第92

10月号

シネマ ファシスト 第92回 2009年10月号

『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』


 根岸吉太郎だから、その映画を見に行く。田中陽造だからその映画を見る。手腕には定評のある2人である。その2人が『透光の樹』以来再チャレンジした『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』。この映画は骨格のしっかりしたどっしりとした映画である。

 「人非人でもいい、生きていさえすれば」この台詞は心にしみる。同じ風景を見て過ごすことの少なかった夫婦が、山中で別々に同じ風景を見る。妻はそれに光を感じ、この男と生きてゆくために開き直った。夫は別の女と心中する直前、その風景に光ではなく、自分の心と同じ灰色の空を見て、自意識で生きるしかないと悟る。妻は光を見たことで開き直ったが、夫はその風景に津軽の鈍色、いや、ファーストシーンと同じモノクロの灰色の恐怖しか見つけることができず自己愛に生きた。それまでは同じ風景を別々に見ることの多かった2人が、ラスト、同じ風景を2人で見ながら、桜桃をかじり「人非人でもいい、生きていさえすれば」と言う。それは風景に、いやナルシストである男に光を見た女が、開き直ることで、一緒に生きてゆくことを決意した瞬間である。人非人とともに、自らも人非人として生きてゆく女の決意の口紅は赤い。戦後の混乱期の暗い世相にあって、桜桃とタンポポは色鮮やかである。

 太宰治、松本清張、生誕100年。松本清張は何度も見たことがあるが、太宰治は1度も見たことはない。片や青森、片や福岡ではあっても、住居が三鷹と浜田山ということもあり、どちらもその著作を通じて私には馴染みの深い作家である。

 しめさばが7円の時代にビール1本36円。贅沢品である。だから皆は日本酒、焼酎なのに、1人満たされぬ堤真一だけはビールを飲んでいた。

 浅野忠信と妻夫木聡が屋台で飲む時にガマガエルが鳴いていた。キリギリスも鳴いていた。桜桃とタンポポも出てきた。しかしガマガエルとは。


●市井義久の近況● その92 2009年10月 

 デパートの不振が言われて久しい。70年代はスーパーマーケットの時代、80年代はコンビニエンスストアの時代と言われていたのでデパートの苦戦は長い。そんな折、新潟にある大和デパートが来年の4月から6月の間に閉店するという。私にとっては最も馴染みのある百貨店であった。関川村山本から母の実家のある西蒲原郡月潟村木滑まで、山本からバスで2時間ゆられて新潟へ。そして大和デパートの食堂で昼食をとり、今度は県庁前から白根まで路面電車のような新潟電鉄にゆられて1時間、そして今度はイズイグチという所までバスで30分、そこから木滑まで歩いて30分、これが私と母と妹たちとの帰省旅行であった。小学校から中学校まで約10年続いた、お盆の、今でも思い出す楽しい旅であった。

 その大和デパートは、その頃夢を売っていた。母の実家へお土産を買い、食堂でお子様ランチを食べるくらいであったが、1階でエスカレーターに乗って8階の大食堂まで、入口からはいった所でもう別世界、芳香が漂っていた。私は何も買わなかったが、おそらく何も買ってもらえなかったが、販売していたのは夢であった。建物がまず8階まであることが驚きであり、屋上には遊園地、帰りのエレベーターに乗ればエレベーターガール、さながら竜宮城である。

 道路をはさんではす向かいには小林デパート。ここの2階に小林グランドという映画館があり、毛足の長いふかふかの絨毯とエンジの別珍のカーテン、関川村の映画館などとは比較の対象ではない。なにせその頃の下関の映画館は靴を脱いで、冬はこたつで映画を見た。その小林百貨店はもう何10年も前に新潟三越になってしまった。大和は新潟資本ではなく、本店は金沢、しかし新潟、長岡、上越に各1店舗ずつあったのが、来年6月までにはすべて無くなるという。男なのでデパートに対しては、それ程思い入れはない。しかし新宿の伊勢丹、別府のトキワ、そして新潟の大和はよく行ったほうだ。その中で唯一夢を売っていたのが大和デパート。それが無くなる。残念である。

 今では存在しないもの。山本から新潟までのバス路線、新潟電鉄、白根から巻行きのバス、そして西蒲原郡月潟村。しかし白根の凧合戦は毎年6月に開催され、私の実家も、母の生家もそのまま残っている。夢を持てない時代、デパートで夢を売っても、誰も買わないのかもしれない。



市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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