隅田川絵巻 [鑑賞メモ] を久々に観ることができました。 同じ展示室には 恩地 孝四郎 [鑑賞メモ] らの戦間期モダン東京を捉えた版画作品も展示されていて、 自分の好みとも言えますが、この展覧会の中で最も楽しめた所でした。

展覧会の最後に展示されていたのは、松江 泰治 [鑑賞メモ] の最近2017年の写真作品でした。 東京都現代美術館のある木場周辺を南中時にパンフォーカスで空撮したお馴染みの写真シリーズの他に、 水路に面した長大な集合住宅などの風景を側面からパノラマで捉えた写真も展示していました。 松江 泰治 の写真を最近あまり観ておらず久々に楽しんだだけでなく、 このパノラマ写真が 藤牧 義夫 の隅田川の絵巻と符号しているように感じられたことも面白く感じました。 「編集」というキーワードにあまりマッチしなかったのか、展覧会全体として写真があまり選ばれていませんでした。 大辻 清司 のAPNの写真 [鑑賞メモ]、 杉本 博司 [鑑賞メモ]、 ホンマタカシ の「東京郊外」 [鑑賞メモ] と、 この 松江 泰治、くらいでしたでしょうか。

MOT Collection: Pleased to meet you. - New Aquisitions in recent years
東京都現代美術館 コレクション展示室
2019/03/29-2019/06/16 (月休;4/29,5/6開;5/7休), 10:00-18:00 (3/29 10:00-20:00).

東京都現代美術館は戦後美術を収集してきたわけですが、リニューアル・オープン企画展を観て ひょっとしてスコープ変えたのかと思いつつコレクション展を観たら、やっぱり戦後美術でした。 こちらは、日本現代美術史というよりここの作家に焦点を当てたような構成でした。

コレクション展の関連プロジェクトとして、サウンドアーティストとしても知られる 鈴木 昭男 による 『道草のすすめ-「点音(おとだて)」and “no zo mi”』 (2018-2019) という そこに立って耳を澄ませるための「エコーポイント」を美術館の各所に設置するインスタレーション作品があります。 このエコーポイントを巡るうちに、この美術館に来ることが、いかにルーチン化して、周囲の空間を気にかけなくなっていたかに、気付かされました。 建物の裏の空調の吹き出しなどの聞こえる音だけでなく、エコーポイントから見える景色も新鮮に感じられました。 空間を変容させずにミニマリスティックにインスタレーションされた作品を感覚を澄まして探し巡らせて周囲の環境を再発見させる作品はそれなりにありますが (例えば、内藤 礼 など [鑑賞メモ]、 これは音をキーとしているところも良く、楽しめました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

日曜は若林時代の大家さん宅で昼から晩まで花見宴。飲み過ぎです。