TFJ's Sidewalk Cafe >

談話室 / Conversation Room

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[3681] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Oct 16 23:45:08 2018

10月3日は午前中まで広島で仕事をしていたのですが、晩までになんとか東京へ戻り、このオペラをソワレで観てきました。

William Kentridge
Die Zauberflöte
新国立劇場オペラパレス
2018/10/03, 18:30-21:30.
Libretto by Emanuel Schikaneder. Music by Wolfgang Amadeus Mozart.
Conductor: Roland Böer. Production: William Kentridge. Co-director: Luc De Wit. Set Design: William Kentridge, Sabine Theunissen. Costume Design: Greta Goiris. Lighting Design: Jennifer Tipton. Projection Design: Catherine Meyburgh. Video Operation: Kim Gunning. Supervisor for the Lighting: Scott Bolman. Stage Manager: Takahashi Naohito [高橋 尚史].
Cast: Sava Vemic (Sarastro), Steve Davislim (Tamino), 安井 陽子 [Yasui Yoko] (Königin der Nacht), 林 正子 [Hayashi Masako] (Pamina), 九嶋 香奈枝 [Kushima Kanae] (Papagena), André Schuen (Papageno), 升島 唯博 [Masujima Tadahiro] (Monostatos), etc.
Chorus Master: 三澤 洋史 [Misawa Hirofumi]. Chorus: 新国立劇場合唱団 [New National Theatre Chorus]. Orchestra: 東京フィルハーモニー交響楽団 [Tokyo Philharmonic Orchestra].
Production of Aix-en-Provence Festival and Rouen Opera, created at Théâtre de la Monnaie in 2005.

新国立劇場オペラの芸術監督に 大野 和士 が就任しての初めてのシーズンの最初の演目は、 現代美術の文脈で知られる William Kentridge の演出による Mozart の『魔笛』。 Kentridge の個展 What We See & What We Know (東京国立近代美術館, 2010) [鑑賞メモ] も楽しみましたし、 Kentridge 演出による Alban Berg のオペラ Lulu を Metropolitan Opera のイベントシネマで観て [鑑賞メモ]、 生で観てみたいと思っていたところ。早速、シーズン最初の公演を観てきました。

Kentridge の Die Zauberflöte は2005年のプロダクションで、 Kentridge の手掛けたオペラとしては2作目。 19世紀の箱型カメラの内部を模した舞台にの内部に書き割り的な背景を作り、 時に照明を落としてその上からネガポジを反転した Kentridge のドローイングを投影するという演出。 ネガポシを反転するとこで、白色光で空間にドローイングしているよう。 プロジェクションマッピング技術を駆使した最近の演出に比べると素朴さは否めないものの、 ドローイングのアニメーションのプロジェクションは多層的で、時に舞台全体を覆い、異空間の中に歌手が浮かび上がるよう。 しかし、レチタティーヴォではなく台詞で物語を進めるという形式もあるかと思いますが、 抽象的にシンボリックに物語るわけではなく、少々ベタな演出にも感じました。

時に没入感もあるプロジェクションは見応えありましたが、全体として面白いという程では無かったのは、 最初は成敗すべき相手だった Sarastro が後半は試練を乗り越えて受け入れてもらうべき相手に入れ替わっているという捻りがあるものの、 基本的には主人公に葛藤が感じられない英雄成長譚でというのが、自分の好みではなかったということはあるかもしれません。 しかし、原作の時代設定の古代エジプトではなく、このプロダクションでは bustle などの登場人物の衣装からして19世紀後半「帝国の時代」に時代設定されていたのですが、 時代設定の意図が掴みかねて、その妙が楽しめなかったというのもあるかもしれません。 「『魔笛』演出・美術 ウィリアム・ケントリッジ スペシャルトークを開催しました」 (新国立劇場オペラ 公演関連ニュース, 2018-10-03) によると、 「写真的な世界」と「写真そのものが発明された黎明期という時代」を結びつけたようなのですが、 元の作品の18世紀啓蒙主義的な主人公の解釈をいじっていなかったので、あまり整合していないように感じてしまいました。

やはり、Metropolitan Opera でやった Дмитрий Шостакович [Dmitri Shostakovich] の Нос [The Nose] や Alban Berg の Lulu のような20世紀の作品で Kentridge 演出のオペラを観たかった、と、不完全燃焼気味になりました。 もしくは、去年2017年には Salzburg Festival で手掛けた Berg の Wozzeck。 しかし、Die Zauberflöte ですら集客が厳しかったら、 Нос [The Nose]LuluWozzeck のような演目を日本に持ってこれないでしょう。 この公演が成功してまた次があることを願うばかりです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

実は、6日土曜のマチネを取ったつもりでいたのですが、発券して見たら平日ソワレ。 日を間違えてチケットを取ってしまうことは滅多にない (というか今まで記憶に無い) のですが、 よりによってチケットが高額なオペラでやってしまいましたよ。 一日ズレていたら完全にアウトでしたが、出張から戻る日でよかった……。 しかし、移動で4時間、観劇で3時間、座り続けたので、流石に座り疲れました。 こういうことは二度とやりたくありません。

オペラを観る予定でいた土曜の午後の予定がすっぽり空いたので、 6日土曜はふと思い立って、昼にさいたま新都心へ。 さいたまスーパーアリーナで開催されていたフィギュアスケートの Japan Open 2018 を観てきました。 2016年にライブストリーミングで観て気に入っていた Мария Сотскова [関連発言] の代理による出場が直前に決まったということもあり、生で観ておく良い機会かな、と。 当日券で、会場に着いたのも開場後ということで、ほとんど最上列の席になってしまいましたが、 表情はともかく演技は十分に見えました。 というか、暗い照明を多用する現代的な演出のダンスや演劇では席が悪いと観れたものでは無い場合が多いのですが、そこまで酷くないことがわかったのは収穫。 一応、国際スケート連盟公認のオープン競技大会ですが、試合としてショーアップされた競技大会の部分よりも、 エキシビジョン的に演出されたゲストスケーターの演技の方が楽しめました。 そういう意味では、同日晩に開催されたガラ形式のアイスショー Carnival on Ice を観た方がよかったのでしょうが、晩は別件があったので、仕方ありません。 推しについていえば、演技の出来は残念でしたが、生で観て良かったかな、と。遠目でも一目でわかる高さ、スタイルの良さだと、つくづく。 フィギュアスケート観戦など子供の頃にしたことがあるような記憶もありますが、実質初めて。 普段と勝手が違いアウェーに感じることも少なくありませんでしたが、一度は体験してみて悪くはなかったでしょうか。

[3680] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Oct 14 21:44:00 2018

2週間前の話になってしまいましたが、台風24号の迫った9月30日の夕方、 六本木でこのコンサートを観てきました。

音楽詩劇研究所 presents Saadet Türköz, Аня Чайковская, Мария Корнева, Sainkho Namtchylak
SuperDeluxe
2018/09/30 17:30-19:00
Saadet Türköz (vocals), Аня Чайковская [Anya Tchaikovskaya] (vocals), Мария Корнева [Marya Korneva] (vocals), Sainkho Namtchylak (vocals), 八木 美知依 [Michiyo Yagi] (箏 [koto]), 河崎 純 [Jun Kawasaki] (contrabass), 石塚 俊明 [Toshiaki Ishizuka] (drums, percussion), チェ ジェチョル [崔 在哲, Choi Jae Chol] (chang), 黒田 鈴尊 [Reison Kuroda] (尺八 [shakuhachi]), 大塚 惇平 [Jumpei Ohtsuka] (笙 [sho]), 小沢 あき (guitar), 亞弥 (dance), 三浦 宏予 (dance), etc.

トルコや旧ソ連圏の jazz/improv やそれに近い folk の文脈のミュージシャンとパフォーマンスを伴うライブというか音楽劇を制作してきている 河崎 純 の音楽詩劇研究所 [2011年の鑑賞メモ]。 今回のプロジェクトではトルコからシベリアにかけての4人の女性歌手をフィーチャーし、 Continental Isolation と題した “Eurasian Opera” を 9月27, 28日に座・高円寺2で上演したのですが、そちらは都合が合わず。 30日のコンサートの夜の部を観ました。 4人の歌手は一緒に歌うことはなく順に登場してそれぞれ歌うというもの。 2名のダンサーも登場しましたが、座・高円寺2での公演とは違いコンサートということで、踊るスペースも十分に無く演出的に目立つということもなく、あくまで演奏中心。 台風24号が接近し鉄道運転見合わせも計画されていたため19時終演と決めての予定より短めのコンサートでした。

最初に登場したのは、ロシア・シベリア地方イルクーツクを拠点に活動する Мария Корнева [Marya Korneva]。 小沢 あきの guitar と大塚 惇平 の笙の伴奏で、時にクラシカルに、時にジャズ・ボーカル風に、オーバートーンの歌唱も少し交えて。 ハイトーンというかソプラノな声は綺麗で、リズム隊の無い控えめな伴奏もあって、エアリーにも感じました。 さらに 八木 美知依 の箏が入って少し歌いました。

続いて、前に観た Sound Migration [鑑賞メモ] にも参加していた Saadet Türköz。 トルコ・イスタンブールを拠点に活動する、東トルキスタンのカザフ系をルーツに持つ歌手です。 箏だけの伴奏で舞台脇でオペラに出演していた歌手と思しき人たちとひとしきり声を出し合った後、 八木 の箏(主にベース箏)と チェ ジェチョル の韓国の伝統的な打楽器 chang の作り出すヒプノティックなビートに合わせて 迫力あるシャーマニックで抽象的な歌唱を聴かせてました。 さらに、伴奏が 河崎 純の bass と 石塚 俊明の drums に替わってしばらく歌いました。

三番手は、ウクライナ出身で最近はロシア・サンクトベテルブルグを拠点に活動する Аня Чайковская [Anya Tchaikovskaya] 黒田 鈴尊 の尺八と 石塚 の繰り出す軽いパーカッションのみの伴奏で、ウクライナの民謡をベースにしたという歌を。 口に篭るように響かせつつ最後にしやくり上げるようないかにも東スラブの民謡を思わせる歌い口ですが、 Сергей Старостин [Sergey Starostin] のプロジェクト等などロシア〜東欧の民謡に基づく音楽のCDで聴いたことはありましたが、 生で聴いたのは初めてかもしれません。 尺八の音も、低音 Калюка (ロシアの伝統のエアリードの管楽器) のようで、歌唱に合っていました。 途中、東スラブというより、東地中海かバルカンを思わせるような節回しの歌も一曲耳に残りました。 最後は、ベース、箏に日本の歌手も加わって、日本の子守唄風の歌から、いつの間にかウクライナ民謡風に繋ぎました。

最後はロシア・シベリア地方はトゥバ共和国出身で、ソ連時代から jazz/improv の文脈を中心に活動を続ける Sainkho Namtchylak。 drums と chang の繰り出す強いビートと掛け合うように、jazz 的なスキャットではないものの、リズミカルなヴォイシング。 伝統的なオーバートーン歌唱ホーメイ (Хөөмей) でも知られるわけですが、後半に少し使っただけでした。 経歴からして結構な年齢かと思いますが、まだまだ衰えを感じさせないパフォーマンス。 昼の部にも出演していたということもあり、他の3人より短めでした。

様々な国・地域のミュージシャンを集めてのプロジェクトというのは、得てして顔合わせしたというレベルに留まってしまうことが多いのですが、 組み替えながらも小編成で演奏したこともあってか、音に多様性もあり、期待以上に楽しめました。 4人の歌手で90分、一人あたり30分も無かったこともあり、物足りなさも感じました。 特に、Аня Чайковская [Anya Tchaikovskaya] の歌声がとても気に入りました。 サンクトベテルブルグの jazz/improv のミュージシャンたちと新作を録音したとのこと、 それがリリースされるのを楽しみにしています。

会場は六本木の西麻布寄りにある SuperDeluxe。 1990年代、麻布十番にあった建築事務所 Klein Dytham architecture の一角にあったオルタナティブスペース Deluxe が、 移転拡大する形で2002年にオープンしたスペースです。こ この SuperDeluxe から、2019年1月閉店のお知らせが出ました。 理由は「ビルの老朽化により賃貸契約が継続不可となった為」。 Deluxe はさほどでもなかったのですが、SuperDeluxe になってからは主に jazz/improv のライブを目当てに年数回足を運んできました。 ダンス等のパフォーマンス、インスタレーション、建築やデザインのトークなど、多様なイベントに使われていて、そういうイベントで行ったこともあります。 古いビルの地下のコンクリート打ちっ放しの空間に、空調照明以外ほとんど手を入れず、 イスやテーブルを並べ替えることで自由にレイアウトできる、まさにオルタナティヴスペースという雰囲気が好きです。 お知らせによると、「この先にも新しい実験を出来る場を提供する準備も進めています」とのこと。そちらも期待します。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

台風接近の予報で20時にはJRが計画運休すると報道されていたので、行くべきか直前まで悩んだのですが、行って良かったと、つくづく。 終わらなくても19時には中座するつもりでいたのですが、主催者の配慮で19時終演で、中座せずに済みましたし。 19時の時点ではまだ風は強くなく、トラブルに遭うことなく20時頃に帰宅できました。 23時には暴風雨になったので、余裕を持って19時終演にして良かったのだと思います。

この週末は土曜の昼夜に舞台を2本観る予定を先に入れてしまっていたので、 Terje Isungset と Eurasian Opera Tokyo 2018 のどちらを金曜に観て、どちらを日曜に観るか、悩みました。 オペラを観たかったようでもあり。しかし、これだけ被ってしまうと、どうしようもありません。

[3679] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Wed Oct 10 0:44:36 2018

9月29日土曜の晩は、池袋西口から横浜山下町へ移動して、3週末づつけでKAAT。 で、この舞台を観てきました。

KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
2018/09/29, 19:00-20:30.
Based on the film Town Bloody Hall by Chris Hegedus & D. A. Pennebaker.
Directed by Elizabeth LeCompte.
Enver Chakartash, Matthew Dipple, Ari Fliakos, Gareth Hobbs, Greg Mehrten, Erin Mullin, Scott Shepherd, Maura Tierney, Kate Valk.
2016 May 11-27: Advance showings at The Performing Garage; 2016 September 21-24: Performances at deSingel, Antwerp, Belgium.

ニューヨークを拠点とする1975年に結成されたカンパニーによる二度目の日本公演。 いわゆる戯曲作品ではなく、過去の歴史的な出来事の記録に題材を取って上演するとこで知られていて、 2015年の初来日公演の演目 Early Shaker Spirituals (2014) は、1976年にLPとしてリリースされたシェーカー教徒の聖歌を再現する作品でした。 といっても、残念ながらこの来日公演は見ることができず、今回観るのが初めて。 今回観たのは1971年にニューヨークの Town Hall での開催された討論会「女性解放に関する対話」を収録したドキュメンタリー映画 Town Bloody Hall に取材した作品。 カンパニーの作風や元になった討論会に関する予備知識があまりなく、台詞主導の辛気臭い作品かもしれない、と嫌な予感もしていました。

実際の所は、小説家 Norman Mailer がホストを務めるということで、客観的なデータに基づくものというより、主観的で文学的なレトリックを駆使したもの。 ホストの Mailer や場を乱そうとした Jill Johnston といい、胡散臭さすら感じる個性的なキャラクターで、なるほどこれは舞台作品にできるな、と、納得。 The Wooster Group による舞台作品化は、TV番組でよく使われる再現ドラマのようなリアリズムに基づくものではなく、 元のドキュメンタリー映画を音を消して上映しつつそれに合わせて演じたり、Normal Mailer 役として2人の俳優を使ったり。 一人の登場人物を複数の俳優で演じるというのはマイム等でよく見られることですが、 一人の俳優がその登場人物になりきって統一的な内面のある人物として演じるのとは異なり、討論会の状況を構成する一要素を作り出すような演出に感じられて、興味深かったです。 さらに、Norman Mailer 監督・主演の映画 Maidstone (1970) を織り交ぜたり、 実際は打ち切られてしまった Jill Johnston の講演の後半を、著書 Lesbian Nation に書かれた全文から復元して、最後に付けたり、と、 状況の再構成にとどまらないところもありました。

一時期、FESTIVAL/TOKYOでドキュメンタリー演劇を観る機会が多くあったわけですが、 そんな中では、レバノン内戦の戦士や政治リーダーたちに関する実際にあった出来事を再構成した Rabih Mroué: How Nancy Wished That Everything Was An April Fool's Joke [鑑賞メモ] のことを少し思い出しました。 形式的な作風が似ていたわけではないのですが、映像/ドキュメンタリー映画だけ観ていたら途中で飽きていたかもしれないと思うだけに、 リアルに演じているのではなくても人が語ることによって耳を傾けさせる力を感じさせるという点に共通するものを見たような気がしました。

ところで、余談ですが、ニューヨークの Town Hall というと、このハコで録音されたライブ盤 Anthony Braxton: Town Hall (Trio & Quintet) 1972 (Trio, 1972; hatART, 1992) が最初に思い浮かびます。 他にも、1960年代のESPレーベルのリリースにも、Ornette Coleman や Albert Ayler、Sun Ra など、 Town Hall でのライブ音源がよく使われていました。 そんなこともあって、音楽ライブ向けの音響を考慮した作りの会場なのかと想像していたのですが、 舞台中に上映されていたドキュメンタリー映画から垣間見られる様子はそうではありませんでした。 あんな所でやったライブだったのか、と、会場の様子を知ることができたのも、収穫でした。

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[3678] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Oct 8 19:28:20 2018

先週末の話になりますが、9月29日は昼に池袋西口へ。この舞台を観てきました。

Camille Boitel
MA étude
カミーユ・ボワテル 『間 エチュード』
東京芸術劇場シアターイースト
2018/09/29, 15:00-16:30.
a show by Camille Boitel.
concept and direction: Camille Boitel and Sève Bernard.
production design: Camille Boitel and June Aoki [青木 淳]; light and manipulation on stage: Kenzo Bernard; stage management: Hugo Frison.
with: Camille Boitel, Sève Bernard, June Aoki [青木 淳], and Sho [笙] player Tokiko Ihara [井原 季子].
production and touring: L'immédiat.

度々日本で制作・公演しているフランスのサーカス・アーティスト Camille Boitel の 来年の初演に向けて制作中の MA 『間』の 創作プロセスのプレゼンテーションというかトライアウト(試演)を観てきました。 試演といっても、それなりに作品風に纏めてくるのかと思いきや、 作品全体のプランや作品を構成する各スケッチの創作意図などの説明にもそれなりの時間を割き、 予想以上に「創作プロセスのプレゼンテーション」の色が濃いものでした。

といっても、個々のスケッチをとってみれば、へたなダンスのショーケース公演の短編作品以上の完成度があるものもありました。 何に着想して制作しているのか垣間見れたという興味深さもありましたが、 完成作では一場面となってしまいここの印象が薄くなりがちのものを切り出して見る事で、その場面でのアイデアや狙いがはっきり感じられるよう。 MA は「叶わぬ恋の物語」というテーマの作品で、 演じたスケッチは Boitel と Bernard が、うまくいかない男女を様々な形で演じていくというもの。 そのテーマもあってか、今までの作品よりもとっつきやすくわかりやすくなったように感じました。

以前から Jacques Tati との共通点を感じていたのですが [鑑賞メモ]、この試演はそういうコメディの色が強く感じられました。 作品全体としては床を順次崩壊させていくプランのようなのですが、 崩壊する装置を使ったアクロバティックなコメディという意味では、Buster Keaton とかも連想させられます。 うまくいかないスケッチの後には「だめだこりゃ」と言いたくなるというか。 詩的でロマンチックな皮を被っていますが、いわゆるサーカス芸というより、アクロバティックなスラップスティック・コメディに系譜付けできるような表現とも言えると 腑に落ちた試演でした。

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[3677] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Oct 1 23:27:17 2018

先週金曜の晩は、新宿二丁目へ。このライブを観てきました。

Terje Isungset with Sara Marielle Gaup Beaska
新宿 Pit Inn
2018/09/28, 20:00-22:00.
Terje Isungset (percussions, jew harp), Sara Marielle Gaup Beaska (voice), Asle Karstad (sound engineer).

今年の頭から「東京の音」というプロジェクトに取り組んできたノルウェーの打楽器奏者 Terje Isungset のファイナル公演が、9月29日〜30日の3日間、新宿 Pit Inn で開催されました。 2月「冬」には奥多摩の仕込み水を材料にした大田区での氷楽器の制作と公演、 5月「春」には八丈島での自然素材を使った楽器の制作と公演、 8月「夏」には奥多摩での自然素材を使った楽器の制作と公園、 で、このファイナルは「秋」で都会の音という位置付けです。 「冬」「春」「夏」も公演情報などは目にしていたのですが観てはいませんでした。 ファイナルも他の予定と被って日程的に厳しかったのですが、なんとか、その初日というか前夜祭という位置付けの公演を聴いてきました。

この晩は「春」「夏」で制作した自然素材で作った楽器 – ほとんどが打楽器 – を使ってのコンサート。 まずは制作の様子を撮影した約30分のビデオを上映した後、ソロの演奏を少々、その後、 スカンジナビア半島の北部に住むサーミ (Sami) の伝統的な歌唱法による歌 joik の女性歌手 Sara Marielle Gaup Beaska をゲストに迎えてのデュオに。 ビデオ上映とアンコール1回を含めて約2時間のコンサートでした。

ビデオで観た制作の様子における迷いの無さからも窺えるが、 どのような音を出したいのか、音の好みは本人も明確なよう。 今まで3回来日公演を観ていますが [鑑賞メモ] 八丈島の砂、竹や奥多摩の石や木材を材料にすることで音に大きな変化はありません。 非整形のオブジェを当てたり擦ったりすることで発する倍音成分の多い微かな音をバーブ深目に増幅して作り出す音のテクスチャは相変わらずでした。

ゲストの Sara Marielle Gaup Beaska は、Steiner Raknes どのデュオ Arvvas で何回か来日していますが、そのライブは観ていません。 Isungset の氷楽器のアルバム Hibernation (All Ice, 0905, 2009, CD) などにもフィーチャーされていて、 それで聴いたことはありましたが、生で聴くのは初めて。 赤を基調としたサーミの伝統的な衣装も可愛らしく、即興もやりましたが、伝承曲や既に作られた歌を中心に。 と言っても明瞭なメロディや歌詞があるわけでは無い、倍音成分の多い歌唱なので、Isungset の音世界に合っています。 CDでは囁くように聞こえる録音レベルですが、ライブではマイク無しでもしっかり響くような歌声を楽しむことができました。

土曜の晩には氷楽器を使ったコンサートが予定されていたのですが、既に他の予定が入っていて観られず。 今年2月の氷楽器のコンサートも年度末の平日晩ということで見られず。 つくづく、氷楽器コンサートとは縁が無いんだな、と。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

海外招聘のダンスや演劇の公演は数ヶ月前にはチケット販売開始になる一方、 jazz/improv のライブ情報が出回るのは1ヶ月ほど前であることが多く、 気付いた時には既に観劇の予定が埋まっているというパターンが少なくありません。 同じくらいのタイミングで判れば観る方も調整のしようもあるのに、と思いつつ、 ジャンルによる習慣の違いは調整し難いものもあるのでしょう。 ほとんどの観客はジャンルで棲み分けていてそもそもそんなニーズがあるとも思えないし、 コントロールし難いものにくよくよしても仕方ないと思いつつ……。

[3676] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 30 21:43:35 2018

これも先週末の話になりますが、日曜の午後は埼玉は与野本町へ。この舞台を観てきました。

彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
2018/09/23, 15:00-16:30.
Fragments, Not Forgotten 『断片 — 忘れることのない記憶』
Choreography: Seeta Patel
Dancers: Company of Elders; Rehasal Director: Simona Scott.
Sound Editing: Pete Maxey; Music - extracts from: John Metcalfe, Olafur Arnaulds; Including voice recordings from Company of Elders.
A Tentative Place Of Holding 『テンタティブ・プレイス・オブ・ホールディング — 永遠の生に向かって』
Choreography: Adrienne Hart;
Dancers: Company of Elders; Rehasal Director: Simona Scott.
Outside Eye: Natalie Corne. Music - extracts from: Adrian Wardle: “Corpus Phase IV”, John Cage: “Triple-Paced”, Nils Frahm: “All Melody”.
Abyss 『深淵』
Choreography: Dickson Mbi
Dancers: Company of Elders; Rehasal Director: Simona Scott
Music Composer: Roger Goula Sarda. Creative Support: Paris Crossley, Victoria Shulungu, Stephanie Berge, Farooq Chaudhry, Julia Cheng & Company of Elders.

英国国立のコンテンポラリーダンスの劇場 Sadler's Wells が 教育普及プログラムの一環としてプロデュースしている高齢者によるダンスカンパニー Company of Elders。 Sadler's Well では面白そうなコンテンポラリー作品が上演されることが多く、ウェブサイトで上演作品をよくチェックしてきています。 そんな劇場が、60歳以上、最高齢は89歳という年齢構成でどんな作品を制作しているのかという興味もあって観てきました。

トリプルビルで、3作品の振付家のバックグラウンドは、それぞれ、 Seeta Patel が南インド伝統舞踊 Bharatanatyam、Adrianne Hart はコンテンポラリーダンス、 Dickson Mbi はヒップホップダンスで、 3人とも若いプロフェッショナルなダンサーを使ったコンテンポラリーダンス作品を発表してきている振付家です。 振付家のバックグラウンドは多様ですが、その身体語彙を押し付けることはなく、 その作品からはそのような振付家のバックグラウンドを感じさせることはほとんどありませんでした。 最初の作品 Fragments, Not Forgotten こそダンサーのプライベートの声を使う所など Pina Bausch 的なナラティブな演出も感じる時もありましたが、 アブストラクトな A Tentative Place Of HoldingAbyss など、 高齢者の身体語彙を活かしたポストモダンダンスのような仕上がりに感じました。 最も楽しめたのは、 フロアに光で不完全な格子状のパターンを動かしつつ、それと緩やかに関係付けるように位置どりをしつつ手足を動かしていく A Tentative Place Of Holding でしょうか。

高齢者が踊るということで、早くて切れのいい動きなどは使われません。ステップを踏む程度で脚を上げるような動きもほとんど無く、腕を上げる動きも緩いものです。 それでも、自分の親とほぼ同世代と考えると、かなり踊れているのではないでしょうか。 比較的若く見える背の高い女性が一人、目立ってきれの良い踊りを見せていました。 終演後のトークの話を聴くと、プロフェショナルなダンサーとしての活動はしていなかったものの、 高齢者になる前からアマチュアとしてバレエやダンスを習ったり踊ったりしてきた方が多そうです。 トークでは多様なバックグラウンドを強調していましたが、トークに上がったダンサー3名の 引退前の職業は、テレビ局勤務、ロシア女性に関する社会学の研究者、数学の講師ということで、 労働者階級や裕福なブルジョワというより、中産階級のインテリが多そうです。 オーディションで絞っているというわけではなく、 そもそも Sadler's Wells のワークショップに参加したりオーディションを受けたりする機会が発生するような コンテンポラリーダンスの受容層を反映しているということでしょう。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3675] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 30 11:57:00 2018

先週末の話になりますが、二週続けて土曜の午後は横浜山下町へ。この舞台を観てきました。

KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
2018/09/22, 15:00-16:00.
La marche
De et avec Mathurin Bolze
Régie générale, son: Jérôme Fèvre; Mise en lumière: Jérémie Cusenier
Creation 2015
Ali
De et avec Mathurin Bolze et Hèdi Thabet
Régie générale, son: Jérôme Fèvre; Lumière: Ana Samoilovich.
Creation 2008

Mathurin Bolze は1990年代半ばから主に現代サーカスの文脈で活動し、2001年に自身のカンパニー Cie MPTA を主宰する、フランス・リヨンを拠点とするサーカス・アーティスト。 観るのは初めてで、ほとんど予備知識無しで観ましたが、アクロバティックな技を駆使しながらも、力みを感じさせない、静かな美しさのある2作品が楽しめました。

最初の La Marche は人間大の回し車を使った作品。 回し車の中で、静かに歩く、小走りで走り、時に回転に身を任せるように、時にシルホイールのようにダイナミックに。 ライティングも控えめに、 Eric Satie の Gnossienne No. 1 に歩行に関するテキスト (Frédéric Gros: Introduction à la petite bibliothèqur du marcheur から採られているとのこと) の朗読を乗せた音楽も淡々。 後半は輪の中に椅子を固定し、さらに動きに変化を加え、 下から輪のスリット越しのライティングを使い、視覚的にもより幻想的に。 変化を付けながらも大技で盛り上げるようなことはしない演出も良かった。

次に上演した Ali は、18歳の時に癌で左脚を失ったという Hèdi Thabet とのデュオ。 道具としては上腕固定型の杖 (ロフストランドクラッチの杖) は使うが La Marche の回し車のような装置は使わず。 時にアクロバティックに、時にマーシャルに、又は、二人三脚となって静かにユーモラスに。 全体としては淡々とした動きながら、片脚の Thabet が Bolze をリフトしたりマーシャルな投げ技の動きをしたりと、片脚でもここまで動けるのかと見応えある場面もありました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3674] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Sep 25 22:00:38 2018

木曜は都心で仕事だったので、仕事の後に新宿二丁目へ。このライブを観てきました。

Alone Together
新宿 Pit Inn
2018/09/20, 20:00-21:30.
Alone Together: Lauren Newton (voice), Heiri Känzig (doublebass); guest: 佐藤 允彦 [Masahiko Satoh] (piano)

アメリカ出身ながら Vienna Art Orchestra の創設メンバーなど欧州 (主にドイツ語圏) の free jazz/improv の文脈で活動する女性歌手 Lauren Newton が、 やはりアメリカ出身の ex-Vienna Art Orchestra で欧州で活動する doublebass 奏者 Heiri Känzig とのデュオで来日しました。 JAZZ ART せんがわ 2018 にも出演していたが時間が合わず、Pit Inn でのライブを観ました。 途中休憩1回にアンケートを含めて約1時間半のライブでした。

日本での Lauren Newton のライブというと jazz のイデオムを感じさせない、声をテクスチャのように用いる完全即興のスタイルのものばかりでしたが、今回は jazz のイデオムを感じさせるもの。 と言っても、スタンダードを歌うわけではなく、free 以降ならではの抽象的なヴォイシング。 特に、後半、piano の加えてのトリオになってから、 初顔合わせとは思えない Känzig の dass と砂糖の piano のインタープレイが良かった。 わかりやすいメロディを弾くわけではなく、特殊奏法も駆使してるのですが、繰り出されるフレーズに小技が効いているというか、シャレてると感じた程でした。

疲れてるし、Lauren Newton は何回も観てるし、と、若干腰引けてたのだが、仕事の後に頑張って観に行った甲斐がありました。 今まで観た Lauren Newton の出たライブの中で最も楽しめたかもしれません。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3673] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Sep 24 22:31:50 2018

月曜祝日だった敬老の日は、午後に恵比寿へ。この展覧会を観てきました。

Sugiura Kunié: Aspiring Experiments - New York In 50 Years
東京都写真美術館 2階展示室
2018/07/24-2018/09/24 (月休;9/17,9/24開,9/18休) 10:00-18:00 (木金 -20:00, 7/26-8/31木金 -21:00)

1963年に渡米し Chicago Art Institute に学び、1967年以降ニューヨークを拠点に活動する 写真を主なメディアとする現代美術作家の展覧会。 観てみれば2000年代以降の写真に見覚えのある作品がありましたが、ほとんどノーチェックの作家でした。

最初期1966-67年の魚眼レンズで撮ったヌードをソラリゼーション等のエフェクトをかけつつ合成したような作品シリーズ『孤』 (Cko) など、 サイケデリックな画面に時代を感じる興味深さ。 しかし、もっとも興味深かったのは、1968年以降1970年代にかけて制作されたフォトキャンバスのシリーズ。 写真をキャンバスにプリントした作品だが、ポピュラーな人や物をプリントした Pop Art 的な作品ではなく、 アクリル絵具で描いたカラーフィールドフィールドペインティングのような部分の彩度の低い色合いも渋く、 感光剤の塗りムラのあるキャンバスへ焼いた抽象度の高い画面構成の白黒写真のプリントは、むしろ抽象表現主義に近しい表現に感じられました。 高架電車の高架下をプリントした Small Deadend street (1977) では粗い塗りムラが使われる一方、 クローズアップのヌードを使った Untitled 3 (1970) など 塗りムラも鉛筆画の細かいタッチのようで、 被写体と塗りムラの組み合わせも絶妙でした。

フォトグラムの手法を主に使った1980年代以降の作品がむしろ彼女の代表的な作風なのでしょうが、 画面はダイナミックになるのだけど、偶然性等の要素が強くなるためか、画面の面白さは少々後退してしまったように感じられました。

The Magic Lantern - A Short History of Light and Shadow
東京都写真美術館 地下1階展示室
2018/08/14-2018/10/14 (月休;9/17,9/24,10/1,10/8開,9/18,10/9休) 10:00-18:00 (木金 -20:00, 8.16,17,23,24,30,31 -21:00)

19世紀的な (発明はもっと遡りますが) メディアとしてのマジック・ランタン (幻燈、幻灯機) の、メディア史的な展覧会。 興行師による見世物だけでなく科学技術の教育プレゼンテーションとしても使われ、20世紀に入り映画に取って替わられた、19世紀のメディアとしての資料展示は興味深く観られました。 しかし、現在のプロジェクションマッピングやパブリックビューイングはマジック・ランタン直系というより映画を経た動画による表現であり、 特別展示の 小金沢 権人 の作品もスライドショーではなくビデオインスタレーションでやはり動画による表現。 むしろ、OHP (Over Head Projector) を経てプレゼンテーションソフトに至る系譜や、 駅構内や電車内で一般化しているデジタルサイネージでの表現に、 マジック・ランタン直系の動画とは異なった表現のあり方を見せた方が良かったのでは、と。

コレクション展示の 『TOPコレクション たのしむ、まなぶ 夢のかけら』 も観たのですが、企画意図を掴みかねたか、ピンときませんでした。そういう時もあるでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

三連休の一日は完全休養日にしたいと思いつつ、会期末の迫っている展覧会が色々ありますし、 さほど疲れなさそうなこの展覧会へ。 この夏の展覧会は、見逃してしまったものも結構あったような気がしますが、仕方ありません。うむ。

[3672] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Sep 24 19:08:15 2018

先週末の話になりますが、16日の日曜は午後に横浜山下町へ。

KAAT神奈川芸術劇場 ホール
2018/09/16, 15:00-16:45.
Devoted
Chorégraphie: Cecilia Bengolea et François Chaignaud
Musique: Philip Glass, Another Look at Harmony Part IV
Lumières: Jean-Marc Segalen; Costumes: Cecilia Bengolea et François Chaignaud avec l'atelier du CCN - Ballet de Lorraine.
Danseuses: Amandine Biancherin, Agnés Boulanger, Pauline Colemard, Inés Depauw, Vivien Ingrams, Sakiko Oishi, Elsa Raymond, Ligia Saldanha, Céline Schoefs.
Première le 12 mai 2015 à l’Opéra National de Lorraine
Steptext
Chorégraphie: William Forsythe
Musique: Jean-Sébastien Bach - Partita No. 2 BWV1004 in D minor, Chaconne
Décors, lumières et costumes: William Forsythe
Danseurs: Agnés Boulanger, Jonathan Archambault, Alexis Bourbeau, Luc Verbitzky
Créé en janvier 1985 par l'Aterballetto Italie; Entrée au répertoire du CCN – Ballet de Lorraine le 19 Février 2009 à l’Opéra national de Lorraine
Sounddance
Chorégraphie: Merce Cunningham
Musique: David Tudor, Untitled 1975/1994
Décor, costumes et lumières: Mark Lancaster
Danseurs: Clara Brunet, Vivien Ingrams, Valérie Ly-Cuong, Elsa Raymond, Céline Schoefs. Jonathan Archambault, Charles Dalerci, Nathan Gracia, Rémi Richaud, Willem Jan Sas.
Créé par la Merce Cunningham Dance Company, le 8 Mars 1975 à Detroit, Michigan; Entrée au répertoire du CCN – Ballet de Lorraine le 14 mars 2014 à l’Opéra national de Lorraine.

Ballet de Lorainne はフランス・ロレーヌ地方の首邑ナンシーのコンテンポラリー作品をレパートリーとするバレエ団。 4年前に観た howroomdummies #3 はむしろ 人形劇をバックグラウンドに持つ Gisèle Vienne & Etienne Bideau-Rey の演出の色も濃いものだったが、 今回は現代バレエ、ポストモダンダンスの作品からなるトリプルビル。

Devoted は、Philip Glass のミニマルミュージックに乗って、99人の女性ダンサーば、少し脇を締めて両腕を広げた位置で、ポワント立ちでクルクルと回るターンが印象的な作品。 シェネというほど腕の反動をほとんど使わないところも、ミニマリスティック。 肘を上げるように腕の位置を変えるだけでも、ふっと大きな変化に感じられました。 このような作品では、かっちり揃い過ぎると単調になってしまうわけですが、どう多様性を織り込むかもポイント。 少し深い緑にレオタードの色は統一されていたものの、ハイネックに長袖からキャミソールまで上半身の形状や、片足ストッキングの色は様々。 それだけではなく、シンプルな立ち位置とライティングの区画の使い方で舞台全体としての見え方に変化を付けていくのが面白かった。 ターン以外の動きも変化を付けていましたが、静的なポワント立ちなどよりも、ポワント技から外れる その場で走るような動きや拳を突き上げガッツポーズをするような動きが面白かった。 見た目に可愛らしさすら感じさせるところがあり、トリプルビルの中では最も楽しめました。 しかし、約25分間袖に下がることなく、ほとんどポワント立ちで踊り続けるので、 それなりにスキルのあるダンサーが揃ってないと上演難しそうな作品です。

Steptext は Forsythe の作品ですが、観るのは初めて。 バレエの動きのイデオムを原形留めないほど脱構築という印象ある振付家ですが、この作品はさほどでもなく、 暗転など使わずに始まるオープニングと言い、断片的な音楽の使い方と言い、むしろの編集の妙。 赤いレオタードの女性ダンサー1名と黒いレオタードの男性ダンサー3名ですが、もちろん、男女の物語のようなナラティブは感じさせません。 男女くんでの動きにおいて、腰でサポートするというより、両手を組んでの動きを多用。 女性ダンサーが大柄だったせいか、ハンド・トゥ・ハンドのアクロバットを見ているようと感じる時もあり、その力強さが良かった。

Marce Cunningham の Sounddance も観るのは初めて。 David Tudor の電子ノイズな音楽は定位を動かすような工夫もあったのですが、背景の布にダンサーの衣装の色が被ってしまい、視覚的にも聴覚的にも単調。 DevotedSteptext で集中が切れてしまったか、 作品を掴みかねてしまいました。

衒いを感じさせないオーソドックスなコンテンポラリー作品からなるバレエ公演でしたが、こういう公演も良いものです。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

しかし、バレエ公演という意識がなかったので、コンサバな服装のおじさまおばさまや子供と、バレエな客層にちょっとびっくり。 後半、斜め前のおじさまが動き出したり、少し離れた隣のおばさまがビニール袋をガサゴソしたりと、明らかに集中を欠いてたのが、ちょっと微笑ましかったです。 バレエを習ってると女の子たちも多かったのですが、楽しんでくれたでしょうか。

[3671] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Sep 18 0:24:44 2018

この週末の土曜は職場でやり残しの仕事を済ませた後に、仙川へ。このライブを観てきました。

Peter Evans + 石川 高 + 今西 紅雪 / 千野 秀一 ソロ / Peter Evans + 千野 秀一 + 坂本 弘道
JAZZ ART せんがわ 2018
せんがわ劇場, 仙川
2018/09/15, 16:30-18:00
Peter Evans (trumpet, piccolo trumpet), 石川 高 [Ko Ishikawa] (笙 [sho]), 今西 紅雪 [Kohsetsu Imanishi] (箏 [koto]); 千野 秀一 [Shuichi Chino] (piano); Peter Evans (trumpet, piccolo trumpet), 千野 秀一 [Shuichi Chino] (piano, urklavier, objects), 坂本 弘道 [Hiromichi Sakamoto] (cello, effects, objects).

去年 [鑑賞メモ] に続いて、今年も JAZZ ART せんがわ へ。 余裕があれば1日ゆっくり観たい所でしたが、ですが、日曜は既に予定あり。というわけで、観られたのは、土曜のこの坂本 弘道セレクションの公演のみでした。

Peter Evans は、Clean Feed などのレーベルに録音を残してきている NYを拠点に jazz/improv の文脈で活動する trumpet 奏者。 そんな彼を迎えて、前半は邦楽器とのセッション、千野のソロを挟んで、後半は千野、坂本とのセッションでした。 前半の邦楽器とのセッションといっても、雅楽の笙と、近世の楽器である琴という組み合わせからわかるように、 邦楽のイデオムを用いることは無く、音のテクスチャを重ねていくようなセッションだった。 Evans も、明確なメロディを演奏するどころか、マウスピースをまともに鳴らすようなことすらほとんどなかった。 千野の疎なピアノソロの後のセッションは、打って変わって、強い音で吹くことが多い展開。 千野もピアノだけでなく自作か大幅改造らしき urklavier という小型の琴のような弦楽器を、 そして、坂本もチェロを、ファンやバイブレータ、オブジェクトを使って音を駆使して、手数多く音を鳴らす展開。 直前にテクスチャを重ねるようなセッションがあったせいか、少し1970s風とも感じるフリーな即興セッションでした。

2008年に始まった日本の jazz/improv のミュージシャンをメインとしたフェスティバル JAZZ ART せんがわ ですが、 公式なアナウンスはありませんが、この2018年の第11回で ラストになるとのこと。 これは、会場の せんがわ劇場 の運営が直営管理から調布市文化・コミュニティ振興財団が指定管理者の下に移行するに伴ってのこと。 2015, 6年と行かなかったものの、初回から足を運んでいたフェスティバルだっただけに、一つの時代が終わったかかと感慨深いものがあります。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

夜の部はやめておいたのですが、帰ってすぐ寝落ちというか寝込んでしまったので、無理しなくて良かったかな、と。

[3670] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 16 13:42:26 2018

先週末の話になりますが、日曜の午後に新宿二丁目へ。このライブを観てきました。

新宿 Pit Inn
2018/09/09, 15:00-16:30.
Kristjan Randalu (piano)

ECM よりリーダー作 Absence (ECM, ECM 2586, 2018) をリリースしたばかりの Estonia 出身の piano 奏者がソロで来日した。 日曜の午後のライブは、アンコール2回を約1時間半程。 後半に内部奏法などを使った演奏もしたけれども、 端正でクラシカルに聴こえることもある、ECM らしいと感じられる、オーソドックスなピアノソロだった。

CDでは guitar 奏者 Ben Monder などと共演しているが、今回はソロということで、 CDで聴かれるほど疎に空間を感じさせるような演奏では無かった。 と言っても、アルペジオやトレモロで飾り立てるというより、 むしろ淡々とミニマルな反復のなかに強勢でメロディを浮かび上がらせるよう。 そして、そんな所に electronica 以降の jazz / improv との同時代性を感じた。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

9月5日は台風21号の影響が残る中、一泊の予定で札幌へ。 昼はまだJR北海道が全線運休という中、バスや地下鉄を乗り継いてなんとか札幌に辿り着けたのですが、追い打ちをかけるように翌未明に北海道胆振東部地震が発生。 ホテルに宿泊できなくなった人も多かった中、ホテルが土曜までの延泊をさせてくれ難民状態を免れただけでも、幸運でした。 土曜の夕方には、なんとか帰ることができました。 3.11東日本大震災のような経験をすることはそうはあるまいと思っていましたが、まさか10年経たずして再び経験することになるとは。うむ。

[3669] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Sep 2 20:38:26 2018

今週末は不安定な天気だったわけですが、そんな中、昼に水戸へ。この展覧会を観てきました。

Rei Naito: on this bright Earth I see you
水戸芸術館現代美術ギャラリー
2018/07/28-2018/10/08 (月休;9/17,9/24開;9/18,9/25休), 9:30-18:00 (9/1-10/8 9:30-17:00)

『信の感情』 (東京都庭園美術館, 2014) [鑑賞メモ] 以来となる国内での 内藤 礼 の個展。 前回の個展では繊細なインスタレーションで感覚を研ぎ澄ますようなインスタレーションが無かった。 この展覧会ではミニマリスティックなインスタレーションが多くあり、久しぶりに感覚を研ぎ澄ますような鑑賞が楽しめた。 こんな展覧会は『すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している』 (神奈川県立近代美術館鎌倉, 2009) [鑑賞メモ] 以来だろうか。

会場入ってすぐのインスタレーション「母型」 (2018) は細く白いテグスで直径数mmのスフレビーズ (透明な樹脂の玉) とを複数ある一定のエリアに疎らに垂らしたもの。 エリアの前後を締めるようにやはり直径1〜2mmのシルバーの鈴を垂らしていた。 テグスがあまりはっきり見えないので、空間が微かに発泡しているよう。

自然光のみの陰影のあるギャラリー空間に、 小さな鏡や木製の人型、垂らした白い風船、水を張ったガラス瓶など、 光の微かなきらめきや微かな空気の流れを意識させるようなインスタレーションは相変わらず。 また、がらんとした3番目のギャラリーに細い糸を2本垂らしただけという「無題」 (2018) や、 最後の薄暗いギャラリーの奥の高さ2〜3mの所に細い白糸と小さな白ビーズで疎なリングを2つ吊るした「Two Lines」 (2017) のような、 この辺りにあるはずだと意識的に目を凝らして探さないと見えないような作品もあった。

長い通路状の展示空間は窓がほとんど潰されて薄暗くなっていたのだけれど、 一箇所中程の高さ2mくらいの所に開けられた小窓「窓」 (2018) から入る光の繊細も良かった。 ガラスに白枠を付けて木製の人形などを配したものを壁にかけた「窓」と題された作品が10点あり、 この薄暗い長い空間にも2点展示されていたのだけれども、 遠目に見ると奥から入る光を反射してガラスが煌めき、まるで窓が開いているかのように見えたのも美しかった。

他にも、『信の感情』にもあった白いキャンパスにうっすら色が浮かぶような作品「color beginning」シリーズ、 ステンレス製の白い小さな水路に息を吹きかけ生じる波紋を観る「タマ/アニマ(わたしに息を吹きかけてください)」 (2018) のような、 繊細なミニマリズムを楽しむような作品が多いのだが、 そんな中、モデルの女性が写った白黒グラビアの雑誌の頁をくしゃくしゃにした上で壁に吊るした 「顔(よろこびの方が大きかったです)」に感じられた微かなキャンプ風味が、その意図が掴みきれないながら、少々気になった。

最後のギャラリーに、観客が持って帰ることができる白い丸い薄紙が置かれている。 ギャラリーは薄暗くて光にかざして見ても何か書かれているように見えなかったが、 一通り観た後のカフェでスマートフォンのカメラで撮って拡大して、何が書かれているのかやっと読むことができた。 寡黙なインスタレーションに静かに目をやり、そのささやかなな煌めきを眺めているうちに、こちらへ「おいで」と誘われていたのかと。そんな気になった鑑賞体験だった。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

ちょっとしたきっかけで、最近、Françoise Hardy: If You Listen (Kundalini, 1972) をよく聴いていたのですが、 まさに表題曲の歌詞のようなインスタレーションの展覧会で、これも何かの巡り合わせなのかな、と。

Now for something completely different...

フィギュアスケートの2018/19シーズンが開幕して、先週末から ISUJunior Grand Prix シリーズが始まりました。 Junior Grand Prix は YouTube チャンネルがあり、ストリーミング観戦の敷居が低いのがありがたいです。 先週末の Bratislava は Ice Dance を後追いて観た程度でしたが、 今週末の Linz は土曜晩にゆっくりライブで観てしまいました。 ちょっと気になる公演もあったのですが前売り完売状態でしたし、 不安定な天気で外出中にゲリラ豪雨に遭遇するリスクも高かったですし、 家でのんびりフィギュアスケート観戦するというのも悪くないかな、と。

[3668] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 26 19:29:52 2018

土曜は午後に横浜みなとみらいの新港地区へ。この舞台を観てきました。

横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
2018/08/25 15:00-16:00
Artistic Direction and Original Choreography Akram Khan; Direction and Adaptation Sue Buckmaster (Theatre-Rites).
Music Composition: Jocelyn Pook; Lighting Design: Guy Hoare; Stories imagined by Karthika Naïr and Akram Khan; The grandmother’s fable in Chotto Desh is taken from the book The Honey Hunter; Written by Karthika Naïr, Sue Buckmaster and Akram Khan.
Dancer: Dennis Alamanos.
Akram's voice: Masaya Mimura; Father's voice: Akira Koieyama; Mother's voice: Meg Kubota; Jui's voice: Lilian Carter; Japanese translation: Osamu Inoue & Yuko Inoue.
Producer: Claire Cunningham on behalf of AKCT
Co-commissioned by MOKO Dance, Akram Khan Company, Sadler’s Wells London, DanceEast, Théâtre de la Ville Paris, Mercat de les Flors Barcelona, Biennale de la danse de Lyon 2016 and Stratford Circus Arts Centre.
World Premiere: 23 October 2015, DanceEast, Ipswich, UK.

2013年に来日公演した Akram Khan Company の DESH [鑑賞メモ] を子連れ家族向けの作品として作り直した作品です。 明示的ではないものの、フライヤの作りにしても、この日本公演も夏休みの子連れ家族向けの公演という位置付けでしょうか。

主人公の Akram の一人舞台ですが、Akram だけでなく父母などのセリフのナレーションや効果音に合わせて踊るというもので、 Desh よりも、ナレーションが丁寧になっていたでしょうか。 Desh を観た時はわかりやすく作り過ぎではないかとも思いましたが、 子供にも観せる作品という心算で観るとむしろちょうど良いくらい。 作品のテーマも、バングラディシュの独立戦争の部分がほぼ削られ、むしろ、 移民の子のアイデンティティの問題や父子の葛藤をメインに据えた形になっていて、 そういったところも家族向け作品らしいと感じられました。

コンテンポラリーダンス作品として観ようなどという変な気構えで臨まなかったせいか、 National Theatre Live にありそうな、身体表現や象徴的表現が多めの現代的な演出の演劇を観ているような気分で楽しむことができました。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

終演後、会場で偶然遭った友人と関内界隈のクラフトビールの店を21時頃まで(5時間!)ハシゴ。 あの界隈は個性的な店が沢山あって、開拓しがいがあります。 これから暫く DanceDanceDance@YOKOHAMA 2018 関連公演で横浜関内近辺へ行く機会が続くので、 暫くはこちらも楽しめそうです。

呑んでいる間は楽しいのですが、翌日にどっと疲れが出てしまいます(弱)。うーむ。

[3667] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Aug 20 23:13:04 2018

土曜の晩は三軒茶屋へ。この舞台を観てきました。

2018/08/18 18:00-19:30
演出・振付: 目黒 陽介; 音楽: 坂本 弘道; 美術: 鎌田 朋子; 衣装: 田村 香織
目黒 陽介 (juggling), 長谷川 愛実 (aerial, dance), 谷口 界 (acrobat, dance), ハチロウ (juggling), 安岡 あこ (dance), 吉田 亜希 (aerial, dance), 入手 杏奈 (dance); 坂本 弘道 (cello, musical saw, electronics), 菅原 雄大 (cello, violin), 玉井 夕海 (voice, accordion)

コンテンポラリーサーカスのカンパニー ながめくらしつ [鑑賞メモ] の結成10周年となる公演。 主催の 目黒 陽介 はジャグラーで、活動当初はジャグリングの舞台作品を作るカンパニーを謳っていたが、 ジャグリングの技を見せるような場面はかなり後退し、ダンスやアクロバットの中に自然に溶け込むよう。 ジャグリングも、作品を構成する多様な身体能力の一つとなっていた。 伊坂 幸太郎 の短編小説『終末のフール』に着想したとのことだが、物語るような演出は無く、 むしろ、生演奏の音楽に合わせて抽象的に表現するような作品だった。

客席は入口側とその反対側の二面に設けられ、その間ほぼ中央に不揃いの方形の金属枠が3台置かれていた。 開演後すぐに舞台脇にあった身の丈が隠れる高さの板で舞台中央を塞ぎ、向こう側のパフォーマンスの様子がほとんど見えないようにして進んだ。 自分が座った側では、ミュージシャンは菅原と玉井の2人。 ダンスやアクロバティックな動きはもちろん、 ダンスやジャグラーとダンサーの絡み––長谷川が積極的に妨害するような動きをするものや、 安岡が脱力するようにジャグラーに身体を預けたり––などのパフォーマンスが繰り広げられた。 舞台中央の壁の向こう側がどうなっているか分からず全体像が掴めないというのは作品のコンセプトかと思うが、 空間、そして視野が狭くなってしまい、動きの面白さを殺してしまっていた。 もう一度向こう側も観てみたいと思うようなフックも無かったのは、物足りなかった。

そのうち、奥側で長谷川の、手前側で吉田のティッシュのエアリアルが始まった頃から、ぐっと舞台に引き込まれた。 対角線にティッシュを配することで高さだけでなく幅奥行きが広がり、仕切られていた空間がぐっと広がったよう。 そして、実際に仕切りは取り払われ、3つの方形の枠を自在に使ったバフォーマンスになった。 最初の枠を使った鉄棒やチャイニーズポールのような動きを密に組み合わせたような動きから、 谷口、安岡、入手をそれぞれをメインにフィーチャーしてのソロ的な動き、 そして、目黒とハチロウのジャグリングのデュオへと。 エアリアル以降は個々のパフォーマーをフィーチャーしたような構成もあり、個々の動きも楽しむことができた。 エアリアルだけでなく枠等を使った縦方向の動きでもシャープさを見せてくれた吉田や、 後半の3つの枠で作った三角形のスペースでの枠も駆使したアクロバティックな動きを見せてくれた谷口など、特に印象に残った。

今回の音楽も 坂本 だが、ドラムレスで、2人の cello に accordion という少々変則的な編成。 抽象的なヴォイシングながら女性ヴォーカルが入ることで、今までにも増して叙情的に感じられた。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3666] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 19 20:32:23 2018

この週末は初秋のような涼しさ。 久々の散策日和だったので、土曜はランチがてら二ヶ領用水沿いを等々力緑地まで散策。 ついでにこの展覧会を観てきました。

川崎市民ミュージアム所蔵のポスターと町田市立国際版画美術館所蔵の絵本からなる、 ロシア革命後から1932年までのポスターと絵本の小規模な無料の企画展。 Владимир Маяковский [Vladimir Mayakovsky] の手がけたポスター Окна РОСТА [ROSTA Window] や Густав Клуцис [Gustav Kurtsis] のフォトコラージュのポスターなど、 Russian Avant-Garde の展覧会で観る機会の多いものもあったけれども、 この展覧会では、лубок [lubok] と呼ばれる民衆版画の流れを汲むという、しかし、より写実的で作家性の高い版画や、 Дмитрий Моор [Dmitry Moor] など風刺画をバックグラウンドに持つような作家のプロパガンダポスターに焦点を当てていました。 もちろん、Моор のポスターにも、同時代の Avant-Garde のデザインとの共通点は感じられます。

この時期の革命ロシアのグラフィックデザインの展覧会はそれなりに観てきているが [鑑賞メモ]、 Александр Родченкo [Aleksandre Rodchenko] のような構成主義的なアヴァンギャルドのものを中心に構成されることがほとんど。 Дмитрий Моор のポスターも観たこと、さほど印象に残っていませんでした。 小規模で構成主義が控えめな企画なだけ、民衆版画風や風刺画のプロパガンダポスターも少なからずあったのだな、と気付かされました。 無料の小企画展の上、観たことのある作品も少なからずありそうだったので、さほど期待していなかったのですが、意外と興味深く観ることができた展覧会でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3665] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Aug 13 23:18:25 2018

先週末の土曜は昼前から神保町へ。 ソ連時代の1950年代から1980年代にかけて活動したジョージア [グルジア] の映画監督 Тенгиз Абуладзе [თენგიზ აბულაძე / Tengiz Abuladze]。 彼の「祈り」三部作の上映が岩波ホールでやってます。 10年前に観た三部作の最後の作品 Покаяние [მონანიება / Repentance] 『懺悔』 [鑑賞メモ] の印象も良かったので、残りの2本を観てきました。

Мольба [ვედრება / The Plea]
『祈り』
1967 / Грузия-фильм (СССР) / 77 min. / B+W
Режиссёр: Тенгиз Абуладзе [თენგიზ აბულაძე / Tengiz Abuladze]。

19世紀ジョージア [グルジア] の詩人 Важа Пшавела [ვაჟა-ფშაველა / Vazha Pshavela] の叙事詩に基づくという映画。 都市での様子からして舞台は19世紀かと思われますが、旧式な銃程度で近代的な文化はほとんど入ってきていないコーカサスの山中が舞台。 主人公キリスト教徒の戦士 Алуда は敵対するイスラム教徒の戦士を討ち取るのですが、敵戦士への敬意を払ったことを咎められ、属する部族から追放されてしまいます。 放浪ののち、討ち取った戦士の身内に客人として迎えられるものの、その部族の人々に気付かれ、捕らえられ、討ち取った戦士の墓の上で処刑されてしまいます。 映画は、象徴性の高い画面構成の白黒サイレント映画にナレーションや音楽を付けたような作り。 セリフは一部の例外を除いてそのまま使われず、口の動かない映像にアフレコで言葉を付けているので、発話なのか内面描写なのか判然としません。 コーカサス山中の草木の少ない自然の風景や石造りの建物を捉えた白黒の映像は、見慣れないこともあって、まるで異星のよう。 レズギンカ (民族舞踊音楽) やポリフォニーなど、コーカサスらしい音楽が多く使われていました。 冒頭の場面で Алуда のもとへ客人として訪れてきた女神のような女性が、 Алуда 処刑の後、Алуда の部族に処刑 (乞食と結婚させられた上で絞首刑) されるのですが、 象徴的とはいえ、若干蛇足のようにも感じられてしまいました。 淡々と余白の多いミニマリスティックな作りで、宗教対立の不条理を物語ってくるというよりも、 音楽的、詩的とも感じる映像が印象に残る映画でした。

Древо желания [ნატვრის ხე / The Wishing Tree]
『希望の樹』
1976 / Грузия-фильм (СССР) / 107 min. / colour
Режиссёр: Тенгиз Абуладзе [თენგიზ აბულაძე / Tengiz Abuladze]。

ソ連時代のグルジアで活動した小説家 Георгий Леонидзе [გიორგი ლეონიძე / Georgii Leonidze] の短編集に基づくという映画。 舞台は、ロシア革命直前の20世紀初頭のグルジアの農村。 母を失い父と祖母の家に移り住んできた美しい娘 Марита [Marita] は従兄弟の Гедиа [Gedia] と相愛の仲となるが、 村長の意向もあり裕福な農家の息子 Шэтэ [Shete] と結婚させられる。 Шэтэ が家を空けた間に Марита に会いに Гедиа が訪れるが、それを知られた Марита は村中を引き回しの上、処刑されてしまう、という物語です。 同じコーカサスの山中を舞台にしても、色付きで見ると、かなり現実的。 セリフが入って、個々の登場人物の描き込みが深くなり、ぐっと物語性が強くなったよう。 叙情的とも感じられる美しい映像表現も残していましたが、人物描写に基づくユーモア、皮肉がぐっと表に出てきていました。 美しい Марита や素朴な好青年 Гедиа よりも、 ボロボロながら19世紀後半の都会の女性のような服装をした白塗り化粧の年齢不詳の女性 Фуфала [Pupala] や、 村中の男に色目を使う女、不誠実そうな聖職者、子供相手に革命を語る革命家、「希望の木」を求め歩いて凍死してしまう男など、 個性的な脇役の方が味わい深いです。 革命前をノスタルジックにではなく因習や迷信に囚われた社会として描く (特に聖職者を否定的に描く) あたりは、ソ連映画らしいとも感じました。

後になるほど描写の象徴性が薄れてナラティヴになり、ユーモアを強めて行くように思いますが、 19世紀の宗教対立を背景とした Мольба、 ロシア革命前の因習や迷信に囚われた農村を背景としたДрево желания、 そして、革命後のスターリンの大粛清を背景とした Покаяние と、 不条理な社会によって善良な個が殺されるという救いの無い悲劇を描いた映画という点で、 なるほど共有するテーマも感じられる映画でした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3664] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 12 18:32:48 2018

10日金曜は夏季休暇を取ってのんびり。午後に大崎というか御殿山へ。この展覧会を観てきました。

小瀬村 真美
『幻画〜像(イメージ)の表皮』
原美術館
2018/06/16-2018/09/02 (月休;7/16開;7/17), 11:00-17:00 (水11:00-20:00)

今年の2月に恵比寿 MA2 Gallery でのグループ展で観て気になった作家 [鑑賞メモ] の展覧会。 その時はベールを撮った写真作品だったが、 今回の展覧会はルネッサンス期の静物画や肖像画をに基づく作品が中心に構成されていた。 それも、ルネッサンス期の絵画を動かすことで異化してイデオロギーを表出させるシミュレーショニズムというより、 それを題材としたミニマリスティックな時間変化表現を追求した「液晶絵画」作品 (もしくは写真) だった。

静物画の構図どおりに実際の物を配置して、長期間に渡るインターバル撮影で写真アニメーション化した「黴」 (2003) など、 その「静物」が朽ちていく様など 『液晶絵画』展 (東京都写真美術館, 2008) で観た [鑑賞メモ] の Sam Taylor-Wood の “Still Life” (2001) や “Little Death” (2002) を思い出させるものがあった。 もしくは、静物画のように物を並べたテーブルの上に物を落とすとほぼ同時にテーブルクロスを引いてテーブル下に物を落とす様を高速度カメラで撮影し スローモーション化した “Drop Off” (2015) など、 Bill Viola [鑑賞メモ] の高速度カメラを使った静物画バージョンのよう。 ただ、インターバル撮影写真アニメーションと高速度カメラスローモーションが併置されたことで、 一見静止画に見えるようなミニマリスティックな時間変化表現の両側を見るような面白さになっていた。

2月にも観たベールから人物を消した写真シリーズ “Veil” (2011) や、 静物にかけた薄布をドレープの形を残して薄布だけオプジェ化した “Drape” シリーズ (2013-2014) にも、 彼女の拘りを感じたけれども、「黴」と “Drop Off” の対比ほどは印象は強く残らなかった。

原美術館の展示は写真撮影可能な場合が多く、併設のレストランも以前は撮影可能だったのですが、 今回行ったら撮影不可となっていました。 中庭も綺麗でいわゆる「インスタグラム映え」しそうな場所なだけに、撮影をする人も多く、それに伴いトラブルも多かったのでしょうか。 それ自体は仕方ないかとは思うのですが、 今まで観に行く度に展覧会のイメージケーキを写真に記録してきたので、それができなくなってしまったのは、少々残念。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

[3663] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sat Aug 11 0:18:07 2018

先週末の土曜8月4日の話ですが、日比谷で展覧会を観た後は、御茶ノ水へ移動。 ソ連・ロシア映画の上映会プロジェクト KINØアテネ・フランセ文化センターの主催で、 ソ連の映画監督Александр Медведкин [Aleksandr Medvedkin] の1930年代の映画の 上映会があったので、観てきました。

Счастье
『幸福』
1934 / Москинокомбинат (СССР) / 65 min. / B+W / silent
Режиссёр: Александр Медведкин

無能な農夫「クズ」を主人公に、ロシア帝国時代から集団農場時代の変化を風刺的に描いた映画。 時代はすでに社会主義リアリズムですが、風刺画的な誇張がされた描写で、シュールというかマジックリアリズム的にすら感じます。 農業の集団化の陰の面はほとんど風刺の対象となっていないのは、この時代では仕方ないでしょうか。 2000年の上映会の時に観たことのある映画、その時に観た印象 [鑑賞メモ] と大筋ではさほど変りませんでしたが、 細部、特に後半の記憶がかなり脱落していたことに気づかされました。 内戦時の描写もあったような記憶があったのですが、実際はバッサリ字幕説明で飛ばされていて、何と混同していたのだろう、と。 バッサリ飛ばす字幕の説明が不条理で、それはそれで面白かったのですが。

Новая Москва
『新しいモスクワ』
1938 / Мосфильм (СССР) / 77 min. / B+W
Режиссёр: Александр Медведкин
[YouTube]

1938年に制作されるも、Сталин [Stalin] の不興を買い、お蔵入りしていたという映画。 舞台は1930年代のソ連。シベリアで開発に従事する技術者 Зоя は、 当時進められていたモスクワ改造計画に憧れて作った電動式模型と映画を組み合わせた装置を モスクワの展覧会で展示することになり、モスクワに出ることとなった。 その時の話を、恋愛も絡めてコミカルに描いた映画でした。 といっても、ロマンチックコメディとしては描写があっけらかんとし過ぎて、少々物足りなく感じました。 当時進んでいたモスクワ改造の様子、教会や古い街並みが爆破で取り壊されて行く様子、近代的な橋への架け替え、道路の拡幅や地下鉄の建設、結局完成しなかったソヴィエト宮殿など、 1930年代のモスクワ改造の様子を垣間見ることができました。 2011年にモスクワを訪れたことがあり、あの街の構造がこうしてできたのかと、感慨深く観ることができました。 この映画は、モスクワ改造計画やシベリア開発のプロパガンダ映画という面もあったと思いますが、さほどプロパガンダ臭を感じさせることはなく、 近代化による生活改善の素晴らしさだけでなく、古い街並みに対する感傷も描いていました。 そんな所が逆に Stalin の不興を買ったのかもしれません。

ところで、Интернет-музей Центральная студия документальных фильмов というプロジェクトが、 YouTube Channel を作っていて、この映画を全編公開しています。 それ以外にも1920〜1940年代の映像を多くアップロードしています。

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[3662] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Aug 6 23:35:26 2018

危険な猛暑が続きますが、この週末の土曜は、昼に日比谷へ。この展覧会を観てきました。

『大正モダーンズ 大正イマジュリィと東京モダンデザイン』
千代田区立日比谷図書文化館
2018/06/08-08/07 (6/18,7/16休), 10:00-20:00 (土-19:00,日祝-17:00)

1910年代後半から1930年代前半にかけての日本のモダンなグラフィックデザインの展覧会。 杉浦 非水、竹下 夢二、小村 雪岱、古賀 春江、村山 知義など。 近年だと『描かれた大正モダンキッズ 婦人之友社「子供之友」原画展』 (板橋区立美術館, 2016) [鑑賞メモ] などあり、 それなりに観てきているので、新鮮に楽しめたという程ではありませんが、 やはりこの時代のグラフィックは好みです。 すっかり忘れていて、展覧会を観ている間は気付かなかったのですが、 大正イマジュリィ学会が協力しているということで、 『大正イマジュリィの世界 —— デザインとイラストレーションのモダーンズ』 (渋谷区立松濤美術館, 2010) [鑑賞メモ] と内容はかなりの被っていたのでしょうか。

最も目を引いたのは、やはり、1920年代後半の大阪松竹座のグラフィックデザイン。 特に『松竹座ニュース』はほとんどロシア構成主義デザイン。 実際にロシア構成主義デザインのポスターか出版物と思われるものをコラージュしたデザインもあったので、影響は直接的だったのでしょう。 そんな表紙に、戦前松竹映画でのタイアップでも知られるクラブ白粉の広告が一緒にコラージュされてるという所が、実に面白く感じました [関連する鑑賞メモ]。 現在の大阪松竹座は歌舞伎、新派や新喜劇を主に上演する劇場になっていますが、 当時は海外の演劇や舞踏の公演もあり、映画上映や音楽コンサートもあるホールだったとのことで、 モダンの最先端だったのだろう、と。 戦間期の大阪松竹座に焦点を当てた展覧会などあったら、観たいものです。

鷲田 清一 (編著) 『大正=歴史の踊り場とは何か』 (講談社選書メチエ, 2018) での「大正」もそうですが、 元号が大正の1910年代半ばから年号が昭和に改まって戦時色が強くなる1930年代半ば頃までをまとめて 「大正(モダン)」と呼ぶことが多いわけですが、 震災復興後のモダン都市東京などを「大正モダン」と呼ぶのは、やはり微妙に違和感を覚えます。 大阪松竹座も1923年オープンで、1925年には改元があるわけですし。 元号で社会が変わるわけでもなく、元号で呼ぶと日本一国史的な色が強くなりますし、 戦間期という元号に依存しない呼称の方がまだマシなのではないか、と感じることが少なくありません。

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[3661] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Aug 5 20:04:27 2018

ジョンダリ台風が迫った先週末の土曜は、映画だけ観て帰ろうかと思っていたのだけれど、 観終わった時点でまだ3〜4時間は余裕がありそうだったので、神保町から竹橋へ足を伸ばして、 この展覧会を観てきました。

Gordon Matta-Clark
Mutation in Space
東京国立近代美術館 企画展ギャラリー
2018/06/19-2018/09/17 (月休; 7/16,9/17開; 7/17休), 10:00-17:00 (金10:00-21:00).

1970年代にニューヨーク拠点に活動し、1978年に35歳で夭折した現代美術作家の回顧展。 再開発エリアの使われなくなった建物を切断したり穴を開けたりする ”Building cuts” のプロジェクトで知られている。 ”Building cuts” については、今までも写真やビデオ、図面などで見たことはあったし、 今ならビデオプロジェクション程度で済ましてしまうことが多いだろうが、 実際に建物を半ば破壊的に手を加え「空間を変容」させてしまう力強さや面白さを感じていた。 しかし、写真やビデオなどの資料では、実際にどのように穴を開けていたのか全体像を掴みづらいものがあった。 今回、展示されていた1:8模型を見て、なるほどこのようになっていたのかと腑に落ちた。 また、このような作品の背景として、1970年代のニューヨークは治安が悪化し富裕層が郊外へ移住し人口が流出し、都市問題が噴出していたこと、 そして、Gordon Matta-Clark が作品とできるような建築物が多くあったことにも気付かされた。

確かに、1971-73に運営したレストラン FOOD は、オルタナティヴスペースの先駆とも言えるものとは思うけれども、 Matta-Clark の活動を「都市への介入」とまで言うのは過大評価なようにも感じられてしまった。 1973年以降、「メタファーとしての空隙、隙間、余った空間や、放置されたまま活用されない空間」あるいは「もし機能があるとしてもあまりにばかばかしいので、機能という考え方自体が馬鹿にされてしまっているような空間」を見いだそうと “Anarchitecture” というグループによる活動を展開したとのこと。 これには、赤瀬川 原平 の『超芸術 トマソン』 (1982) やトマソン探しをした「路上観察学会」も連想させられた。 テイストはかなり異なるわけだけど、Anarchitecture から『超芸術 トマソン』への影響はあったのかもしれない。 そして、Matta-Clark のクールで強力な作風 (実際に建物に手を入れてしまう) と、 赤瀬川 原平の力の抜けた諧謔味の違いも – 時代やお国柄の違いというより作家の個性の違いと思うが – 興味深く感じられた。

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[3660] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Jul 31 21:25:31 2018

ジョンダリ台風が迫った土曜は、大荒れになる前に、と、午前のうちに神保町へ。 神保町シアターの特集 『映画で愉しむ――石坂洋次郎の世界』から、 この映画を観てきました。

『若い人』
1937 / 東京発声 / 白黒 / 81min.
監督: 豊田 四郎. 原作: 石坂 洋次郎 『若い人』
市川 春代 (江波 恵子), 小日向 傳 (間崎 慎太郎), 夏川 静江 (橋本 スミ), 英 百合子 (江波 ハツ), 山口 勇 (江口 健吉), etc

あらすじ: 函館の女学校で生徒に人気の教師の間崎は、酌婦の私生児で問題行動が多い生徒の江波を親身に指導する。 江波は間崎に好意を寄せ、間崎の注意を引くべく問題行動を繰り返す。 間崎に好意を寄せている女教師の橋本は、江波への指導について間崎を諌める。 間崎は東京への修学旅行の引率するが、往路の間、江波と一緒にいることの多い真崎を見て、他の生徒たちは二人の仲を疑うようになる。 東京では、橋本の義母が間崎を面会に訪ね、橋本を将来の妻にと言われる。 面会の様子を盗み聞きしていた江崎は、帰路では真崎の注意を引く行動をしなくなり、修学旅行後は学校を休みがちになる。 やがて、江波が休みがちになっているのは真崎の子を妊娠したからではないかという噂がたち、その噂を知った橋本は真崎を遠ざける。 そんな中、女生徒の寮で盗難騒ぎがあり、捜索中に橋本は江波の診断書を目すする。 それで間崎の潔白を知り、橋本は間崎との仲を戻す。 ある晩、母と喧嘩をした江波は、間崎の下宿に転がり込んでくる。 間崎は江波を泊めるわけにはいかないと、橋本に彼女を託す。 橋本は嫌がる江波を連れて行こうとするが、やがて江波が間崎に好意を寄せていることに気付く。 橋本は江波を待たせて、間崎の元へ戻り、彼に江波と結婚するように言う。 間崎はそんな橋本を自分に正直になれと諭すのだった。

石坂 洋次郎 原作の戦前映画といえば、清水 宏 監督の『暁の合唱』 (松竹大船, 1941) が素晴らしかったので [鑑賞メモ]、 他の作品はどうなのだろうという興味で観てきました。 学園物というほど女生徒間のやりとりが描かれず、かなりメロドラマ的でした。 原作とは異なり、間崎は江波をあくまで生徒として接しようとするよう描いていましたが、 それでも女学校を舞台とした男性教師と女生徒、女性教師の三角関係という設定は現代ではありでしょうか。 その設定はさておき、三角関係メロドラマとして見た場合、 女性を挟んでの三角関係が無いという設定のせいか、松竹映画のような繊細な女性描写を得意としないせいか、 女性の登場人物の心理描写が薄く、あくまで間崎が主人公の映画でした。 原作とは異なる展開の、江波を外に待たせたままという所での終わり方も、 観ていて半端に感じられましたが、これは続編を作るつもりだったのでしょうか。

『暁の合唱』もありますが、清水 宏 は女学校を舞台とした学園物『信子』 (松竹大船, 1940) も撮っています。 そんなこともあって、清水 宏 だったらどう撮ったかな、と思いつつ観てしまいました。 女性の描写の巧さだけでなく、もっと野外ロケをうまく使ったのではないかと。 映画は函館を舞台としていたのですが、 函館山の麓の洋館が並ぶ街並みや、連絡船の着く港の様子など、 函館の街の様子がよくわかるショットがほとんど無かった (そもそも函館でロケをしたかも怪しい) のは、残念でした。

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[3659] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 29 20:30:33 2018

先週末の日曜は、午後に高円寺へ。この舞台を観てきました。

ガラピア・シルク 『マラソン』
座・高円寺 1
2018/07/22, 15:00-16:30.
De et Avec: Sébastien Wojdan; Mise en piste: Sébastien Wojdan / Gilles Cailleau.
Un spectacle Galapiat Cirque / Sébastien Wojdan; Création janvier 2013.

座・高円寺の夏の子供向けプログラム『世界をみよう!』の今年の現代サーカスの演目は、 Galapiat Cirque の Sébastien Wojdan 独り舞台。 得意技と思われるナイフ芸 (knife throwing) を中心に、ジャグリングに綱渡りやアクロバティックな動きと芸も多彩。 さらに音楽も自身で楽器を演奏し、ギター、ベース、サックスにトランペットを演奏しそれをルーパーで回してライヴで音を重ねて音楽を作り出して行くという。

実に多芸なのだが、エンターテナー的に観客にフレンドリーに技をアピールして見せて行くのではない。 服装もグレーのTシャツに黒いパンツという地味な服装で、短く刈り詰めた髪型に短い髭と少々強面。 芸に用いる道具も黒い板や金属の網など、暗く色味を抑えたものが多い。 まるで修行しているかのように淡々とストイックに芸を見せていくのだが、 それが、一歩間違えると大怪我をするスリリングなナイフ芸に合っていた。 一人で休みなく淡々と約1時間半、汗だくになりながら芸を続ける様子は、長距離走を走るようで、 開演時に測った76.9kgの体重が、終演後には75.4kgと、1.5kgも減っていた。 それがこの演目のタイトルの由来のようだ。

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[3658] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 22 20:22:01 2018

この土曜も猛烈な暑さになりましたが、そんな中、昼過ぎに東池袋へ。この舞台を観てきました。

あうるすぽっと
2018/7/21, 14:00-15:30.
Idée originale et écriture du spectacle: Vincent Dubé; Direction artistique et mise en scène : Vincent Dubé
Interprètes: Yohann Trépanier, Raphaël Dubé, Maxim Laurin, Ugo Dario; Olivier Forest (musicien).
Compositeur: Frédéric Lebrasseur.
Crée: May 2015.

Machine de Cirque は、カナダ・ケベック州ケベック・シティを拠点に2013年に設立されたコンテンポラリーサーカス・カンパニー。 まだレパートリーは2作品だけのようだが、カンパニー名ともなっている最初の作品で来日した。 コンテンポラリーダンス作品に多く観られる抽象的でコンセプチャルな作品でもなく、 象徴的な演出で大きなストーリーを浮かび上がらせる程でもなく、 比較的素朴に技を繋いで行くような演出だったけれども、 ミュージシャンも技に絡みつつ、アクロバティックなパフォーマンスも楽しい舞台でした。

スチールパイプで三段の足場を組んで、両翼にチャイニーズポールとなる柱を二本組立てた装置を使ってのパフォーマンス。 出演は男性ばかりの4人ということで、技は力強くコミカルなものが中心。 アクロバットにトラペーズとチャイニーズポールの組み合わせや ティーターボード (teeterboard) だけでなく、 ジャグリング、一輪車などの技も組み込んでいました。 女性の観客を舞台に上げての好色なキャラクターによるコミカルなマイム劇や、 素っ裸になってのタオルを使ったジャグリングなど、おバカな演技も交えて、笑いを取っていました。 大道芸フェスティバルの中の特別プログラム等に組み込むと受けそう、と思ってしまいました。 アーティなコンテンポラリーサーカスも好きですが、こういうサーカスも楽しいものです。

音楽は、アコースティックなドラムセットと電子楽器も組み込んだパーカッションのセットを使い分けつつ、パーカッシヴな生演奏。 それも、ミュージシャンに脇での伴奏に徹させるのではなく、セットを可動式にしてパフォーマンスに巻き込み、 ミュージシャンも、セットに留まらず、足場自体を打楽器にしたり、ミュージカル・ホースを使ったり、 フィナーレのティーターボードの場面にはエレクトリックなカヴァキーニョかウクレレを弾い歩いたりもしました。 やはり、サーカスの音楽は生演奏の方が、パフォーマンスも盛り上がります。

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[3657] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Thu Jul 19 23:41:51 2018

先の土曜の午後は、炎天下の中、早稲田大学戸山キャンパス33号館へ。 4月から少し空きましたが、今回で第50回となる 桑野塾に顔を出してきました。 今回のテーマは「シャガール!クレズマー!チンドン!」で2件の報告がありました。

1件目は武隈 喜一「シャガールの聴いた音――クレズマーとイディッシュ演劇」。 第一次世界大戦によってパリに戻れなくなった Marc Chagall が、革命後の1922年にパリに戻るまでの間、 活動に関わったモスクワの国立ユダヤ人劇場 ГОСЕТ (Государственный Еврейский Театр) [GOSET] や その演出家 Алексей Грановский [Alexis Granowsky] の話でした。 ユダヤ人劇場といっても宗教色はさほど感じられず、むしろ Мейерхольд の Биомеханика や ФЭКС の Эксцентризм と共通する点の多い前衛的な作風だったとのこと。 しかし、音楽監督 Лев Пульвер [Lev Pulver] が ГОСЕТ での演劇作品のために作った音楽はクレズマーだったとのこと。 ГОСЕТ で録音された Pulver の音楽の録音は残っているようで、 CD にもなっているようです。 また、演出家 Грановский は映画監督としても活動していて、ГОСЕТ の俳優も多く出演しているサイレント映画 Еврейское счастье [Jewish Luck] (1925) は、 YouTube で全編観ることができます。

後半は、大熊 ワタル・こぐれ みわぞう「チンドン・クレズマー 交流見聞録」。 ここ数年に交流を深めた海外のクレツマーのミュージシャンや海外のフェスティバルの話でした。 カナダの大規模なサマーキャンプ KlezKanada や トロントの Ashkenaz Festival の話など。 しかし、最も興味を惹かれたのは、Brave Old World の Alan Bern によるプロジェクト Semer Ensemble。 ベルリンで Hebräische Buchhandlung [Hebrew Bookstore] を経営していた Hirsch Lewin がナチスが政権を取る直前の1932年に設立したレーベル Semer (1938年に突撃隊によって襲撃され活動を終えています) が残した戦間期ベルリンのユダヤ人の音楽を再演するプロジェクトです。 少し聴いた限りでは、クレズマーというより戦間期のカバレットソングに近く聴こえました。 2016年には Piranha からCDもリリースされていたのですが、完全に見落としていました。 というか、今年の2月に Alan Bern が来日していたことにも気付いていませんでした。うーむ。

今回は久々に久々に懇親会まで参加できて、とても楽しめました。 最近は趣味生活も低調になってしまっていますが、このような会で色々話を聞くと、 もっと色々観たり聴いたりしたいという好奇心が刺激されて良いなあと、つくづく。

[3656] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Mon Jul 16 22:26:12 2018

先の水曜11日は仕事で都心に出ていたので、仕事帰りに京橋へ。 国立映画アーカイブで、 開館記念の企画の1つとして、また、日本におけるロシア年2018の一環として 『ロシア・ソビエト映画祭』が始まりました。 ということで、まずはこの映画を観てきました。

Матильда [Mathilda]
『マチルダ 禁断の恋』
2017 / 108min. / color.
Фильм Алексея Учителя [A film of Alexei Uchitel]
Сценарий: Александр Александров [written by Alexander Aleksandrov]; Оператор: Юрий Клименко [director of photography: Yuriy Klimenko]; Хореограф: Алексей Мирошниченко [ballet choreographer: Alexey Miroshnichenko]
Музыкальный Руководитель: Валерий Гергиев [music producer: Valery Gergiev]; Композитор: Марко Белтрами [music by Marco Beltrami]
Michalina Olszańska (Матильда Кшесинская [Mathilde Kschessinska]), Lars Eidinger (Николай Александрович [Nicholas Alexandrovich of Russia]), Данила Козловский [Danila Kozlovskiy] (Воронцов [Vorontzov]), Григорий Добрыгин [Grigoriy Dobrigin] (Андрей Владимирович [Andrey Vladimirovich]), Luise Wolfram (Алиса Гессен-Дармштадтская [Alix von Hessen-Darmstadt]), Thomas Ostermeier (Фишель [Dr. Fischel]), etc
Rock Films, ООО «Матильда», Фонда Кино, Мариинский Театр [Kinostar presents Rock Films, Mathilde ltd. and Mariinsky Theatre with the support of Russian Cinema Fund present]
予告編 [YouTube]

去年公開されたばかり新作、19世紀末のロシア皇室を舞台とした歴史メロドラマ映画です。 自伝本『ペテルブルグのバレリーナ クシェシンスカヤの回想録』(平凡社, 2012; Souvenirs de la Kschessinska, 1960) で知られる サンクト・ペテルブルグのマリインスキー劇場 (Мариинский Театр) のバレリーナ マチルダ・クシェシンスカ (Mathilde Kschessinska) (ポーランド人で「クシェンスカヤ」はロシア名のカタカナ表記) と、 後にロシア皇帝ニコライ二世と皇太子ニコライ (Николай Александрович) の、 ニコライの皇帝即位とヘッセン=ダルムシュタット公女アリックス (Alix von Hessen-Darmstadt) との結婚によって終わる恋を描いています。 自伝本は未読でメロドラマチックな物語にどれだけ脚色が入っているのか判断しかねますが、 舞台もエカテリーナ宮殿 (Екатерининский дворец) やマリインスキー劇場ということで、実にゴージャスなメロドラマでした。 自分の好みとは少々異なる映画とも思いましたが、 まさに「市民に夢と感動を与える視覚芸術」としてのオペラ・バレエの継承者としての映画 [関連メモ] と納得することしきりでした。

ニコライと愛人マチルダ、婚約者アリックスの三角関係だけでなく、 ニコライとの仲を裂こうとする皇后 (ニコライの母)、 さらにマチルダを巡る男たち、マチルダへ一方的に狂信的に恋する下士官ヴォロンツォフ (Воронцов)、 マチルダに献身的に尽くすニコライの従弟アンドレイ (Андрей Владимирович) (後に愛人関係となり、ロシア革命時に亡命したパリで結婚) など、 重なり合う三角関係や身分違いの関係が物語を駆動していきます。 女性側はマチルダとアリックスの直接対決の場面などメロドラマチックな見所がありましたが、 男性側の人物描写が薄かったのが物足りませんでした。 ヴォロンツォフは内面を描かない事でグロテスクな人物に仕立ていましたが、 階級の違いに対するルサンチマンもっと表に出した方が面白くなったのでは。 ロシアでの公開時にロシア正教によって聖列されている皇帝の名誉を傷つける作品として議論を呼んだいう評判を耳にしていましたが、 さほどスキャンダラスではなく、かなりオーソドックスなメロドラマ映画に感じられました。

実際のエカテリーナ宮殿やマリインスキー劇場でロケをし、 マリインスキー劇場が制作に協力したことも話題の映画で、マリインスキー劇場バレエ団による舞台の再現なども確かに見所とは思います。 観るまで気付いていなかったのですが、2017年に来日した Малый драматический театр (ロシア国立サンクトペテルブルグ マールイ・ドラマ劇場) [鑑賞メモ] で主演していた Данила Козловский が、ヴォロンツォフ役を怪演していました。 主役ニコライを演じた Lars Eidinger は Schaubühne Berlin (ベルリン・シャウビューネ劇場) [鑑賞メモ] の俳優で 2005年来日の際に Nora に Dr. Rank 役で出演していました [鑑賞メモ]。 特に狙って観に行ったわけではないのですが、意外なことに、舞台で生で観たことがある俳優が主要な役で出ていた映画だったんだな、と。 Schaubühne に関しては、アリックス役の Luise Wolfram も元劇団付き俳優で、 アリックス付きの医師フィッシェル役は芸術監督 Thomas Ostermeier が演じているという。 どうやら、Schaubühne も映画制作にかなり協力していたようです。 そんな所も観どころの映画かもしれません。

ちなみに、今年の12月に日本公開が決まったようです [CINRA.NETの関連記事]。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

しかし、今年は『日本におけるロシア年2018』なのですが、 公式サイトらしきサイトにも情報がほとんど無く、 どこで何をやっているのか、ほとんど掴めません。どうしたものかと。

[3655] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 8 20:55:34 2018

先週末の土曜の話ですが、昼に池袋西口 東京芸術劇場で TACT/FESTIVAL 2018 を観た後、埼京線で与野本町へ。 この舞台を観てきました。

彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2018/06/30, 15:00-16:40.
Mise en scène et chorégraphie: Philippe Decouflé; Assitante chorégraphique: Alexandra Naudet
Musiques originales: Pierre Le Bourgeois - Peter Corser, Raphael Cruz et Violette Wanty (Duo), Cengiz Djengo Hartlap.
Avec: Flavien Bernezet, Alexandre Castres, Meritxell Checa Esteban, Julien Ferranti, Suzanne Soler, Violette Wanty.
Eclairages et régie générale: Begoña Garcia Navas; Conception vidéo et réalisation: Olivier Simola et Laurent Radanovic; Scénographie: Alban Ho Van, assisté d'Ariane Bromberger; Création costumes: Jean Malo, Laurence Chalou (Vivaldis), Assistés de Charlotte Coffinet et Peggy Housset.
1. Duo 『デュオ』 2. Le Trou [The Hole] 『穴』 3. Vivaldis 『ヴィヴァルディ』 4. Évolution [Evolution] 『進化』 R. 5. Voyage au Japon [A Journey to Japan] 『日本への旅』
Première: La Coursive - Scène Nationale de la Rochelle, 16 Mai 2017

最近は2年おき程度の頻度で来日している Cie DCA - Philippe Decouflé [鑑賞メモ]。 今回の来日での演目は新作短編集ということで、作風の異なる5編とインタリュード的なエアリアルの演技1つという構成。 もともと作風にバラエティショー的ながあるとはえいえ、全体としては少々見応えに欠けたが、 Decouflé のアイデアの引出の多様さを楽しむことができた。

最初の Duo は、 前回来日の Contact ではポップアイドルのように歌って踊った Violette Wanty と、 やはりカウンターテナーで歌った Julien Ferranti の2人が、 楽器を演奏しつつ、歌いつつ、踊るという作品。 (正確には、flute を差し出したり、upright piano を押し動かすもう一人の3人構成。) Julien は upright piano を弾きつつ、Violette は flute を弾きつつ。 アクロバティックなポジションで flute を吹くという技も見せつつ、 カバレット風の落ち着いた大人な雰囲気でまとめていたのも良かった。 サーカスでは、パフォーマー自ら歌い演奏することが少なくないけれども、 コンテンポラリーダンスでダンスと演奏と歌をここまで一体化させるというのも、さすが Decouflé らしい。 最近、歌手にダンスを踊らせる現代演出のオペラを続けて観たばかりだが [鑑賞メモ]、 コンテンポラリー・ダンスではダンサーにも歌や楽器演奏のスキルを求められることも増えていくのかもしれない。

続く Le Trou は、 Duo の二人が床に開いた穴から顔や手足を出しての、少しコミカルなパフォーマンス。 後半になると Decouflé が穴からせり上がるようにして登場。 スリット穴だらけのスーツから、まるで手品をするかのように手を出し入れする動きを見せた。

短編3作目は Vivaldis は、タイトル通り バロック後期18世紀初頭のヴェネチアの作曲家 Antonio Vivaldi を使ったダンス。 時に Découflé も加わったが、6人のダンサーが、 カラフルなニットのレオタードもしくはジャンプスーツのような衣装と飾りのある目出し帽というスタイルながら、 時にバレエスタジオにあるようなバーを用意し、バレエ的な動きを多用したダンスを繰り広げた。 衣装だけでなく、ループ状に動きを繋ぐかのようなコミカルな動きを見せたり、逆光でシルエットで見せたり、と Decouflé らしいセンスも感じたが、 クラシックの曲を使いバレエのイデオムを多用するという意外な面を見たようにも感じた。

短編4作目は、Évolution は、6人のダンサーによるライヴでビデオ撮影投影を駆使したパフォーマンス。 下着のような衣装で、複数設置されたカメラの前で踊り、映像投影とダンスを組み合わせて行く。 舞台背景を上下二段に割って、下は映像を投影せずにダンサーの背景とし、上段に平行移動するように映像を投影するというのが、基本パターン。 そこに live electronics を駆使した即興ライヴでディレイをかけたりループさせるかのように、過去の動きをスチルで固定したり。 違う場所での2人のダンスを映像上ではまるで組み合って踊っているように見せたり、と、精度の高い動きが出来ないと難しいトリッキーなこともして見せていた。

この後はインターリュード的に差し込まれた R とだけ示された Suzanne Soler によるエアリアルパフォーマンス。 低い位置で大きくスイングしながら、フロアの男性ダンサーと半ば組むかのように踊るというもの。 少し暗めで色を抑えた演出で、舞台全面に半透明のスクリーンを置いて、ライヴの映像投影とも組み合わせて幻想的。 やはり、Decouflé の作品ではエアリアルは不可欠だな、と。

最後は、Voyage au Japon。 度々来日している Decouflé や Cie DCA のメンバーたちの日本の印象を、 客観的にではなくあくまで主観的な印象のままに、セットや小道具も多めに、少々コミカルに作品化した作品。 音楽に bossa nova が多用されたりと、ジャポニズムというより、私的な印象を重視しているように感じられた。 この作品では Decouflé も全面的に参加して、白い襦袢に赤いヒールと和傘で少々セクシーな女装の後ろ姿も見せた。 全体的にキッチュなセンスだったが、舞台全面のスクリーンへの投影も合わせて、早足で行き交う雑踏の人々を描いば場面など、スタイリッシュに見せるときもあった。

作風が様々で一概に比べがたいが、最も気に入ったのは最初の Duo。 意外にクラシカルな面を見せた Vivaldis も良かった。

終演後に Decouflé のトークがあったのだが、演出意図を訊くような質問ははぐらかしがち。 しかし、Vivaldis はオーソドックスなダンスを好んだ母に向けられた作品で、衣装デザインも母の部屋のイメージから来ていることなど、 いい話も聞くことができた。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

今週末は土曜の午後に恵比寿へ。 そろそろ、『内藤正敏 異界出現』 が終わってしまうので、東京都写真美術館へ。 年間パスポートを持っているので、 『MOTコレクション たのしむ、まなぶ イントゥ・ザ・ピクチャーズ』『世界報道写真展2018』 と、開催中の展覧会を一通り。 今回はこれとどれもピンと来ませんでした。うむ。ま、こういうこともあるでしょうか。

晩は行きつけのジャズ喫茶、 渋谷メアリージェーンガトー・リブレ (田村 夏樹 (trumpet), 藤井 郷子 (accordion), 金子 泰子 (trombone)) のライヴ。 今回は食事会付きということで、1時間程のライブの後は、常連客を中心としたパーティという感に。 淡々というか飄々とした雰囲気のライブも含め、アットホームな雰囲気での会を楽しみました。 こういう会に「鑑賞メモ」を残すのは無粋なので、しません。

[3654] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 1 23:52:19 2018

東京芸術劇場の地階ロワー広場で『WONDER WATER』を観た後は2階へ移動。続いてこの公演を観てきました。

東京芸術劇場 プレイハウス
2018/06/30, 12:00-13:40.
Mise en scène et chorégraphie: Blanca Li.
Musique: Tao Gutierrez; Scénographie, dramaturgie: Pierre Attrait; Vidéo: Charles Carcopino; Lumières: Cathy Olive; Costumes: Laurent Mercier.
Avec les danseurs: Yacnoy Abreu Alfonso, Peter Agardi, Rémi Bénard, Iris Florentiny Julien Gaillac Joseph Gebrael Yann Hervé Aurore Indaburu Alexandra Jézouin Pauline Journé Margalida Riera Roig Gaël Rougegrez Yui Sugano Victor Virnot; Percussions, chant: Bachir Sanogo.
Production et Diffusion: Chaillot - Théâtre National de la Danse.
Création à Chaillot en septembre 2017 avec 14 danseurs et un musicien.

スペイン出身で現在はフランス・パリを拠点に活動する振付家・映像作家 Blanca Li の公演が TACT/FESTIVAL 2018 のプログラムの一つとして上演された。 Blanca Li に関する予備知識はほとんど無かったが、 Chaillot のプロダクションということで観て観た。 タイトルは夏至もしくは冬至を意味する単語。四季というか火、気、水、土を物語ではなく抽象的な映像とダンスで表現する抽象ダンス作品。 映像も火や雲、波などをテクスチャにしたほとんど抽象的なもので、下着に近い衣裳ということもあって、特定の地域性は強調していなかった。 しかし、kora や djembe、そして griot 風の歌を使った音楽、 そして、最後の「土」の場面でダンサーたちがひょうたんボウルを頭の上に乗せて歩く姿もあって、 西アフリカのサヘルのイメージを強く想起させられた。

舞台美術はシンプルでミニマリスティック。 舞台奥にせり上がったスロープがあり、波打たせた白い布が上下して、時に雲のように頭上を覆い、時に床に広がる。 抽象的な映像を背景や舞台に大写しすると立体感が損なわれがちだが、 背景だけでなく白布もスクリーンに使うことで、テクスチャのような映像の立体感が強調されるよう。

テクスチャ的な映像に少々 post-classical な electronica な音楽というのは少々ありがちかと思ったけれども、 それだけでなく、ダンサーの掛け声やボディパーカッション、そして、ミュージシャンによる楽器の生演奏や生の歌を交えていた。 テクスチャのような映像に負けないバレエ的というより体操的にすら感じる力強い動きのダンスの存在感もあって、 スタイリッシュながら身体的な生々しさも感じる舞台だった。

四つの場面のうち最も良かったのは、ポスターにもなっていた「気」の場面。 送風機による強風の中、白布をたなびかせつつ踊る様は、時に Loie Fuller へのオマージュを感じさせつつ (特に最初の女性ダンサーのソロ)、力強く美しかった。 その一方で、5, 6人のダンサーが近寄って、息で吸い寄せたり吹き放したりするような動きを組み合わせ行く場面も、ユーモラスで気に入った。

Campagnie Blanca Le は 明和電機 [Maywa Denki] とコラボレーションした Robot (2013) という作品を作っている。次は是非これを上演して欲しい。

終演後、劇場ロビーで、観客参加型のイベントがありました。 といっても、Blanca Li 自らのインストラクションで、短いダンスを踊るというものですが。 参加してみたのですが、普段の運動不足の体では付いて行くのか難しく、途中脱落してしまいました。 最近、体力運動能力の衰えが著しく、これはいけないと反省することしきりでした。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

土曜は、この後、与野本町へ移動して、さらにもう一本観たのですが、これについてはまた後ほど。

[3653] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Sun Jul 1 20:12:44 2018

東京芸術劇場でGW恒例の家族向けの演劇祭 TACT/FESTIVAL が、今年はこの週末へ移動。 というわけで、土曜は午前中には池袋西口へ。まずはこれを観ました。

東京芸術劇場ロワー広場
2018/6/30, 11:00-11:20.
衣裳: びびのこずえ; 音楽: 川瀬 浩介.
パフォーマー: ホワイトアスパラガス: 谷口 界, ハチロウ.
制作進行: ひびのこずえ事務所 湯本 真由美; 舞台監督: 守山 真利恵.

コスチュームアーティスト ひびのこずえ が 大道芸だけでなく舞台へも活動を広げているアクロバット (谷口 界) とジャグラー (ハチロウ) の2人組、ホワイトアスパラガス と 音楽の 川瀬 浩介とコラボレーションした作品。 2017年の奥能登国際芸術祭で初演した 作品 [YouTube] の再演です。 もっと舞台作品らしいものを予想していたのですが、大道芸ステージに近いロワー広場が会場ということもあって、客弄りもあり、大道芸的な雰囲気も。 去年の秋に大道芸ワールドカップin静岡でホワイトアスパラガスを観た時は [鑑賞メモ]、 演技間に隙があってだらっと緩い雰囲気に感じることもあったのですが、 ちゃんとした制作・演出と得たこともあってか、今回はそんなことは感じさせず。 しっかり演出した大道芸という感じで、これはこれで楽しめました。

海をテーマにした三部構成で、最初はダイバー。 水中の動きのマイムから、ボンベから出る泡をイメージしたかのようなバルーンを纏っての旋回するようなダンス。 続いてはクラゲで、チューブやバルーンで造形したクラゲを纏ってのリングのジャグリング。 流石に動きづらそうで、技を失敗することも少なからずでしたが、大道芸的な客とのやり取りでそこはフォロー。 最後は魚と網でアクロバティックなダンス。 イメージの流れを切らないようにするためか、大技を決めて見せるような場面は作っていませんでしたが、 大道芸気分で観ていると、もう少し技の見せ所があったらな、と。 造形の丸さ可愛さもあってか、ほのぼのとした雰囲気のパフォーマンスで、NHK Eテレの 幼児・子ども番組の雰囲気に近いものを感じました。

ひびのこずえ と 川瀬 浩介 は 森山 開次 とのコラボレーションが多く、 その一つ、『サーカス』 (2015年初演) に ホワイトアスパラガスの谷口が初演時から出演しているということも、このような作品が生まれた背景にあるのでしょうか。 『サーカス』は観ていないのですが、やっぱり観ておけばよかったかな、と。

[この鑑賞メモのパーマリンク]

FACT/FESTIVAL 2018 の公演はもう一つ、 Compagnie Blanca Li: Solstice を観ていますが、 これについてはまた後ほど。

[3652] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 小杉町, 川崎市, Tue Jun 26 23:48:53 2018

日曜はのんびり過ごしているのですが、夕方に自宅でこのストリーミングを観ました。

Filmed at the Liverpool Empire Theatre, Saturday 28 October 2017.
Direction and Choreography: Akram Khan; Visual and Costume Design: Tim Yip; Music: Vincenzo Lamagna after the original music of Adolphe Adam; Orchestration: Gavin Sutherland; Lighting Design: Mark Henderson; Dramaturgy: Ruth Little.
Cast: Tamara Rojo (Giselle), James Streeter (Albrecht), Jeffrey Cirio (Hilarion), Stina Quagebeur (Myrtha), Begoña Cao (Bathilde), Fabian Reimair (Landlord), etc
English National Ballet Philharmonic, Gavin Sutherland (music director), Matthew Scrivener (leader), Alexandros Koustas (solo viola / Cretan lyra).
URL: https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2018089059SC000/.

コンテンポラリーダンスの文脈で活動するバングラディシュ系イギリス人の振付家 Akram Khan が English National Ballet の為に新たに振付たロマンチック・バレエ作品 Giselle。 評判が良くて気になっていたところ、 NHKプレミアムシアターでの放送がNHKオンデマンドに載ったので、観てみました。

移民の働く工場に舞台を置き換えたというのが話題でしたし、 飾り気無い殺伐した舞台美術はいかにも現代演出らしく好みでしたが、 このような時代設定を置き換える演出は現代演出のオペラにも良くあり、 むしろ、Patrice Chéreau 演出の Elektra [鑑賞メモ] を連想させられました。 それだけに、Bathlide や Landlord がブルジョワの経営者や投資家のような姿でなく、 むしろ18世紀の王侯貴族を思わせる衣装で出てきたのは、少々残念。 第二幕になると、舞台や時代を置き換えが活かされず、なんとも中途半端に感じられてしまいました。

カタックなどはほとんど感じさせず、ポワントを使いバレエのイデオムが強い踊りであるものの、 表現主義的というより説明的に感じる程、丁寧に物語や内面を描写するダンスでした。 第二幕の棒を使った演出などは好みでしたが、 説明的なダンスやピートを聴かせてドラマチックに盛り上げるような音楽にバシッと揃った群舞は、 コンテンポラリーダンスというよりエンタテインメントに近く感じらrてしまいました。 Desh でもわかりやすい演出をしていましたし [鑑賞メモ]、 最近はこういう作風なのでしょうか。

[この鑑賞メモのパーマリンク]