第97

3月号

シネマ ファシスト 第97回 2010年3月号

『スイートリトルライズ』


 30代後半くらいのこの夫婦は、色々な意味でよくこんな面倒な生活をしているものだと思う。結婚3年、2年前からセックスレス。しかし妻は時々「抱いて」ではなく「腕に入れて」と言う。その妻は毎朝5時45分に起床し、時計のネジを回し、寝室の窓を拭き、夫を起こし、朝食を作る。夫はIT企業に勤めている割には毎日早く帰り、1人で自室にカギを掛け、音楽を聴きながらゲームに熱中している。妻からの家庭内での連絡はドアをノックするのではなく、ケイタイ電話である。そしてあろうことか夫婦で下田へ旅行に行った際には、あたふたとそれぞれ別な男と女と寝ている。そうなってしまった必然は見える。しかし面倒な人生である。彼らだけに限らない。妻の不倫相手には恋人もいるし、夫の相手は大学の後輩だし、夫の妹は妻に「今愛人をしている」と告げ、妻が可愛がっている犬の飼主は、トリカブトで夫を殺したと言っている。しかし2人は赤いバラと白いバラに象徴される情熱と真実を追い求め、互いにウソをつくのは、単に愛しているからではなく、大切なものを失いたくないからだと言う。

 この夫婦は丹念に人生を作り込んでいる。それは1つは原作の魅力だろう。一見坦々と人生を送っているような2人が、実は日常を支えるエネルギーに満ちている。朝起きて昼仕事をして夜は眠る。しかしその間にはさまる不倫は、結果不倫相手の生活に玉突きのように影響を及ぼす。それはその夫婦2人が保有するエネルギーの結果である。それを中谷美紀、大森南朋という脱色されたような2人が淡々と演じている。この映画は極めて現代的な映画などではなく、コーヒーサイフォンやアラジンのブルーフレームが表しているように、自分で作った手づくりの時間がゆっくりと流れている発展途上の昭和の香がする。


●市井義久の近況● その97 2010年3月

 テレビのバラエティで今まで体験した最高の食卓という番組を放送していた。当然それは、高級食材といわれる、うなぎ、ビーフシチュー、あわびなどを出す都内の有名店の紹介であった。私にとってそれは「?」。

 今から30年前、ある映画館の番組を担当することになって、会社の上司の友人で映画に詳しい人を紹介され、一面識もないその人に会いに行った。内幸町の広告代理店、いきなり、ご馳走するので何を食べたいかと聞かれ、何でもと答えた。そうしたら、こちらでご馳走すると言っているのだから、そんな時は、普段食べたいと思っているものや、今まで食べたことのないものを言うものだと言われ、思わずふぐと答えたら、会社に戻らなくてもよいのだろう、だったらもう5時だから地下1階のふぐ屋へ行こうということになり、酒を飲みながら夜遅くまでふぐのコースを平らげた。そのふぐが美味しかったというのではない。一面識もない私とあまり年齢も違わない人が、公務を離れて何時間もレクチャーしてくれたことに驚いてしまった。ふぐのコース、会社で落とすとはいえ、1人1万はしたであろう。ましてそれから二度と会うこともなかったし、会社も名前も忘れてしまった。なのにこういう時は今まで食べたことのない料理を言うものだと言われ、初めて食べた時のことを忘れることはできない。

 その時およそ高級と言われるもので食べたことのなかったものは、フランス料理のフルコース、すっぽん、フカヒレ他、なぜ口をついて出たのが、ふぐだったのかは今も分からない。その後、いやその前も含めて、およそ高級と言われる料理を初めて食べた時の思い出は、このふぐと中学生の時初めて食べたおすしと、カンヌで食べたフランス料理のフルコースぐらいである。しかし高級ではないが高校の入学式の時、父親と初めて食べたカツ丼も忘れることが出来ない。いやあと8才の時に初めて叔母に作ってもらったスパゲッティナポリタン。湯布院のすき焼きというのもある。


市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

市井さんの邦画作品宣伝リストへ
バックナンバー
2002年1月 2月 3月
4月 5月 6月
7月 8月 9月
10月 11月 12月

2003年1月 2月 3月
4月 5月 6月
7月 8月 9月
10月 2004年1月 2月
3月 4月 5月
シネマファシスト
第29/30回
シネマファシスト
第31回
6月 7/8月 9月
シネマファシスト第32回
10月号
シネマファシスト第33回
11月号
シネマファシスト第34回
12月号
シネマファシスト第37回
3月号
2005年1月 2月 3月
シネマファシスト第38回
4月号
シネマファシスト第39回
5月号
シネマファシスト第40回
6月号
シネマファシスト第41回
7月号
シネマファシスト第42回
8月号
シネマファシスト第43回
9月号
シネマファシスト第44回
10月号
シネマファシスト第45回
11月号
シネマファシスト第46回
12月号
シネマファシスト第47&48回 1&2月号 シネマファシスト第49回
3月号
シネマファシスト第50回
4月号
シネマファシスト第51回
5月号
シネマファシスト第52回
6月号
シネマファシスト第53回
7月号
シネマファシスト第54回
8月号
シネマファシスト第55回
9月号
シネマファシスト第56回
10月号
シネマファシスト第57回
11月号
シネマファシスト第58回
12月号
シネマファシスト第59回
2007年1月号
シネマファシスト第60回
2007年2月号
シネマファシスト第61回
2007年3月号
シネマファシスト第62回
2007年4月号
シネマファシスト第63回
2007年5月号
シネマファシスト第64回
2007年6月号
シネマファシスト第65回
2007年7月号
シネマファシスト第66回
2007年8月号
シネマファシスト第67回
2007年9月号
シネマファシスト第68回
2007年10月号
シネマファシスト第69回
2007年11月号
シネマファシスト第70回
2007年12月号
シネマファシスト第71回
2008年1月号
シネマファシスト第72回
2008年2月号
シネマファシスト第73回
2008年3月号
シネマファシスト第74回
2008年4月号
シネマファシスト第75回
2008年5月号
シネマファシスト第76回
2008年6月号
シネマファシスト第77回
2008年7月号
シネマファシスト第78回
2008年8月号
シネマファシスト第79回
2008年9月号
シネマファシスト第80回
2008年10月号
シネマファシスト第81回
2008年11月号
シネマファシスト第82回
2008年12月号
シネマファシスト第83回
2009年1月号
シネマファシスト第84回
2009年2月号
シネマファシスト第85回
2009年3月号
シネマファシスト第86回
2009年4月号
シネマファシスト第87回
2009年5月号
シネマファシスト第88回
2009年6月号
シネマファシスト第89回
2009年7月号
シネマファシスト第90回
2009年8月号
シネマファシスト第91回
2009年9月号
シネマファシスト第92回
2009年10月号
シネマファシスト第93回
2009年11月号
シネマファシスト第94回
2009年12月号
シネマファシスト第95回
2010年1月号
シネマファシスト第96回
2010年2月号



TOP&LINKS | 甘い生活苦 | Kim's Cinematic Kitchen | シネマ ファシスト | wann tongue | 読本 十人十色 | 映画館ウロウロ話 | 映画館イロイロ話 | GO!GO!映画館 | CAFE | BBS | ABOUT ME