第98

4月号

シネマ ファシスト 第98回 2010年4月号

『息もできない』


 闇金の取り立てで生きるチンピラと気の強い女子高生の『泥だらけの純情』。
 タイトルは『息もできない』ではなく「言葉にならない」だと勝手に思っていた。人は何を考えているのか見ただけではわからない。自分が何を考えているのか、詩人以外は、叫ぶことはできても、うまく言葉にすることはできない。主人公の顔は何を語ろうとしているのか。ハンガンの河岸でチンピラが女子校生に膝枕をされ2人が涙ぐむシーンから、チンピラのいない焼き肉屋の開店シーン、そして病院で横たわるチンピラに皆が涙するシーン。そしてついに女子高生の弟がチンピラの2代目として狼藉を始めるシーン。ここまでたたみかけられては、観る私としても言葉を失う。「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」か、もとよりチンピラにそのような意識はない。言葉ではなく、表現としての暴力が、表現としての涙が、表現としての笑顔が、そして又やはり表現としての面魂が他を押しのけて突出している。

 チンピラと女子高生、出会うはずのない2人が一沫のツバで出会い、それぞれの過去とそれぞれの現在を見せるべき要素で見せる。2人に共通するのは、それぞれの父に対する怒りである。片や殺人者への、片やベトナム帰還兵への怒りである。チンピラはその怒りが時として職業上必要である以上の暴力として発露する。その分、腹ちがいの姉及び姉の息子に対する愛情は深い。言うまでもなく彼は職業上決して泣かない。女子高生、彼女は母を他人の暴力から守れなかった父を恨む弟からいつも虐げられている。しかし泣き言は言わない。暴力的でもない。せっせと家事をこなし、学校でも自立している。その2人を一瞬の涙が仕掛けた純情が包囲する。

 2時間10分無駄が無い。物語はすべて生起すべき所で、展開すべき風土で、語られるべき意匠と、観せるべき鎧のような衣装で立ち現れる。チンピラと女子高生、それぞれの家、闇金屋の事務所、闇金被害者の家、チンピラがウンコ座りをする路頭、やはり圧倒的なチンピラの衣装。あたかもこの物語のためにそれぞれが発見され、召喚されたのではなく、自ら参集したかのように、ふさわしい場所で生起すべき事が起こる。
 ラスト定石通りチンピラと女子高生の涙の後にチンピラは死ぬ。しかし映画はここでは終わらない。現実が1人の主人公の死では終わらぬように、次なるチンピラが立ち現れる。それを女子高生の弟が担っているところに監督の意匠を感じる。弟はチンピラを母の復讐ではなく、いらついただけで殺戮した。弟の言葉の無い闇は、チンピラの闇よりはるかに深く、それはこの世がますますの闇で覆われてゆくことの証左でもある。弟は自分の姉とは純愛することさえできない。チンピラ32才、弟17才、その弟はただでさえ口数は少なく、表現と言えば、ためらうことと暴力だけである。チンピラに言葉が無かったように、彼にも言葉は無い。彼には出会うべき人もいない。


●市井義久の近況● その98 2010年4月

 3月14日の日曜日、1人寒々しい狸穴公園でビールを飲んでいた。よけい寒くなった。しかしふと見上げると公園のソメイヨシノの古木のつぼみが大きくなり、あと開花まで1週間であることを告げていた。そこで9日後の23日、ちょっと寒い中又ビールを持ってその古木を見に行った。見事にはや5分咲きであった。見事である。人間と違い季節が来れば花は咲く。私は桜ではないので、開花することが幸福かどうかわからないが、見る私は幸福であり、開花することが満開、さくらんぼ、紅葉、落葉そして来年へと連なるのであるから、桜も幸福なのだと思う。人間も又ある時季になれば、入学、卒業、入社、結婚、出産、定年と続くが、それらの節目、節目がすべて幸福とは限らない。しかし地球が自転して公転しているように、人間も1日1日を繰り返し、齢80才まで運ばれてゆく、それは前提として幸福なことであり、中身をどう判断するかは個人である。そして開花から1週間後の29日には折からの雨ではや散りかけていた。4月は色々なことが徐々に変わる。桜もはや満開からじょじょに散りかけ、久しぶりに訪れた4月13日、その公園の桜はすっかり散ってしまっていた。私にとっては59回目の春である。


市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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